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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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九話 ナメプ ダメ 絶対

 影閃えいせん平塚ひらつか流道場に訪れた私は、そこで先日知り合った夏木なつぎさんと試合をする事になった。


「申し遅れました。それがしは、この影閃平塚流道場の師範代補佐をしております。夏木源八と申します」


 夏木さんは丁寧に頭を下げる。


 師範代補佐。

 という事は、下田しもだよりも下という事か。


 ……そんな立場本当にあるの?


 なら、下田の方が腕は立つのか。


 そう思って下田を見る。

 立ち居振る舞いからして、そうは見えないのだが……。


 力量を隠せるほどの巧者なのだろうか?

 そのようにも見えないが。


「ではこちらも改めまして。アールネス使節団の通訳兼護衛を務めております。ビッテンフェルト・クロエと申します」


 私も頭を下げた。


「皆、この度は異国から渡来したそこなクロエ殿が業前わざまえを披露してくださるそうだぞ」


 下田が声を上げて門下生達へ告げる。


 それを合図に門下生達が壁際まで行き、並び座る。


「夏木とクロエ殿に木刀を」


 門下生の中でも特に若い一人が、木刀を二本持って私達の所へ来た。

 それを受け取り、私と夏木さんは道場の中央へ向かった。


 開けた道場の中央。

 向かい合い、互いに木刀を構える。


 私は剣術があまり得意ではない。

 それも刀を使ったものならなおさらの事だ。


 しかしながら、これは相手を斬るための戦いではない。

 木刀は鈍器でしかなく、斬る技術を必要としない試合であるならばやり様は十分あるだろう。


 ならばここは、この国の流儀を味合わせてもらおう。


「では、参ります」

「どうぞ」


 言われて小手調べに一撃、木刀を振るった。


 当然の如く受けられ、容易くいなされる。

 弾かれるでもなく、さながら引き込まれるように木刀の一撃をそらされた。


 急いで退く。

 しかしそれは致命的だっただろう。

 今の隙に打たれていれば、即座に負けていた。


 何故、そうしなかったのだろうか?

 明らかに見過ごしてくれた。


 構え直し、向かい合う。

 右手側へ歩を進める。

 夏木さんも同じく右手側へ歩を進めた。


 二人向かい合う姿勢を崩さぬまま、円を描く。


 呼吸を整え、横薙ぎに一閃。

 今度はいなす事無く、まともに受ける夏木さん。


 もう、攻撃をいなす事はしないつもりらしい。

 手加減のつもりだろうか……。


 数度打ち合う。


 その打ち合いで、私は少しずつ木刀での戦い方を理解していく。

 拳や蹴りとは違う、打撃の打ち方だ。

 威力の強弱をうまくコントロールできるようになってきた。


 そして、夏木さんの木刀を強く押し弾いた。

 しかし夏木さんは焦らず、木刀を手放さぬよう上手く力を逃す。

 体勢も然程崩れていない。


 だが、それでも踏ん張るには不十分だろう。


 渾身の一撃を袈裟懸けに見舞う。

 夏木さんは咄嗟に、その一撃をいなした。


 引き込まれるように体勢を崩す私。

 が、私はその勢いのまま前転し、夏木さんの背面斜め側で片膝を立てる。

 すぐさま体を捻り、斜め後ろにいる夏木さんへ木刀を振った。


 夏木さんはそれを防ぐ。

 一歩退いて、私から距離を取った。


 その間に立ち上がり、また向かい合う。


「ふう……」


 夏木さんは深く息を吐いた。

 そして、私に迫る。


 攻めに転じた夏木さんの攻勢は、先ほどまでの守勢が嘘のように激しかった。

 私は受ける一方になる。


 何とか必死でその猛攻をしのぎながら、私は機会をうかがった。


 一際強い一撃が向けられる。


 ここだ。


 私はその一撃を一撃で迎え撃ち、そして……。


 私の手にしていた木刀が宙を舞った。


 目の前には、驚きに目を見開く夏木さん。

 そんな夏木さんに、私は笑顔を向けた。


「参りました」


 礼を交し合う。


「夏木!」


 強い口調で平塚老人が声を発した。

 見ると、平塚老人は夏木さんを睨みつけていた。


「平塚殿」


 私はそんな平塚老人へ声をかける。

 彼の視線がこちらへ向いた。


「この倭の国の剣術は奥が深く、とても感服いたしました。ともあれば、またここへ参じたいと思っておりますが、いかがでしょう? 短い間となりますので客人としてですが、無論謝儀(月謝)も持ってまいります」

「それは……歓迎いたします。気に入っていただけたならば何よりです」


 金の話をすると、平塚老人は途端に好々爺といった様子で笑顔を向ける。

 私も笑顔を返し、斉藤さんが座った。


 普段から無口無表情の斉藤さんだが、憮然としているように見えた。




 稽古が終わり、私と斉藤さんは道場の前で夏木さんを待った。

 すでに日は陰り始めていた。


「夏木さん」


 門をくぐる夏木さんを呼ぶ。


「びてんふえると殿……」


 彼はばつの悪そうな顔をしている。


「ここではなんです。歩きましょう」

「はい」


 私の求めに応じて、夏木さんは歩き出す。

 私達もそれに伴って歩き始めた。


 門下生の目もなく、人通りも少ない。

 それを見計らうかのように、夏木さんは口を開く。

 実際に、見計らっていたのだろう。


「あの試合。申し訳ない事を致しました」

「それはどの事を言っているのでしょう? 私を負かしてしまった事ですか? それとも、初めから負けるつもりで立ち会った事ですか?」


 そう問い詰める自分の声が、知らず怒気を孕んでいた事に私は気付いた。


 夏木さんは押し黙る。

 そんな彼に私は続けて言葉を重ねる。


「……わかっています。道場の指示なのでしょう?」

「……はい」


 あの道場の門下生達は、地位の高さによってあえて負ける側とそれも知らずに気持ちよく勝ちを拾う側に別れている。


 それは恐らく、道場……平塚老人の指示だ。

 そんな負ける側の門下生達の太刀筋は、どれも似通っている。


 相手にばれない程度に、弱すぎないよう上手く負けていた。

 それは猛攻を加え、相手を必死の状態にして考える暇を与えないようにし、がむしゃらに振るわれた木刀を受け、あえて木刀を飛ばすというやり方が主流のようだった。


 上手いやり方だ。

 やられた方は、余程腕が立つ人間でなければ気付かないだろう。


 それはもはや、ある種の剣術流派と言ってもいい。


 皮肉だけどね。


 それと同じ事をこの夏木さんは私との試合でやろうとしたのだ。

 だから私は、そうならないようにわざと先に木刀を手放した。


 多分これは、門下生を引き入れる手なのだろう。

 入門を希望する門下生と夏木さんは試合し、夏木さんはあえて相手と接戦を演じて負ける。

 そして「なかなかに見所がありますね」とでも言えば、相手もその気になるだろう。


 けれど、私の場合はそれが気に入らなかった。


 ナメプ(嘗めプレイ)はするのもされるのも嫌いだ。


 初心者であろうと全力で容赦なく当たる人間の方が私は好きだ。

 そういった相手に立ち向かおうとするからこそ、腕を磨く事ができるのだ。


 夏木さんは立ち止まる。

 私もすぐに立ち止まって振り返った。


 すると、夏木さんはその場で正座した。

 そして、土下座する。


「本当に、申し訳ない事をいたしました。お許しください」

「そのような侘びの形などいりません」


 言うと、夏木さんは顔を上げる。


「では、如何いかがすればよろしい? どうすれば許していただける?」


 夏木さんに手を差し伸べる。

 彼は一度私の手を見て、少し躊躇いつつその手を取った。

 手を引き上げて立ち上がらせる。


「でしたら、私をあなたの弟子にしてください。私に、この国の剣術を教えていただきたいのです。……直接の弟子と師匠の間柄であれば、道場でやるのとは違って本気で打ち合えるでしょう?」


 夏木さんは表情を笑みに変えた。


「そのような事でしたら、容易い事でございます」


 こうして私は、夏木さんの弟子になった。




 そのまま私達は、夏木さんの家へ招待された。

 夕食をどうか、という誘いだ。

 少し迷ったが、私はその申し出を受ける事にした。

 斉藤さんももちろん一緒である。


 彼に案内されて向かった先は、城下町を少し外れた先に建つ一軒家だった。

 近くには他に民家のない辺鄙へんぴな所だった。


 家の前には、畑がある。


「たいしたもてなしは出来ませんが」


 そう言って、家の戸を開ける。

 すると、家の中から小さい何かが飛び出してきた。


「おっとう! おかえり!」


 それは幼い女の子だった。


「おお、すずめ。今帰ったぞ」


 夏木さんは女の子を抱き上げた。


 夏木さんの肩越しに、私とすずめちゃんの目が合う。

 その時、初めてしっかりとその子の顔を見た。


 おかっぱ頭に太い眉毛が特徴的な可愛らしい子だ。


 そしてそんな可愛らしい少女が私を見た瞬間――


「ぎゃーっ!」


 日本ホラー漫画界の巨匠を思わせる表情で悲鳴を上げた。


 そりゃあ、父親よりでかい女がいたらびっくりするわな。


「鬼じゃー!」


 元々、子供には恐がられる性分というのもあるけれど……。


 しかしこの子、三歳ぐらいだろうか?


 ああ、ヤタに会いたい……。

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