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歌って、リサ

歌って、リサ。

作者: 兎花

★より下は男性視点です。

とりあえず何も設定を考えずに書きました。深く考えずにお読みください。

―――人生が儘ならないものだ、なんて物心ついた時からわかってた。むしろ思い通りにならないことのほうが圧倒的に多いのだ。


心の中で諦めるための呪文を唱える。


―――だから、仕方がない。私には手が届かない人だとわかっていたのに。好きになってしまった私が愚かなだけ。


彼女があの人の腕の中に抱き込まれていく。長い魔術師のローブが彼女の姿をすっぽりと隠してしまうまで、私はぼんやりと彼女の表情を見ていた。


何かを必死に訴えかけて、そしてひたすらに恋情を伝えようとする瞳に、自分の姿を重ねてしまう。


―――もし、あの腕の中にいるのが私だったら。


あり得ない妄想に胸が痛むと同時に弾けるような幸福感を覚え、そのことにどうしようもなく切なくなって涙が溢れた。


これ以上、幸せな恋人達を見ているにはダメージが深すぎる。零れる涙を拭うこともせず、私はそっとその場を立ち去った。





私、青木理彩がこの世界に来て早3年が経つ。


私がこの世界に来た経緯は簡単だ。いわゆる巻き込まれ召喚というやつ。聖女である白崎れいなを召喚したところ、なぜか私まで付いてきた。


最初はこの世界の人達も聖女が2人来た、と喜んだ。ところが蓋を開けてみれば私に聖女の力は一切なく、それどころかこの世界の人ならば誰でもある魔力が全くない事実に畏れ戦いた。


その瞬間、私の存在は彼等の中で汚点になった。


そんな私を拾ってくれたのが、この国の最高魔術師であった今の上司グラヴィス様だった。


魔力無しの私が魔術師の部下になる、少し冷静になって考えればどれほど無謀なことか誰でもわかると思う。


現に私も3日と経たないうちに気付きました。けれど気付いたところで私にここ以外の行き場はなくて。


だからとにかく必死に頑張った。小さなことだけど誰よりも早く出勤したし、誰もが嫌がる書類仕事を率先してこなした。サービス残業だってどんとこい、職場で出会う人はみんな上司だと思って、にこやか丁寧に接した。どんな仕事だって笑顔でやり抜いた。

その甲斐あってか、職場では友人と呼べる人が数人できた。


ここしか私の居場所はなかったから。用意された居場所はここだけだったから。


どうせ日本に帰れないなら、しがみつく場所はここしかなかった。





ガチャリ、と固い音をたてて部屋の鍵が小皿の上に落ちた。


人の魔力を感知して光る魔力灯も、私相手ではピカリとも光らない。グラヴィス様が手を入れてスイッチ式にしてくれた部屋の灯りを点けると、私はそのままベッドに倒れ込んだ。


そのまま体を丸めて瞼を閉じる。するとすぐに浮かんでくるその光景に心が切り裂かれる。痛みに喘ぐように歯を食い縛ると、自分を追い込むようにその光景を瞼に映し続けた。


―――あの後、2人はどうなったんだろう。


そういえば動揺のあまり、帰宅の挨拶もせずに帰ってきてしまった。今までしたことのない無作法に僅かに不安が込み上げてくる。これでもし仕事をクビになったらどうしよう………。魔力も無いくせに挨拶のひとつも出来ない役立たずなんて、雇う価値もないとあの人に切り捨てられたら………。


今まで精一杯努力してきたけれど、それが認められていたのかどうかはわからない。もしかしたらその努力すらも嘲笑われているのかも。


どこまでもマイナス思考にはまっていく。暗い穴の中に堕ちていくようだ。


このままじゃ駄目だと無理矢理体を起こすと、お風呂の準備にとりかかる。ここもまた魔力式で、湯槽の中にある魔石に魔力を流すとお湯が溜まる仕様になっていた。それをグラヴィス様に頼み、私でも使えるように改造してもらっていた。


………私って、足手まといだなぁ。


魔力の籠った魔石を湯槽の中に入れると、一気に適温のお湯が魔石から溢れてくる。その様子を眺めながら、篭の中の魔石を一つ取り上げた。


魔力の満ちた魔石は光を放つ。手の中の魔石も薄紫の光を放っている。その色はグラヴィス様の瞳の色だ。


その魔石を片目を閉じて覗きこんだ後、そっと頬に当てた。ほんのりと暖かい気がして、また涙が溢れた。


無意識のうちに、日本で流行っていた恋歌を2曲ほど口ずさんでいた。


お風呂に入った後はご飯も食べずに寝た。この季節に長湯して冷めた温湯で体や頭を洗い、水気を絞りそのまま眠ったらどうやら風邪をひいたらしい。


翌朝、酷い頭痛と咽の痛みで目が覚めた。




日本にいた頃は風邪くらいで仕事は休まなかったし、熱があっても解熱剤を飲んで仕事に行ったものだ。


さいわい咳は出ないので今日は行けるだろう。酷くなる前に医薬局に寄って薬を貰えば治るはずだ。


この世界の“薬”(ポーション)は凄い。体の免疫力を一気に上げるので、軽い風邪くらいなら一瞬で治ってしまう。


「おはよーございます。ミルテアいますか?」


王城の前面に存在する中央統轄局本部の建物内1階に医薬局はある。そこで働く事務員ミルテアは、この世界で出来た数少ない友人だ。


彼女の姿はすぐにわかる。燃えるような赤い髪に黄金色の肌、そして本人の資質を映し出したかのような、南の海を思わせる青い瞳。


私を見付けて駆け寄ってくるその姿に、同性だというのにキュンとしてしまう。


見た目は完全に7歳くらいの女の子で、中身は私より10歳年上なのだ。


「おはよう! リサ! ………どうしたの!? 顔色があまりよくないよ?」

「おはよう、ミルテア。実はね」

「ああ、酷い声! 風邪ひいたのね? せっかくのリサの美声が! すぐに薬持ってくるから! ―――ちょっと、上級薬はどこ?!」


奥へ走り去っていったミルテアの怒鳴り声が聞こえた。

すぐに戻ってきた彼女の手にはまるで香水瓶のような陶器に入れられた上級薬が2本―――2本?


「はい、これ! 今飲む分と夜の分!」

「ええ?! いや、1本でいいよ! 上級薬じゃ勿体な過ぎるって!」

「いいから! あんたの美声が聞けなくなると私とグラちゃんと後数人の仕事が捗らなくなるの! これは重大な案件なんだからね! はい!」


これ以上朝の職場で騒ぐわけにはいかなかった。仕方なく上級薬2本を受け取る。その手が小刻みに震えたのは、けして風邪だけのせいではない。


これ1本で今の私の月収………。


なんだろう、熱が出てきた気がする。


「お金のことは気にしなくていいよ、経費で落としとくし。グラちゃんの仕事に影響するって言ったら経理の奴等も文句言えないよ」


今ここで1本飲みなさいと脅かされ、仕方なく1本飲み干した。ああ、月収が喉を落ちていく………。


「ん! ちゃんと飲んだね。いい子いい子。じゃ、お礼に後で歌、歌ってくれる?」

「うん、いいけど。そんなお礼でいいの?」

「もちろん! その代わりグラちゃんには内緒だよ? また不機嫌になるから」


そう言って手を振る彼女に手を振り返すと、そのまま職場に向かった。


「………おはようございます」


『魔法局』と札のかかった扉の向こうが私の職場だ。

扉を開けて中に入ると結構な人が出勤してきていた。珍しく遅れてきた私の姿に、事務員のカルロが目を見張った。


「おはようさん。珍しいな、リサがこんな時間に出勤してくるなんて。なんだ、体調不良か?」

「はい、風邪をひいたみたいで、医薬局に寄って薬貰ってきたんです」

「そうか、そりゃお大事に。薬貰ったんだから、もう大丈夫なんだろ?」

「はい。ご心配ありがとうございます」

「お前さんが居なきゃうちは開店休業みたいなもんだからな」

「………はい?」

「なんでもない。それよりも早く局長に挨拶してこい。朝から機嫌が悪くてかなわねえ」


追い立てられるように局長室に向かうと、ちょうど中から女性が一人出てきた。

正面から見合う形になって思わず息を飲む。彼女も一瞬目を見開いた後、くっと眉間にシワを寄せた。


「こんな時間に出勤ですか。いいご身分ですね。―――足手まといのくせに」


忌々しそうに呟かれた言葉は深く心に突き刺さった。

そのまま立ち去った彼女に反論するわけでもなく、私は心の傷口から血が溢れないようにぐっと堪えた。


―――歌いたいな。


なんだか泣きたいほどそう思った。


日本にいた頃は毎日のように歌ってた。小さい頃は民謡を祖母から習い、大きくなってからは独学でギターを学び、歌を作っては家の前の浜辺で歌っていた。


プロになりたいと何年もかけてレコード会社に音源を送り続けて、22歳になってようやくデビューできるかも? てところまでこぎつけたのに。


レコード会社に向かう途中で、交差点ですれ違った白崎れいなの異世界トリップに巻き込まれた。


本当に。あんまりだと思う。


私はなんとか気持ちを建て直すと局長室のドアをノックした。


「おはようございます。リサ・アオキです。入ります」


中に入るとそこは広め部屋で、応接用の長椅子2脚とテーブル、その奥に上司のグラヴィス様の執務机が。そしてその横に私の机がある。


そう、私の仕事はグラヴィス様の専属事務員だ。そしてついさっきすれ違った女性が秘書で、昨日グラヴィス様に抱き締められていた人である。


彼女の名前はオーレリー・スプレム。オーレリーの机は私とは反対側にある。


………ああ、嫌だなぁ。もしかしてイチャイチャする2人をまた目撃するかもしれないんだ。


上級薬を飲んで体が楽になったと思ったのに、なんだか胃が痛くなりそうだ。


入室した私を見て、執務机で何かを書いていたグラヴィス様が顔をあげた。その薄紫の瞳がすっと細められたのを見て、冷たい水滴が背筋を伝い落ちたような気がした。


「おはよう、リサ。今日は遅い出勤だな」

「はい、申し訳ありません。少し医薬局に寄っていました。局長、今日は新しい魔法陣の―――」


仕事の確認をしようとした私の言葉に被せるようにグラヴィス様が口を開いた。


「なぜ医薬局に寄った? まさか朝からミルテアに会いにか?」


なぜだろう、さらに機嫌が下降した気がする。

やはり怒っているのだろうか。だけど、何に怒っているのかがわからない。


「い、え、いいえ、その風邪をひいたので薬を貰いにです」

「風邪? 体調を崩していたのか。なぜ言わなかった」

「え……」

「昨日退勤の挨拶をせずに帰ったであろう? そんなに辛かったのならきちんと言いなさい。心配する」


どうやら不機嫌そうに見えたのは心配してくれていたらしい。思わぬ展開に徐々に顔が熱くなるのを感じた。


だめだめ、何を期待しているの。昨日見たものを思い出して、無駄な期待は心の平穏を崩すだけよ。


ひとつ深呼吸して笑顔を作った。


「申し訳ありません。お邪魔するのも不粋かと思いまして」


………あああぁぁぁ。私の口は馬鹿者だ。なに自分から墓穴を掘るか!


先程とは逆に青くなった私の顔を見て、グラヴィス様が首を傾げた。


「邪魔? なんのことだ」

「あ、いや、その、ですね……」


焦る気持ちの裏で妙に腹が据わってきた。


………どうせ目の前でイチャイチャ見せ付けられるなら、この場ではっきりと事実を突きつけられた方がいいのかもしれない。そして気持ちにけりをつけて専属を続けるか、それとも事務員として距離を取るか決めるべきだろう。


私はぐっと拳を握りしめた。

そして真っ直ぐに薄紫の瞳を見詰めた。


「昨日、局長とオーレリー女史が抱き合っているのを見ました。お2人はお付き合いしてるんでしょうか」


私の言葉を聞いたグラヴィス様の表情は見物だった。


瞬き3回ほどの間無表情を保った後、ゆっくりと首を傾げた。


「は? 君は何を言っている?」

「ですから昨日局長と」

「いや、待て。同じ事を言わなくてよい。しかし……私とオーレリーが? なぜ、そうなる?」


それはこちらが聞いているんですが。

そう言いたかったが、思いの外グラヴィス様の動揺が激しいようなので少し待つことにする。


私が待っている間、項垂れたまま何事か呟いていたが、やがてぐいっと顔を上げると私の目を見てはっきりと言い放った。


「先に結論だけ言おう。私とオーレリーは付き合ってなどいない。―――確かに昨日、彼女に悩み事があると相談された際に、思い余った彼女が私に抱き付いてきたが、それだけだ。まさか苦しんでいる人間を突き放すなどできないだろう?」


私はその言葉に軽く混乱した。


いや、だって彼女の目は確実に恋情を映していた。あれを見てこの人は何も思わなかったのだろうか? あんなに美人でスタイルのいい女性を抱き締めていたのに、恋心を抱かなかったというの?


「………オーレリー女史の悩みって、どんな感じだったんですか?」


私の質問にグラヴィス様は溜め息を吐いた。


「部下の悩みを話せるわけがないだろう」

「もしかして職場に好きな人がいるとか、その人に振り向いてもらえないとか、そんな感じじゃないですか?」

「………よくわかったな」


オーレリー女史、きっと精一杯頑張ったんだろうな。


なんだか彼女が可哀想になってきた。


「………グラヴィス様のことを好きだと仰いませんでしたか?」

「ああ。部下に慕われるのは有り難いな。彼女はとても優秀だ、これからもよろしく頼むと感謝を伝えた」

「そうですか」


私はなんとなく切なくなって自分の席に着いた。

けして失恋したわけではなかったけれど、なんだろう、この挫折感は。


オーレリー女史は女の私ですら思わず触りたくなるような、素晴らしい凹凸をしたナイスバディである。そして色気のある美人で仕事も出来る。


そんな美女から告白されて、僅かでもエロ………いや、心が揺れなかったのだろうか。

あれで駄目なら私なんて赤ん坊と一緒だ。ハイハイしてバブバブしてるようなもんだ。「可愛いでちゅね」とは言われても「綺麗だよ」なんて絶対に言ってもらえないだろう。


自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。


とりあえず仕事に集中しよう、その方がよっぽど前向きだ。

私はグラヴィス様の作った魔法陣を模写するために机と向き合った。



・★・★・★・★・★・★・



緩やかな旋律に乗った微かな歌声が優しく鼓膜を揺する。


ふと書類から目を離せば、黒い頭が左前方に見えた。歌声は彼女から聞こえてくる。


彼女の名前はリサ・アオキ。3年前、当時の部下がやらかしたせいで召喚の儀式に巻き込まれた哀れな被害者だ。自分の世界から切り離され、無理矢理連れてこられたのに、魔力が無いと蔑まれていたところを引き取った。


歌声は彼女の世界の言葉なのだろう。旋律に当てられた音は響きが良く美しさに溢れている。


リサの歌は美しい。その歌を表現する声もまた心に沁み入る優しさがあり、相乗効果で不思議な力に満ちていた。


―――そう。彼女は魔力を持たないために上層部に見向きもされなかったが、あいつらは馬鹿だと思う。


彼女の力はこの歌声にあるのに。


ある者は彼女の歌を聞くと眠くなると言い、ある者はその歌声に魅入られて彼女に執着している。ある者は彼女の歌を聞くと魔力が回復すると言う。


俺は彼女の歌を聞くととても仕事が捗り、体力が回復したように体が軽くなる。


一度ゆっくりと研究してみたい、彼女の歌には常習性はないのかどうか。常習性があると判断できれば、今の俺の状態も説明がつく。


リサの姿がなければ落ち着かなくなり、集中力が散漫になるのだ。おそらくこれは彼女の歌声に常習性があるからではないのかと考えられる。


そんな思考に没頭していると、扉がノックされた。入ってきたのはオーレリーだ。頼んでいた資料を学院局から借りてきたようだ。


他人の気配にリサの歌が止まった。彼女は仕事に集中していると無意識に歌っているようで、本人は全く気付いていない。また、他人が居ると鼻歌すら出なくなる。


そのことに時々溜め息が出る。


………そういえば以前、自宅のお風呂でよく歌うと言っていたな。それならば一度自宅を見てみるべきかもしれない。彼女の歌声の影響はどう出るのかわからないのだ。


今度自宅へ行ってもいいか聞いてみよう。魔力灯やコンロの様子も見ておきたい。


そう決めると不思議と歌が止まって沈んでいた心が晴れた気がした。


「オーレリー、俺の5日後までの予定で、仕事終わりに空いている日はあるか?」

「はい、4日後の夜でしたら空いていますが」

「そうか、ではそこは空けておいてくれ」

「かしこまりました」


俺はいつ声をかけるか、いっそミルテアに協力してもらうか? などと考えながら、机上の書類を手にした。









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