第一章4 『足りない分は』
大精霊エルザライト、通常の精霊とは異なり、神に近い存在。
性格は女王気質で傲慢、自分より優れた人間を嫌い、負けん気が強い。
話し掛ける時は許可を得なければいけない、相当面倒くさい性格。
ドライグは、そんな彼女が目覚める原因にある『刀』を血で契約をしてしまい、神同士の争いに巻き込まれてしまう。
戦った事などは微塵も無く、武器なんか握った事がない、だがこれからは戦わないと『消滅』してしまう。
望んで参加した訳じゃない人間と戦い、誰とも知らない人間が消えてしまう、例え望んで参加した者が居たとしても、自分は戦えない。
戦う意思と戦う目的が無いドライグ、無益な争いに参加した所で何が残るのか、答えは簡単だった。
勝った者が生き残り、負けた者は消える。
エルザライトから話を聞いてからずっと、虚空を見つめ、悲観的になるドライグ。
突然『戦って死ね』と言われているのと同じ事、間違いなく今戦えば消える、自分が消える瞬間など考えた事すら無いだろう。
本当なら、気ままな旅だった。
だがそれは一変して殺伐とした何かに変わった、気持ちが追いつかないドライグは、意識と一緒に心までどこか遠くに行ってしまう。
「下僕」
「…………」
「下僕、聞いているの」
「…………」
話し掛けられているが、それに反応できない。
お店から出てしばらく、また前を歩きだしたエルザライトの背中を見つめている。
でも空っぽになった頭では、歩いているのか止まっているのかもわからず、ただただその背中を見つめている。
「下僕ッ!」
「あ、はい……」
「お前、いつまでそうしているの」
「そんな……いきなり戦えだとか言うからじゃないですか」
「そんな事はどうでもいいのよ今は、宿探しでしょ」
ドライグは思い出す、お店から出る直前に『宿探しするわよ』と言われたのを。
だが話は半分以上無意識に『はい、はい』と、上の空で答えていたため、そんな事すら頭から離れていた。
改めてエルザライトに言われ、今日寝泊まりをする場所を探そうと頭の中で上手く気持ちを切り替える。
「そうでしたね、どこか無いのかな」
「早くしないと日が暮れる」
「わかってますよ、まだここに来たの初めてなんですから」
とりあえず戦う事は置いて、周りを見ながら宿を探すドライグ、それを腕を組みながら『早くしろ』とイライラした面持ちになるエルザライト、言葉に出さなくても彼女は表情に現れる。
冷徹と言った言葉は取り消そう、ただ喜怒哀楽の怒と楽が激しい人なんだ、と自分に言い聞かせていく。
探さない割には前を歩くのを譲らないのは、彼女の癖か何かなんだろうか、そんな事を考えながら周りをキョロキョロする。
「あ、宿ありましたよ」
「なら早く入りましょ」
珍しく『発言許可してないわよ』とは言わずに素直に答えてくれる、それだけ宿で休みたかったのか。
入口の扉を開けて中に入ると、先程まで居た喫茶店と作りが似ていた、恐らく村はこの作り方で建物を統一しているのだろう。
喫茶店よりも暖かい、カウンターに居るおじさんの笑顔が眩しく見える。
「いらっしゃい、何泊するのかな?」
「とりあえず一泊で」
今日1日休んで、次の村に向かう。
当初ならそれで良かった考えだった、しかし今は状況がガラッと変わった、まだわからない事が沢山ある、もちろん気は進まないが戦い方も練習しなければならない。
「一泊4000ルートだよ」
「あ……」
おじさんから聞いた金額でドライグは固まる、エルザライトはカウンターから離れた場所で、窓の外を眺めている。
昼間にコーヒーを飲みに行ったせいで少し足りない、しかしそんな事を彼女に告げたらどうなるか。
――貴様、消滅させてあげるわ。
「うっ!?」
ゾクッと身体が震える、冷風に裸で晒されている感じ、ありのままの言葉を伝えたら自分の身が滅ぶんじゃないか?
だが嘘は直ぐに見破りそうな彼女に、そんな事は言えない。
ドライグはおじさんに待ってもらい、エルザライトに近づき話し掛ける。
「話があるんです」
「許可する」
「お金がありません、泊まれません」
「なんですって?」
薄く開いた瞼、鋭い眼光はドライグの姿を映し出し、ゴミを見る様な冷たい目で聞き返してくる。
思わず目を逸らしそうになるが、グッと我慢しエルザライトの目を見て話をする。
「さっきのお店でコーヒーを飲んだので、足りないんです」
「…………」
ドライグが正直に話してきたのを黙って聞き、目を瞑り考える仕草をするエルザライト。
その様子をずっとカウンターから見ているおじさん、ドライグは考え込む彼女をそっとしておいて、カウンターに戻る。
「すみません、今あるお金がこれだけしか無くて、足りない分は何かお手伝いしますので何とかなりませんか?」
「うーむ……」
お金が無い事を申し出た上に、不足分は手伝うと言い出したドライグの背中を見るエルザライト。
彼女の心中では『野宿でもよかった』と、口には出さないが心で呟いた。
数分間頭を悩ませた後、おじさんはまた眩しい笑顔でドライグ達に言葉を投げる。
「よし、わかったよ。じゃあ部屋を案内するよ」
「え、本当ですか!? ありがとうございます!」
必死に頭を下げるドライグ、それを見てからゆっくりとエルザライトはカウンターに近づく。
後ろ頭を掻きながら『頭なんか下げないでくれ』と困るおじさんは、カウンターに近づきドライグの横にやって来たエルザライトを見る。
「お嬢さんは、彼の彼女かい?」
「……違います」
この時ドライグは違和感を感じた、あのエルザライトが他人にはまともに返事をしている。
こちらが話し掛けた時は『発言許可、発言許可』とうるさい、しかし今はしっかりと言葉を返している、声は小さく、言葉も短いがちゃんと返事をしている。
何故だか分からないが、今はそれよりも部屋に案内してもらうことに。
案内は案内役が居ると言っていたおじさん、しばらくしてカウンターの奥から、パタパタ、と走って来た女の子がこちらへ近寄ってくる。
「お待たせしました!」
「はい、エルザライトさん行きましょう」
「ん?……えぇ」
少しエルザライトの様子がおかしかった、話し掛けた瞬間彼女は案内役の女の子を見つめていた、それも一瞬の事でドライグの勘違いかもしれない。
気にすることなく、2人は今日生活をする空間へ移動した。
「さ、ここですよ!」
「おー、綺麗な部屋ですね」
「なんだか森の匂いがするわよね」
「木造ですからね! えーと説明の前に」
案内役をしてくれた彼女は『ヘルテート』と名乗り、部屋の事や食事の事を説明してくれた。
活発そうな元気の良い声、ハリのあるツインテール、動きやすく身体を全開に使えるスパッツを履き、見た目はドライグと同い年くらいの子。
話によるとおじさんの娘らしく、この宿のマスコット的な存在で看板娘。
部屋に来る前、廊下で話しながら移動している時、エルザライトをどこかの貴族か皇族かと勘違いしていたが、ドライグは『ドレスを着るのが趣味』と答える。
ドライグより1歩程前を歩いていたエルザライトは、歩くスピードを落とし契約者のドライグの足をヒールで踏みつける。
楽しそうに話すヘルテートには気づかれないように痛みに我慢したり、戦いの事をすっかり忘れてしまうドライグ。
部屋の説明やらが終わるとヘルテートは。
「後からバイトの内容を説明しますね!」
と、告げて2人の前から颯爽と姿を消した。
お金が足りない分は働くと言った以上、しっかりと励まなければならない、奉仕活動をしていた頃の経験を生かす時が来たと、ドライグも気合いを入れる。
生憎部屋にあるベッドは1つで、さらには狭い、あの女王様を床でとかは有り得ないと考え、小さなソファーに枕代わりのリュックを置きそれに一度もたれる。
「エルザライトさんはベッドをどうぞ」
「当たり前よ、それと発言許可を――」
「あー、はいすみません」
まだ出会ってかなり短いが、少しずつ慣れ始めるドライグ。
戦いとかじゃなく、別の形で出逢えば違った関係だったのかもしれない、だがドライグは。
「今は、これでいいのかな」
出会いは運命、必然。
今は普通の状態をしっかりと味わう、心でそっと、木の天井に向かって呟いた。