第一章3 『血の契約』
「やっと着いた……」
先程あった出来事から時間にして1時間、看板に書かれていたセイレン村へと辿り着いた。
看板があったから直ぐ近くだと思っていたドライグ、しかし道のりは割と長く、思っていた時間の長さと違っていて歩き疲れ、ヘトヘトになる。
そして、先に先にと前を歩く女性『エルザライト』は、その長い距離を涼しい顔をしたまま無言で歩き続け、村に着くと立ち止まる。
ずっと後ろを歩いていたドライグは、バックリと背中を露出したドレス姿を見ながら色々と考えていた。
というのも、いきなり現れては『下僕』扱い、付いてこいと言われ従い村に足を運び、次はどんな指示があるか不安になりながら。
――この人、本当にどこの誰なんだ。
名前は聞いているから誰と言うのはおかしいが、身元が分かるのは名前だけで出身とかは不明。
ただ言えるのは『魔法』が使えるという事。
魔法自体は珍しくは無い、生活する上で魔法魔力は必要不可欠で、部屋の灯りに魔法を使ったり、部屋を暖めるのに使ったりと様々な分野で活躍している。
魔法を使うには学校に通って勉強をしないといけない、誤った使い方で人を簡単に傷つけてしまう、ドライグは簡単な魔法程度なら孤児院で勉強をしていたので、誤った使い方にはなったことは無い。
ただ、あの刀が綺麗な状態に元通りになる魔法は初めてだった。
色んな魔法はあるものの、壊れた物を直す魔法自体孤児院では教えて貰っていなかった。
立ち止まった2人、ドライグは色々質問して見ることにした。
「エルザライトさん」
「発言許可は出していないわよ」
「…………」
めんどくさい人、ドライグは分からないようにため息を吐く。
「質問をしていいですか?」
「許可する」
「エルザライトさんはどこの出身ですか?」
無難な所から質問をぶつける。
ちなみにドライグの出身は孤児院のある『アルトミア村』と言う小さな村だ、それ故に人の行き来は少ないが、賑やかで商人もよく通り道として、訪れたりする。
一番のシンボルは『アルトミア教会』だ、そこまで大きな建物ではないが、週の初めと終わりには村皆が教会へと赴き(おも)、司祭様に有難い言葉を貰ったりする。
「出身なんて無いわ」
「え?」
「耳が壊れてるの? 生まれなんて無い、そう言ったのよ」
「は、はぁ」
出身の無い人、確かにドライグ自身も生まれは何処かは分からないが、形としてアルトミア村生まれと言うことにしている。
つまり彼女も孤児だったのだろうか、あまり突っ込んだ話はしない方が良さそうだ。
「じゃあ、どこかの皇族か貴族の方ですか?」
「どうしてかしら」
「その、ドレスですし……」
「ドレスくらい普通ではないの?」
「ど、どうなんですかね……」
はぐらかされた気がする、出身は無いと言われ、身分もわからず、質問した意味が無くなる。
彼女はまた歩きだす、それに気付かず考えこむドライグ、少し遠くから声を掛けられる。
「下僕!」
「へ? はい!」
「何をしている、来なさい」
ひょっとして気分屋な性格なのか? いくら思考が働いても彼女の事は何一つわからない、情報が少ない。
だが、あの時。
大雨の中突然目の前に現れた彼女、あの時は恐怖感を覚えていて考えてすらいなかったが、ドライグはしっかりと見ていた景色があった。
「雨が、避けてた」
ひたすら止まることを知らない雨粒が、彼女の周りだけを避けて地面に着弾。
もっとも衝撃的だったのは腰にぶら下げたこの刀だ、彼女に向かって刺した筈の刃は身体をすり抜けた、普通は有り得ない。
鮮明にあのシーンが頭に蘇る、彼女が『人間』なら死んでいた。
では何故生きているのか。
――人間ではない何かだから。
それなら幽霊とでも言うのか、ただ気になった言葉を彼女はドライグに向かって言った。
――世界を救う、旅に行きましょ?
世界を救う、本当の言葉なんだろうか。
妖精にしては黒い、悪魔にしては残酷さは無い、何故だか上から来る女王っぽさがある。
これ以上は考えても分からない、結論を出すには早すぎる。
再び歩きだした彼女の背を見ていると、急に立ち止まる。
「どうかしたんですか?」
「許可してないわよ」
「お願いしますから、普通に会話してください」
「……めんどくさいわね」
視線を合わせず、ある建物を見ながらそう呟く。
彼女が見ている建物には看板が付いていた、その看板には『モーニングテラス』と書かれた喫茶店、外だと言うのにコーヒー豆を焙煎している香りが、こちらにまで漂って来ていた。
中に入りたいのだろうか、ドライグはエルザライトより少し前に歩きでる。
「入りますか?」
「私より前に出るなんて、いい度胸してるわね」
「もうやだ……」
まだ一緒に旅に行くとは言ってないけど、この流れだと強制的に連れていかれそう。
ドライグは彼女が中に入るのを待ってから、入口を潜る。
店内はウッド調、木材で作られたテーブルや椅子、建物自体丸太などを加工して作られているからか、自然の木々の匂いもする。
灯りは天井からぶら下がったランタン、魔力を使った照明ではない為、暖かみのある落ち着いた空間が出来上がっている。
店員の人に案内されている間も、周りのお客はある1点だけをじーっと見ていた。
答えは簡単、赤いドレスにスリットが入った彼女、エルザライト。
店内でも一際目立つ格好をしているのだから、至極当然。
そんな事も気にせずに、案内された椅子に座る。
「椅子が硬い、下僕、お前クッションになりなさい」
「無理です、慣れますからその内に」
「主に口答えするのね、死ね」
「本当にやだもう……」
店員は2人に注文を聞くと厨房の奥へ消えた、待ってる間にドライグは再び質問をする事に。
「質問いいですか」
「許可して……する」
先程まで発言許可を取っていなかったドライグ、流石に勉強したからか許可を先に申し出たら、ちょっと予想ができなかったのか躊躇したエルザライト。
してやったりとか考えるドライグ、負けていられないと訳分からない勝負をし始める。
「エルザライトさんは人間じゃないんですか?」
「えぇ、そうよ」
「じゃあ何者なんですか?」
「それ」
「はい?」
彼女は肘杖をしたまま、こちらを見ずにドライグの腰にぶら下げた刀に、ピンと伸ばした人差し指を向ける。
確かに、彼女が出現? してからこの刀は綺麗な状態になった。
だが『何者』かと言う質問に『自分は刀だ』と言われても、正常な人間なら『こいつ頭おかしくね?』となる訳だ。
人間ではないと言うのはもう分かった、刀がすり抜けた時点で生身の人間ではない。
で、刀だと言われた訳だがそれだけでは理解できないドライグ。
「つまり、エルザライトさんは人間では無く、刀だと?」
「えぇ、そうよ。私は刀よ」
「すみません、もっとわかりやすくお願いします」
「頭悪いのね下僕」
「エルザライトさんは主語がないんですよ……」
聞きたい事をちゃんとした答えで返してくれないのが辛い、必要以上の答えは出さない主義なんだろか、再び考え込むドライグにまたため息を吐くエルザライト。
「1回しか言わないから、聞きなさい」
「は、はい」
実は面倒見が良い?
ふと頭に過ぎる、エルザライトは佇まいを直し、ドライグのスカイブルーの瞳を見ながら話を始める。
「さっきも言ったけれど、私は人間ではない」
「人間では無く、刀だと言いましたよね」
「えぇ、私はその刀に宿る『精霊』よ」
「精霊……」
昔に見た書物に、物には精霊が宿っていると記された話があったのを思い出す。
精霊と言えば泉に住み着いていたり、神の使いだと言われたりしていた。
なら彼女も神の使い、という事になるのだろうか。
「少し昔話をしましょ、今から数1000年前に女神と邪神が喧嘩をしたのよ」
「け、喧嘩」
ファンタジー的な大戦争とか、神々の攻防戦とかじゃなく喧嘩、わかりやすく例えで言ってくれたのかもしれない。
ドライグは刀の柄を軽く握る。
「喧嘩の内容は、世界の覇権。世界を独り占めしたかったのね」
エルザライトの話はこうだ。
ある日、邪神は女神が世界を創り出した事を知り、その世界の運営を一緒にしたい。
そう話を女神に持ち込む、当時の邪神は『邪』と付いていながら悪さ等はした事は無かった、それを信用した女神は共に世界を守りましょうと、世界の運営権利を半分にして、今の人間を生み出していった。
しかし、それからしばらくして。
女神側が生み出した人間より、邪神側が生み出した人間の方が明らかに数が多く、女神は邪神に対して『人の子をしばらく生み出してはいけない』と勧告。
人間を生み出し過ぎた場合、世界のバランスが崩れてしまい、安定したエネルギーが送れなくなり、結果は『破滅』となる。
人間には感情がある、それと同じ様に世界にも感情がある。
機嫌を損ねた世界はどうなるか、女神や邪神ですら滅びてしまうと言う結末になる。
そこで邪神はある妙案を女神へ伝える、その案は『人間同士を戦わせる』と言う残酷な事。
流石の女神もそれを拒否、生み出した者を戦わせるとどうなるかだなんて、誰にでもわかることだ。
しかし、拒否をしても勧告から警告に切り替えても、邪神側は人間を生み出し続け、やがて世界はバランスを保てなくなり始める、女神もこれ以上は維持が出来ないと考え。
苦渋の決断で、人間同士を戦わせる事にした。
ただ、女神は条件を付けた。
その条件は、同グループの人間同士は攻撃をしても死なない、女神と邪神は一切の手出しをしない、攻撃を受け再起不能の場合は死なずに仮消滅。
もし女神側が勝ち、邪神側が負けた場合は仮消滅状態の人間を、完全消滅にする事、逆も同じ。
この条件を邪神は考えたのち、承諾した。
そこから今に渡るまで、女神と邪神は何代も入れ替わりながら戦争という名の喧嘩を続けて来た。
勝敗は着いていない。
「という訳よ、他に質問は?」
「話はなんとなくわかりました、でも何故精霊には武器が通じないのですか?」
「それは私自身、本体はその刀よ」
エルザライトは大精霊と言う、精霊のエリート。
そんな彼女が何故あんな場所に朽ちていたのか、ドライグは疑問をぶつける。
彼女は目を瞑り、昔の話を今かの様に話し始める。
「前の下僕が、消滅したからよ。だから彼処でボロボロだったのよ」
「消滅……」
つまりは死だ、この世から消える。
簡単に話をしているエルザライトだが、これは紛れも無い神同士の戦争、それに参加させられてしまう人間、今この店内にも邪神側の人間が居るかもしれない、そう考えるだけで背筋がゾッとする。
「話の中に仮消滅ってありましたよね、何ですかそれ」
「そのまんまよ、勝てば復活するの。負けたら消えちゃうけど」
いつの間にか届いたコーヒーを啜るエルザライト、ドライグはテーブルに置かれたコーヒーを、予め入れられたミルクが渦巻き、自分の顔がグニャっとなる姿を見つめる。
「この店内にも、居るんですか?」
「勘違いしてるみたいね、精霊が宿った武器を持つ人間だけが戦うのよ」
それを聞いたドライグは、少し安堵する。
ただ自分は巻き込まれてしまっている事に、ショックの色は隠しきれない。
まるで外れた道を歩いている感覚に襲われる、あの時興味本位で取りに行かなければ、あの時無視をして通り過ぎれば、孤児院から出ずに旅なんか出なければと。
自分の運命を呪いたい、あの時の行動をする自分に『行くな! 拾うな!』と声を掛けてやりたい、目の前に黒いアメーバの様に張り付く気持ち悪い感覚に吐き気がする。
「なんで……俺が」
「ん?」
「直ぐに契約とか言うのを取り消してください!」
「無理」
「何故ですか!?」
思わず、ガタっ! と音を立てて立ち上がるドライグ、コーヒーは立ち上がる衝撃で零れてしまう、テーブルの表面に水溜りのように液体は広がり、鏡のようにもう一人の自分とエルザライトが映し出される。
周りのお客も『喧嘩か?』と見てくるが、気にもとめなかった。
「私から求めたのなら兎も角、貴様は血を武器に捧げた。それは血の契約よ」
「そんな、無茶苦茶じゃないですか!!」
「私を上から見るだなんて、お前は何様よ」
テーブルに広がる黒い液体すら気にしないで、冷静に話すエルザライトにドライグは、苛立ちを通り越し、目を見開き、液体に映る自分を見てしまう。
――酷い目だ。
スカイブルーの瞳も、黒い液体の前では漆黒。
希望の色から、絶望の色へと変化していた。
「下僕、負けなければいい話よ、勝てば関係は解消されるわ」
「俺は戦った事なんて、ないんですよ……」
「なら練習くらいなら見てあげるわよ、それに」
飲み干したカップをソーサーに置くと、エルザライトは立ったままのドライグにテーブル越しに近づき、人差し指と親指でドライグの顎を掴み自分の顔へ近づける。
周りには聞こえないように、ドライグにだけ伝わるような小声で。
「勝てば『願いが1つ叶う』わ」
「願い……」
「えぇ、何だって、1つ」
今までに無い、甘い声、微かに香る甘い甘いお香の匂い、それが呼吸を繰り返す度に、脳内に届き、思考を止めてしまう。
頭がクラクラしそう、だがドライグはしっかりとした言葉で彼女に言う。
「まだ、ハッキリとわかりません。戦う目的が見つからない」
「フッ、ま、戦う練習だけはやっておく事よ下僕」
結局コーヒーは一口も飲まないまま、代金を支払い店を出た。