第一章1 『雨宿り』
「大分降ってきたなぁ」
突然振り始めた雨は静まることを知らない、雨により土の道はグチョグチョで、そこを歩けば靴の中に水が侵入してくる。
通り雨なら良いが、これは本降りという奴だ。
激しい雨は視界すらを奪い、霧のようにホワイトアウトさせてしまう。
間違えてしまえば足を溝に取られて骨折、そうでなくとも酷い怪我になってしまう。
「雨宿りの代わりに入ったのはいいけど」
雨が振り始めたくらいに、ドライグは駆け足でボロい小屋に入り、難を逃れた。
だがその小屋もかなりの年季が入っていて、板張りの床も腐って穴ポコ塗れ、座るくらいなら大丈夫だと判断し、無人の小屋で1人外を見ながら雨を凌いでいた。
「えーっと、今ここはどの辺りだ?」
孤児院を出てから1ヶ月、ひたすら東の方向を歩き続けたドライグ。
大きめのリュックサックから地図を取り出す、新しい地図ではない為、出来たばかりの村や国は記載されていないが、新しい地図には無い裏道関係などは沢山ある。
自分が歩いてきた道を指で辿りながら、現在地のところで指を止める。
「約300キロくらいは歩いた事になるのかな」
出来るだけ休まずに歩いてきたが、さすがに少し疲れがで始める。
昔から運動とかは好きで、体力には自信があった。
母親代わりの院長に、週に3回くらいは一緒に山登りをしたりしていた。
孤児院で過ごしていた他の仲間は、元々塞ぎ込んでしまった子が多かった。
だがドライグは違った、最初は物静かだったが年齢が上がっていくと、外で遊ぶ衝動に駆られ始め、気がつけば塞ぎ込んだ仲間だろうとお構い無しに連れ回していた。
「まだ1ヶ月だけど、皆元気にやってるかな」
家を出ると皆に告げた最初、泣き出す子も居たし一緒に行くとまで言い出す子も居た。
無謀だと言われたりした、発言したのは歳が一緒の女の子。
物心が付いた時にはもう一緒に遊んだりしていた、孤児院では一番仲良くやっていた仲間。
院長が亡くなったその日、その子はずっと反対していたがそれを振り切り、ドライグは家である孤児院を離れた。
「ちょっと疲れちゃったな」
今にも抜け落ちそうな床に寝転ぶ、ギシギシと板がしなる音がする。
雨はまだ止みそうに無い、ドライグはゆっくりと重い瞼を閉じて、眠ってしまった。
ドライグ・ヴァンホッセン、両親共に不明の人物により孤児院に置き去りにされ、今は亡き院長に助けられ、普通の生活を始める。
孤児院の子達は週末になると、村に行っては奉仕活動をする。
村の人達はそれを見ながら、奉仕をしてくれた子供に謝礼として食料などを渡したりする。
もちろんドライグも例外ではなく、奉仕活動をしていたが、何故かドライグだけはあまり良い目で見てくれていなかった。
――あの子、あの目。
そう、目だ。
ドライグの瞳は透き通ったスカイブルーの色、この地で育った者は決まって灰色なのに、彼だけは違っていた。
つまり、ドライグはこの地の人間ではなく、別の村か国で産まれた外国人と言う事になる。
村の大人達のヒソヒソ話は耳に入る、だがドライグは気にせずに生活を続けた。
しかし。
――あれは妖の類いでは?
ある日の夜、ドライグはトイレに行く為に、廊下を歩いていた時だった。
たまたま少しだけ開いた扉、その隙間から声と部屋の灯りが漏れだしていた。
その言葉を聞いたドライグは心で呟いた。
――ここを出ようかな
当時の記憶が夢となって現れ始めたのは、孤児院を出てからだった。
そして、いつもの様に目が覚める。
「……夢か」
雨はまだ止んでいない、微かに扉の向こうから地鳴りの様な音が聞こえる。
雷が鳴り始めた、ずっとここに居ても仕方が無い、そう思うとドライグは立ち上がり、小屋から出た。
小屋から駆け足、ピカッと光る空をたまに見ながら、走る、走る。
ロングコートのフードを深く被り、とにかく走る。
地鳴りの様な音は、雷以外にもあった。
走りながら脇を見ると、凄い勢いで流れる濁った川。
山の斜面が雨により削れ落ち、濁流になっているのがわかる。
「せめて晴れてくれてたら、のんびり歩けたんだけど」
愚痴は雨音と雷に消される、きっと叫んでもわからないだろう、さらに言えばこの場所に民家なんて無い。
左を見れば山と川、右を見れば草原。
例え行き倒れてもそのまま屍になる、と思う。
「ん? 看板だ」
もう少しで見逃す所だったドライグ、看板に近づき書いてる文字を見ると。
「セイレン村この先スグ」
持っている地図には無い村だった、きっとまだ村として機能したばかりなのだろう、もうすぐすれば人が居る村に着くと思うと、疲れた身体も元気になり始める。
「よし、もうちょいがんばるか!」
気合いも十分に走り出そうとした時だった、ドライグの視界が真っ白になる。
フラッシュ、つまり雷だ。
とてつもない稲妻が、ドライグの真横にある大木の近くに直撃する。
その衝撃で軽く吹き飛ばされるが、直ぐに立ち上がった。
「な、なんだ!?」
大木は黒焦げになり、火もではじめる。
強い雨で直ぐに消火されるだろうが、気になったのはもう少し奥。
川は先程よりは流れが落ち着いているようだが、入れば流されてしまうだろう。
その気になった事は、まさにその川だ。
川に気をつけて近づくと、淡く何かが水中で光っていた。
「鉄か何かが? 太陽は出てないんだぞ……」
気になったら最後、好奇心からか血迷ったのか、その光った正体が何か知りたくなる。
焦げた大木の根本を触れてみる、若干生暖かいが熱くはない、片手をその根本にしっかりと掴まり、片足から川に浸けていく。
川底に足が着いたのを確認すると、もう片方も同じように川底へ。
光の根源は直ぐ真下、しかし簡単には届かない。
川の流れで足が少しずつ下流に流されていく、何とか踏ん張るが下がり始める足。
濁っていて汚い川、本当なら嫌だが気になったものは答えをしりたい。
ドライグは片手は根本に掴まったまま、軽く顔を浸けて手を伸ばす。
「よし! 掴んだ!」
しっかりと光の根源を掴むと、川から這い上がる。
全身びちゃびちゃになったが、ドライグはそれよりも。
「なんだこれ、錆びてるし折れてるし、剣か?」
剣にしては変な形をしている、錆びていて分かりにくいが切れる刃の部分は片側だけで、妙な剣。
だが、川から出してからもそれは淡い光を帯びている。
「変なの……痛っ!?」
錆びていると言っても、尖った部分に触れてしまえば皮膚は簡単に裂いてしまう、人差し指の先を広く浅く切ってしまい、鮮血が溢れ出してくる。
雨が当たる度に地味な痛みと、赤い液体。
その血が錆びた剣に落ちる、ドライグはポケットに入れていたビショビショのハンカチを手に取った時だった。
またも突然のホワイトアウト、また雷だろうか、しかもかなり近い距離でフラッシュした。
今度は身体中が熱く感じる、これは雷がドライグに直撃したのだろうか。
だが死んだ感覚は無い、死んだことないのだから無くて当然だしわからないのが当たり前。
眩しいと目を閉じていたが、ゆっくりと開くと。
「だ、誰だ?」
目のピントが中々合わない、ボケて良く見えないが、目の前に赤い何かが居る。
――起こしたのは貴様か。
声まで聞こえる、女性?
視界がようやくクリアになると、その姿を見ることができた。
「あ、貴女は誰?」
ドライグが見たのは、赤いドレスで、長い深紅の髪で、身体中から帯電した。
――エルザライト、お前の主だ。
謎の女性だった。