第一章9 『進むべき道』
エヴォルドと薪割りをしてから2時間後、朝食をエルザライトと取り、その後直ぐに部屋へ戻る。
薪割りをしながら話をしていたドライグは、その会話をしていくうちに何かが見えてき始めていた、物理的に見えているのでは無く、頭の中にずっとこの『旅』の意味を隠したモヤが少しずつ消えて、薄らと答えが明らかになりつつ有る。
元々はドライグ1人で旅をし、色々な人の生活や物流の流れ、世界の情勢などを自分の目で見てみたかった。
ただこれは建前で本音は外の世界を見たかった、育った孤児院と歩けばスグそこにある村、真後ろにある小さな山くらいしか見たことがない。
院長が亡くなったスグに旅に出たのは、自分へのケジメ。
旅に出ずにずっと孤児院に入れば、苦労せずに生活ができたはずだが、小さな世界でずっと過ごしていても何も変わらない、自分から進まなければ何も始まらない、これは院長が亡くなる前から決めていた事でドライグは少しずつ準備をしていた。
いざ旅に出たら迷う事も、分からないことも沢山あった。
そして今は、旅をする目的が大きく切り替わった、それは彼女と世界を救う旅へと変わる。
世界を救うと言ってもこれは彼女がドライグを納得させるために発言した言葉で、実際は戦いに巻きこまれたのが正しい、だが後悔はもうしていないと、ドライグは心で決心した。
彼女、エルザライトと旅をすれば見えないものも見えてくるかもしれない、ちょっとしたワクワク感を持ちながらもやはり不安も握っている。
朝食を終わらせ部屋に戻った2人は、部屋の片付けを簡単に済ませて、いつでも此処を出られるようにする。
荷物をソファーに置くと、ドライグはエルザライトに話し掛ける。
「これからどうするんですか?」
「この村には霊気を感じないわね、次に行くしかないわ」
ドライグに視線を合わせずに、爪の手入れをするエルザライト、質問に淡々と答えるとドライグは少し悩み始めた。
「次って、どこへ行けば?」
「さぁ、わからないわね」
「エルザライトさんがわからないんじゃ、俺だってわかりませんよ」
胸ポケットに何回かに折り畳んだ地図を出す、セイレン村から次の生活圏がある場所は森を抜けなければならない、その森は広大で迷ってしまえば中々出られなくなる、ドライグ自信行ってことが無いが、地図を見るからにかなりの規模があるとわかる。
地図に載っている道は商人が使っている人道だが、この地図は古い物で実際はどうかはわからない、整備がされていれば問題は無いだろう。
エルザライトは任せる、そんな目をドライグに向ける。
「はぁ、じゃあこの森を抜けた先にある村に行きましょう」
軽くため息を吐く、エルザライトは『あ、そう?』とまるで興味が無い様に呟く、この先がちょっとどうなるか不安になりながら、荷物を背中に背負い部屋を出るためにカウンターに向かおうとした時だった。
扉のノブを握る前に先に半回転する、ノブを握ろうとする手はスグにぷらーんとなる。
「よかった、まだ居てくれたね」
「エヴォルドさ……エヴォルド、どうかしたのか?」
丁寧な言葉遣いはやめてくれ、そう言われてからまだ時間が経っていない為、思わず普段通りに喋りそうになるのを抑える。
「あぁ、次はどうするんだい?」
「それなんだけど、この村の先に森があるだろ? あの先にある村に行くつもりだよ」
「村?」
エヴォルドはドライグの目的地を聞いて、頭にはてなマークを浮かべる、何だか難しい顔をしている様子を見るに地図を見間違えたのかと改めて広げて確認をするドライグ。
しかし、間違えてはいない。
確かに小さな村がある、村の名前は字がボケてしまいわからないが、村である事を示すマークがある。
「すまないが、その地図はかなり古い奴だよ」
「それは自覚してるけど、そこまでなの?」
「あぁ、今の地図を見せるよ」
ズボンのポケットから、新しい紙に書かれた地図を取り出すエヴォルド、ドライグが持っている地図は年季が入り過ぎて茶色くなっているからか、新しい地図は純白で光が反射して少し眩しく感じる。
古い地図と新しい地図に書かれた道を比較すると、目的地に向かう途中にある森が切り開かれ、ちゃんとした道に変わっていた。
その森の先には村では無く、見たことの無いマークが書かれている。
「ここは数10年前に村から国になったんだよ」
「そうだったんだ、森で迷う事が無くなったのならよかった」
「その代わりなんだけど、森入口は国境になっていてね、許可証が無いと入れないんだよ」
「まぁ、そうだよね」
当然許可証なんて持っていない、この国に入らないと迂回するしかないのだが、とてつもない時間が掛かる事になる。
このままでは足止めを喰らい、いつまでも動けないことが始まる、それを避けるために考え込むドライグ。
「まぁそう悩む事はないさ」
「いやでもさ、許可証が無いならどうする事もできないよね」
「実はこの国、ちょっと面白い事になってるらしいんだ」
「面白い事?」
この国の名前は『王都レヴィルタ』
国としてはまだ歴史が短いせいで、元々村として生活をしていた人達は未だに王政のルールに反感している、その為か国境警備は雑で抜け道がいくつかあると話す、さすがに国の内情までは分からないものの、国境をパスできるならと安易な考えを覚える。
「ただ、これは野盗がやる手口と一緒だし、バレたら牢獄か刑罰がある。それでも行くのか?」
「…………」
そんな事になれば当たり前だが旅は終わる、さらには自分の身はもちろんエルザライトもどうなるかわからない、メリットよりデメリットの方が大きく立ちはだかる。
2人の会話を聞いていたエルザライトが立ち上がり、新しい地図を取り上げる。
「抜け道、いいんじゃない? 入れるならそれで」
「エルザライトさん、バレたらどうするんですか」
「下僕、お前と私は何?」
「旅人です」
「普通ならね、でも普通じゃないのよ私達」
わかるようなわからない質問にまたも悩むドライグ、チラッとエヴォルドを見ると何やらニコニコしている、質問の答えが分かっているような表情をしている。
エルザライトが口にした『普通ならね』の言葉が、頭に引っ掛かる。
あっ、と声を出すドライグにエヴォルドは『そういう事だ』と親指を立てる。
「え、いやでもそれこそやばいでしょ!?」
「私を誰だと思っているの? 大精霊エルザライトよ、逃げるより戦って国を出るわよ」
「いやですから俺は戦いの経験無いですって!」
「下僕、お前まだ気づかないの?」
「何ですかさっきから!」
「そこの男もどうせ来るって話よ」
エルザライトの口から出た言葉、男は今この場に2人しか居ない、そして一緒に付いてくる男とは。
「あぁ、僕も一緒に行くよ。もちろんヘルテートもね」
「それはどうしてなんだ? 2人はここで居れば……」
横に数回首を振る、エヴォルドとヘルテートはなるべく戦いから避けられるようにずっとこの宿で暮らしている、それなのに何故わざわざ危険を冒してまで村を出ると言うのか。
「確かにここに居れば何も無く、平和に過ごせるかもしれない。だが今回見たいに血の契約者が現れたりしたら、どうなるかわからない」
精霊側ではなく邪神側の契約者が現れれば戦いは必ず起きる、さらには宿の人達も命を落とす可能性がある、それならば2人が出ると同じタイミングで村を出れば迷惑を掛けることは無い、エヴォルドはヘルテートと考えて答えを出したようだ。
宿でじっとしていても意味が無い、邪神側が勝ってしまえば世界はどうなるかわからないのだから。
「だから、僕達も一瞬に行くよ。数が多い方が何かとやりやすいだろ?」
「そうだな、うん、わかった」
ここでエヴォルドの考えを否定したら、全てを否定してしまう気がする、ドライグはエルザライトの目をチラッと見る。
「何?」
「あ、いえ、エルザライトさんはそれでいいのかなって」
「お前の旅でしょ、お前が決めなさいよ」
つまり旅を一緒にする事を許可してくれたようだ、ドライグは安心すると仲間が増えた喜びを隠しきれず、思わずエヴォルドの手を握り縦にブンブンと振り始める。
ちょっと苦笑いをするエヴォルド、そこにツインテールを靡かせて颯爽と現れた女の子に目がいくドライグ。
「お父さんから許可貰ってきたよ、準備も完了してる!」
「わかったよ、じゃあ夕方には出発しよう」
短い時間で仲間と言える2人が旅に参加することになった、これからどんな事が起きるのか、エルザライトとドライグに待ち受ける出来事は何なのか、それはまだ深い闇の中だ。
ただ心強い仲間が出来たことに今はホッとする、戦わずに避けられるなら避けたい、だがそれはほぼ無理だろう。
次に向かう国は色々な人間が出入りしている上に、国の内情が余りよろしくない、それだけでまた不安は募り始めるが今はそれだけじゃない。
不安を上回る強さの方が緊張感を刺激している。
新しい仲間の2人が部屋を後にした後、ふと疑問が浮かびエルザライトに話し掛けるドライグ。
「そう言えば、今まで話し掛けるなら許可を取れとか言ってましたよね? 何で言わなくなったんですか?」
「飽きただけよ」
「遊ばれてただけなんですね俺……」
性格と言うか、特性と言うか分からないが、エルザライトの事ももっと知らないと心は開いてくれなさそうだ、苦笑いをしながら夕方に向けて、心の準備も開始した。