田中省三 70歳 省三は見た
三日目になると少しは仕事に慣れてきた。残飯のバケツを洗おうと美佐子の洗ってくれたゴム手袋だが、これがひっくり返せない。なんでこうなるの。
いくら俺でもこんなことで時給稼ぎはできないよ。あせったね。
するとな、通行人が声を掛けてきた。
「あなたそれでは一生かかっても出来ませんよ。まず空気を入れるんですよ」
犬を連れた老人だった。散歩の途中なのだろう。
あっと言う間に手袋をひっくり返してくれた。
「これからは練習した方がいいでしょうね」
「いや、洗濯は女房がしてくれますからひっくり返してもらいます」
「そうなるでしょうな。だけど省三さん、そのままでは成仏できませんよ」
言ってる意味がわからないのだけれど。
「あなたのように人を使い倒す人は長生きするのですよ」
「私は管理職になったこともないのですよ」
「そういう問題ではないのです。少しは現世で苦労してもらいましょう」
一瞬にして通行人は消えた。何なんだあれは。それにどうして俺の名前を知っているんだよ。
「田中さん、田中さんどうしたのですか独り言を言って。具合でも悪いのですか」
他の人には見えなかったのか。だとすればあれしかないだろう。
「いや、何でもありません」
「そうですか、それでは庭の水まきをしてください」
水まきは面白かった。しかしホースリールを収納するのに難儀した。
だけどな途中からスルスル入るようになってな、
[田中さん、さきほどホースリールの収納の手伝いをしていた方はお知り合いですか」
今度は他人に見えて、俺には見えないのか。
「美佐子、大変だよ。出たんだよ」
「何ですか、月でも出たのですか」
「心霊現象だよ。血も凍る話だ。あれはやはりご先祖様かな」
「何を見たのですか」
「それが好々爺とした、温厚な爺さんでな」
「それのどこが怖いのですか」