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森に住まう竜と黒猫と人間と

作者: マシュマロ

 竜の子どもは平和な森の中で、母親と二匹で幸せに暮らしていた。

 しかし、幸せとは永く続くものではない。

 ある日を境に、竜の親子の幸せは粉々にされてしまう。


 広大な森の中央あたりに位置する小さな王国がある。

 その王国は長い間、森と共存してきた。

 ところがある日、森を抜けた先にある帝国から、一人の将軍が新たな王として派遣されてきた。

 帝国の目的、それは竜の密猟だった。

 竜は希少動物とされ、本来狩ることは禁止されている。

 しかし、竜の鱗はとても美しく、コレクターたちを魅了してやまなかった。

 帝国はそこに目をつけ竜の密猟を始めようとした。

 しかし、森の中にある王国に邪魔されては困る。そこで、一人の将軍を新たな王として建てることで、王国を無理やり黙らせたのだった。


 あっという間に竜の母親は帝国軍に殺されてしまった。

 その時見た光景は、竜の子どもにとって忘れられないものになった。

 大きな鉄の塊から撃たれた鉛玉に撃ち抜かれ、静かに倒れていく自分の母の姿。

 その光景にとてつもない恐怖を覚えた。

 そして、竜の子どもは独りぼっちになった。

 それ以来、森は帝国軍によってあちこちが破壊され、帝国軍が一日中探索を行っている状態になった。

 しかし、広大すぎるが故か森の探索は思うように進んではいないようだ。

 それでも竜の子どもは、森の中で何度か人間を見かけては怯える。そんな日々を過ごしていた。

 森の動物たちから竜の子どもに話しかけることもなく、逆もまた然りだった。

 いつしか、竜の子どもは森の動物たちや人間との接触を避けるため、自分で掘った巣代わりの穴にこもっていることが多くなった。


 そんな日々を過ごすようになって早一か月。

 竜の子どもは、もう立派な竜になっていた。

 ある日、川のほとりで水を飲んでいると、いつの間にか隣に一匹の猫が座っていた。

 毛並みは綺麗に整い、目は宝石のように澄んでいる美しい黒猫。


「ねえ、ちょっとおいしい木の実でも食べに行かない?」


 全く面識のない黒猫に、唐突に話かけられたことに驚き、竜はその場からしばらく動けなくなった。

 竜が返答に困っているのをお構いなしに、黒猫はひょいっと木の上に上り、竜を急かした。

 彼女が進んでいく道を、竜は黙ってついていくことにした。

 しばらく進んで、少し開けたところに出た。

 そこにはおいしそうな木の実が成っている木が、何本も生えていた。

 黒猫はその中から適当な木の実を二つもぎ取ると、片方を竜に投げ渡した。

 ちょうど竜もお腹が空いていたので、木の実を一口かじってみた。

 美味しい。それが率直な感想だった。

 ほどよく熟れていて、適度な甘みがする木の実は、この一か月で口にしたどんな物よりも美味しかった。


「おいしいでしょ。私の好物なの」


 なぜか黒猫が自慢そうに木の上で竜にそう言った。

 竜はその言葉に対して、静かに頷いた。

 木の実を食べている間、竜は考えていた。

 竜はどうして黒猫がこんなことをしてくれるのかということ。

 竜は自分が嫌われ者だという自覚を持っていたので、逆に気味が悪かった。

 その理由を尋ねようと一瞬思ったが、返事を聞くのがなんとなく恐くて黙っていることにした。

 竜が木の実を食べ終えると、黒猫は地面まで下りてきて竜のほうを向いた。


「また明日ね」


 それだけ言うと、黒猫は竜に背を向け森の中へと消えてしまった。

 竜は狐につままれたような感覚に襲われながらも、ひとまず巣代わりの穴へと帰って行った。

 そして、日もすっかり落ちて草木も眠る丑三つ時。

 竜は昼間の出来事に関して考えていた。

 あの黒猫は何者なのだろうか。いったい何の目的があったのだろうか。

 どれほど考えても分からない。むしろ、謎が深くなっていくだけだった。

 結局何一つ答えを見いだせないまま、日は明けた。


 翌日。

 目を覚ました竜はひとまず黒猫との約束通り、昨日と同じ川のほとりで黒猫を待つことにした。

 五分も立たないうちに黒猫はやってきて、竜を見ると満足げな表情を浮かべた。


「今日は魚でも捕ってみない?」


 昨日のように黒猫は提案を行い、また返答を聞かず川の中に入っていった。

 結局竜は、翌日も黒猫と一日を過ごした。

 その次の日も、またその次の日も、竜は黒猫に振り回され、竜はしぶしぶそれについて行く。

 そんな日が何週間も過ぎ去り、いつの間にか黒猫と過ごすことが日課になった。


 ある日、竜はいつものように川のほとりで黒猫を待っていた。

 しかし、彼女は一向に来る気配がない。

 これまで、彼女が来なかったことなど一度もなかったというのに。

 妙な胸騒ぎを覚えた竜は、彼女を探しに出かけることにした。

 探し始めて三十分もしないうちに、少し開けた場所で彼女を発見した。

 見たところ、彼女は見たことのない灰色の猫と言い争いをしているようだ。


「先生、あの竜とは今すぐ縁を切るべきです!」

「どうしてそんなことを言うの。彼が私に何かしたとでもいうのですか」

「先生も竜は希少動物として、帝国に狙われているのはご存知でしょう。そのような竜と一緒にいてはあなたまで危害を加えられるかもしれません」


 どうやら、二匹は竜に関して口論しているようだった。


「もう放っておいて!私はもうあなたの先生ではないの」


 徐々に白熱していく議論だったが、黒猫は最後にそう吐き捨て森の中へと入っていった。

 灰色の猫は呆れた顔で黒猫とは違う方へと行ってしまった。

 竜は慌てて黒猫の後を追っていった。

 黒猫の後を追っていくと、彼女は川のほとりでひとり座り込んでいた。

 竜は黙って彼女の横に座った。


「……あの灰色の猫は誰なんですか?」


 どうやら黒猫は竜が話しかけるまで竜の存在に気付かなかったようで、少し驚いたようだった。


「見てたの。」


 黒猫はいつもとは違い、元気がないようだった。


「あの子は私の元教え子なの。どうやら、心配してくれていたみたい」

「先生だったんですか」

「つい最近までね。でもある出来事がきっかけで先生をやめてきたの」

「ある出来事?」


 黒猫は少しうつむき、川に映る自分を見つめながらある出来事のことを話し始めた。


「ちょうど一か月ぐらい前。私がいつものように授業していたときに帝国軍が現れたの。奴らは私たちには興味がないはずだから、姿を隠せば追ってはこないと思っていた。でも、奴らは私をしつこく追ってきた。私も狩りの対象だったみたい」


 そう、帝国軍は竜がなかなか捕まらないことに嫌気がさし、若干価値は下がるが希少動物の中でも狙いやすい小動物に狙いを付けた。

 そして、黒猫も希少動物の一つ、カーバンクルと呼ばれる種類だった。


「その後は授業をさぼってあなたと一緒に過ごしていたわ。」

「なんで僕なんかと……」


 黒猫はそこで一瞬黙り込んだが、ごめんねと前置きして再び話し始めた。


「あなたも狙われている身だから余計な心配をしなくて済むと思ったの。最悪よね。あなただったら狙われてもしょうがないと思って近づいたなんて。」

「そんなことない!」


 黒猫は竜が大声を出して反論したことに驚き、思わず竜の顔を見上げた。

 竜は泣きそうな顔をしながら、川の方を向いていた。


「そんなことないです。僕ずっと独りぼっちで寂しかった。でもあなたが一緒にいてくれてとても嬉しかったんです。」


 それは紛れもない竜の思いだった。

 最初こそ戸惑ったが、その後は一緒にいてくれる友達がいたことが嬉しくてたまらなかった。

 かけがえのない存在を二度も失いたくない。そんなことを感じた竜は黒猫を守っていこうと心に決めたのだった。

 その日はそのまま、二人で川のほとりに座ってお互い他愛のない話をして過ごした。

 このままこんな日が続けばいいのに。竜の心の中はそんな思いで満ちていた。


 それから数日後、竜がいつものように川のほとりで黒猫を待っていると、一匹の灰色の猫が現れた。

 灰色の猫は竜を鋭い目で睨みつけながら、静かにこう告げた。


「あんた邪魔なんだ。どっか消えてくれないかな」


 その言葉に対して竜はさほど驚きはしなかった。

 いずれこう言われるのではないか。なんとなくそういう風に察していたからだ。

 少し前の竜だったら、ここで怖気づき何も言い返せなかっただろう。

 しかし、今の竜は違う。心から黒猫を好き、守りたいとまで感じている。

 このような猫に言われたところで、その思いは変わることはなかった。


「悪いけど、僕は彼女と離れる気はないよ」


 竜はキッパリと灰色の猫にそう言った。

 それでも灰色の猫は一歩も引く気はないようで、むしろ竜に食って掛かった。

 竜も負けずと次々と反論していった。

 激化していく口論だったが、一匹の兎の乱入によって口論はピタッと止んだ。


「先生が帝国軍に連れ去られたの!」


 彼らが口論を始める少し前、黒猫は帝国軍に連れ去られたのだった。

 

「くそっ!俺は仲間に急いで知らせる。不服だがお前は王国へ向かってなんとか先生を守れ」

「言われなくても!」

 

 それを聞いた竜は急いで王国の方へ、灰色の猫は仲間に知らせに森の中へと入っていった。

 竜は勢いよく王国へ走りこむと、突然現れた竜に驚いてる町人に聞いた。


「黒い猫はどこに連れて行かれた」


 町人は震えながら、王城の方を指差した。

 竜は町人の指差した王城の方へ再び走り出すと、警備を行っていた帝国軍人に止められそうになる。

 しかし、竜は自分の尾で薙ぎ払い、王城の前にある噴水広場までやってきた。

 

「あなた!どうしてこんなことを……」


 そこで見つけたのは檻の中に入れられた黒猫。


「よかった無事で」


 しかし、一息つく暇などない。先ほどの騒ぎで帝国軍人たちがあちらこちらから集まってきている。

 町一杯に鳴り響く警報。ずらずらと出てくる帝国軍人を次から次へと薙ぎ払っていく。

 しかし、次々と沸いて出てくる帝国軍人たちにやがて押され始めた。

 そして、とうとう竜は帝国軍人たちに動きを封じられてしまった。


「いやいやまさか、竜までついてくるとは。今日は付いていますね」


 王城から一人の男が甲高い声を上げながらやってきた。

 彼はこの王国を仕切る王、すなわち帝国から派遣されてきた将軍である。


「この黒猫を追ってきたのでしょう?なんとも仲間思いだこと。私感動のあまり涙ほろりですよ」


 男はいかにもわざとらしいジェスチャーを交えながら、竜の前まで歩み寄ってきた。


「あなたも馬鹿ですが、あの黒猫も馬鹿なもんですよ。こちらが捕えようとしていた希少動物を逃がすため、自分が捕まるんですから。本当、笑っちゃいますよ」


 その言葉に竜は頭に来た。竜にとって黒猫はかけがえのない存在。

 彼女を悪く言われ、黙ってなどいられなかった。

 今まで竜を押さえつけていた縄を力づくで引きちぎり、大きな雄叫びを上げた。

 それからは襲いかかる敵という敵を打ちのめし、竜の独壇場となった。


「危ない!」


 黒猫の声を聞いて、竜はとっさに頭を引っ込めた。

 すると、先ほどまで竜の頭があった場所を何かが通り過ぎて行った。

 飛んできた方を向くとある兵器がそこにあった。

 それは竜にとって最悪な思い出を残した兵器。自分の母親を殺した最強の兵器。

 戦車。


「アハハハッハハハ。よくもやってくれるじゃないか。しかし、この戦車の前では無力っ!くたばるがいい!」

 戦車に乗っているのはあの男。兵器乗りの天才と言われた将軍であった。

 戦車は竜に砲塔をゆっくりと向け、しっかりと狙いを付けた。

 それでもなお、竜はその場を動くことが出来ない。

 完全に恐怖に体を飲まれ、もうだめかと思ったその時、森の方から大きな地鳴りが響き始める。


「な、なんだ。何が起こっている」


 ドドドと徐々に大きくなっていくそれは、無数の動物たちであった。

 突然の訪問者に戦車に乗っている将軍をはじめ、帝国軍人たちも慌てふためいた。


「おい、何やられそうになってんだ!お前が死ぬと先生も殺されちまうだろうが」


 動物たちの先頭に立つのはあの灰色の猫だった。

 つまり彼らは皆、灰色の猫の仲間であり、黒猫の教え子なのだ。

 再び形勢は押し戻され、帝国軍人たちは逃げるように王城へと退散していった。

 しかし、将軍だけはすぐさま冷静さを取り戻した。

 戦車をまるで自分の体のように操り、動物たちを一切近づけなかった。


「くそが!せめて竜だけでも、竜だけでも討ち取ってやる!」


 そのまま戦車は竜をめがけて突撃してきた。

 竜は戦車を正面で受け止め、押し合いが始まった。

 しかし、戦車の力は思ったよりも強く、竜は押され始めた。

 このまま母さんと同じように……

 竜の頭にそんな考えがよぎる。力を失いそうになった瞬間、背中になにかの感触を感じた。


「頑張って、あなたは一人じゃない」


 それは、紛れもない黒猫の声。彼女は竜の背中を精一杯支えようとしたのだ。


「ったく、しょうがねぇな」


 すると、背中に感じる感触がまた一つ増える。灰色の猫だ。

 その後もどんどん増えていく感触。森の動物たちが支えようとしてくれているのだ。

 一人じゃない。その言葉に多大な勇気と力をもらった竜は、再び力をこめ始めた。

 徐々に浮き上がる戦車。やがて戦車は竜に押され、ひっくり返ってしまった。

 戦車からは、慌てるように将軍が抜け出てきた。

 竜は強く息を吸い、体内に空気を貯めていく。

 地上の空気を吸い尽くすかのような竜を、動物たちも帝国軍も息をのんで見つめていた。

 やがて竜が口を閉じたかと思った次の瞬間、口からすべてを焼き尽くすような業火が戦車に向かって飛び出す。

 無敵と言われていた帝国軍の戦車は一瞬のうちに消し炭と化し、跡形もなく消え去った。

 帝国軍の将軍もまた、それをただ見つめることしかできなかった。


 それから、数日後。

 この一件で帝国のたくらみはすべて明るみにでることになってしまった。

 将軍も王国を追放され、元の平和な王国の姿を取り戻した。

 そして、帝国を追い払った英雄として、一つの像が作られた。

 それは勇ましく炎を吐く竜を表現した、とても立派な像であった。




「この間は助けてくれてありがとう。その、すごく嬉しかった」

「うん、本当無事でよかったよ。」


 当の本人である竜と黒猫は川のほとりで静かに話していた。

 しかし、そんな二匹を見つめる無数の視線。それは森の動物たちだった。


「なぁ、あれはもう付き合っているんじゃないか?」

「だよな、めっちゃいい雰囲気だし」


 そんな話が森の動物たちの間で口々に飛び交う。

 灰色の猫は、それを聞いてただただ静かに怒りを募らせる。


「でさ、ちょっとお礼がしたいんだ。少し頭を下げてくれる?」


 黒猫にそう言われ、竜は素直に頭を下げた。

 すると黒猫は竜の額にそっとキスをした。

 それを見て、森の動物たちはさらにざわつき、灰色の猫はショックのあまりその場に倒れこんだ。

 そして、竜は唐突の出来事に目を丸くし、黒猫を見つめた。

 黒猫は少し恥ずかしげに微笑んでいた。

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