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「憎悪」  作者: 晒す者
3/3

「復讐」

 私はこの日を待っていた。それは間違いない。

 だが、それはどのような感情からくるものだったのだろうか。

 子供の頃に遊園地に行く日を待ちわびたようなものとは違う。

 大学受験の合格発表を待ちわびたようなものとも違う。

 期待でも、緊張でもない。私にあった感情はなんだったのだろうか。


 だが、私にどんな感情があったとしても、現在、待ちわびた日を迎えている。


 私は今、ある少年刑務所の前に車を止めている。今日が彼の出所の日だと聞かされたからだ。

 彼が出てくるまでどうやって暇を潰そうかと考えて、ポケットからタバコを取りだそうとして気がついた。

 そうだった、タバコは三年前から止めている。


 しかたなしに、カーステレオでラジオでも聞こうとしたときに、刑務所の扉が開いた。

 そこから出てきたのは数人の刑務官、そして……


 彼だった。


 あの顔を忘れることはない。まあ、私じゃなくてもなかなか忘れられないだろう。何しろ特徴がありすぎる。


 首筋から左頬にかけての火傷と、眼帯をした右目。


 それは間違いなく、私の息子を殺害した犯人、□□だった。




 三年前。

 当時、まだ衆議院議員の職についていた私は、事務所で本会議に使用するための資料をまとめていた。

 だが、結果的にその資料が使われることはなかった。


「××先生」


 私の秘書が、珍しく顔色を変えて部屋に入ってきた。彼は優秀な男で、常に冷静に私をサポートしてくれる。そんな彼が動揺しているということは、よほどのことがあったのだろう。


「どうした、何かあったようだな?」


 いつもであれば、仕事中に手を止めることはしたくないので、退室するように言うところだが、私は彼の話を聞くことにした。


「そ、それが……警察の方がお見えになっています」

「なに?」


 警察だと?

 世間ではよく、政治家の汚職が問題となり検察なりの強制捜査が話題になったりもするが、警察が事務所に押し掛けるというのは希だ。

 正直言って、私自身も法に触れるギリギリの行いはしている自覚はある。

 だが、政治家をやっていくには綺麗事だけ追い求めるわけにはいかない。そして、尻尾を掴まれるようなヘマはしていないはずだった。

 なのに、警察が訪ねてきた?


「……わかった。通してくれ」


 おそらくは、非常事態だ。下手に突っぱねればなにかまずいことになるかもしれない。

 私は応接間に客人を通すように伝え、軽く身なりを整えて応接間に入った。

 そこには、数人の刑事と見られる男性がソファーの前に立っていた。


「お忙しい中失礼します。☆☆県警刑事部の◎◎です。代議士の××先生ですね?」

「はい、ご足労いただいた直後に申し訳ありませんが、ご用件を教えていただけますか?」


 ベテランらしき風貌をした刑事が名乗りでる。どうやら所轄の刑事ではなく、県警本部の人間のようだ。

 確かに、国会議員である私への用となると、県警本部が動いたりもするのだろう。しかし、目的は未だにわからない。


「……落ち着いて聞いてください」


 この口振りからして、私への追及ではないようだ。いったい何が……


「今朝、☆☆県内の林で、ご子息の遺体が発見されました」


 …………は?


「え? あの……え?」


 え? 何を言っている?

 目の前にいるこの男は何を言っている?

 ちょっと待て、遺体? ご子息?

 え? なに? つまり、


 ……息子が、死んだ?


「むす、こ、が、死んだ?」


 政治家としてやっていくうちに、感情をコントロールする術を身につけたはずの私だったが、言葉がうまく紡げなかった。


「受け入れられないお気持ちはわかります。ですが、これは事実です」


 事実? え? 本当に?


「な、なにが……?」


 何が起こっている? という言葉を出そうとしたが、刑事は息子に何があったのかと質問しているように解釈したようだ。


「状況から言って……ご子息は殺人事件に巻き込まれたと見て間違いありません」


 殺人……事件?

 意味は知っている。だが、その言葉が息子に結びつかない。


「……少しお気持ちが落ち着きましたら私にお声かけください。病院にご案内します」



 気持ちを落ち着けるのに一時間掛かった私は、その後ようやく刑事に連れられて☆☆県内の病院に向かった。

 何かの間違いだ。実は息子は生きているんだ。

 だが、私のそんな考えは、病室ではなく霊安室に案内されたことで打ち砕かれた。


 本当に……息子が殺されたというのか。


 霊安室に入ると、白衣を着た医者らしき中年の男と、

 ベッドに横たわり、白い布を被せられた『何か』があった。


「この度はご愁傷さまです。私は検屍を担当している……」


 白衣の男が名乗ったが、よく聞き取れなかった。

 まだ、希望を捨てていなかったからだ。

 この白い布を被せられたのは全くの別人に違いない。何かの間違いで、息子と間違えられたのだ。

 そうだ、この下に息子がいるはずがない。


「先に言っておきます……ご子息と対面される前に、相応の覚悟をお持ちください」

「……え?」

「正直言って、遺体は相当ひどい状態です。詳細を先に述べておきます」


 白衣の男が、遺体がどのように損傷しているかを説明した。

 何だ? 何だ? 何だ!?

 何を言っている? それが、本当に息子の身に起こったことなのか?

 そんなはずはない。息子がそんな……


「説明したように、遺体はこれほどの……」

「黙れ!」


 思わず叫んでしまった。

 そうだ、これは何かのイベントだ。私を驚かすためのイベントだ。

 息子がそんな状態のはずがない。この下にいるのは……


「あ、お待ちくださ……!」


 医者が止めるのを無視して、私は布を取り去った。



 ――――――――

 …………


 あ、あ、あ、あ、あ、あ、


 あああああああああああああああ!


「う、嘘だ! こんな! これが! ああああああああ!」


 白い布の下にあった『もの』。


 確かに人間ではあったのだろう。


 だが、医者が言った通り、その遺体は、


 全身を滅多差しにされ、指と両耳が切り取られ、歯のほとんどを折られ、鼻をあり得ない方向に曲げられ、両目を潰され、腹を裂かれ、腸をぶつ切りにされ、

髪の一部分が引き抜かれ、口を頬まで裂かれ、のどを裂かれ、頸椎が見えるようにされ、だが、こめかみに見覚えのある黒子が確かにある、


 息子の、遺体だった。


「う、ぐ、ううう……」

「大丈夫ですか!?  こちらにどうぞ……」

「ぐ、おぶええええぇぇぇ……」


 想像以上の惨状に強烈な吐き気を催し、医者が持ってきたボウルに嘔吐してしまう。


 そんな、息子が、何で、なんで、ナンデ、

 息子が何をしたというのだ!!


 私は感情を自由にコントロール出来る人間だと思っていた。

 だが違った。いや、どんな状況になっても自由に感情をコントロール出来る人間などいない。息子がこんな目に遭わされて、感情をコントロール出来る父親などいない。

 今沸き起こっている感情は何だ? 悲しみ? 怒り?


 ……憎しみ?


「……××先生。あちらに休憩室を用意しています。まずはそちらに……」


 刑事の◎◎が、私を息子の遺体から離そうとする。だが、どうしても確認したいことがあった。


「……なんでだ、なんで犯人はこんなことをしたぁ!?」

「お、落ち着いてください!」

「こんなことをされて、落ち着いていられるか! 早く犯人を捕まえろ!」

「犯人はすでに自首しています!」

「なら、犯人をここに連れてこい!」

「お気持ちはわかりますが、それは出来ません!」

「ふざけるな! こんなことをした犯人を庇うというのか!? 今すぐ死刑にしろ!」

「犯人を庇うつもりではありません! 然るべき手続きをした後に法の裁きを……」

「そんなのを待っていられるか! 法ではなく、私が裁いてやる!」

「落ち着いてください! おい、もっと人を呼んでこい!」


 多数の刑事に連れられて、強引に休憩室に運ばれた。


 休憩室に半ば軟禁されるように入れられた私は、しばらくどう呼んでいいのかわからない感情の波に翻弄されていた。

 だが、刑事たちの賢明な説得により、なんとか平静を取り戻す。

 それでも、私の頭からは疑問が消えなかった。

 なぜ、息子がこんな目に遭ったのか。

 なぜ、犯人は息子を狙ったのか。

 なぜ、息子は助からなかったのか。

 そうだ、その疑問を晴らすまでは帰れない。


 私は休憩室に入ってきた◎◎に詰め寄った。


「……犯人に会ってきたんですね? 教えてください! 犯人は、犯人の動機は何なのですか!?」


 息子をあんな姿にした動機はなんだ。どんな理由があろうと許されることではないし、許すつもりはない。

 それでも、動機が知りたかった。


「事実かどうかはまだ調査中ですが、犯人の供述はこうです」


 一体何だ? 何があってこんな……


「ご子息の過激ないじめによって、彼への『憎悪』が止まらなかった。だから殺した」


 ……なに?

 いじめ? 待て、息子がいじめ?


「そ、そんなことがあるか! 息子はいじめを止めていたんだぞ!」


 そうだ、中学時代に息子は同級生が火だるまになっていたのを助けたことがある。

 その他にも、『友人』が困っているから私の権力を借りるのを許してくれと頭を下げたことがあった。

 だから、私の名刺を何枚か渡しておいたのだ。いざというときは、それで『友人』を助けると言って。

 その後、なぜか息子は逆恨みで右膝を刺されたが、その犯人は少年院に送られたと聞いている。

 まさか、その犯人がまた息子を逆恨みして……?

 つまり、犯人は息子の同級生!?


「先ほども申し上げた通り、事実関係はまだ調査中です。しかし……」


 刑事は、思い出したくないものを思い出すように言った。


「犯人は、顔から背中にかけて大きな火傷があり、右目を失明しています」



 その夜。

 遺体は司法解剖に回されるとのことで、あれ以上息子の側にいられなかった私は、呆然とした頭で、久しぶりに自宅へと戻った。

 出迎えてくれるものはいない。妻は、息子が小学校に入った直後に他界している。

 私はせめて、金銭面では息子を不自由させまいと、父から受け継いだ人脈を必死に守り、政治家となったのだが……


 いつのまにか、息子と顔をあわす回数は減っていった。


 それなのに、今は息子との思い出が次々とよみがえってくる。

 まだ、父の秘書をしていた私の仕事を見て、尊敬のまなざしを向けてくれた息子。自分の父親はすごいんだぞ、と自慢げに友達に話す息子。率先してリーダーの役目を担い、友達を率いていた息子。


 小学校に入ってからはうまく話すことが出来なかったが、それでも彼との思い出はたくさんあった。


 だが、もうその思い出を増やすことは出来ない。

 その未来は全て奪われてしまった。


 ……犯人によって。


 許せない。いじめだと? おそらく犯人は逆恨みで右膝を刺したという少年だろう。それなら今回も逆恨みに決まっている。そうだ、あれほどの惨劇を起こしたんだ。

 犯人はまともではない。生きていても害しか振りまかない。

 なんとしても、死刑にしてやる。



 二日後。

 私はありとあらゆるコネを使って、検察や裁判所を抱き込むために準備をしていた。

 順調だ。たとえ犯人が未成年であろうと、死刑になった判例はある。あとは、うまく抱き込めればいい。

 そう考えながら、私は被害者遺族として警察署に向かい、捜査状況を聞くことにした。


 担当刑事の◎◎が、資料を持ってくる。


「犯人は容疑を全面的に認めています。凶器にも犯人の指紋が残されていましたし、犯行当時に着ていた服にも被害者の血痕が付着していました」


 なら決まりだ。これで……


「××先生。ここからは受け入れ難い内容となりますが、捜査本部が公式に下した結果ですので、心してお聞きください」

「? どういうことですか?」

「当時の同級生達への聞き込みの結果……ご子息によるいじめが実在したのはほぼ間違いないことがわかりました」

「なっ!?」


 バカな! 息子がいじめだと!?

 そんなことがあるか!


「いじめですって!? バカバカしい! 男同士なら殴り合いの喧嘩くらいするでしょう!犯人が逆恨みをしたのではないですか!?」

「私たちもその線を考えました。ですが……」


 そして、◎◎は持ってきた資料を私に見せてくる。


「正直……ここからは口に出しづらい内容ですので、心してご覧ください」


 その資料には息子がやったといういじめの内容がまとめられているようだった。


 ――――――――

 …………


 な、なんだ……


「なんだこれは!?」


 一通り目を通した私は、資料を机に叩きつけて◎◎に掴みかかった。


「貴様ぁ、どういうつもりだ! こんなデタラメな報告書が信じられるか!」


 怒鳴りつける私を、別の刑事が引き離す。


「信じられないお気持ちはわかります。ですが、数々の証言、そして数々の証拠から下した結果です」

「バカなことを言うな! こんな、こんなことを息子がやったというのか!?」

「元同級生たちの証言、そして教師もご子息に灯油を運んでもらっていたということを認めています」

「そんなバカな! こんな、こんなのはいじめではなく……」


 それにふさわしい言葉は、


「拷問じゃないか!」


 それ以外になかった。



 大人数で殴る蹴る、階段から突き落とす、宿題を燃やす、椅子の上に立たせて首を縄で吊り、椅子を蹴って恐怖心を煽る、本当に椅子を取っ払って苦しむ姿を楽しむ、風呂の底に寝そべらせた状況で縛り、徐々に水を入れる、手のひらや腕にタバコを押しつける、『ストーブ』に見立てて灯油をかけて火を点ける、火のついたタバコを目に押しつける、そして、それら全てを自分の『友人』に罪を被せ……


 逆らうものには、私の名刺を突きつけて黙らせる。


「こ、んな……こんなことが……こんなことをしたら……」


 こんなことをしたら、


「           」


 私はすんでのところで、その言葉が心の中で形になる前に阻止した。

 だが、だが、これが事実だとしたら。

 息子は、そして犯人は――



 警察署から自宅に戻った私は、あまりのショックで検察に手を回すのを忘れていた。

 そうこうしているうちに、事件はニュースで大きく取り上げられることになった。

 当然だ、現役の国会議員の息子が殺人事件の被害者。世間の興味は大きくそそられるだろう。


 だが、息子が行ったいじめの内容が明らかになると、世間の興味をそそるだけでは済まなかった。


 息子は被害者であったため、事件が起こった直後から実名と顔写真が公表されていた。

 だからこそだろうか、息子が行った数々のいじめを告発する電話が新聞社やテレビ局に殺到したそうだ。

 もはやいじめではなく拷問といっていい息子の行いは、連日取り上げられた。


 殺人事件の被害者であるはずの息子が、まるで殺人犯のように扱われていた。


 現役議員の息子の腐りきった裏の顔。

 決して自分の手を汚さない卑劣な手段。

 犯人の少年に一生消えない傷を負わせた!?

 いじめに立ち向かった勇気ある少年が逮捕!?


 因果応報、勧善懲悪、自業自得。


 ゴシップ誌はもちろん民放のワイドショーでさえ、息子を救いようのない悪人として扱い、逆に犯人はいじめに屈しなかった英雄かのように扱われていた。


 もちろん、世間の追及は父親である私にも向かい、マスコミに追われるばかりか、自宅には脅迫文が届き、正義の名の下に徹底的に叩こうとする魂胆が透けて見えていた。

 所属している政党からも追及を受け、私は議員を辞職せざるを得なくなった。


 わからない、わからない、わからない。


 息子に抱いていい感情がわからない。

 悲しみ? 哀れみ? 怒り? 

 何が起こっている。私の心に何が起こっている?

 わけのわからないまま、犯人の裁判の日を迎えた。



 裁判は犯人が未成年であることと、世間の注目を集め過ぎているということで、関係者だけが傍聴することになった。

 ☆☆県内では犯人の無罪を求める署名活動まで行われているようだ。

 被害者遺族である私は、傍聴席に座って裁判の開廷を待つ。


 そして、その時初めて犯人の少年を見た。


 …………


 なんだあの表情は?

 事前に聞かされた通り、少年は首と左頬に火傷を負い、右目に眼帯をしていた。

 だが、私が驚いたのは彼の表情だ。


 あれが、あんな憔悴した表情が十代の少年のそれなのか?


 かつて、戦争から帰ってきた外国の兵士のドキュメンタリー番組を見たことがあるが、その時に見た、兵士の表情に似ていた。


 生きているのではなく、生き残ってしまったかのような表情。

 もはや生きる意味などないのに、生き残ってしまっているかのような表情。


 彼はどれほどの地獄を経験したのだろうか、どれほどつらい目にあったのだろうか。

 彼を見たとき、あの時形になりそこなった言葉が蘇ってしまった。



「こんなことをしたら、殺されて当然だ」



 結局、犯人に下された判決は懲役三年というものだった。

 犯行に及ぶまでの過程は情状酌量の余地があるものの、その後の犯行の残虐性が判決の要因だそうだ。

 この判決は世間に大きな怒りを抱かせ、結局は権力者が得をするのか、いじめに立ち向かった結果がこれなのか、そういった意見が各地で出ていた。


 私は考える。

 確かに息子は犯人の少年、□□に消えない傷を負わせ、彼の人生を破壊した。

 もし息子が生きていれば、立てなくなるまで殴り、私と共に一生をかけてその償いをさせただろう。

 いや、息子が死んでも、私だけは彼に償いをすべきだ。


 だが、私は惨たらしく殺された息子の姿を忘れられなかった。


 どうしても考えてしまうのだ。

 果たして、本当に息子はあそこまでの報いを受けなければならなかったのだろうか。

 もしかしたら、いじめは関係ないのではないか。

 本当は、息子は自分の行いを後悔していたのではないか。


 父親として、どうしてもそれを考えてしまった。


 息子は□□に許されない行為をした。

 だが、□□も息子に許されない行為をした。

 □□の人生はまだ続くが、息子の人生はもう戻らないのだ。


 やはりどうしても彼を許せない。息子を殺した犯人を許せない。

 私は――




 そして、三年の時が経ち、現在に至る。

 出所した□□の後を尾け、彼が人気のない道路に差し掛かったところで、一気に車を彼の横につけた。

 そして素早く車を降り、彼の前に立ちはだかる。


「□□くんだね? 私が誰かわかるか?」

「……はい」

「なら、用件もわかるね?」

「……」

「車に乗りなさい」


 □□は特に抵抗することなく、車に乗った。



 私は世間の追及を避けるために元の住居を手放し、安いマンションの一室に引っ越していた。

 その自宅に、彼を押し込むように入らせる。


 □□を窓際に立たせ、私は入り口を塞ぐように立った。


「……よく抵抗しなかったね。これから自分の身に何が起こるかわかるだろうに」

「……」

「あくまでだんまりか」


 そして私は、懐から拳銃を取り出す。

 □□が使ったという改造電動ガンではない、本物だ。議員をやめた後にも残っていたコネをフルに使って手に入れた。


「……確実に君を殺すために準備させてもらった。この銃で、今から君を殺す」


 そうだ、私は今から彼を殺す。

 その決意をするために、こうして宣言をしている――


「なぜ、それを僕にわざわざ言ったのですか?」


 だが、それが偽りであることを彼に見抜かれた。


「……本当は、まだ迷っているのではないのですか?」


 ……気づいていたのか。


「君は、不思議な人だな。初めて言葉を交わすのに、心の中を見透かしてくる。そうだ、私はまだ迷っている」


 なぜか、彼には心中を打ち明けなればならない気になった。


「息子が君にした行いは到底許されることではない、わかっている。私は一生かけて、君に償いをすべきだ、それはわかっている!だが、だが……」


 だが、それでも。


「それでも、あの子は、私のたった一人の息子だったのだ!」


 どうしても、その感情が抑えられない。

 頭では、自分が被害者ぶる資格などないとわかっている。

 それでも、彼を許せないという感情が抑えられない。


 彼に贖罪をすべきだという考えと、彼を許せない感情。


 その二つが、私を攻撃している。


「僕は、あなたの気持ちがわかります」


 その時、彼が私の言葉に応えた。


「……人を憎む気持ちは、自分ではコントロールできません。それどころか、自分さえも攻撃してくる。その上、あなたは僕に償いをすべきという理性まで持ってしまっている。その苦しみは僕を上回るでしょう」

「君を、上回る?」

「はい、僕も××くんをずっと憎んできました。そして、彼を殺した後もそれは変わらない。死んだ人間を憎み続けてもどうにもならないのに、その感情は止められない」


 当然と言えば当然だが、彼は息子を憎んでいた。

 だからかもしれない、あのような憔悴した表情をしていたのは。


「でも、それでも言わせてください」


 その後、少年は残った左目から涙を流しながら、



「じゃあ、僕はどうすればよかったんですか?」



 そう言った。


「黙っていじめを受けていればよかったんですか?ですが、あのままいじめを受けていれば死んでしまう可能性もあった。僕はそれがいやだった、だから反撃した。そうしたら、右目を潰された上に少年院に送られた。そして、彼への憎しみが暴走したら、今度は少年刑務所に送られた。ようやく出所したら、今度はあなたに殺されそうになっている。あなたが拳銃を持っている以上、僕が助かる可能性は低いでしょう。でも、ここで死んでしまうのであれば……」


 そして、彼は初めて感情を爆発させた。



「僕の人生は何だったんですか!?」



 ……おそらくこれは命乞いや同情を誘うものではない。

 おそらくは、ただの文句。

 自分に降りかかった理不尽に対する文句。

 せめて文句くらいは言わせてくれという感情。


「僕はあなたの息子を殺しました。その報いを受けるべきかもしれません。あなたの『復讐』を受け入れるべきかもしれません。でも、それでも、僕の本音としては……」


 聞かされる、彼の本音。



「その『復讐』を、受け入れるわけにはいきません」



 ……もしかしたら、彼はようやくなのかもしれない。

 ようやく、息子への憎しみから解き放たれようとしているのかもしれない。

 だが、それが何だ? お前が息子を殺したのには変わりがない。

 そうだ、私は彼を憎むべきだ。彼を殺すべきだ。


 息子の、ためにも。


 拳銃を彼に向け、狙いを定める。

 彼は諦めたわけではないだろう。逃げるチャンスを窺っている。

 それでも、私は彼の未来を奪うべきだ、私は彼を……



 ――――――――

 …………



 出来なかった。

 気づけば、私は拳銃を下に降ろしていた。

 なぜだろう、気づいてしまったからだろうか。


 私が彼を必死に憎もうとしていることに。


 彼は言った。憎しみはコントロールできるものではないと。

 憎もうとしている時点で、彼への憎しみが減少していたのだ。

 いや、そもそもこれは『憎悪』だったのだろうか。


 ただ、私が息子の育て方を間違えた故に起こった悲劇を、彼のせいにしたかっただけではないだろうか。


 わからない、それでも、その感情は彼も私も攻撃している。

 どうあっても、彼を許すことなど出来ないのだ。

 彼を殺すことも出来ない、彼を許すことも出来ない。

 そうなると、私の『復讐』は決まっていた。


 銃口が、私のこめかみに向けられる。


 目の前の彼が驚いて私を止めようとするが、これだけは譲れなかった。


 だから、お願いだから、せめて、



「せめて、このくらいの『復讐』はさせてくれ」



========================


 聞きたくなかった銃声の後に残ったのは、頭から血を流す、××くんの父親だったもの。


 止められなかった、いや、止めなかった。


 僕の『憎悪』の対象には彼も含まれていたから。


 でも、それ故に彼の『復讐』の効果は覿面だった。

 彼は逃げたのだ。

 贖罪と憎しみの板挟みになる苦しみからも、、これからも世間の追及を受け続けるであろうことからも、息子の死に向き合うことからも、


 そして、僕の『憎悪』の対象になることからも。


 これが、これこそが、この人の『復讐』。


「ぐ……うぅ……」


 まただ。

 また、僕のせいで人が死んでしまった。

 もう、彼を憎むこともできない。彼に言葉をぶつけることもできない。


 どうしてだろう、どうしてこうなってしまったのだろう。


 誰が原因だったのだろう、

 わかっている、諸悪の根源などいないことに。

 いじめをした××くんが悪いのかもしれない、育て方を間違えた父親が悪いのかもしれない。××くんを殺してしまった僕が悪いのかもしれない、立ち向かう勇気がなかった『友人』たちが悪いのかもしれない。

 どう考えても、この問題に解決など見えてこない。


 でも、それでも、僕は思い出す。


「ここで、終わって、たまるか」


 そうだ、ここで終わったら僕の人生は何だったんだ。

 そして、僕のせいで死んだ、××くんたちは何だったんだ。


 なにがあっても、僕は幸せになってやる。


 僕自身のためにも。


 だからこそ、


「あなたを、許します」


 ××くんの父親を無視するわけにはいかなかった。

 そして、僕は部屋にあった固定電話から警察に通報することにした。



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