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「憎悪」  作者: 晒す者
1/3

「憎悪」・前編

 

 間違いない。

 一瞬だが、フードに隠された顔が見えた。

 俺は見逃さなかった。その顔の主が俺の人生を狂わせたアイツであることを見逃さなかった。


 間違いない、□□だ。


 数分前。


 俺は通っている高校の通学路を、久しぶりに痛む右膝を引きずるように歩いていた。

 考えたら、腹が煮えくり返る。野球部の監督が言った言葉が腹立たしい。


「お前が一軍に上がることは難しい。何か別の道を探したらどうだ?」


 ふざけるな。

 この俺がなんで二軍にとどまってなければならないんだ。

 この膝の怪我が無ければ俺はとっくにレギュラーとして活躍しているはずだ。

 いや、そもそもあんな自称進学校にある弱小の野球部にいることすらなかった。もっと名門の野球部に入って、あのクソ監督に会うことすらなかったんだ。

 それなのに、何で俺がこんな目に遭わなければならない?

 俺は考える。誰のせいなのかを考える。


 その時、アイツの姿を見た。


 厚手のコートを着て、フードで顔を隠されていたが、街灯のおかげで日が沈みかけているこの時間でもその顔を確認できた。


 間違いない……

 間違いない!

 ――□□だ。


 それを確認した瞬間、俺の心にある疑問が解決した。

 そうだ、アイツが俺の人生を狂わせた。

 そもそも、この右膝の痛みもアイツによるものだ。

 ……許せない。アイツ如きが俺の人生を狂わせることなど。

 そして俺の人生を狂わせておいてのうのうと生きていることなど。


 ……殺してやる。


 俺は□□の後を尾け、奴が人気のない場所にさしかかるのを待った。

 チャンスはすぐに訪れた。□□は近くにある林の中に入っていったのだ。

 バカが。自分から死にに行きやがった。待っていろ、今殺してやる。


 林の中に入ってしばらくすると、□□は立ち止まっていた。


「隠れていないで、出てきたらどうだ?」


 なに!? こいつ、俺の尾行に気づいていたのか!?

 腹立たしい。□□如きが俺の行動を見抜いていたなどというのが、腹立たしい。

 一気に襲いかかろうと思ったが、まずは自分の行動の愚かさを思い知らせてやらなければ。


 俺は□□の前に姿を現した。


「久しぶりだね、××くん。もう暗くなっているけど、何の用だい?」


 とぼけやがって。

 いや、こいつの場合、本当に自分の愚かさに気づいていない可能性がある。ちゃんと思い知らせてやらないと。


「決まっているだろう。お前のせいで俺の人生が狂ったんだ。だから、今からお前に制裁を加える」

「僕のせいで君の人生が狂った?」

「そうだ! お前が余計なことをしなければ、俺の人生は順調だった! 今頃名門の野球部でレギュラーを勝ち取り、プロからも注目されていたはずだ! だからお前が憎くて仕方がない! お前を殺せば俺の苛立ちも消えて、俺の人生は前に進むんだ!」


 一気に言葉を放つ。こいつ如きが俺の人生に影響を与えることが腹立たしい。


「僕が憎い?」

「当たり前だろう! お前如きが俺の人生の邪魔をすることなんて、許されるわけがない! この憎しみは正当な憎しみだ! お前が死んだところで誰も悲しまないからな!」

「……正当な憎しみねぇ?」


 ため息をついて呟いた□□は、被っていたフードをとった。


「君は僕にこんな仕打ちをしておいて?」


 そこには予想通り……


 右目に眼帯をして、左頬と首筋には背中まで広がっているであろう火傷の跡がある、□□の顔があった。




 中学時代。

 俺は□□に日常的に制裁を加えていた。


「やめて、やめてくれよ! 何でこんなことをするんだよ!」


 俺の『友人』たちが□□に殴る蹴るの制裁を加えている。


「□□、お前なぁ貧乏人の分際で俺の成績を上回るなんて許されるはずがないだろう?」


 そう、□□は身の程知らずにも俺の成績を上回ろうとした。だから制裁を加えることにしたのだ。

 もちろん、俺は暴力は嫌いだ。だけど俺の『友人』たちは俺が□□に迷惑していると告げると、快く『協力』してくれた。


「××くん……ひどいよ……なんでみんな助けてくれないんだよ……」

「俺がひどい? なにを言っているんだ、俺は殴る蹴るなんて止めろって言ったんだがなぁ。こいつらがどうしてもお前を許せないって言うからさぁ。その意志を尊重したんだよ。なぁ?」

「う、うん……その通りだよ……」


 俺は『友人』思いなのだ。こいつらがどうしても□□に殴る蹴るの制裁を加えたいと言ったので、仕方なく、傍観しているのだ。つまり□□を殴っているのは彼らの意志なのだ。

 俺はただ、その場に居合わせただけである。

 この場には『友人』が五人もいる。止めるなんて出来ない。

 だから傍観するのも仕方がないだろ?


「あー、それにしても今日は寒いなぁ。おっと、こんなところに丁度よくストーブがあるじゃないか」

「は?」


 俺の言葉に、『友人』たちが怪訝な顔をする。

 どうしたのだろうか、目の前のストーブが見えないのだろうか。


「しかし、石油ストーブのようだから灯油を注がないと使えないな。ああ、そうか俺は灯油を運んでいる最中だったな」


 俺は教師たちからの信頼が厚いので、灯油を運ぶ役目も快く任されていたのだ。灯油が入ったポリタンクを地面に置き、キャップを開けて、いらないハンカチを灯油に浸す。


「じゃあ、△△。ストーブに火を点けてくれ」


 俺は『友人』の一人に、灯油がしみこんだハンカチを渡す。


「え、えっと、××くん?」

「どうしたんだ、△△。そこにストーブがあるだろう?」


 俺は『友人』たちに殴る蹴るのイタズラをされている『ストーブ』を指さす。


「え!? ま、まってよ、まさか……?」

「おかしいなあ、『ストーブ』が声を発したように聞こえたなあ。疲れているのかなぁ」

「××くん、それはさすがにヤバイって!」


 『友人』たちが、何故か焦っている。


「△△、この『ストーブ』は特殊な方法で点けるみたいだ。この広い面にハンカチを貼り付けてから火を点けてくれ」

「××くん! む、無理! それは無理!」

「どうした△△、『ストーブ』に火を点けるだけだぞ、何を焦っているんだ?」

「だ、誰か! 誰か助けて!」

「あー、まだ幻聴が聞こえるなあ。これは一刻も早く『ストーブ』で暖まらないとな」

「や、止めよう! ××くん! いくらなんでも……」


 △△が尚もおかしなことを言うので、確認をすることにした。



「なあ、△△。お前は『友人』だよな? 『ストーブ』じゃないよな?」



 俺は確認すると、彼は嬉しさからなのか涙を流しながら言った。


「は、はい。僕は××くんの『友人』です……」


 ああよかった。彼は俺の『友人』だ。さて、『ストーブ』に火を点けてもらおう。

 △△がハンカチを『ストーブ』の広い面に貼り付ける。


「や、やだよ! △△くん! やめてくれ!」

「……これはストーブ、これはストーブ……」

「みんなぁ、なんか『ストーブ』が暴れているように見えるから押さえておいてくれ」

「た、助けて! 誰かぁ!」


 そして△△がマッチで『ストーブ』に火を点けると……


「ああああああああああああああああああ!」


 一気に火が燃え広がった。


「熱い! 熱いいいいぃ!」

「おいおい、すごいぞこの『ストーブ』! ごろごろ転がって音までするんだなあ!」

「あぎいいいいいい! ああああああああ!」

「あっはっは! いやあ、『ストーブ』なのに熱いのに弱いのかよ。終わってんな! あっはっは!」

「あ、あははは……」


 『友人』たちが笑っている。さて、そろそろかな。


「ん、おい!? どうしたんだ□□! 火だるまじゃないか!」

「え? ××くん?」

「△△、お前そのマッチは? お前が火を点けたのか!?」

「な、何を言って……?」


 しらばっくれる△△を殴る。


「ぐうっ!?」

「人に火を点けるなんて最低だな△△! 待ってろ、今先生を呼んでくる!」



 こうして、△△は□□に火を点けたことで少年院送りになった。もちろん、このことに俺は関わっていない。偶然、目撃しただけだ。

 □□は俺が関わっていると言っているが、△△が自分の行動を認めているのと、俺を信頼する教師たちのおかげで、俺の濡れ衣は晴れた。


 いやあ、全く△△はひどい奴だなあ、人に火を点けるなんて。

 しかしなぁ、□□は結構身の程知らずなところがあったからなあ。これくらいの痛い目に遭ったほうがちょうどいいよなあ。



 だが、ある時□□は許されない行動に出る。

 俺は校舎裏でタバコを吸っていた。

 タバコを吸ったくらいで俺の野球の才能が潰れるはずがないし、ストレス解消には必要なので、当然の行動だ。

 だが、そこに□□がやってきて、


 俺の右ひざをナイフで刺したのだ。


 痛かった。しかしそれ以上に□□が俺に傷を負わせたというのが許せない。許せるはずがない。

 だから思い知らせることにした。


 火のついたタバコを□□の右目に押し付けてやった。


 □□は目を押さえてもだえ苦しんでいた。

 いい気味だ。俺に傷を負わせたのだ、本来なら死んで詫びるべきだ。

 この程度で許されて良かったと喜ぶべきだ。


 当然、俺がやったなんてことにはならなかった。

 一緒にいた、俺の『友人』が□□の目を潰したのだ。俺は悪くない。

 『友人』もそうだが、当然□□も俺を刺したので少年院送りになった。

 正直、死刑になるべきだと思ったが、まあ未成年だから仕方がない。

 それよりも、問題はその後だった。俺は膝に負った傷のせいで、以前のようなプレーが出来なくなってしまった。

 腹立たしい、実に腹立たしい。

 こんなことが許されるはずがない。



 そして現在。

 俺は□□と対峙している。


「ふん、お前にはお似合いの姿だな□□。だがな、まだ足りない。お前みたいなクズのせいで俺の人生が思い通りにいかないのが腹立たしい。お前が憎くて仕方がない」


 □□は俺の言葉を聞いて何か反応をしたが、俺に謝る様子はない。

 謝っても許さないが、謝りもしないとは生意気だ。

 もうだめだ、こいつは殺すしかない。

 俺はバッグに入れていた金属バットを取り出して、□□に襲いかかる。


「死ねえええええええぇぇぇ!」


 そして……


 辺りに破裂音が響いた。


「ぐあああああああああああああっ!?」


 その悲鳴を上げたのは――


 俺だった。


 俺の脚から血が流れている。


「ぐ、うううう!? な、何が!?」


 状況が把握出来ない。俺はあいつを殴っているんじゃなかったのか!?

 そして□□を見ると……


 その手に拳銃が握られていた。


「な、お前……それは」

「改造した電動ガンだよ。金属弾も撃てるようにしたから、威力は十分。本当は本物が欲しかったけどね」


 そう言って、□□は電動ガンを俺とは反対方向に放り投げた。そして鞄から何かを取り出す。


 スタンガンとサバイバルナイフ。


「おまえ……なんでそんなものを……」


 言い終わる前に、スタンガンを押し当てられた。


「ぐうっ!」


 スタンガンも改造してあるのか、尋常ではない衝撃が襲った。体がしびれて動かない。


「僕は君のことを片時も忘れたことは無かった。君をどんな目に合わせようかをずっと考えてきたんだ」


 □□が右手にナイフを持つ。

 まずい! これはまずい! 

 どうする!? 

 ふざけるな、俺が□□に殺されるなんてことがあってたまるか! ここは何としても生き延びるんだ!


「待て、待ってくれ□□! 俺が悪かった! 許してくれ!」


 くそ、屈辱だ。この俺が□□に命乞いをするなど……

 だがまあいい。□□が油断したした隙に……


「……な」

「え?」

「ふざけるな、ふざけるな。そんなものが君の憎しみなのか?」

「な、何を言って……」

「僕を憎んでいるだと!? さっき会うまで存在すら忘れていた人間を憎んでいたというのか!? 僕は君のことを考えたくなくても、四六時中考えさせられたんだぞ!」


 お、俺のことを考えていた? まさかこいつ、俺の襲撃を見越していたというのか!?


「さっき、君は言ったね? 僕を殺すことで前に進むと。君の憎しみは僕を殺した程度で消えるものなのか!?」


 □□が何を言っているかわからない。憎しみの対象が消えれば、解消されるものではないのか?


「今だってそうだ。君は自分が危なくなると、躊躇なく命乞いをした。まるで僕への憎しみなどなかったかのように。君は、自分に都合のいい時に湧き上がったり、引っ込んだりするものを『憎悪』と言ったのか!? こんなことで誰かを憎むことを忘れられるのか!?」


 □□から言葉が次々と出てくる。

 その顔は火傷のせいもあって、とても常人とは思えなかった。

 そして□□から発せられる異様な雰囲気。

 歓喜にも見えた。憤怒にも見えた。

 □□は俺を見て、恋人を見るかのような喜びを出したかと思えば、汚物を見るかのような不快感をも出していた。

 矛盾している。□□の感情が理解できない。


 この時初めて俺は□□に恐怖を感じた。


 そうこうしている内にナイフが振り上げられて、



「そんな『憎悪』が、あってたまるか」



 俺の思考は、終わった。



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