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おじいちゃんはかく語りき

作者: みかん

 おじいちゃんが生き返った!



 お父さんが、お母さんが、親戚みんなが大騒ぎになった。

 もちろん僕も驚いた。


 事の始まりはこうだ




 小学校から帰って来たらテーブルにメモが残っていたんだ。


『おじいちゃんが心臓の病気になったから、早く病院に来なさい』

 後で聞いたら『しんきんこうそく』と呼ばれる心臓が止まってしまう病気らしい。


 僕は驚いた。だっておじいちゃんは、ボディビルを趣味とするムキムキの身体をしていて、親戚みんながおじいちゃんより自分たちが先に死ぬんじゃないか?って笑っていたから。


 そんなおじいちゃんが死ぬかも知れないなんて……。

 病院で人目をはばからずボロボロ泣いた。




 僕はおじいちゃんっ子だ。

 共働きで忙しい親に代わって、色々なことを教えてくれたのがおじいちゃんだった。


 うちの親は僕にとても甘い。欲しいものはほとんど買って貰えた。買って貰えない時も泣いてわめけばたいてい思い通りになった。泣いてダメなら押し入れに閉じこもる。すると、親は心配して言うことを聞いた。正直チョロい。


 おじいちゃんが僕を叱ると、必ず親は『大人になればわかる』と言ってかばった。


 小学生になるまでは人生ラクショーだと思っていた。


 でも、親に疑問を持ったのは小学校に入ってからだ。

 叱らないって変じゃないか?って。




 小学校で友だちになったメガネ君の親はきびしい人だった。

 はじめて家に遊びに行った時に、友だちの前でもメガネ君をビシビシ怒った。


 僕もメガネ君のおかあさんに怒られたことがある。


「なんで怒られたかわかる?」


 わからないと首を振るとこう言われた。


「世の中にはルールがあるのよ?」

「ルール?」

「そう。交通違反はいけません、人殺しはいけません、なんでダメかわかる?」

「警察に捕まるから?」


 メガネ君のおかあさんはため息をついた。


「うん、警察に捕まるってのもあるね。でも一番大事なのは、自分も相手も悲しくないこと」

「え?自分も相手も?」


 僕は不思議に思った。


「例えば君が大きい荷物を持って狭い道を歩いています。2人が並んで歩くのがやっとの広さです」


 狭い道を想像した。両側はビルになっている。


「向こうから人がやって来ました。君はどうする?」

「僕が先にこの道を歩いてる。物も持っているから先に通らせろって思う」

「なるほど」


 メガネ君のおかあさんがフムフムとうなずいてる。


「じゃあ逆に君が、狭い道に入ろうとしている人だとします」

「今度は僕が相手の人になるの?」

「そう。向こうから大きい荷物を持った人が来ます。君はどうする?」

「通りづらいから、相手が通りすぎるのを待つよ」


 これが正解だろうと得意になる。なんでこんな簡単な話をするんだろう?


「じゃあもし君がものすごく急いでいたら?」

「急いでいるって?」

「例えばトイレが道の向こうにある。もらしちゃう!大変って場合は?」

「僕も狭い道に入るよ、だって急いでるもん」


 当然だろ?違うのかな?


「もし走って無理に通ろうとしたら荷物にぶつかるじゃない?どうする?」


 2人の僕が困っている?えー?

 うなりながら考えて答えを出した。


「2人ともぶつからないように、壁側に近づくように歩けばいい?」

「そうだね。どちらも困らないようにする。それがルールだよ」

「そっか」

「君たち子供は日本のルールをまだ全部知らないです。そのルールを大人は教える必要があるの」


 メガネ君のおかあさんは嬉しそうに笑う。


「ルールはあいまいなところがあります」

「なんで?」

「さっきの話は2人だけだけど、世の中にはたくさんの人がいます」

「うん」

「みんなが納得するルールを作るのは難しくない?」


 なんとなくそんな気がする。みんなが行きたい方向に同時に行くのは難しそう。


「だから、出来るだけたくさんの人が困らないように決めたルールに合わない人もいます」

「そっかー」

「それでもみんながルールを守ろうとすることで、君も行きたい方向にいける可能性が高くなります」


 相手が守らないと僕が困る。僕が守らないと相手が困る。


「それでもこの道をむりやり通るんだ!相手が困っても気にしないって人は捕まるの。みんなが困るから」

「仕方ないよね」

「ただ、ルールはあいまいってさっき言ったよね?」

「うん」

「ルールの方が間違えている場合もあります」

「!」


 メガネ君のおかあさんはニヤリと笑った。僕は混乱した。


「なので君たち子供は小さいうちは大人のルールを覚えるところがスタートです

「なんで?」

「ルールを知らなきゃ間違いかどうかもわからないじゃない」

「そっか」

「まずは、たくさん叱られてたくさん勉強する。OK?」

「叱られるのはいやだなー」


 しょんぼりしていたら、笑われて頭をグリグリ撫でられた。

 あとでメガネ君に『お前のおかあさんかっこいーなー』と言ったら、凄く嬉しそうだった。うらやましかった。





 まぁそんな色々な事があったので、甘やかす両親より叱ってくれるおじいちゃんになついた。

 親は僕のことペット扱いなんじゃないかな?って疑いはじめたのもある。


 ハシの使い方も『大人になればわかる』って教えなかった親に、


「『3つ子の魂100まで』小さい頃に教えるのが大事じゃ!」


 と、おじいちゃんは怒っていた。

 そうして僕に根気よくハシの使い方をおしえてくれたことを今でも感謝している。


 おじいちゃんとは、いつも一緒だった。


 一緒に時代劇を見たり、おじいちゃんの筋肉鑑賞をしたり、一緒にトレーニングをしたこともある。

 当然、おじいちゃんのトレーニング量には追いつけなかったけどね。






「よぉ、翔太」


 生き返ったおじいちゃんは、酸素マスク越しのくぐもった声だったけど、いつもと全く変わらない調子だ。

 点滴をしてベッドに横たわる弱々しいおじいちゃんの姿は、なんだか見たくなかった。


 おじいちゃんも生きてたし、さっさと病院から出ようとするとおじいちゃんに手招きされた。


「なに?」

「いいからこっちこ」


 しぶしぶ近寄ると、もっと近寄るように言われた。


「なに?」

「いいことを教えてやろう。明日学校が終わったら病院に寄りなさい」


 おじいちゃんは小さなこえで、まるでとっておきの秘密を打ち明けるようにニヤニヤしていたので、僕は興味をそそられた。


「わかった」


 満足そうにうなずくおじいちゃんに手を振り病室を後にした。





「実は異世界に行って来たんじゃ」



 次の日、病室に行ったらおじいちゃんがワクワクを抑えきれないように打ち明けた。


 そんなニヤニヤするおじいちゃんを見て、とても悲しくなった。

 死にかけてついにボケてしまったらしい。


 優しく話を聞いてあげるべきか、黙って立ち去るべきか…


「ちょっと待って翔太、おじいちゃん正気だから、マジだから」


 おじいちゃんのひたいに手を当て熱を確かめ、ナースコールを押そうとしたら全力で阻止された。

 小学生相手に気合いが入った羽交い締めはいけない!ギブ!ギブ!


 2人でぜいぜい荒い息を吐いて座り込む。


 おじいちゃんは元気だ。

 本当に生死の境をさまよったんだろうか?




 ゴホンと咳払いをしておじいちゃんは話してくれた。



 異世界に産まれて、冒険者になったことを。

 色々な冒険と可愛い女の子との色々な体験を。


 女の子との事は詳しい話をしてくれなかった。

 18禁じゃともったいぶるので、帰ろうとしたら渋々と少しだけ教えてくれた。


 いまどきの小学生のエロい知識なめんな。


 

「エイナちゃんのフサフサのしっぽがたまらなくキュートでな!」


 はすはすしながら語るおじいちゃんがそこにいた。


 産まれて10年、初めておじいちゃんがケモナーだったと知った。

 マニアの闇は深い。




 それから毎日、学校から帰ると病室に向かうのが日課になった。


 一番気に入った内容は、山の中腹に開いた洞穴を見つけた時の話だった。


「わしが見つけた洞穴はしょうにゅうどうになっていてな、幻想的な光景に思わず見とれての」


 ライトの魔法に浮かび上がった洞穴の内部は、青と緑でキラキラ輝いていたらしい。

 内部の水たまりは白くにごっていたが、周りの色を反射してオパールのように見えたと話してくれた。


「奥に進むにつれて少しずつ下に傾いていることに気がついた。まだ時間も早いので行ける所まで行くことにした」

「おじいちゃんはひとりだったの?」

「もちろんじゃ!男ならソロじゃ!」


 決して鍛えすぎで気持ち悪いと言われたわけではない!と必死で言うおじいちゃんの言葉は優しさで聞かなかったことにしよう。


「でも、それは判断ミスでの」


 おじいちゃんはしょんぼりした。

 急にきつくなった傾斜で転び、奥まで転がってしまったらしい。


「しばらく気を失っていたんじゃが、気がつくと草原にいたんじゃ」

「地下なのに?」

「そうじゃ。わしは混乱した」


 最初は落ちた衝撃で不思議に思わなかったらしい。

 次第に洞穴に入ったことを思い出して、地下に転がったらしいのに何で明るいのかと軽いパニックになったようだ。


「遠くに村があってな、とりあえず村に向かって歩きはじめたんじゃ」


 村の近くまで行くと、村からエルフがやってきたそうだ。

 尖った耳と緑の髪、エメラルドの瞳の可愛い子だったらしいけれど、おじいちゃんは


「獣耳がついていないので守備範囲外」


 と、とても残念そうだった。おじいちゃん、筋金入りだね☆


 村の長老に話を聞いたところ、はぐれエルフの里だと言われたらしい。


「地上に戻る方法はわからないけれど、めったに来ない客人を歓迎する」


 滞在許可をもらったは良いけれど、人が来ない場所なので宿屋がない。

 長老の家に泊まらせてもらって、狩りや薬草採集の手伝いをしながら帰り道を探す毎日だったらしい。


 そんな穏やかな毎日は、森の中でジャイアントスパイダーが見つかるまでの話だった。


 弓と魔法でエルフたちは必死で闘ったらしい。

 おじいちゃんも参加したが、ようやく倒した頃には村の人口1/3が亡くなったらしい。


 長老は悲しんだ。そしておじいちゃんにお願いした。


「村民と結婚して子供を作って欲しい」


 おじいちゃんは悩んだ。確かにエルフはみんな可愛い。でも獣耳がついていない…


 悩むところ、そこ?!


 とりあえず一晩考えさせて下さいと言って寝て、起きたら日本でおじいちゃんで点滴で酸素マスクで何が起きたのかと思ったと言った。


「じゃあ僕も死ねば異世界にいけるの?」

「残念ながらすぐに異世界には行けないんじゃ」


 おじいちゃんが言うには異世界に生まれ変わるには条件があるらしい。


1 寿命で死ぬ

2 自殺はダメ

3 じいさんばあさんまで生きること

4 この世界で充分経験を積むこと

5 この世界を思いきり楽しむこと


 事故で死んで神様が異世界に連れて行ってくれる本はたくさんあるけど、よっぽどのレアケースだっておじいちゃんは言った。


 確かに、そんな事ができるなら車や空にダイブする人が続出だ。


「寿命で若く死ぬ場合は?」

「その場合は、人生経験を積んでないのでこの世でもう一度人間じゃな」


 へーなるほどね。経験値がひつようなのかな?ってゲームみたいに思った。


「じゃあ自殺は?」

「虫になることが多いみたいじゃな」


 どんなにつらくても自分で死んじゃだめなんだな。

 死にたくなったら逃げようと、心にメモをした。


「エルフの村はどうなったんだろうね?」

「わしも心配じゃ」


 2人でうーんと悩んだけれど、どうしようもないよね。





 その話から一週間後、おじいちゃんの容態が急変した。


 学校から帰ったらまたテーブルにメモがあったので、僕は慌てて病院に行った。


「おじいちゃん!」


 病室に飛び込むなり叫んだ僕を見て、おかあさんが駆け寄った。


「翔太、おじいちゃんにお別れを言いなさい」

「冗談だよね?この前生き返ったばかりじゃないか」


 おかあさんは黙って首を振る。


 おじいちゃんのそばに行くと、枕元に立っていたお父さんが僕の肩に手を置いた。


「…おじいちゃん」


 おじいちゃんは弱々しく目を開けた。目が笑っていた。



 そうか、異世界に行くんだね?

 


 僕はうなずいた。おじいちゃんもかすかに頭を動かした。


『いってらっしゃい』心の中でつぶやく。


 まだまだ先だけど、いつか僕もそっちに行くよ。

 おじいちゃんの第2の人生にエールを送った。






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