断章、前兆
満月が明るい深夜の校舎。その一角で二つの影が対峙していた。
そのうちの一つの影がもう一方の胸を締め上げ、締め上げられている方の影は呻き声を上げている。締め上げている方が女子生徒、締め上げられている方が男子生徒だ。ただ、顔は影に隠れていてよく見えない。
「今言った事、間違いない?」
女子生徒が低い声で男子生徒に確認し、男子生徒は怯えたように頷く、次の瞬間、女子生徒は怒りに満ちた静かな声で男子生徒を恫喝した。
「よくも今まで隠していたわね」
「そ、それは……」
「っ!」
直後、女子生徒は男子生徒の頬を引っ叩く。男子生徒はその場に倒れこんだ。
「あなたに言いたい事は山ほどある。許しても許しきれないし、許すつもりもない」
そう言うと、女子生徒は男子生徒に背を向ける。
「でも、その前にやっておく事がある。それまで、あなたの事は保留しておく」
「何を……」
「決まっている」
女子生徒は断言する。
「決着をつける」
その言葉に地面に倒れた男子生徒が拳を握り締めている事に、女子生徒は気がつかなかった。
二〇一一年五月二日月曜日。ゴールデンウィーク直前の出来事である。




