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第六章

一ヵ月という月日は長いようで短かった。

あっという間に過ぎていって大会―――。

格闘ゲームの最高峰。決勝トーナメントがやってきた。

この一ヵ月、私はできるだけの時間を費やしてゲームセンターへと通った。家でも奈保と対戦をして、欠かさずにゲームの腕を上げようと努力してきた。

やるからには最高の状態でありたい。そう思ったからできるだけ努力した。

そんな私であったが、私以上にがんばる人物がいたのを知っている。

中原徹。

彼は私がゲームセンターに行くと必ず、そこにいて練習をしている。

練習、練習、練習、練習、練習と嫌になるくらいに―――――。

しかし、そんな頑張っている中原徹を私はゲームセンターで見かけたが私は地方以来あまり練習には付き合わなかった。

別に見捨てた訳ではない。むしろ逆である。

信じた。中原徹という人物にかけたのだ。

一人で強くなる。彼には自分で強くなってほしい。だから何も言わなかったし、何もやらなかった。だけど、向こうが手を貸して欲しいときに言ってくるなら、手を貸すだろう。

しかし、中原徹は私に頼ることはなかった。

別に私は人の練習に首出しはしないし、何とも思わない。

でも―――――。

きっと決勝トーナメントは嵐になる。

私はそう思った。



決勝トーナメント当日。

私と中原徹が決勝トーナメントの会場に足を運んだ時には、かなりの人だかりができていた。

大半は観客だ。日本最高クラスのゲーマーが集う祭典である。裏テクや神業を見に毎年かなりの人が集まる。

「うわっ、予想してたけど想像以上」と感想を口にしてみる。

「確かに人が多いな」

「やばっ、緊張してきた――――」

想わず正直な気持ちが顕になる。

「へえ、君でも緊張するんだな」と何とも失礼なことを口にする中原徹。

まったく私を何だと思っているんだか………。

「そりゃ、一、人間として緊張する感覚はあるわ」と投げ遣りな口調。

「以外だな」

「喧嘩でも売ってる」

「いや。それが普通だから。でも、君なら不適に笑って私には不可能は無いわと言っているほうが似合っているからね」

そう言われて顔が少し熱くなるのを感じる。

「なっ、何言ってるんだか!失礼しちゃうわ」

「ふふふっ」とカラカラと笑う中原徹。

「わ、私だって、緊張はするわよ。でも、だからといって弱きになんかならない。一番は私って決まってるんだから!」

「それだよ。そう―――。君はそれでいい」

中原徹はそう言って、私に笑いかける。

「わ、私のことは別にいいのよ!それより貴方は大丈夫なわけ?初戦で勢いをつけるのは先将である貴方なんだからね」

「ああ、もちろん。俺だって負ける気はしない」

以外な答え。

知り合った頃の中原徹なら

「最善を尽くす」程度の言葉しか出なかっただろう――――。

ここに来て、中原徹は変わってきている。

「負ける気はしないね。―――――なら、いいわ。勝てる分だけ勝ってきなさい。負けても最強のプレイヤーが後ろにいるから安心しなさい」

「ああ、大船に乗った気で戦うよ」

しっかりと頷いて中原徹は言った。

もう、準備は万全だった。後は戦うのみ。

負けは考えない。勝利だけを望もう。

私は最強。最強は私。

私は一番。一番は私。

そう――――自分に言い聞かせた。



大会のルール説明が終わって、初戦が開始される。

私たち『プリンセス』の一回戦は2試合目とかなり早い。

しかも、相手はチーム『スパイラル』。スパイラルは言わずと知れた名チームである。なぜなら彼らは去年の決勝トーナメント準優勝チームであるからだ。


「大変な事になったね」

そう言ったのは中原徹である。

「そうね――――、でも結局は遅かれ早かれ戦うことになるんだしいいじゃない。それに去年準優勝チームが何?私たちが去年でてたら三位のチームなんだから」と私は言った。

「あははっ、ははは」と中原徹は笑いだす。

「ははっ―――確かに、それもそうだ」笑いを堪えながら言う。

何か妙に笑い方が気に食わないが―――――。

「さあ、私たちの番よ」 悠長と会話をするのも、ここまで――――。丁度、前の試合が終わった。

「ああ」

中原徹と共に舞台へと上がっていった。



対戦の舞台は対戦台が一台中央に置いてあり、その頭上に4方向に向けられた大スクリーンがある。

凄い。

観客の歓声が凄い。

何が舞台に引き込まれそうな――――そんな不思議な感覚。

中原徹が台に座った。

私は台から少し離れたところに置かれた椅子に座った。

さあ―――――。

始まりだ。



一回戦を終了して私は愕然としてしまっていた。

想像を越えた強さ。バランスの良さ。攻めの完成度。守りの堅さ。

私の予想を越えていた。

それは何か―――――。

それは誰か―――――。

誰なのか―――――。

敵ではない。

勝っている方だ。

敵に勝っている。

それは中原徹であった。


一回戦。相手は間違っても前年度の準優勝チーム。

私は接戦を頭の中で描いていた。

しかし、それを相手に中原徹は一本もラウンドを落とさないで、勝ってしまった。先将、大将の両名を一人で破ってしまったのだ。

会場が序盤から大騒ぎとなった。あちこちから

「あれは誰だ」、

「何であんなに強いのが今まで無名だったんだ」と―――――。

これは私が望んだ未来。

新人。初登場で会場を騒然とさせてみたい。それが、一つの夢見たいなものだった。

しかし、会場を騒然としたのは私ではなく、中原徹――――。

私も騒然とした。中原徹は以前とは格段に強くなっていた。

私は思ってしまった。

今の中原徹は私より――――――強いのではないのかと。


「無事、一回戦だな」

一回戦が終わって、二回戦が始まるまで、休憩用に用意されたベンチに私と中原徹は座っていた。

「そうね――――」

私はぼやくように言葉を発した。

そして

「どうだった?」と感想を求める中原徹。

どうだった。

そんなもの私が言わなくても判るだろう。

そう………言ってやりたかった。

「あの歓声を聞けば判ることじゃなくて」

私はいつものように突き放すような尖った口調で、そう答える。

間違っても

「凄かった」とか誉めるような言葉を言えなかった。

「そうだな――――」と中原徹は確信したような表情で言う。

「でも、他人の評価はどうでもいい。俺は君からの評価がどうなのかが聞きたいんだ」

「――――――」

何でそんなことを聞いてくるのかが判らなかった。

私に

「凄かった。私よりも貴方の方が強いわ」などと言わせたいのか―――――そう思った。

中原徹は約束を守って、この決勝トーナメントまでに飛躍的進化を得た。

しかし、まさか――――まさか、それが私自身が嫉妬するまで強くなるとは思わなかった。

決勝トーナメントで歓声を湧かせるのは自分だ。そう考えていた。

なのに―――――。

「何でそんなことを聞くの」と私は低い口調で問い返した。

「うーん、何でって言われてもな…………パートナーである君が満足する戦いを出来ていたか知りたいんじゃないかな」と半信半疑の曖昧な答え。

「私が満足?」

満足を通り越えて嫉妬している。そうなのだが、そんなことを私が言えるはずもない。

「ね、貴方がもし一人で優勝してしまったら私って何なのかな?」

解答はせずに再び質問をする。

「俺が一人で勝ち抜く――――?」

ありえないだろう―――そういう表情を見せる。そして、何やら閃いたような表情へと変わった。

「それが不安なのか」と中原徹は笑って言った。

「どうやら俺はしっかり君の予想よりは強くなってたようだな」

よかった、よかった。と笑いながら言う。

よくない。今の中原徹なら全試合勝ち抜く力がある。そうなると私がここにいる意味はあるのか?―――――――ない。

だから私は焦っている。

すると中原徹は私の表情をうかがった。

「ふっ、君らしくない。君は不適で笑うべきだ」

そう笑って言う。

しかし、私は今の状態で笑えるはずがない。

「―――――安心しろよ。俺が一人で勝てるはずがない。きっと最後に決めるのは君なんだ」と中原徹。

「それにさ―――――。もし、本当にもしも俺が一人で勝ち抜いたとする。君は私は何の意味なかったと思うだろうけど………そうじゃない。君がいたから俺は強くならないと、足を引っ張ったらいけないと強くなったんだ。予選でどれだけ俺が緊張したか判るか?君のパートナーが勤まるかと不安でしかたがなかったんだ。本当は――――」

「えっ」

驚いて思わず声が出てしまった。

まさか、そんな事を考えていたとは思ってもいなかったからだ。

「だから大丈夫。チームのために貢献しているよ―――しっかりと。君が後ろで控えてくれている。それだけで十分な自身になるから」

「――――――」

不思議―――――。中原徹の言葉で落ち着いた。

何で悩んでいたのかを忘れてしまった。

代えって何故か頬が熱くなった。

何故かドキドキしてしまう。

「だから君は俺が勝つのも負けるのも―――しっかりと後ろから見てくれればいいんだ」

そう言ってニッコリと笑顔で笑った。

私もつられて、くすっと頬笑んでみた。

悩んでいることが消えて吹っ切れたような表情に変わった。

「なら見せてもらおうかしら。貴方の戦いをね」

「ああ」

君はそうでないと――――。そう言わんばかりの笑顔で中原徹は返してきた。



二回戦。

私たちチーム『プリンセス』はダークフォース扱いになっていた。

当たり前だ。一人で前年度の準優勝チームを破った中原徹。そして、この私がいるチームなのだから。

私は余裕の表情で二回戦を挑んだ。

しかし、二回戦も中原徹は絶好調であった。

これで四人連続の勝利。

だが、これで終わる中原徹ではなかった。

続く第三試合。そして準決勝までも、たった一人で勝ち抜いていった。

会場中が中原徹ことナカトールが試合するときは画面釘づけ。

勝ちを重ねるたびに大声援が贈られた。

「ああ、本来は私の役だったのだけどな――――」と私は小声で呟いた。



そう―――――。

私の夢まで後もう一歩。そこまで私たちはやってきていた。

決勝トーナメント、決勝戦。

長かった大会も後一試合に差し掛かっていた。

決勝は『プリンセス』と『ウィザーズ』の対戦となった。

『ウィザーズ』は去年、『スパイラル』と決勝で戦って勝ったチーム。つまり前年度の優勝チーム。

優勝候補とダークホースの対決とあって会場の盛り上がりは半端じゃない。

ダークホース『プリンセス』の大会嵐になるか―――最有力優勝候補『ウィザーズ』の貫禄二連覇となるか――――。

今か今かと観客は試合が始まるのを待っていた。



「ついに決勝ね」

「そうだな」

私たちは再び休憩用のベンチで会話をしていた。

「相手の試合は見たかい」と中原徹が私に聞いた。

「いや。去年の試合を観てるから、別にいいわ」

「そう。相手チーム、強いね」

「当たり前でしょ。優勝チームなんだから。でも負けるわけにはいかないわ」

「ああ。――――ねえ、君は何で大会優勝したいわけ」

今更になって何?―――と聞きたくなる質問を中原徹はしてくる。

それに私の答えは一つ。以前も今でも変わらない。

「そんなの――――」

くすっと含み笑いを入れた。

「最強の座は私のものに決まってるじゃない」

そう言って中原徹を見て不適に笑った。

「ふっ、言うと思った」と逆に含み笑いをされた。

「そんな貴方はどうなのよ」

今度は私が聞き返した。

「さあ、どうなんだろう。最初はただ何となくだったけど―――――」

言葉を濁らせる中原徹。

「だったけど何?」

「―――――だったけど、今はとりあえずって位の理由はあるよ」

「だから、それは何なのよ?」

私は答えを急かして迫った。

すると中原徹はくすっと笑って――――。

「どっかのお嬢様の願いを叶えたくなっただけだ」と笑って答える。

瞬間―――私は顔に唐辛子を塗られたように熱くなった。

「なっ、何言っているのよ!変な理由ね!」

「ははっ、別にいいさ。変でも。―――――さて、そろそろ行くか」

そう言って中原徹はベンチが立ち上がった。

私としては、からかわれた後で後味が悪かったが

「もうっ!」といいつつも立ち上がる。

さ、大会最後の一仕事といきますか。



決勝。まずは決まって先将対先将。

ナカトール対ウィッチ。

対戦キャラはユイ対ナックル。

ナックルはとにかくスピードのガン攻めキャラ。

ナカトールの捌きが何処まで通じるかが勝負の決め手となろう。

ま、対戦を見てみないとどうなるかは判らない。

そう思いつつ私は待機用の椅子に座った。

そして私の目線の先には中原徹が対戦台の椅子に腰をかけた。

中原徹は目を閉じて一度大きく息を吸って、吐き出した。

そして準備完了。そんな感じで画面をみつめる。

そして間もなく決勝戦、先将戦の開始。

キャラクターを両者選択終了。

「―――――」

会場も一旦静まって――――試合開始。

試合開始と同時。予想はしていたがウィッチが早々と攻め掛けてくる。

しかし、大丈夫。中原徹はしっかりとガードに撤して攻撃を食らわない。

ウィッチの猛攻が続く。

いける。中原徹なら攻撃の隙をついてカウンタを入れることは天才的に長けている。

いつか、きっと反撃をしかけるはず。

私はそう思いつつ、画面を見ていた。

そして―――――。

予想どおりに中原徹はカウンタをしかける。

が―――しかし、私の予想とは変わってカウンタで出した攻撃は空を切った。

「うそっ」

私は思わず呟いた。

中原徹がカウンタを失敗するとは思ってなかった。

失敗の隙に難易度の高い高ダメージコンボを中原徹は受けた。

時間は残りわずか。

中原徹は一度コンボを食らってから守りを溶いて、必死に攻撃を仕掛けだした。が―――――。

結局、1ラウンドはウィッチがタイムアップの判定勝ち。

中原徹はこれで後は無くなってしまった。

そして直ぐに2ラウンドは開始された。

2ラウンドは攻めと防御を交互にした乱戦となっていた。

どちらも攻めの手を緩めないのだが、決して防御が疎かになっていない。

上級者の中の上級者の戦い。

予想通りにやっぱりうまい。前年度の優勝の肩書きは伊達ではない。

強い。

2ラウンド終盤。

中原徹がライフゲージを有利な状態で再びウィッチの固めに填まってしまった。ナックルの攻撃スピードは非常に早いため抜けるためにはカウンタが絶対に必要不可欠。

しかし――――――。

カウンタが出ない。中々カウンタを出さないで、ただ固まる中原徹。

恐らく一度のカウンタミスが今の中原徹にプレッシャーを与えている。

出さないのではなく出せない。そんな状態である。

いくらガードをしているとはいっても削りダメージが徐々に顕になっていく。

そして、お互いのライフゲージはほぼ互角。その瞬間に中原徹は行動に出た。

「いけない!」私は中原徹の行動の過ちに思わず声を出した。

お互いのライフゲージが互角。追い越されたくない。この状況でカウンタを使う。それは当たり前だが、全然違う。間違いだ。

相手も同じような思考をする。ならカウンタのタイミングを謀ることが―――――。

できるはずである。

画面にはカウンタを待っていましたと言わんばかりにガードをした相手キャラがいた。

カウンタ技は使用後に大きな隙ができる。そこに1ラウンド同様のコンボを中原徹は受けてしまい。

ライフゲージがゼロ。

つまり2ラウンド連手されてしまい。中原徹の負けとなった。

慎重にいき過ぎた。大会にあたり出たことのない経験の差がはっきりと出てしまった。

実力では中原徹の方が上であったかもしれない。

しかし、大会―――しかも全国の決勝トーナメントの舞台では何が起きるか判らない。この場を味方にするのも大切なことである。

中原徹ことナカトールはウィッチに負けを食らってしまった。



私、雨水円は―――ただ今、今だかつてない位に緊張していた。

決勝トーナメントで私が初試合するのは決勝の舞台であったからだ。

中原徹が負けた。

その現実の事実把握が仕切れない。

中原徹が負けたら、どうなる。無論、次は大将の雨水円の番である。

ああ、私が行かないと―――――。

本日、一度も人と対戦してない。腕ならしで一応、朝から地元のゲーセンで練習してきたが相手はCOMであった。

不安が募る状態での戦い。とてもじゃないけど平常心を装うなんて無理な話である。

手が震える。頭の思考がままならない。

そんな状態で、いつの間にか私は対戦台に座っていた。

いつから座っているのか?いつ試合は開始するのか?ひょっとして、既に試合は終了しているのか?

全てが解らなくなる。

あっ、早くキャラ選択しないと――――。

そんな想いのままにカーソルを動かし愛用キャラ、ローゼリットに合わせて止めた。まだ決定ボタンは押さない。

あと二十秒の猶予を十分に使う。しかし、二十秒ではまったく足りない。二時間位は欲しい――――そう思えた。

二十秒は驚くほど、そう4、5秒程度にしか感じられず、まだ準備の整っていない状態の内に試合は開始された。

試合開始。

気持ちが動転している。

開始序盤早々に向こうが攻めてくる。

えっ、どうすれば――――。

どうすればいいのだが判らない。

私は早々と相手のコンボを食らう羽目となった。

「あっ」と自分でも驚くようなオドオドした声。

駄目。早く自分を取り戻さないと――――。

そう思うが、思うようにはいかない。そもそも思うようにいくのであれば、こんな苦労はしない。

今だから中原徹が負けた理由が判る。この壇上は実力云々の前に何か別のものが生じている。そして私は今、それにぶつかっているのだ。

私はこのラウンド日田すらにガードをしていた。

とにかくガード。攻めるって事が頭に無かった。

この格ゲーの最高の舞台の最高位にあたる決勝戦。恥を掻く訳にはいかない。

そのはず―――――なのに。

結局、判定で、1ラウンドが終わってしまった。

もちろん判定は私の負けである。

何もできないままに一本取られて相手にリーチを掛けられてしまった。

つまり、私たちには残りはない。私の後ろには誰もいない。

プレッシャーが掛かる。

駄目だ死にそう。

そう思った。

駄目だ負ける―――。

そう思った。

その時――――――。

「雨水」

私を呼ぶ声がした。歓声が起こるこの会場内でも、しっかりとその声は私の耳の中へと入った。

私のパートナー。

たった一人だけの私のパートナーの声。

ずっと後ろから見守るように力強い声。

私は一瞬だけ――――後ろを振り返った。

そこには笑顔――――いつもの笑顔の中原徹の姿があった。

「――――――」

私は何か言葉を期待したのか?自分でも判らないがじっと中原徹を見ていた。

すると―――――。

笑顔のまま、ただ――――

「楽しべればいい」と中原徹は口にした。

私は、それを聞いて画面にゆっくりと顔を向けた。

楽しむ?

私がゲームで楽しむ?

そんなのいつものこと。いつものことだが。

今の私はどうだろうか?

楽しい――――――いや、楽しくない。こんなの全く、全然楽しくない。

私は私らくてはならない。私らしいとは何?

『君は不適に頬笑んでいるのが一番』

いつかの中原徹の言葉が浮かんだ。

そう私は不適に笑うべきだ。

そして―――――勝負は勝つからこそ楽しい。私には敗北はない。

何故なら無敵のプリンセスだから。

こんな所で――――負けてはられない!


運命の2ラウンド目が開始された。

相手は私がまた防御に撤すると思ったのか。いきなり攻めて掛かってくる。

ふざけるな!

私も同様に攻めた。

技と技が相殺。

しかし、僅かに私のローゼリットの方が押し勝ちした。

さすが私の愛キャラだ。自分のキャラを誉めた。

攻めろ、攻めろ、攻めろ、攻めろ。

私はとにかく攻めた。

ガードは以外と簡単に隙を見せた。そこに攻撃を巧く入れていく。

相手は中原徹よりも巧くはない。断然に弱い。

いける!

このラウンド。とにかく押して押して、私はK.Oを奪った。

これで振り出し。

「よしっ!」

思わずガッツボーズをとった。

楽しい。楽しい。私はゲームが好きだ。


続く3ラウンド目。

勢いは圧倒的に私であった。

試合を支配する。

「あっ!」

相手のカウンタが一発入る。

まだまだ大丈夫。私は負けを恐れない。ただ勝つことだけを望むから。負けなんて考えない。

攻める、攻める、攻める、攻める。ひたすらに―――――。

「よし!」

相手にコンボを入れる。

自然と喜びが声になる。

楽しい。

周りの歓声が聞こえる。

会場は私の土俵。全てを包み込み我とする。

そして最後の一発の攻撃が相手に入った。

画面にはK.Oの文字。

「やった!」

私は想わず立ち上がった。まだ優勝したわけではないが喜び形にする。

後ろを、中原徹を見た。

中原徹はただ笑った。

私もただ笑った。

言葉すらは無かったが、それで十分だった。

次は大将

「ウィザード」との対戦。

大将戦。

会場は本日最高潮であった。

「さ、誰だろうと掛かってきなさい」

私は小声で言って画面を見た。

誰であろうと――――。

格ゲーの神であろうと―――――。

私は今なら勝てる気がした。

何故なら私はゲームを愛しているから、格ゲーを愛しているから―――――誰よりも楽しむことができるから………………。

私はキャラに成り切ることができるから。



私はローゼリッテ。

戦う女戦士。

戦場に身を置いた。女ではなく一人の騎士として―――――。

何のためではない。ただ私は私のために戦う。

目の前に敵が現れる。

ただ戦う。

戦う―――――。

何のためでなく私のために―――――。

私は孤高の騎士。

ローゼリッテ――――――………………。



会場はとにかく盛り上がった。盛り上がって、盛り上がって明日になっても体力が戻らないんじゃないのかと思うくらいに―――。

そんな中、私は壇上の上で全てを出して、全てを終わらせた。

「――――――」

一瞬、頭が真っ白になった。

空想と現実が理解できなくなった。

確認のために私は再度、設置された特大スクリーンを見上げた。

「…………た……………やった――――――やったあああああ!」

歓喜の叫び。

優勝した叫び。

「ウィザード」対

「まど」の大将戦。試合本数、0対2。

勝者は今、壇上で叫んだ人物にあがった。


私は叫んだ後に直ぐ中原徹を見た。

中原徹は笑った。

私も笑った。そして、中原徹に飛び出した。

普段なら絶対にしない行動。浮かれていた。でも、それでも良かった。本当に嬉しくてしかたなかったから―――――。

中原徹は戸惑い混じりで私を受けとめてくれた。

抱き締めあった。

言葉は無かった。

まもなくして私は自分から、中原徹から離れた。

それを見計らって――――。

「あの優勝した今の気持ちを」

と辺りにインタビューがやってきていた。

私は笑顔で口を開いた。

こんなに笑ったのは初めてなくらいの笑顔。

「それは――――――――――――」


私はなんて答えたか忘れてしまった。

ただ優勝した時の感覚は決して忘れることはないだろう。それで十分だった。

そのときは、ただ―――――とにかく嬉しさが溢れて仕方なかった。

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