第五章
店舗予選が終われば、直ぐ地方予選がやってくる。
全国格闘ゲーム選手権地方予選第三ブロック大会。
次に私と中原徹が挑む大会の名である。
大会まであと二週間。
さほど時間があるわけではないし、もはや完璧に店舗予選を通過した私たちだ。これといって大きく改善しようとすると代えって調子を悪くしかねない。
よって二週間は調節といった感じで練習を続けることにしていた。
「すごいね」
そう口にしたのは瑞希であった。
「何が?」と私が聞き返す。
「だって大会を余裕勝ちだよ。しかも一人で―――すごいじゃん!」
瑞希はコロコロっと頬笑み笑う。
確かに、凄いといえば凄いのだろう。でも。
「ま―――まだ予選だしね」
「予選でも凄いんじゃないの?」
「地方でもアレだけに活躍してくれれば凄いかもしれないわね」
「だよね。何が不満なの?まどちゃんは相変わらず厳しいー」
「そうかな?――――――」と私。
本当に厳しく言っているつもりはない。私とて中原徹には絶対の信頼までは到底ないが、それなりの評価はしているつもりだ。
しかし、これはここら一帯の話で、全国一を目指している私としては評価は甘いくらいであると考えている。
店舗予選では良いように言われ過ぎるいるから、つい私たちは強いのかと舞い上がってしまう。
『最強のプリンセスに最強のナイトがついた。』
そう行っている奴が何人もいるらしい。
どうやら皆、言葉の意味を勘違いしているらしい。
最強は二人といないのだ。そして最強とは本当に一番にならないと得ない称号のこと。まだ私も中原徹も最強なんかではないということに―――――。
「そういえば――――――」と瑞希はお得意の唐突話題転換。
「結構、話題になっているだけど―――――」と、かなり言いにくい様に瑞希は話しだす。
「中原先輩と付き合っているって噂は本当?」
教室の誰にも聞こえないようにして瑞希は小声で聞いてきた。無論、噂などに疎い私は初めて聞く話であるため―――――。
「はあ―…………!?」と思わず大声で口にする。
「ああ―――やっぱり噂だよね」
私の様子を見ただけで回答を得たかのように、瑞希は私の表情を見て苦笑い。
「なんで私があんなやつと!」と思わず反論する。
「私に言われても――――」
「あっ、ごめん」
確かに瑞希にいったところで意味はない。
しかし、まさかそんな噂がたつとは―――――。
「別に噂なんだし、いつもどおりに無視してればいいんじゃない」と瑞希。
ま、確かに…………それもそうだなと思い
「そうね」と私はつぶやくような小声で返答した。
今はとにかく地方を優勝する。そして全国まで駒を進めること。
それを第一に考えるべきなのだろう。
――――――――。
「そういやさ………」と私は中原徹に話を掛けた。
場所はゲーセン。
中原徹は新しい立ち回りの練習中で私は隣で指導している状況下である。
「なんだ」と中原徹は画面を見つめたまま返事を返した。
「なんで中原徹は使用キャラはユイな訳?」
私が質問したのはメイン使用キャラの質問である。
ユイ。中原徹が好んで使うテクニックキャラの一人である。
「そりゃ、テクニックキャラが俺の型に合うから使い易いんだよ」
「いやいや、そうじゃなくて――――」
私は首を振って否定。
「私が言いたいのは何で女キャラを使ってるのって意味」
「益々どういう意味なんだ?」と中原徹は首を捻った。
「いや、男が女キャラを使うのはどんな意味があるのかなと思って―――」
「ああ、なんだ、そんなことか。意味なんて普通は無いだろ。女が男キャラを使うのと変わんねえよ」
「だから判んないのよ。私は男キャラなんて使わないからね」
「そうだったな―――――。うーん、何て言えばいいかな――――。異性キャラだとキャラを愛せるだろ?」
「不純な動機ね。私から言わせれば、同性キャラの方がキャラに成り切る事ができて楽しいね」
そう私は答える。
キャラに成り切った上で戦いを行なう。
キャラを愛した上で戦いを行なう。
私としてみれば前者の方が好ましいのだが。
すると―――――。
「ふっ、ははっ、はははははっ」と中原徹は吹き上げるように笑いだす。
「何よ………」と私は少々赤面して問う。
「はははっ。いや、すまん。あまりにも君らしいからね」
「まだ知り合って間もないくせに私のことなんて判らないでしょう。軽々しく君らしいとか言わないで頂戴」
「あ、すまない。確かに、まだ、あまり理解してないよ。君のことはね。君の性格は難しすぎるんだよ」
「難しすぎて、すいませんね」
私は、皮肉ぽく、いやな言い方をする。
それに対して中原徹は
「あはは」と笑い。
「でも、君がゲームをどれだけ好きなのかは十分に判るけどな」
中原徹は平気で普通は恥ずかしいような言葉を口にする。
私は顔が熱くなるのを感じて―――――。
「ふん、別にどうでもいいでしょう!それにゲーム好きは貴方も同じじゃない!」
「まあね。でも君には及ばないよ」と笑いながら言う中原徹。
「大会が一段落ついたら同性キャラも練習してみようかな。君がいうキャラになりきるプレイもいいかもね」
そう再び恥ずかしい言葉を口にする。
「一段落してからじゃなくて、大会優勝してからでしょう。それにキャラ変更して今より弱くなったら話にならないわよ」と呆れたような台詞を吐いた。
しきし、その裏側で、私も大会が終わったら異性キャラを使ってもいいかな――――――そう考えてみてもいいような気がした。
いや!何で私が中原徹が言ったことに流されようとしているのよ!
と、私は自分の頬をバシッ、バシッと二度叩いた。
「何してるの?」とゲームの手を止めて、こちらを見てくる。
「な、何でもないわ!」
「何、怒ってるの?」
「うるさい!ゲームの途中でしょう!集中しなさい!」と私は顔を隠すように中原徹から顔をそっぽむけるのだった。
一週間というのは早いもので、私たちチーム『プリンセス』は地方大会の当日となった。
地方予選は隣県の一番大きなゲームセンターで行なわれることになっていた。
そのため、瑞希や越岩君は応援に来れないため、今回は瑞希や越岩君とは顔をあわせていない。今、ここにいる知り合いは私と中原徹の二人だけであった。
つまり…………それは私たち以外は敵ということだ。初めての地方大会、初めての対戦相手、そして初めての場所。
緊張――――。
その言葉が脳裏をよぎった。
少し予想外。まさか、私が緊張するとは―――。
ま、大して緊張ではないにしろ、この空気は独特である。
ふと、この会場に来る前に瑞希とした会話を思い出した。
「今から地方大会だね」と瑞希は年中無休の笑顔をで私にいった。
「そうね」と、これまた年中無休のやる気の無いようなリアクションを私はとった。
「緊張しない?」
「緊張?なんで」
「いや、なんでって―――普通するでしょう」
「ああ、私は普通の枠には捕われない人間だから」
「だね――――。まどちゃんが普通なら私なんて何って感じだよね」
瑞希は
「あははっ」と可愛らしく笑う。
「瑞希は誰がどうあれ女神様っていったところの役かしら」
「なんで女神様?」
「オーラ」
「オーラ?」
瑞希は左へ右へと交互に首を傾げさせた。
まったく―――。この天然さが最高のポイントなのだろうに………。
「よくわかんない。ま、とにかく、まどちゃんたちなら絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に優勝できるから!がんばって!」
絶対を五回も連呼して瑞希は私を棚にあげる。
「うん。もちろんよ。私を誰だと思ってる?」
そう、冗談をめかして瑞希に約束を交わしたわけだが。
実際に今は結構のプレッシャーを感じる。
冗談ではなく本当にやばいかもしれない。
そう思った。そんなときに――――――。
「雨水――――」
最近、聞き慣れた声が私の耳に届いた。
振り返って見ると、そこには中原徹がいた。
「登録は………」
私は、そっけない口調で問いた。
「無事に完了したよ」と中原徹。
「もう大会のトーナメント表が公開されているらしいよ」
「そう」と、どうでも良さそうに私は返事をする。
「興味ないの」
「興味はあるわよ。でもトーナメント見ても知ってる人たちなんていないじゃない。知らない人、もしくわチーム名が書かれていたところで、だから何って感じしない?」
「ま、ごもっとも。だけど一回戦の相手の名前くらい覚えておきなよ」
「ま、そうね。なら一回戦は何ていうチーム?」
「チーム『猫と人の冒険』だって」
トーナメント表の紙を見て中原徹は答える。
「何それ…………」
「さあ?」
肩を竦めてみせる仕草をする中原徹。
「やっぱりチーム名って変なの多いわね」
「目立つのにしたいんだよ」
「ま、そうでしょうね」
そう私が言った後、一旦話は中断した。
一瞬の無言な時間があり―――。
「ね、あなた緊張してる?」と私は問う。
「どうだろう。不思議と緊張はそうはしていないかな」
「そうみたいね」
私は中原徹の顔色を見て言う。
「何で店舗や一般大会なんかで緊張して、今はリラックスしてるのかしら」と私ははぐらかしてみる。
「何か吹っ切れたみたいだね」
「そう――――」
「そういう君は何か引っ掛かってるみたいだな」
今度は中原徹が私の顔を伺って言った。
「――――――」
私は無言。それに対して、直ぐに返事があった。
「大丈夫。心配する必要ないよ。君は強い。地方で負ける器じゃない」
そう中原徹は言って――――そして笑顔を見せた。
大丈夫。私は強い…………か。
そして再び中原徹は私の顔を伺った。
今度は言葉を口にはしなかった。
どうやら中原徹は、いつもの私であると確信したのであろう。
「大丈夫そうだな。よし、もうそろそろ試合だ。行くか」
そう言われて私は無言で了承した。
一回戦。
『プリンセス』対『猫と人の冒険』。
まずは先将戦である。
ナカトール対猫である。
「よしっ!」
中原徹はやる気を見せるように声を出して台に座った。
どうやらやる気満々のようだ。
あの様子では勝つだろう―――――。
私はそう思った。
その思いと同時に試合は開始された。
試合開始。数秒。
「あれっ………」
私は思わず謎めいたときのような声をだした。
中原徹の動きがおかしいと――――。そう察知したからだ。
動きの一つ、一つがいつもと違う。
正確ではない。いつもの正確な中原徹のキャラの動かし方ではない。しかし――――面白い。
非常に面白い。新しい立ち回り。
相手のコンボを食らう。
しかし、怯む事無く、楽しそうに中原徹はプレイをしている。
一発食らうと返すように一発返す。
いつもの中原徹には見られない積極性。
なんだろう?
全然、変な戦い方をしているのに―――――まったく可笑しくない。
矛盾のような答え。
中原徹は一本目を僅差でとった。
しかし、いつもの中原徹の戦い方なら余裕で勝つ相手である。
それなのに―――――――。
二本目、三本目と連取されてしまい。中原徹は負けた。
「なっ……………」
なんで?と、その場で聞きたかった。
が――――――。
「後はまかせた―――」と擦り違いざまに中原徹は耳元で呟いた。
そうだ。
中原徹が負けたら次は私の番であった。
とにかく今は試合に集中しよう。私は中原徹に継いで台に座った。
大将
「まど」対先将
「猫」。
試合開始。
その合図と共に私は相手キャラに攻撃をしかけた。
これは私の初めての試合となる。それと同時に中原徹の伴い戦である。
私は本気で相手を潰しにいった。
その試合。開始わずか20秒程度でかたがついた。
会場は本日初めての大歓声となった。
大会―――――。やっぱり大会はこうでないと。
地元ではプリンセスコールというものがあった。しかし、ここは初めての場所の為にそれはない。
しかし、歓声、大歓声が起きるたびに私は楽しくて仕方がない。
つづいて、大将
「まど」対大将
「人」。
大将戦。両チーム後はない。
その試合が開始される。
後がない。しかし、私には緊張はない。
ゲームの大会の神は私に味方をする。この声援がそれを物語っているようだ。
そして大将戦。
私は再び爆発する。
2試合連続パーフェクト勝ちで
「人」を破って、チーム『プリンセス』一回戦勝利をもぎ取った。
会場は再び大歓声であったのは言わなくても鉄則である。
雨水円のプレーは見る人を魅了する。伊達にプリンセスなんて呼ばれていないわ。
私は笑顔を作って
「ふふっ」と笑った。
他人が見れば、これは見事な勝ち方をしたといえるだろう。
しかし、問題点がある。私たちを知る人が見れば可笑しさに気が付くだろう。
中原徹。
この試合の彼は本気ではないと。
一回戦を見事突破。
普通なら喜ぶべきことなのだろう。
しかし、私――雨水円は悶々とした怒りを込み上がらせていた。
理由は一つ。
中原徹についてというのは言うまでもない。
私は試合終了後。中原徹の腕をとって人気の少ない場所へと引きずり込んだ。しかし、勘違いはしないで欲しい。私は別に中原徹を責める気もなければ、怒る気もない。ましては襲う気など微塵もない。
ただ理由を問いただすだけである。
ま、場合によれば怒りをぶつけることになろうが――――。
「で――――」
私は
「ふう……」と息を大きく吐いて口を開いた。
「でって…………」
中原徹は特に何事も無かったかのように白けてみせた。
「とぼけないで。さっきの試合よ。何あれは――――。いつもの貴方なら普通に勝てた相手よ。まさかわざと負けたのかしら」
「君には、わざと負けたように見えたかい」
変わらない調子で聞き返してくる。それに対して――――。
私は首を振った。
あの試合は勝てる試合を負けたのだけど、決してひどい試合ではなかった。いや………むしろ逆だ。
よかった………いい試合であった。
故に私は判らないのだ。何故、中原徹は負けたのかが―――――。
「さっきの俺の試合は君から見たらどうだった?」
少し間が空いた後に中原徹は私に問う。
さっきの試合の私から見た感想を――――。
「それは―――――いつもと違って未完成で穴だらけだった」と私は呟くように答えた。
対して
「それは、それは――」と中原徹は苦笑いをする。
「だけど――――面白い試合だった」
そう付け足すように私は言った。
あの試合は一言で可笑しな試合だった。それは中原徹の今までのプレースタイルからは打って変わった戦い方。
「君からお褒めの言葉を貰えるほどのものじゃないよ」と中原徹は苦笑。
その言葉を私は流すようにスルーして、そのまま更に質問する。
「どういうつもりがあってあんなプレースタイルで戦ったのかしら――――――。もしや、私に腕ならしをしてもらうためにわざとなどと言った解答なら怒るわよ」
「あれ?君にはわざとには見えないんじゃなかったの」とわざとらしく言ってくる。
「―――そうよ」
そう答える。でも、それは私の考えに過ぎない。中原徹の思考ではない。
「私は貴方の意見はどうなのと聞いてるの」と直接解答を求めた。
そして少し間を置いて、
「ああ、俺にもわざと負ける気はしないよ」
「なら何故?」
何故、今までと違った戦い方をしたのか?そういう質問を短くしてただ何故とだけで問う。
今度の返答は早かった。
「優勝するためだ」
中原徹は、ただそういった。
その答えに対して私は目を丸くした。
優勝。
まさか、中原徹から『優勝』の二文字が帰ってくるとは思ってもなかったからだ。
何を考えているのだろうか―――――。
いつもよりひどいプレーをした後に『優勝する』みたいな――――いや、まさに優勝宣言をさらりと口にするなんて――――。
中原徹の考えが読めない。判らない。悟れない。
だけど――――――。
「ならいいわ――――」と私はただそう答えた。
決して負けるつもりで戦っていたのではない。なら私からいう言葉はない。
「ありがとう。地方では、まだ荷物になるかもしれない。負けたら後は頼む」と中原徹。
私は
「わかったわ」とそれだけ言って会場へと足を向けた。
「地方ではか――――」
私は小声でそう呟いた。
2回戦。
またも先将対先将の先将戦で中原徹は破れた。
しかも、また僅差。ほぼ互角の戦いをして運悪く負けたかのような形となった試合だった。
しかし、先程の試合の時のような衝撃は今回はなかった。
無言で観覧用に置いてある席を立ち中原徹と入れ替わるように席に座った。
何故、中原徹はいつもの戦いをしないのか?
それは疑問となってしかたがない。
今の相手もさきほどの相手も、どちらとも本来の中原徹の敵ではないはず。
なのに―――――。
そう思いながら対戦台に座る。
しかし、座ったからには試合を万全に―――――。
一度、大きく深呼吸。
頭から今まで考えていたことを白紙とする。そして、ただ勝つ。試合に集中する。
2回戦も私は力を奮わせた。
先将、大将を2連続で破ってみせる。これで地方は準決勝、決勝の残り2試合のみとなった。
2試合目が終わって、準決勝までの時間、私と中原徹は顔を合わせなかった。
聞きたいこと―――――。質問はあった。
しかし、不思議と話す気にはなれなかった。
だから私はとにかく準決勝のことを考えるしかなかった。
ただ、ひたすら―――。
準決勝。
相手チーム名は『ナチュラルボーイズ』だった。
日本語で普通の少年。『ナチュラルボーイズ』の二人を見たときに思わず
「ああ」と頷いた。
確かに両方とも普通の少年。何の変転もなさそうな、普通すぎると言ってもいいような少年二人組との戦いだった。
先将対先将戦。
この試合では中原徹が勝ちを収めた。
しかし、戦い方を元に戻した訳ではない。さきほどと変わらない戦い方で勝ちを得た。
「よしっ!」とガッツポーズの中原徹。
今大会で初勝利。
しかし、続く大将との戦いで破れて降板する。
「おつかれ」と私はすれ違いざまに言った。
「ああ、後は頼むよ」とそれだけを中原徹は言って私と交代をした。
頼まれた―――――。なら勝つしかないな。
私は大将戦でも二本連手のパーフェクト試合を決めた。
まさか準決勝で再びパーフェクトがでるとは――――と観客は再び騒がしくなった。
当たり前でしょう。私は全国一を目指しているだからと―――――。
ただそう思って台から離れた。
結果から言おう。
私たち、チーム『プリンセス』は地方大会を勝ち抜いて優勝した。
つまり念願の全国大会の切符を手に入れたのだ。
地方大会決勝。
これに勝てば全国。
その大事な試合。しかし、この試合でも中原徹はいつものプレーを見せることはなかった。
先将戦で本数2対1で負けてしまった。
店舗予選のときとは打って変わって、この大会に置いてはほとんど私が勝ったと言えよう。
決勝も私が相手チームの先将、大将の両名に圧倒的大差をつけて勝利した。
しかし――――。
中原徹は一体何がやりたかったのか―――――。
この地方予選で謎であってしかたがなかった。
「優勝おめでと」、
「おめでとうございます」と朝からいつもどおりに学校へ行くと瑞希、越岩君がそう私に声を掛けた。
「地方でも敵なしの強さだったらしいですね。さすが姉貴」と越岩君。
「あら、そんな話どこで聞いたの?観にきていた訳じゃないわよね」
いつの間にか姉貴な変わっていることを不快に感じながら対応する。
「ネットです。全国大会の大きな大会ですからネットでも大きく取り上げられているらしいですよ」
「そういやそうだったわね」と私は呟くように答えた。
毎年、毎年、チェックはしているけど出れない大会だったためネットを見て悔しがっていた思い出がある。確か、地方の決勝の映像なら普通に公開されているだろう。
ちなみに確か、全国の大会は全試合公開されるはずだ。
「凄いね、まどちゃをは―――」と感嘆する瑞希。
「あら、こんなことくらいで凄いなんて言わないでよ」
「こんなことって…………優勝だよ。凄いじゃん」
「まだまだ、私は全国一番にならないと気が済まないわ」
「あははっ、まどちゃんが言ってると本当に一番になりそう」
笑顔で瑞希はいった。
「嘘も本当も無いわよ。私は一番になる。ただそれだけだから」
「まどちゃんらしいね」
「さすがは雨水さんです!」と瑞希と越岩君がそれぞれに口にする。
「ところで、一つ気になっているんですけど中原の調子が地方で悪かったって本当ですか?」
そう聞いたのは越岩君である。
どこでそんな情報を手に入れたのだろうか?今時のネットには大会に出た個人の調子まで書いてあるのか?いろいろと不思議に思ったが、とりあえずは質問に答えることにしよう。
「別に調子が悪かったわけじゃないわよ」と、ただそれだけを返した。
「でも、アイツ―――地方では一勝しかしてないじゃないですか」と、どうやら対戦結果をしっかりとチェック済みの越岩君。
ま、確かに地方の中原徹は準決勝で一人に勝ったくらいだ。しかし、実際の実力では大抵の人には勝っていたはず。
その質問を私にされても判らないといったのが本当である。
「ほら、いざとなったら頼りにならない奴なんですよ、あつは――――。だから俺と組もうと行ったのに」と越岩君。
何やら、そうとう中原徹に対抗意識はあるようだ。
でも、しかし――――――。
「越岩君。今は一応、中原徹は私の相棒よ。文句を言わないでもらいたいわ」
そう私は越岩君にはっきりと言って見せた。
別に中原徹を庇って言ったことではない。ただ―――中原徹を選んだのは私であり、私の目は節穴ではないと言いたいからだ。私はどうやら中原徹ならきっと何かやってくれると信じている。
優勝するために―――――。
そう彼が言ったのだ、きっと何かしてくれるだろう。私は中原徹を期待した。
全国大会。通称、決勝トーナメント。
日本を32ブロックとトーナメントにちょうど良い数にわけて、そのブロック代表の32チームが優勝を争う大会形式。
店舗、地方と予選の内容とルールは変わらない。
ただ変わるのは相手の力量。
向こうも予選を勝ち抜いた実力者たち。簡単には勝たせてもらえないだろう。
その決勝トーナメントまで後、一ヵ月。
私はただ今までの経験を生かすだけ。大きな改善はしない。
なら中原徹はどうだろうか――――。
ま、ゲーセンで会ったときに聞いてみよう。色々と―――――。
「で、一体どういうつもりだったわけ」とゲーセンの対戦台の椅子に腰をかけて私は問う。
「別に――――」と答えたのは中原徹。
「―――――。ま、地方は過ぎたこと。で、決勝トーナメントでは貴方はどう戦うつもりなの?」
そう私の二つ目の質問。
それに対して、中原徹はしばし口を開かなかった。
「――――――」
中原徹が何を考えているのか、まったく判らない。
「――――――」
別に本人には色々とあるのだろう。が――――。
「ふざけないでよ!貴方、何様!?私と貴方はチームを組んでるのよ!答えなさいよ!」とついに耐えきれなくなり、私は大噴火を起こした。
いい加減に耐え切れなくなった。私の仏の顔は三度まで待ってられないの。二度、早ければ一度で鬼へと変わるわよ。
ゲーセン内でも通る大音量の声に辺りが注目。もちろん中原徹もやっていたゲームの手を止めて丸くした目を向けてこちらを見た。
「チームなのよ!別に私が一人で勝っても結果は優勝で貴方はいいかもしれないわ。でも私が一人で勝っても私は嬉しくないわ!それだったら、去年も一昨年も、そこら辺の人と組んで参加しているわ!」
なのに私は出なかった。それは、何故か――――。
「何で今年、チームを組んでまで出たか判る。貴方ならと思ったからよ!」
自分らしくない。何を言っているのだろう。
しかし、言いだしたら止まらない。
「私は貴方が――――――!」
そこで言葉が止まる。止められる。
貴方が――――――。
「大嫌いよ…………」ただ力無く口にする。
「――――――」
「――――――」
両者、共に無言。
辺りも大声を出した時は、興味本位で集まっていたがこれは立ち合ってはならないものだと感知して散らばってしまった。
「雨水――――」
先に口を開いたのは中原徹であった。
「俺は別に地方での試合について、お前に説明したくないわけじゃない。ただお前には口で言うよりも実力を見せる方がいいと思っただけだ」
中原徹はそう言った。
「地方でのあれが実力なわけ?」と私は相手に突っ掛かるような言い方で言った。
内心、
「ああ、何を言っているのだろう。可愛くないな」と自分が自分で思った。
「だから地方は頼むと言っただろう。全国で借りは返す」
笑顔で中原徹はそう言うと手を止めていたゲームに向き直った。
それだけ――――それだけの言葉だったが―――――私は納得した。
笑顔。
やはり、この手の純粋の笑顔。それに、私は弱い。
「なら決勝トーナメントで貴方に期待してるわよ。一勝しかできないなんてことがくれぐれも無いようにしてよね」
そう口にして私は中原徹の隣を発った。
なら全国で見せて頂戴。私の目は正しかったということをね。