修練者用ダンジョンにて①
結局お仕置きが何か分からないまま、石造りの扉をくぐる。
ざあっと風が吹いてきて、そこには緑の草原が広がっていた。
後ろを振り返ると、地面から光が螺旋を描いて空に上っている。転送装置みたいなものか。
「さて、まずはどこまで伸びるか引っ張ってみましょう」
「はい?」
如月さんの目の前に掲げられた俺。
そのままぎゅむっと、もう片方の手が俺を掴む。まてまてまて。
でもって、にゅいーんと引っ張られた。
「痛いですか?」
「・・・痛くはないです」
さらにびろーんと引っ張る。これで如月さんの肩幅くらい。
ほっぺを引っ張られてるような感じだ。
「如月さんて身長いくつあるんですか?」
「175cmという設定ですね」
腕の半分くらいまで伸ばされて。
これは意外といけるかもしれないと思った途端。
「あたたたたっ!千切れるううううぅっ!!」
「言い忘れてましたけど、このフィールドは修練用のダンジョンですからHPが0になっても問題ありません」
問題ありまくりだろっ!
死ぬ瞬間は結構痛かったっ!
ちょ、ほっぺた取れるぅっ!!
「あ」
ぷちん、と音がしてほっぺたの痛みが治まった。
死んだかと思ったが視界は相変わらず。
目の前には、あ、の口の形で止まった如月さん。
いつもニヤリと人の悪い笑みを浮かべているので、ちょっと新鮮かもしれない。
「今、何か失礼なこと考えませんでした?」
「「いいえ、何も」」
自分の声がダブって聞こえる。
目の前に広がる景色は二つ。
俺を見てる俺とあっちから俺を見てる俺。なんだこれ。
最初ログインしたときにみた自分の半分サイズ。
「文字通り半分になりましたね」
如月さんの両手に掴まれたままの俺と俺。
「「痛かったんですけど」」
「スライムは半分に千切られても死なない、っと」
「「痛かったんですけど!」」
「煩いのでどちらか片方が喋ってください」
「「半分にしたのはお前だろーーーーー!!」」
絶叫すると、如月さんが溜息をついた。
「う、わっ」
如月さんが左手を開いたため、乗ってた俺はすとんと落ちた。
右手にはまだ俺が乗っている。
不思議そうに見上げる俺に、如月さんはまたニヤリと笑った。
何、何する気この人。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「「ちょっ、待って・・・」」
軽く助走をつけて投球モーション。
思わず拍手したくなるような軌跡を描いて、俺は遥か彼方へ投げ飛ばされた。
*****
地面がみるみる迫る。
どうやったらこんなに遠くまで投げられるんだ、というかこのまま落ちたら死ぬんじゃないか?
本棚の高さから落ちても死ぬんだ、こんな距離とスピードじゃまず助からないだろう。
そして地面に衝突する。
ぽよんっ。
あれ?生きてる。
「何で?」
「このフィールドの抵抗が貴方の抵抗と同じだからです」
聞こえないはずの声はすぐ側から聞こえた。
だが見渡すかぎりは草原で、如月さんの姿は見えない。
「ふふっ。キョロキョロしてかわいいなぁ」
ぞわわっ。思わず鳥肌が立った。聞き慣れない単語のせい、と思うことにする。
動作はあっちの俺とシンクロしてるのだろう。
意識すれば向こうの景色も見えることは見える。
画面が二つあるようなないような、うっすらカーテンがかかっているようなそうでないような。
動く分に関しては例えるなら左足は止まってるけど、右足は歩き続けるような感覚。ややこしい。
音は今のところ如月さんの声オンリーだから混乱はしないけれど。
何をしたらいいか分からないが、とりあえず合体(?)したい。
このままいるとどうなるか分からないが、元に戻らないと精神的に気持ち悪い。
「あの、そちらと合流したいのですが、どこに向かえばいいんでしょう」
「右上のマップは表示されていますか?」
「ありますね」
「赤丸が自分です。パーティを組んでいる場合、仲間は青丸で表示されます」
そういえばマップはやけに鮮明だ。
あっちの俺とこっちの俺、二つの赤丸が表示されているのでこの二つが近づくように動けばいい。
「ついでなので抵抗の話をしましょうか。ここに来る前、大男と喧嘩してましたよね」
一方的に絡まれただけですけどね。
「彼のつけている防具の抵抗も1でした。ですが、店の壁の抵抗は0でした」
なるほど。抵抗が同じだと跳ね返るのか。
「抵抗は低い方がダメージを受けます。店の壁と貴方の体が衝突した際の結果はご存知の通り」
図書室の床の抵抗は2以上なのか。誰だ設定したやつ。
「そこまではわかりましたけど、それじゃ防具の意味は?」
「もちろんありますよ。私に攻撃してみてください」
「いやです」
間違いなく死ぬ気がします。
「実体験を伴った経験はよく身につくんですがね。まぁいいでしょう。
私のスーツには抵抗があります。攻撃とみなされる条件を満たした状態で接触した場合の抵抗を10とします。
貴方の体の抵抗が10未満の場合は、ご想像の通りです」
壁にもたれた感じに潰れた豆腐を想像していたが、それすら読まれている。
「もしも貴方が抵抗力15の武器を持って、私に攻撃するなら、スーツがダメージを受けます。
このときスーツの防御力が0なら、スーツは破壊され私の生足がさらされてしまいますね」
何故に足。
「ダメージは抵抗・攻撃・防御の差で決まりますが、能力や種族特性などもあるので計算式は複雑です」
「抵抗についてはなんとなく分かりました」
「蛇足ですが、デフォルトの抵抗は1です。それ以上やそれ以下の抵抗を求める場合は職人による付与以外方法がありませんのでご了承ください」
「職人、かぁ・・・」
右上に映るマップを見ながら、自分のいるらしい方向へ進む。
一度通った道がどんどんマッピングされていく仕組みのようだ。
「何か目指す職人でもあるんですか?スライムですけど」
語尾が引っかかるが、気になってる職種はいくつかある。
「じゃあまず、工芸師、ってどんな職種なんですか?」
「ゲーム内では主にマイホームに置く家具などを作る職種ですね。細工スキルと一緒に極めると何か起きるかもしれません」
「からくり師ってのは?」
「平たくいうとロボットが作れます。モデルは株式会社アンライズからの提供ですね」
「それってもしかして乗れたりします?」
「どうでしょうねぇ。私が言えるのは、手がないとスキルが取れないってことだけですね」
無理なんだな。
しかしロボットは気になるなぁ。誰か作ってくれないかな。
まぁどうせ手がないから操縦できないってオチなんだろうけど。
「逆に、手がなくても取れるスキルってあるんですか?」
「ありますよ。スライムは【食べる】が使えるので、【合成】ができますね」
「【食べる】ですか?」
「・・・」
「なんでそこで黙るんですか」
しばしの沈黙。
固まってしまった如月さんの様子を観察しようかと思ったが。
しぎゃああああ
風の吹くような音が聞こえた方向を見ると、大きな口を開けた葉っぱが、ざわざわと迫ってくるところだった。
例えるならハエトリソウのでっかいやつ!
「のおおおおっ!」
思わず気合を入れて【迷彩】を発動と同時に、何事もなかったように後ろを向いて帰っていく敵。
こええ。大男の大剣より怖かった。
名前はムーブプラントと表示されている。敵の名前はオートで表示されるらしい。
そういやプレイヤーのキャラ名は初期だと見えなかったな。
如月さんも会った時名前は表示されていなかったので聞いたのだ。
今は頭の上に「如月」という文字が見える。
教えてもらわないと表示されない仕組みなんだろうか。
と考えをめぐらせていると困ったことが起きた。
俺の斜め後ろから、もう一匹。さっきのとは別のムーブプラントが歩いてくる。
こいつらは俗にいうアクティブモンスターで、こっちが殴らなくても攻撃してくる種類の敵だ。
【迷彩】の効果はもうすぐ切れる。
切れた途端、今は後ろを向いている敵も再度向かってくるだろう。
全力疾走して走れる距離と、スタミナ回復にかかる時間を差し引いて・・・。
「如月さん、どうしましょう」
「・・・」
相変わらずの沈黙。
なんかアドバイスくれたっていいじゃん。
せめて敵の口の中は見たくなかったので、敢えて敵に背を向けた。