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リッチな序章④

ファンタジーと呼ばれる話の類は過去にいくつか読んだ。

その中で使われる魔法は、四大元素の地水風火に空を加えて五大と呼ばれるものや、陰陽道に基づく木火土金水の五行などなど。

物語の世界観に合わせて光や闇、ドラゴンやゴーストなんて名称がついたりもする。

この世界で使えるものも、そういったものと大差ない。

違うのは発動呪文を自分で設定できること。

精霊に力を貸してもらう魔法の場合、まず精霊を呼び出してこういう形のものをどんな風に飛ばすか、を設定しないといけないらしい。

形と飛ばし方(?)については口伝や書物でしか覚えられず、呼び出せる精霊や威力、範囲の強さはスキルのレベルによるとかなんとか。

それを頭の中でしっかりイメージして発動の呪文と定義づけることで独自の魔法となる。

独自、と言っても名前が違うだけでプログラム上は炎の玉Lv1とかいう位置づけなんだろうけど。

そして今しがたあたしが教えてもらったのは、丸いものと尖ったものについて。

イメージや形は既存のものに従ったほうが楽なんで、まぁ説明するよりやってみたほうが早いんだけど。


「火の玉っ!!」


どごーんと大きな音を立てて、前方10mくらい先にある大岩が火に包まれる。

隣でサファイアがこめかみの辺りを押さえているのを横目に見つつ、あたしは教えられた魔術を撃つ。


「氷の矢っ!地面隆起!風の護り!!」


ヒビの入った岩を、真下から円錐上に隆起した地面が砕き、飛んできた破片はあたしの周囲を渦巻く風に弾き飛ばされた。

大きめの破片がサファイアの方に飛んだが、その頭に直撃する瞬間にどこかに消える。

どうやって消したか今のあたしには分からないが、魔術かアシスタント特性かと聞かれれば多分前者だ。

発動の動作も呪文もなかったが、前もって仕掛けておく時間は十分にあった。


「あらかた形になったようじゃが、その名称はどうにかならんのか?

 ファイアーボールやらフリーズアローやらの方がイメージしやすいと思うのだが」

「イメージが大事って言ったじゃない。あたしのイメージでファイアーボールだと配管工のおじさんがポロポロ撃つアレになっちゃうわよ」

「む。それはそれで見てみたい気がする」

「それとあたしにとってのフリーズは凍る、じゃなくて固まるの方が印象強くて。

 寒いとか水とか氷とか、そういうイメージが出てこないの」


いつも決まった曜日にロードショーを字幕で見てるあたしには、警官が銃を構えて叫んでる場面が頭に浮かぶから仕方ない。

蛇足だけど、某音ゲーで出てくる面倒な矢印も同じ名前だった。

ダイエットがてらハマった時期があったんだけど踏みっぱなしは好きじゃなかった・・・って話が逸れた。


「まぁそれも仕方ないか。さてこれで基礎はおしまいじゃ。もう教えることはない」

「はっ、これで全部?それだとあたしのこの姿は説明がつかないんじゃない?」

「ふふふ、賢い嬢ちゃんじゃ。じゃが妾が教えられるのはここまでじゃ」

「冗談でしょ。こっちのスキルウィンドウにはまだ闇と空ってのが載ってるのよ?」

「・・・聖はないんじゃな」

「え?」

「いやいや、さすが腐ってもリッチじゃ。だが我々はアシスタントであってオトモダチではない。

 初心者がゲームを始めて右も左も分からないところに立て札を立てるだけの存在じゃ。

 闇や無の魔術が気になるのであれば、それを習得する方法を探しに行けばよいのじゃよ」

「なるほどね、あたしはまんまと運営の手法にハマったわけか。何にせよ取っ掛かりは重要だものね」

「そういうことじゃ、さて、そろそろ水遣りの時間じゃろう。思う存分自由の世界を満喫していくとよい」


時間を見るとなんだかんだで一時間近く経っている。

急がなければ。


「じゃあ先に行くわね!もう教えてもらうこともないだろうけど、一応礼は言っておくわ。ありがとう。そしてさようならっ」

「ふふふ。またすぐに会うことになると思うがの」


そんなこと言われても、聞いても教えてくれないというなら指名することもない。

雑誌の紹介によれば、アシスタントは序盤の冒険を手伝ってくれるという説明だったが、あたしはその冒険とやらをする気はないのだ。

後ろで手を振るサファイアに手を振りながらこれからのことを考える。

黒スーツを着こなすあのアシスタントさん。今はどこにいるのやら。

ああ、その前にこの顔。

いやその前に、手袋!あと剪定用のハサミ。

地下からの階段を駆け上り、カフェルームへと上がる。


「お疲れ様」


出迎えてくれたのはコーヒーカップとデザートのケーキをトレンチに乗せたエプロン姿のおばさんと。


「うん、詳しい話はまた後でね、ラピス」

「また来るがよい。待っておるぞ」


そのラピスからコーヒーカップを受け取ろうとしている、相変わらず上半身の露出が激しい髪の長い女性。


「あなたにもう用はない・・・ってサファイアあああああ?」


例の修行部屋からの道中、あたしは絶対追い越されてはいない。

テレポートでもしたっての!?

・・・いや、そもそもテレポートが存在しないゲームの方が少なくない?

空ってのは空間移動のことなの?


「待っておるぞ?」

「・・・また来るわ」





*****





時間はほとんどない。

この体は意外に重く、一生懸命走っているはずなのになかなか進まない。

というか歩いているのとたいして変わらないスピードのような気がする。

これはなんとしてもテレポート的な魔法を覚えなければ。

いちいち畑まで移動してたら、あの場所を中心に半径1時間の範囲でしか移動できないではなか。


そしてやっと辿り着いたあたしの畑。


・・・バケツ買ってないじゃん。

どうやって水撒こう。

幸い井戸は近いし、苗は1つ。

井戸から汲んで、手で掬って撒くしかないか。

その方向でいくかと井戸桶を落とし、ロープを引っ張ろうとすると鈍い痛みが走る。

この感覚の記憶はまだ新しい。

このまま続ければまた腕が取れる。

そういやサファイアが杖も持てないって言ってたっけ?

どんだけ不利な条件背負ってるのよコイツ。

この分だとバケツもジョウロも持てない予感がする。

水、汲めないじゃん・・・。


ということは、最後の手段。

しかし習った魔術は4種類と、形状が丸か矢の二通り。

水属性の魔術は今のところ何故か氷の特性を持っている。

指定したポイントに向かって飛んで行き、あたった対象物は凍りつく。

植物の成長を促す以前に、瞬殺だ。


サファイアの言葉を信じるなら、労力なしに水は用意できるし、耕すのも刈り取るのも魔術が使える。

使えるって言ったくせに、使えるものがないぞこらー!と心の中で東地区に向かって叫ぶが、返事があるはずもない。


とりあえず頭上に向かって氷の矢を撃つ。

その後同じように火の玉。

溶けて水になったらいいなーなんて思ったが期待は裏切られ、見事に相殺された。


「やっぱりだめか」


衝撃波のような水蒸気らしきものが周囲に広がり視界が遮られる。

質量などを踏まえれば氷の塊が少々残って落ちてきてもいいはずだが、そこはゲーム上の設定なのだろう。

おそらく逆のパターンでも同じ現象がおきる。

もともと期待はしてないし、できないことを確かめただけ。

空を見上げるが雨は降りそうにない。

頭をフル稼働させて、昔気象予報士になろうとして詰め込んだ知識を掘り起こす(試験には落ちたけど)。

飽和状態の水分が空気中の微粒子を核にして雲が出来る、だったか。

水蒸気は出来たけど、それを集めて冷やしたら水になるというプログラムが存在しているのだろうか。


他に出来ることはあるだろうか。

思考を巡らせていると、目の前で苗がしおれた。

緑だったそれが、茶色に変わる。

あああああ。


「あーあ、枯れちゃった」


途方に暮れていると、背後から声がかかった。

種苗店の兄ちゃんだ。

店のカウンターに頬杖をつき、反対の手で人差し指をくいくいと動かしている。

こっちへこいということらしい。


「水の汲めない君にアドバイスをあげるよ。

 ここでは人を雇うこともできる。畑の管理を全て任せることができるからオフライン中でも栽培が可能。

 もちろん収穫もしてくれる。ただし品質は普通かそれ以下。オーケー?」

「オッケー。というかあって当然のサービスよね。」

「それと、これは目の前で苗を枯らした人へのサービス」

「?」


巻物のようなものを受け取って開く。

中には魔法の説明と効果が書いてあった。


---水の精霊を集め風の魔法でかき混ぜることにより雲を生み出す魔法---

---効果:雨を降らす。水属性の魔法効果増加。フィールド環境変更、例:地面フィールドは泥地面となる。植物への成長促進効果---


これはっ!!!

一通り読んで種苗店の兄ちゃんを見ると、ニッ、と笑った。

隣の農園管理のおっちゃんの息子とかいう設定がありそうだが、今はそんなことどうでもいい。

これでハーブの栽培が出来る・・・いやまて、収穫ができるかどうかも問題だ。

鎌は持てないだろう。

風の矢で刈り取りはできるだろうか。

やってみなきゃ分からない、か。


頭の中でイメージを固める。


「雨雲!」


もくもくもく。

ざーざーざー。

濃いグレーの雲が現れ、半径2mの円の中で雨が降り始めた。


「ちょっとおおお!?」


目標地点を特に定めていなかったせいで、雲の中心はあたしの頭上。

慌てて円の外へ抜け出す。

少々驚いたけど、魔法は成功だ。

次に風の矢。


「かまいたち!」


ざしゅっ。

茶色い葉っぱが無残に散る。

練習して精度があがるだろうか。

茎の部分をうまく狙えればよいのだけれど、刃のような魔法は覚えていない。

ん、刃?ナイフ?

ナイフならさっきケーキ食べるとき使った気がする!


「これならいけるかも」


期待に胸を膨らませ、苗を追加するべく種苗店へ。

そしてお金を渡そうとして気付く違和感。


「・・・腕、伸びてるし」


植物への成長促進効果も立証された。

後は種をまくだけだ。


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