役所で整列
『新しい称号を獲得しました。称号は称号ウィンドウで確認できます。名乗ることにより効果の得られる称号もあります』
---称号【投げ飛ばされし者】飛距離、滞空時間の上昇---
・・・。
脱力感を覚えるのは何故でしょう。
そしてこれは名乗るべきなのか否か。
名乗りを上げること自体は難しくもなんともないのに、抵抗したくなる不思議。
「どうかなさいましたか?」
「・・・称号、手に入れたみたいなんですが」
「名乗ればいいじゃないですか」
「いや、それが・・・えぇと・・・」
返答に困っていると、なんだか背中がムズムズしてきた。
時々猛烈にかゆい。分身の方に何かが起きているのだと思う。
さっきから向こうの俺の視点で行動したいと試しているのだが、どうもうまくいかず視界がブレまくる。
「それより、さっきのミケさんが追っかけてった俺、大丈夫でしょうか」
「無事なのがここに一体居るので問題ないでしょう」
「あっちの俺がとっても気になるんですが」
「追いかければいいじゃないですか」
「・・・そーですね」
マップの赤丸を確認しながら進む。
如月さんがゴミ箱に捨てたという俺から遠ざかってしまうのだが、あっちの俺は一旦諦めることにした。
いっそのこと、誰かやっちゃって・・・いやいや、大事な俺だし、やっぱそこは勘弁願いたい。
現実世界では俺がもう一人いればいいのに、と思うことがよくあるが、いたらいたで邪魔なこともあるんだな。
街中で一歩も進めなかったのが嘘のように、屋根の上ではスムーズに進む。
時折すれ違う人もいるのだが、こちらがプレイヤーだと分かっているのか攻撃されることはなかった。
「屋根の上は平和ですね」
「目的地に直線距離でいけますので知ってる人は大体こちらを通ります。
それから、屋根に上れるようなレベルの人はスライムなんかに興味はもちませんので安心していいですよ」
うう、複雑な心境。
でも俺、本棚上れたし、建物の壁もおそらく上れるような気がする。
次からは屋根の上を移動することにしよう。
「あっちじゃないんですか?」
「え、あ、本当だ」
如月さんに言われて、マップの赤丸を確認する。
さっきまでこっちにあったはずの赤丸はいつの間にか移動していた。
「何でわかったんですか?」
「報酬をもらいに役所へ行ったのではないかと思いまして」
「大金、って言ってましたね」
「そうですね。分かりやすく装備の相場で言えば、レベル5の武器が252本買えますよ」
すいません、まだ相場とかよく分かりません。
そして多分装備のできない俺は、その相場を理解する気がありません。
「腑に落ちないってカンジですね。
ええと・・・そうだな。【合成】に必要なレシピのグレード1なら、252個買えます」
何ナニッ!?【合成】?レシピ?
「そんなにツヤツヤしないでください。見てるこっちが恥ずかしい」
指摘されてなにやらこちらも恥ずかしくなる。
感情とスライムの表皮は、何かしらリンクしているのだろうか。
それにしても【合成】にはレシピが必要なのか。なるほどなるほど。
「さて、役所はこの建物です。貴方の分身はこちらでよろしいですか?」
「そうみたいです。入り口は・・・あそこかな?」
見下ろすと人がひっきりなしに行き来している。
ちょっと下まで降りて後は跳ねればよいのだろうけど、着地して速攻斬られるのは嫌だなぁ。
「入るならこっちですよ。ああもうっ・・・」
声に振り向くと、屋根にある天窓を如月さんが開けたところだった。
こちらに歩いてきたと思ったら、がしっと頭を掴まれ持ち上げられる。
これ不法侵入じゃないの?
「窓は開けるためにあるんです。ここは自由の世界ですから、細かいことは気にしたら負けですよ」
*****
建物は5F建て。
現実世界の役所はあまりいったことがないが、建築課や農林水産課とか見ると本格的でちょっと引ける。
「如月さん、ここで何が出来るのか聞いてもいいですか?」
「一から説明するのはとっても面倒ですし本来は自分で足で確かめるのがゲームの筋ではありますが、貴方がどうしても知りたいというのでしたら仕方ないのでご説明差し上げます」
「いや、そこまで言うのなら無理にとは」
「役所はクエストを受ける所だと思っていただいて構いません。
環境課は街中の環境整備、農林水産課は牧場や農場などに関係するクエストが受けられます。
企画課にはスポンサーとのコラボクエを始め、無数のクエストがありますので定期的にチェックすることをオススメします。
他にも、犯罪課で過去の指名手配犯の閲覧や、賞金の受け取りができますし、一定数の参加が見込める企画などを観光課に届け出ると、公式HPで宣伝できたりもします。
他にご質問は」
「今のところはありません・・・ありがとうございます」
階段を降りながら早口で説明をしてくれる如月さん。
イベントこなして親密度が上がってるのか、聞いたことには一応答えてくれる。
「というわけで、犯罪課は3Fです。さっさと行きますよ」
「はいっ」
ぴょんぴょん跳ねながら階段を降りると、下のフロアで床に向かって猫パンチの練習をしているミケさんが目に入った。
「ミケさんっ」
「にょっ!・・・にょにょおおおっ!?」
声をかけた途端、後ろに飛びのくミケさん。
ミケさんが今までいた床に刺さってるのはやっぱり編み棒。
「さすがミケさん。いついかなる場合でも敵の襲撃に対応できるとは、さすがです」
「伊達に【察知】のレベル上げてないのニャ。タゲられればすぐ気付くのニャ」
「ということですよ、分かります?」
俺の方を向きながら、にこりと微笑む如月さん。
「それに賞金もらった直後に油断するほどバカじゃニャいのニャ」
「それもそうですね。残念。タイミングが悪かったな」
「お話中のところ、悪いんですが、俺、返してもらえますか?」
「にゃはははは。そうそう、困ってたところだったのニャ」
困ってた?
「ついついやりすぎちゃったのニャ」
え。
「ごめんなのニャ」
カシカシと頭をかいて、舌を出すミケさん。
その後ろには。
俺達。ざっと32匹。
ミケさんにゆっくりと視線を向ける。首があったら、ぎぎぎ、っていう擬態語つけてると思う。
「「何してくれてんですかー!!!」」(×33)
この台詞も今日、二回目のような気がする。
*****
力抜けた。
なんていうか、これが俺っていう事実に頭が痛い。
サイズに至ってはブレスレットについてる数珠の大きさみたいなレベルだ。
この細切れたちの制御は完全に麻痺している。
右に一歩。
左に一歩。
1匹の1/2俺と、32匹の1/128俺。
動作の制御も命令もきかないのだが、メインの俺が近くにいるせいか動きは完全にシンクロ中。
俺がぴょんと跳ねるとワンテンポ遅れて32匹が一斉にジャンプ。
進もうとフェイントかけて振り返る。とワンテンポ遅れて同じ動き。
あ、端っこのやつ一匹こけた。
ふふふふふふ。
怒りを通り越して笑うしかない。
後ろで腹を抱えて転がってるミケさんと、プルプル背中を震わせてあっちを見てる如月さん。
あんたらは他人事だからいいだろうけど、俺、これどうすりゃいいんだよ。
「あのー」(×33)
「もう無理ニャ、誰か助けてニャ・・・」
助けて欲しいのはこっちです!!
「スキル・・・確認、してくだ、さいっ・・・」
如月さんの息も絶え絶えになってるし。
ええと、スキルね。
この状態で確認して何があるってんだよ。
と思いつつもウィンドウを開くとなにやら増えているのが二つほど。
【分裂】と【合体】。
ここは素直に【合体】をさせてもらいます。
おかえり3/4俺!!
「ふぅ・・・」
「おめでとうございます」
「千切ったかいがあったのニャ」
嬉しくない。嬉しくなんかないんだ。
絶対感謝なんかしないんだからな。
そろそろ執筆が不定期になりそうです。
指摘がありましたので、ジャンルをSFに変更したいと思います。
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