第3話 丸い卵も切り様で四角
夢を見ている。
彼女は僕に助けを求めていた。
これはいつ?ここは何処?何故僕に?…今の僕には分からない…が、
彼女が僕に助けを求めている事と、
僕はそれを適える事が出来なかった事だけは解ってしまう。
彼女は泣いている。
あんなに気丈で、勇気を持った(何故知っている?)彼女は。
ああ…泣かないで。泣かないで。
届くかどうかも定かでない声を掛け続ける。
今の僕に出来るのはその位。
――願わくば、彼女に幸せが訪れますように。
「…ん。」
とてもだいじな、大事な夢を見た気がするがよく思い出せない。
夢なんてそんな物だろう、と頭を切り替え体を起こそうとすると、ふと気付く。
何時もの住み慣れたマンションではなく、
絨毯が敷き詰められ、様々な調度品が置かれた見知らぬ部屋だと。
窓の外を見ると曇っており、色は黄土色をした妙な天候であった。
ここはひょっとしたら日本では無いのかもしれない。
辺りを見回すと、上等な部屋なのだろうが、
部屋中にぶちまけられている生活用品と紙の束、
それに私が部屋の主だ!と言わんばかりに、
部屋の中央に置かれた、いかにも特売だったので買いました!と主張している様な
安っぽいソファーが全てをぶち壊しにしていた。
「気がついたかい?」
(…英語?)
針金人形が白衣を着た様な目の前の男が流暢な英語で武に尋ねる。
茶色のぼさぼさな髪に眼鏡を掛けた姿も相まって、研究者とはどの様な人間か?
と問われて、真っ先に空想しそうな人物像を持った彼は、
武に心配そうに話しかける。
「ううむ…気がついて良かった。命に別状は無い事は分かっていたのだがね?
万一の事を考えると流石に肝を冷やしたよ。
妻の出産を待つ夫…というのもこういう気分なのだろうか?
私は研究一筋だから所帯を持つ気は無いのだね…
そうか!むしろ研究をはらま…グハッ!?」
後ろに控えていたのか、機能性を重視したロングスカートのメイド服を着た
黒髪をポニーで束ねたメイドさんが容赦なく突っ込む。
「ケイン様。話がズレております。
それに、東洋人の彼が英語を理解するとも限らないのですよ?
その為に私を呼んだのではないですか…。」
「…すまないナガセ。君の気持ちは嬉しいのだが、
私は研究一筋なんだ。君の愛には…
スイマセン。フライパンハ、イタイノデ、ヤメテ、クダサイネ。」
どこからともかく取り出したフライパンでケインと呼ばれた男性を叩きのめすと
心底疲れた顔をして、武に話しかける。
「アー、あー。すいません。日本語久しぶりなので、
発音良くないかも知れないです。こちらの言葉分かりますか?」
やや、カタコトながら日本語で話しかけてくれる黒髪メイドさん。
日系なのか、黒髪黒目の容姿をしながらも、
外国人に多い、彫りの深い顔はエキゾチックな雰囲気を醸し出しており、
真っ直ぐ見つめられた武は照れながらも、しどろもどろに話す。
「あ、えと、英語は話せるので英語で大丈夫です。それよりここは何処ですか?
後、良く日本人だと分かりましたね。日系の人でも、外国の方は
アジア系の人の見分けは結構着きにくいと思ったんですが。」
「貴方を見つけたのは、私ではなく、そこで転がってる襤褸雑巾です
貴方の持ち物に日本語で表記されたペットボトルがあったので、
見た目も黒髪黒目ですし、日本人かと思ったんでしょうね。」
どうやら転んだ時に握りっぱなしだったペットボトルの事を言っている様だ。
しかし、英語なんてゲーム以外では使う機会なんて無いと思っていたのだが、
妙な所で役に立ってしまった。
定型文チャットではなく、ボイスチャットでプレイしていた自分に感謝する武であった。
「まず、自己紹介をしておきます。私はクラリッサ・ナガセ。ご覧のとおり日系人です。
で、床でのたうっている針金細工がこの家の当主、ケイン・ペンドラゴン様です。」
「針金細工とは酷いなあ!まぁ否定出来ないけどさ。
ここはイギリスが誇る首都ロンドンさ!
と、いっても郊外の方なんだけどね。」
武の耳が正常ならば、彼は確かにロンドンと言っていた。
それにメイドさんからは『ペンドラゴン』とも。
ペンドラゴンというのは赤い竜伝説での竜王の名前である。
有名な所で言うと、アーサー王が名乗っていたのもその『ペンドラゴン』だ。
アーサー王発祥の地であるイギリス。
その様な国なら、その名前を名乗っていてもまぁ、おかしくあるまい。
悪質なドッキリである事も考えたが、
一介の民間人である武にその様な事をする理由も無いだろう。
もちろん2人が嘘を付いていなければの話だが。
「僕は草薙 武といいます。僕の記憶が正しければ、
日本の東京に居たはずなんですけど…どうしてこんな所に?」
――何かがおかしい。
武が申し訳無さそうに尋ねると、ケインは話始める。
――時間は数時間前に遡る
ケインは心ここに在らず、といった表情でブツブツ独り言を呟きながら
室内に所狭しと置かれた様々な装置のチェックを行っている。
どうやら、装置の問題点の解決法を思考しているらしい。
「計算通りなら動く筈なんだが…やはり装置の出力エネルギーが足りないな…。
しかし、これ以上の燃料となると軍部の物しか無い…。うううむ…どうすべきか。
…待てよ?従来通りの燃料なんて使う必要は無いんだ。それなら…!」
良いアイデアを思いついたのであろうか、
嬉々として保管庫の様な場所を漁りながらも独り言は止まらない。
やがて目的の物を見つけた様で、
緑色に塗装された化学防護服を着込みながら目当ての物取り出し、
黄色の丸が特徴的な容器を無造作に目の前の装置に突っ込みながら
自信満々に、盛大な独り言を語り始める。
「何故こんな簡単な事に気付かなかったんだ!
身近にある材料で代用出来るじゃないか!
この 『プ ル ト ニ ウ ム』でな!ヒャハッ!完璧ッ!」
少なくとも、核燃料は身近な物ではないし、
核分裂反応を制御する事が出来なければ只の有害物質である。
どこが完璧で身近なのかは分からないが、
完全にトリップしている彼には何を言っても通じないだろう。
「この次元歪曲システムが出来ればYAMATOも夢ではないな!
えくせりおんも捨てがたいか…?
ともかく、エミュレーターによる計算も完璧!
やはり私は天才だったな!スイッチON!」
彼が自信満々にレバーを引くと、装置は、『うヴォォォん俺は人間発電機だ!』
と言わんばかりに唸りをあげながら順調に起動をし始める。
プルトニウムはその物単体では燃料として働かないのだが、
装置の方はどこ吹く風で、
『ご都合主義、そういうのもあるのか!』といった様子である。
「順調ッ!順調ォォォォ!おおお…?光が集まって?神も祝福しているのか!
ひゃはっ…あ…?臨界点突破?…NOOOOOOOOOOOOOOOO!What the fuck!」
ばちり。という激しいスパーク音を皮切りに、
装置の音と光の粒子の数は益々激しくなっていき
まるで砂嵐の様な音と様子になると、
突如として光の粒子が集まり、弾け、弾けた粒子が無数に分裂し始めた。
それを繰り返す速度が段々と早くなり、音と光の強さも段々と増し続けていく。
突如、全てを真白に染めてしまう様な光にケインは目を眩まされたのだ。
「ぬおおおお!目が!目が!しかし私は慌てないッ!
防護服のバイザーが無かったら失明モノだぞ!流石私!天才だ!」
バイザー越しでもケインの視力を奪うのには十分だった様で、
暫く転げ回っていたのだが、転がった拍子に何かぐにゃりとした物にぶつかる。
戻りかけた視力で確かめると、人の様な形をした物であった。
「これは…もしかして人間?うひっ!うひゃっひゃ!ひゃっはっ!
やはり私の理論に狂いはなかったのだ!」
――という訳なんだ。グハッ!?」
話終えるまで必死に怒りを納めていたナガセさんのフライパンがケインに炸裂する。
「貴方はッ!どうしてッ!そうトラブルばかり起こすのですかッ!」
「まさか私も本気で成功するとは思わなかったんだ!
そうだ、ほら!日本で言うじゃないか!
そう…腋毛の至り!ヌグォォォ!!!ふ…踏まないで!ナガセごめん!許して!」
ノックダウンしたケインを容赦無く、げしげしと踏みつけるナガセ。
当事者の武でさえも、思わず同情してしまう様な手並みであった。
「…オホン。とにかく話を戻しましょう。大変申し訳ありませんでした。武様。
この間抜けで、研究バカで、ヘタレで、
どうしようもない頓珍漢に変わってお詫びを申し上げます…。
日本に帰るまでの旅費や、こちらでの滞在費等は全額お支払い致しますので、
どうか御慈悲を頂けないでしょうか?」
ナガセは武に深々と頭を下げ、
いつの間にか復活していたケインの頭も無理やり押さえ込む。
元々武としてはあまり怒ってはいなかったのだが、
ここまで畏まられると恐縮してしまう。
だが、武にとって嬉しい誤算であったのだ。
あの【Freedom Sky】のチャンプの居る国が此処、ロンドンだったのだ。
滞在費を負担して貰えるなら自分で探す事も出来るかもしれない。
そう思った武は彼らに尋ねてみる事にした。
「えっと、今日は何年の何月何日でしょうか?」
転移した際に時間がズレている事も考えられたので、あらかじめ尋ねておく。
「今日は2042年4月2日ですよ。」
ナガセが答えてくれる。どうやら丸一日寝ていたらしい。続けて武は尋ねる。
「昨日あったVRゲームの【Freedom Sky】の大会で優勝した
『赤い稲妻』……フランチェスカという名前の方が
こちらの方の出身と聞いたのですが…お二人に心当たりはありますか?」
世界大会開催時に、選手各員は本名や住所を登録する。
その時、選手間では情報がある程度公開される為、
決勝で武が敗れ去ったあの赤い稲妻の名前も記憶していたのだ。
【Freedom Sky】程のビックタイトルであれば、耳にした事位はあるだろう、と、
武は2人にダメ元で聞いてみる事にした。
しかし、2人は顔を見合わせ怪訝そうな顔をすると、
強張った態度で武にケインが話しかける。
「その『赤い稲妻』というのが何か分からないが、
私の妹の名前はフランチェスカだよ。」
灯台、下暗し。そんな言葉が浮かんだが、そんな事はどうでもいい。
これ以上は聞いてはいけない。本能がそう叫ぶが、声には出す事は出来ない。
――ケインは続けて話始める。
「後…VRゲームと言ったね?VR技術は確立されているけれど、
それは軍事方面だけであって、
一般に公開されては【いない】筈だ。君は…一体何者なんだい?」
ぱちり。とパズルの最後の1ピースが嵌った様に、
武は先程からの違和感の正体がようやく解けた。
武は只転移した訳ではない。彼は所謂「平行世界」に迷い込んでしまったのだ。
色々詰め込みすぎました。
ギャグ部分って難しい…。
誤字やご意見ご感想お待ちしています。
※添削してみると凄いほころびが見つかります…orz
見つけ次第直していますので、ご容赦ください…。