第2話 草を打って蛇を驚かす
-system disconnect Thanks for playing!
聞き慣れた機械的音声と共に、体に浮遊感が沸き起こる。
上へ上とぐんぐんと吸い込まれる様な感覚を武は気に入っている。
まるで自分自身が自由に空を駆けている様な気がするからだ。
「…ん。」
仮初の世界から現実にログアウトした武は強い脱力感に襲われた。
何時もよりも強力なネット酔いの様である。
リアルとネットでの体や環境の違いに脳が混乱し酔ってしまう事は珍しく無いのだが、
昨日の夜からINしっぱなしだった事もあり、体が思うように動かない。、
「うぐぐぐ…ちっくしょう…。」
あ゛ー!だの、う゛ーだの奇妙な声で唸りながら武は先程の試合を振り返っている。
先程の謎の声に邪魔されなければ、武の放ったカウンターは、
寸分違わずに相手に突き刺さるはずだったのだ。
尤も、既に終わってしまった事を嘆いても仕方が無いし、
実際に成功していたかどうかは分からないのだが…
流石に世界戦ともなれば、諦めても諦めきれないのだ。
もし…、…だったかも。の発想が、頭の中でシチューを作る様にぐるぐるとかき回す。
「外部からの妨害…って訳でもないよね。」
このゲームは、チートや、不正行為等には、非常に厳しい対策を取っている。
ましてや、全世界が注目する世界戦で不正が行われたなれば、
ユーザーの不満も爆発するだろう。
頭の中では勝負での不完全燃焼でのくずぶりを材料に、
ぶつけ様の無い怒りを詰め込んだシチューが脳内で完成した所で、
自分を見つめなおす。
――とりあえずシャワーかな…。
時間が経ち、冷静になってくると、体中が汗でぐっしょりな自分に気付く。
長時間、集中して戦っていた為、自然と白熱して汗をかいていた様である。
汗を吸った衣服の不快感に顔をしかめつつ、
武は重い体をフラつかせながら風呂場に向かう。
(気になって音声ログを調べたけど何もなかったんだよね…)
じゃぁじゃぁと、冷水をたっぷりと浴びながら武は考える。
(僕の聞き間違い…な訳ないよね。あの時はハッキリ聞こえた。)
そもそも、話しかけられた位で集中が切れる程、甘い気持ちで試合に臨んだ訳でもない。
どうにも引っ掛かるのだ。普段ならこの程度の事は直ぐに吹っ切れているはずなのだが。
(いっそ、罵倒や中傷の方が良かったのに、助けて!だもんなあ)
考えが堂々巡りになるまで冷水を浴びていたせいか、すっかり体は冷えてしまった。
現在時刻は4月1日の17時を指している。
1時間近く経っているからかなり長くシャワーを浴びていたらしい。
「…うう。さぶい。」
―次から風呂場で考え事をするのは辞めよう。
と心に刻み、冷蔵庫からカロリースティックを取り出し、
包み紙を剥ぎ取り、中身をかじる。
水分が足りていないのか唾液が出ず、むせ込みながら水で流し込む。
「ぇっほ!…助けて欲しかったのはこっちの方なんだけどな。」
ごくり。と水を飲み、乾ききった喉に染み渡る水の気持ち良さを感じ取る。
そうして一通り気分を落ち着けた武はメールとニュースをチェックする為、
PCの方へ向かったのだが…。
――ツルッ
(…え?)
先程捨てた包み紙を踏んでしまったのである。
派手な音を立てて武はすっ転んでしまい、
手にしていたペットボトルの水をぶちまけてしまう。
その水は、武が今正に向かわんとしていたPCに派手に掛かってしまう。
ジッ…ジジジジ!
「あ…やっば!」
慌ててPCの前に駆け寄る武であったが、
そこに突如として、アノ声が聞こえる。
『…ル。…を助…て!!』
ノイズの様な音が被さっており、上手く聞き取れないが、
辛うじて、助けを求めているのが感じ取れる。
「いや、寧ろ僕のPCを助けて!」
泣きそうな声で武は返事を返した。
ゲーム用にカスタマイズしたPCがこのままではおじゃんである。
しかしながら、無常にもPCは、
バチバチッと派手な音を立てて、PCが激しくスパークし始める。
(これって相当ヤバイんじゃ…!?)
そのまま見た事も無いような光に包まれ、武はネットに接続する時の様な感覚を覚える。
底が見えない様な穴に、すとん。と落ち続ける感覚。
(光が体を…?うわぁぁぁぁぁっ!)
光が一層強くなったかと思うと、すざましい衝撃が体をシェイクする。
そうして武は光の粒子に飲み込まれてしまったのであった。
導入部分ですみません。誤字、脱字などがありましたら申告して頂けると助かります。