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何も起きないのが私の成果でした――「役立たず」と解雇された宮廷魔術師の話

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/09

「君には、今日限りで宮廷魔術師団を辞めてもらう」


「……はい?」


 突然告げられた言葉に、私は目を瞬いた。


 目の前には宮廷魔術師団長、バルガス様。


 その隣には副団長と、人事担当の文官まで座っている。


 どうやら冗談ではないらしい。


「理由を伺っても?」


「成果不足だ」


 バルガス様は、机の上の書類を指で叩いた。


「今年度、君が討伐した魔物はゼロ。新規魔術の開発もゼロ。遠征への参加もゼロ。研究論文も一本も提出していない」


「それは、私が王城設備の管理担当だからですが」


「それだよ」


 バルガス様はため息をついた。


「毎日毎日、結界の点検だの、魔力炉の調整だの、魔道具の整備だの。そんなものは成果とは呼べん」


「はあ」


「他の魔術師を見てみろ。討伐任務で成果を上げ、新しい術式を研究し、国王陛下から直接お褒めの言葉をいただいた者までいる。それに比べて君は何をした?」


「王城の設備を維持していました」


「だから、それは誰でもできる雑用だろう!」


 なるほど。


 そういう評価だったらしい。


 私は宮廷魔術師になって八年になる。


 最初の二年ほどは、普通に研究や討伐にも参加していた。


 ところがある日、先輩から王城の魔術設備の点検を頼まれた。


 そこから一つ、また一つと担当が増えた。


 外壁結界。


 侵入検知術式。


 地下魔力炉。


 城内照明。


 給水用魔道具。


 厨房の保冷庫。


 緊急時の通信術式。


 気づけば六年間、ほぼ一人で面倒を見るようになっていた。


「分かりました」


 私は席を立った。


「では、本日をもって退職いたします」


「ずいぶん素直だな」


「解雇なのでしょう?」


「ああ。ただし、君も長年勤めた身だ。退職金は規定通り支給する」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


 それから、念のため尋ねる。


「引き継ぎはどうしましょう?」


「必要ない」


「必要ない?」


「雑務の引き継ぎに、優秀な魔術師の時間を使わせるつもりか?」


「……なるほど」


 それなら仕方がない。


「分かりました。お世話になりました」


 私はその日のうちに私物をまとめ、王城を出た。


 八年間通った職場だった。


 もっと寂しくなるかと思っていたけれど、不思議とそんなことはなかった。


 むしろ。


「明日から点検しなくていいのか……」


 そう思った瞬間、肩が軽くなった。


 六年ぶりに、何の予定もない朝を迎えられる。


     ◇


 翌朝。


 私は昼近くまで寝ていた。


「……幸せ」


 誰にも起こされない。


 魔力炉の異常警報も鳴らない。


 結界の出力低下を知らせる通信も来ない。


 こんなに静かな朝はいつ以来だろう。


 ところが昼食を食べていると、宿屋の主人が声をかけてきた。


「お客さん、魔術師なのかい?」


「一応」


「だったら、これ直せないか?」


 見せられたのは、壊れた保冷庫だった。


「ああ、魔力循環弁が詰まっていますね」


「分かるのか?」


「王城で同型を使っていましたから」


 十分ほどで修理した。


 主人は大喜びして、宿代を三日分無料にしてくれた。


 翌日には給湯器。


 さらに翌日には照明用魔道具。


 気づけば宿屋だけでなく、近所の店からも修理を頼まれるようになった。


「変ですね」


 王城では誰でもできる雑用だったはずなのに。


 町ではずいぶん喜ばれる。


 そんな生活を始めて五日目。


 宿屋に、一人の男が訪ねてきた。


「あなたがリナ・フェルマー殿ですか?」


「そうですが」


 男は胸元から銀色の徽章を取り出した。


 王国最大の商業組合――銀翼商会の紋章だった。


「私は銀翼商会で魔道具部門を預かっているハインツと申します。ぜひ、あなたを当商会で雇用したい」


「私を?」


「王城の魔術設備を六年間、一人で管理していたと伺いました」


 どこから聞いたのだろう。


「ですが、私は新しい魔術を開発したり、強い魔物を倒したりはできませんよ」


「必要ありません」


 即答された。


「我々が欲しいのは、壊れないように管理できる人間です」


 私は思わず黙った。


 ハインツさんは続ける。


「商会には倉庫が十二棟、工房が五棟、店舗が三十一あります。そのすべてで魔道具を使用しています。しかし優秀な魔術師ほど、新しい魔道具を作りたがる」


「ああ……」


 分かる。


「誰も点検したがらないんですよ」


「分かります」


「壊れてから修理するので、毎年とんでもない損失が出る。そこで設備管理の専門部署を作ることになりました」


 提示された給料は、宮廷魔術師時代の一・五倍。


 しかも夜間の緊急対応は交代制。


 休日もある。


「働きます」


 私は即答した。


     ◇


 銀翼商会で働き始めて十日ほど経ったころ。


 王城では、少し困ったことが起きていたらしい。


 最初に壊れたのは厨房の保冷庫だった。


「修理できる者はいないのか!」


「できますが、私は魔物討伐の準備があります」


「俺は氷結魔術が専門だ。魔道具は分からん」


「製造元を呼べばいいでしょう」


 結局、製造元から技師を呼ぶことになった。


 到着まで三日。


 その間に保存していた食材の一部が駄目になった。


 翌日には給水設備が止まった。


 こちらは火炎魔術を専門とする魔術師が修理を試み、なぜか二階の浴室まで水が出なくなった。


 その翌日には北棟の照明が消えた。


 さらに三日後。


 侵入検知術式が誤作動し、真夜中に警報が鳴り響いた。


 王城中の兵士が叩き起こされたという。


 誰かが一つ直している間に、別の何かが壊れる。


 しかも故障するたびに担当者が違う。


 設備の記録がどこにあるのか。


 交換部品がどこに保管されているのか。


 そもそも、どの設備をどの頻度で点検すればいいのか。


 誰も知らなかった。


 そして決定打は、私が辞めて二週間後だった。


「リナさん!」


 銀翼商会で仕事をしていると、受付の女性が飛び込んできた。


「王城から使者です!」


「王城?」


 応接室へ向かうと、見覚えのある人物がいた。


 副団長だった。


「リナ!」


「お久しぶりです」


「頼む! 一度王城へ戻ってくれ!」


「嫌です」


 用件を聞く前に断った。


「待ってくれ! せめて話を聞け!」


「では、お話だけ」


 副団長によれば、王城の魔術設備はあちこちで不具合を起こしているらしい。


 まあ、そうなるだろう。


「なぜこんなことになった!?」


「点検していないからでは?」


「点検しないだけで、二週間でこんなに壊れるものなのか!?」


「壊れませんよ」


「ではなぜ!」


「壊れかけていたからです」


 私は答えた。


「王城の魔術設備は古いものが多いです。交換予算もなかなか下りませんでしたので、出力を調整したり、部品を入れ替えたりして延命していました」


「聞いていないぞ!」


「報告書は毎月提出していました」


 副団長が固まった。


「……報告書?」


「はい」


「どこに?」


「魔術師団長室です」


 おそらく読まれていなかったのだろう。


「特に外壁結界は、三年前から限界です。毎朝出力を調整しないと安定しません」


「待て」


 副団長の顔色が変わった。


「毎朝?」


「はい」


「誰が?」


「私が」


「休暇の日は?」


「遠隔で」


「夜間は?」


「異常があれば呼び出されていました」


「……六年間?」


「だいたい」


 副団長は頭を抱えた。


「では、君が辞めた翌日から……誰が外壁結界を調整している?」


「さあ?」


「さあって!」


「引き継ぎは必要ないと言われましたので」


 副団長が黙った。


 しばらくして、小さな声で尋ねてきた。


「……他には?」


「何がです?」


「君が毎日やっていたことだ」


「全部お話しすると長いですよ」


「どれくらいだ?」


「点検項目だけで百八十七あります」


「百……」


「日次、週次、月次で分かれていますけど」


 副団長は額を押さえた。


 知らなかったらしい。


「と、とにかく戻ってくれ。待遇は見直す。給料も上げる」


「申し訳ありません」


 私は首を振った。


「もう銀翼商会に雇っていただきましたので」


「倍出す!」


 少しだけ心が動いた。


 しかし。


「夜間対応は?」


「当然ある!」


「休日は?」


「設備に異常があれば出てもらう!」


「では結構です」


「なぜだ!?」


 なぜと言われても。


「今の職場、休めるので」


 副団長は絶句した。


     ◇


 それから一か月後。


 王城の外壁結界が完全に停止した。


 幸い魔物の襲撃などはなかったが、王城の防衛機能が失われたことは大問題になった。


 国王直属の調査官が入り、私が六年間提出し続けていた報告書も発見された。


 そこには設備の劣化状況、必要な交換部品、修繕の優先順位、将来の故障予測まで全部書いてあった。


 ついでに、何度も人員増強を求めていた記録まで残っていた。


 さらに調査の結果、私が一人で担当していた業務を正常に回すには、最低でも魔術師四人と補助員二人が必要だと判明した。


 六人分。


 それを私は一人でやっていたらしい。


 自分では考えたこともなかった。


 結果。


 バルガス様は魔術師団長を解任された。


 理由は「重要設備の管理体制を把握せず、必要な報告を放置した上、唯一の管理担当者を引き継ぎなしで解雇したため」。


 私に戻ってきてほしいという話も、何度か来た。


 全部断った。


「リナさん、東倉庫の点検記録です」


「ありがとうございます。三番保冷庫の魔力消費が増えていますね。明日見に行きましょう」


「故障ですか?」


「まだ故障していません」


「では、急がなくても?」


「故障してからでは遅いでしょう?」


「あ……そうですね」


 銀翼商会では、私の作った点検表が全施設に導入された。


 設備管理部門も正式な部署になった。


 故障件数は半年で半分以下。


 修理費も大幅に減った。


 その功績で、私は設備管理部門の責任者になった。


 部下も六人できた。


 今日も特別なことはしていない。


 魔物を倒していない。


 新しい魔術も作っていない。


 ただ、壊れる前に点検する。


 異常があれば直す。


 必要なら交換する。


 それだけだ。


 以前は、それを「成果を出していない」と言われた。


 今は違う。


「今月も大きな故障はゼロです!」


 部下の報告に、私は笑った。


「それは素晴らしい成果ですね」


 何も起きない。


 それこそが、私たちの仕事の成果なのだから。


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