配属先
俺が部活の雰囲気にも慣れてきた、数日後のこと。
突然、ダム先輩から思いもよらない言葉を告げられた。
「シン、配属先が決まったぞ。良かったな」
「ん……?配属?何の話ですか?」
唐突な単語に、俺は首を傾げる。ただの部活のはずなのに、配属先とは一体どういうことだ。
「最近、謎の変死や汚染ルゲアに続いて、アドミンを崇拝しているカルト宗教までもが活発になってきてるだろ?だから、戦闘部の奴らを育成しつつ、軍の人員を増やそうってことだ」
「えぇ……」
先輩の口から出た物々しい言葉の数々に、俺は思わず顔を引きつらせた。
謎の変死、汚染ルゲア、そしてアドミンを崇拝するカルト宗教『神政アドミン教法』。街の裏で不穏な動きが加速しているのは察していたが、まさかそこに自分が『戦闘員』の卵として駆り出されることになるとは。
せっかく慣れてきた部活の日常が、一気にキナ臭い非日常へと引きずり込まれていくのを感じていた。
放課後の喧騒を抜け、俺はダム先輩の後に続いて電車に乗り込んだ。ガタゴトと規則的な音を立てて走る車内、吊り革を掴んで窓の外を眺める先輩に、ずっと気になっていた疑問をぶつけてみる。
「そういえば……場所はどこなんですか?」
「あぁ、メトン区だ」
その地名を聞いて、俺の背筋が少し緊張で強張った。
メトン区。この世界の中心とも言える『五大都市』と呼ばれる内の一つだ。
ラズア区、レミー区、ヴィルクス区、ズサン区……それらと並び、強大な力と独自の文化を持つ巨大都市。
まさかそんな大層な場所へ連れて行かれるとは思わなかった。電車の窓を流れていく景色が、少しずつ見慣れたものから、高層ビルの立ち並ぶ厳かな都市のそれへと変わっていく。
「おい、そんな緊張すんな。まずは挨拶と顔合わせみたいなもんだ。肩の力抜いとけ」
ダム先輩は俺の様子に気づいたのか、肩を叩いてきた。だが、カルト宗教だの汚染ルゲアだのを聞かされた後で、五大都市の一つに乗り込むとなれば、嫌でも心臓の鼓動は速くなる。
まもなく、車内に「次は、メトン区――」と告げるアナウンスが流れ始めた。
駅の改札を抜け、そこから歩くこと約三十分。五大都市・メトン区の喧騒から少し離れた路地裏に、その建物はひっそりとたたずんでいた。俺は目の前に見上げる少し年季の入った小ぢんまりとしたビルを前に、足をとめる。
「ここ……ですか?」
「あぁ、4階な」
ダム先輩は迷いのない足取りでエントランスをくぐり、エレベーターのボタンを押した。開いた扉に乗り込み、表示パネルの『4』が赤く点灯するのを見つめていると、じわじわと胃のあたりが締め付けられるような感覚に襲われる。
「なんか……緊張する……」
「大丈夫だ。野蛮なやつは居ない……一人を除いてな」
「えっ!?」
とんでもない聞き捨てならないフレーズが耳に飛び込んできたが、問い詰める隙もなくチーンという呑気な電子音が鳴り響いた。扉が開くと同時に、ダム先輩は躊躇なく奥へと進み、つきあたりのドアを勝手にトントンとノックする。
「は〜い」
部屋の奥から返ってきたのは、拍子抜けするほど聞き覚えのある、女性の声だった。
ガチャリと金属音がしてドアが開く。中から顔を出した人物と、バチッと正面から目が合った。
「いらっしゃ〜……あれ?シン?」
「ミリア……!?」
予想だにしなかった人物の登場に、俺は思わず裏返った声を上げていた。
「なんだお前ら、知り合いだったのか? 良かったな」
思わぬ再会にポカンと固まる俺たちの反応を見て、ダム先輩が満足そうに頷く。
「知り合いって言うか……」
「取り敢えず入って入って〜!」
「うわ、ちょっと……!」
言いかけた言葉を遮られ、ミリアにぐいっと腕を引っ張られて半強制的にオフィスの中へと引きずり込まれる。後ろを振り返ると、ダム先輩はフッと息を吐き出すように鼻で笑うと、一人だけエレベーターに乗ってそそくさと降りて行ってしまった。
置いて行かれた。
「お……お邪魔しま……」
気を取り直して挨拶をしようとしたが、その声を掻き消すように、室内から聞き覚えのある男のダミ声が朗々と響き渡った。
「可愛いやっちゃやな〜!ネコちゃん」
「はぁ……キジマ……。ちゃんとその子には『ジャンボ』って名前があるんだけど……勝手に名前付けないでよ」
声のする方へ目をやると、キジマ先輩と同い年くらいの女性が、深くため息を吐きながら頭を抱えていた。
「いやぁすまんすまん、なんかネコちゃんの方が馴染んでな〜」
ニヤニヤと呑気な笑みを浮かべたキジマ先輩が、膝の上にいる二尾の中型動物――ニビをワシワシと撫で回している。すると次の瞬間、ニビは威嚇するように二本の尻尾をピンと逆立て、鋭い爪でキジマ先輩の手を思い切り引っ掻いた。
「シャーッ!!」
「いでっ!……酷いやつやなぁ……せっかく可愛がっとるのにぃ……」
血の滲む手を押さえて大袈裟に泣きつくキジマ先輩に、女性は冷ややかな視線を浴びせる。
「当たり前でしょ。いきなりそんな雑に触ったら怒るに決まってる……って、あれ?ミリアちゃん。その子は?」
ようやくこちらの一面に向き直り、女性が俺の存在に気づいて首を傾げた。
「あ、雨月シンです! 今日からここに配属されました!」
慌てて背筋を伸ばし、大声で自己紹介をする。女性は一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて頷いた。
「あぁ、シン君って言うのね。私は『ルナ』、よろしくね」
「お〜やっと来たか! シン、そうや他にもおるから紹介するわ。テオ、ミル、ディボン! 挨拶しぃや!」
キジマ先輩が手を叩いて奥の部屋に声をかけると、ガチャリとドアが開き、三人の男女がぞろぞろと姿を現した。
「テオ、よろしく」
ボソリと短い挨拶を口にしたのは、どこか陰のある雰囲気を纏った小柄な種族グールの男だった。俺と同じか、あるいは少し下くらいの身長だろうか。目元を前髪で隠したその顔立ちからは、あまり感情が読み取れない。彼が『テオ』らしい。
「うちはミルだよ〜! よろしくねっ!」
続いて元気に前に飛び出してきたのは、パッと場が華やぐような明るい声を上げた半獣の女性だった。クールで落ち着いた印象のルナ先輩とは対照的に、弾けるような笑顔で手を振ってくる。彼女が『ミル』。
「こんにちは、私はディボンって言います」
最後にゆっくりと一歩を踏み出したのは、見上げるほどの体躯を誇る大柄な人間の男性だった。その巨大な体格とは裏腹に、声音は非常に穏やかで、丁寧におじぎをする姿からは誠実そうな人柄が滲み出ている。彼が『ディボン』だ。
一癖も二癖もありそうな面々を前にして、俺は「これからここでやっていけるのだろうか」という一抹の不安と緊張を覚えながらも、改めて深く頭を下げた。
「あれ、あともう一人おらんかったっけ? あのバカでかいやつ」
キジマ先輩が顎をしゃくりながら、奥の部屋のドア付近を見遣って尋ねる。
「あぁ……あの子ね……」
ルナ先輩は一瞬だけ遠い目をして、困ったように頬をかきながら苦笑いを浮かべた。その表情には、呆れとほんの少しの諦めが入り混じっている。
バカでかいやつ……。
俺の脳裏に、さっきダム先輩がエレベーターの前で吐き捨てるように言っていた一言がリフレインする。
『野蛮なやつは居ない……一人を除いてな』
(……絶対そいつじゃん)
あのダム先輩に「野蛮」と言わしめ、ルナ先輩にここまで引きつった苦笑いをさせる人物。そしてディボンさんすら霞むレベルの「バカでかい」体躯の持ち主――。
一体どれほどヤバいやつが出てくるんだ……?
俺は生唾をゴクリと飲み込み、まだ開いたままの奥の部屋の扉を、ただ固唾をのんで見つめていた。
「あー、確か任務行っとるんやっけ? ワンチャン今日は会えへんかもな」
キジマ先輩が頭を掻きながら思い出したように言うのを聞いて、俺は心底ホッと息を吐き出した。ひとまず最悪の遭遇だけは回避できたらしい。
――そう安心した、次の瞬間だった。
ぽたり、と左肩に重く粘り気のある透明な液体が滴り落ちてきた。
「な……なんだ……これ……」
不気味な感触に眉をひそめ、肩を見つめる俺の横で、キジマ先輩が呑気に声を上げる。
「あぁ、帰って来たんか。えらい早いなぁ」
「キジマ……こいつ……ダレ……」
背後から響いたのは、地鳴りのように低く、空気を震わせる異質な声だった。息が詰まるような圧迫感が部屋全体を支配する。
「紹介するで、雨月シン君や」
「……シ……ン……」
名前を呼ばれ、俺は全身の毛穴が泡立つような恐怖を感じながら、恐る恐る後ろを振り返った。
――そこにいたのは、常識を遥かに逸脱した存在だった。
見上げるような視線の先、天井スレスレにそびえ立つのは、身長三メートルを超える巨大な半獣。全身を覆う禍々しい鱗、岩をも易々と引き裂きそうな鋭い爪、そして隙間から覗く口元からは、明らかに危険な毒を含んだ長い舌がダラリと垂れ下がり、先ほど俺の肩に落ちた唾液を撒き散らしていた。
巨大な体躯を誇るディボンさんすら、まるで小柄に見えてしまうほどの圧倒的な異形。
「ど……どうも……」
引きつった顔のまま、俺は声の限りを振り絞って、かろうじてそれだけの言葉をひねり出した。
すると、俺の胸の中にふと一つの違和感が芽生えた。
この圧迫感、この禍々しい姿――なのに、どこかで会ったことがあるような、妙に懐かしい感覚。
「もしかして……ヨッちゃん?……」
記憶の奥底から引きずり出した名前を呟いた瞬間、巨大な半獣の瞳がカッと見開かれた。
「やっぱりシンか……!」
なんとその怪物は、俺の幼稚園からの幼馴染、ヨッちゃんだったのだ。
俺が自分だと気づくや否や、ヨッちゃんは歓喜の声を上げ、その丸太のように太い両腕で俺の体を思いっきり抱きしめてきた。
「久しぶり〜!ヨッちゃ……いででででっ!ほ……骨!ミシミシ言ってる……!折れる……!」
「会えて嬉しいぞぉぉ……!」
三メートル超えの巨体と強靭な肉体から繰り出される、加減を知らない圧倒的な愛のハグ。俺の叫び声も虚しく、喜びの抱擁はさらに強く締め上げられていく。
そして次の瞬間――俺の体の中で、バキッと凄まじい大音響が響き渡った。
(あ……背骨折れた……)
視界がふっと白くなりかける中で、俺は配属初日にして自分の生命の危機を悟っていた。




