第98話:時空の無線(オーバーラップ・スタティック) ―60歳、次元の隙間から「現場の怒声」を聞く―
第98話:時空の無線 ―60歳、次元の隙間から「現場の怒声」を聞く―
1. 懐かしい「ノイズ」
還暦の誕生日の前夜。盆山が新築した家の書斎で、趣味の「魔導無線機の調整」をしていた時のことだ。
本来、サンクチュアリ内蔵の通信網しか拾わないはずの受話器から、激しい砂嵐と共に、あり得ない音が漏れ聞こえてきた。
『……おい、盆山! どこにいやがる! 3番ゲートの生コン車、もう到着してんぞ!』
盆山は、手に持っていたハンダごてを落としそうになった。その声は、11年前に彼が異世界へ飛ばされる直前まで共に働いていた、日本の建設会社の所長、佐藤の声だった。
「……マスター。心拍数が急上昇しています。この信号……発信源は現在の時空座標には存在しません。……バベル・シャフトが引き寄せた、11年前の日本の『電波の残滓』です」
ベアが背後から盆山の肩を抱くようにして、解析データを投影する。
2. 施工:次元のひずみへの「緊急仮設シールド」
放置すれば、その次元の亀裂からこの世界のエネルギーが流出し、逆に日本の「2015年」を破壊しかねない。盆山は感傷を振り払い、即座に作業着へ着替えた。
「……佐藤さん、相変わらず短気だな。……ベア、アイリスに連絡しろ。バベル・シャフトの第12セグメントに『次元干渉遮断(ディメンション・絶縁)』を施す。……これが、俺がこの世界でやる『最後の大仕事』になるかもしれねえ」
盆山は、シャフトの最上階へと向かった。そこには、11年前の日本の建設現場の風景が、陽炎のように揺らめいていた。
「……へへっ。あっちじゃ、まだ俺は『行方不明』扱いか。……悪いな、佐藤さん。俺は今、こっちで世界を丸ごと一つ、完工させたところなんだ」
盆山は魔法のパテと日本の土木技術を融合させ、その「窓」をゆっくりと閉じていく。
「……いいか、ベア。……過去は振り返るもんじゃねえ。……過去に恥じない『今』を、しっかり積み上げるのが、現場監督の役目だ」
3. 60歳の職人談義:『完了報告書』は空へ出す
完全に窓が閉じる直前、盆山は無線機に向かって一言だけ呟いた。
「……こちら盆山。……3番ゲート、受け入れ準備完了。……こっちは、ご安全にやってるぜ」
返事はなかった。だが、夜空に輝くバベル・シャフトの光が、一瞬だけ優しく明滅した。
盆山は、自分の過去を「安全に埋め戻した」安堵感と共に、晴れやかな顔で還暦の朝を迎える準備を整えた。
98話~完~




