第95話:落日の石庭(ラスト・リクエスト) ―58歳、かつての敵と「弔い」を組む―
第95話:落日の石庭 ―58歳、かつての敵と「弔い」を組む―
1. 枯れ果てた執着
かつて盆山とサンクチュアリを武力で蹂躙しようとした旧帝国の皇帝――今は退位し、辺境の修道院で死を待つ老人となった彼から、極秘の使者が届いた。
「……盆山殿。陛下は……いえ、あの方は、豪華な墓も記念碑も望んでおられぬ。ただ、亡き家族が眠る『沈黙の庭』の崩れた石垣を、あなたに直してほしいと」
盆山茂(58歳)は、老眼鏡をずらして使者を見つめた。
「……ふん。天下を取ろうとした男が、最期に欲しがるのが石積みの修理か。……ベア、道具をまとめろ。58歳の出張修理だ」
2. 施工:古式乾積み(いしがき)の「解体と再生」
現場の石垣は、長年の霜柱と木の根によって「はらみ(外側への膨らみ)」を起こし、今にも崩落しそうだった。盆山は皇帝を特別扱いせず、ただの「施主」として扱った。
「……お貴族さん。あんたが作ったこの壁、見栄を張りすぎて石の『面』しか見てねえな。……裏込石が詰まってねえから、水が逃げ場を失って壁を押し出してんだ」
盆山は魔法で一気に組み替えるのではなく、一つ一つの石に「番号」を振り、一度解体してから積み直す『控え(奥行き)』を重視した工法を選んだ。
「ベア。……この石の重心を測れ。……皇帝さん。……いいか、石垣ってのはな、一人の王様が支えるんじゃねえ。……無数の不揃いな『裏方(石)』が互いの角を噛み合わせるから、数百年持つのさ。……あんたの国が持たなかったのは、この『控え』の深さが足りなかったからだ」
盆山は、震える手で石を運ぼうとする老皇帝に、黙って軍手を貸した。かつての敵同士が、一つの石を水平に据えるために呼吸を合わせる。
3. 58歳の職人談義:『権力』より『垂直』が美しい
夕暮れ時、完璧に積み直された石垣の前に二人は座った。
「……盆山。……私は、この垂直な線が欲しかったのだな。……歪んだ野望ではなく、ただ、凛と立つこの壁が」
「……お貴族さん。……垂直ってのはな、嘘をつけねえんだよ。……ちょっとでも誤魔化せば、重力が暴く。……あんた、最期にいい仕事を手伝ったな。……この壁は、あんたが死んだ後も、あんたの家族を静かに守り続けるぜ」
58歳の現場監督は、かつての敵の「人生の補修」を終え、泥のついた軍手を置いて、再び旅路へと戻った。
95話~完~




