第94話:乾いた福音(魔法なき地の掘削) ―57歳、純粋土木の極致へ―
第94話:乾いた福音(魔法なき地の掘削) ―57歳、純粋土木の極致へ―
1. 魔法の届かぬ「絶望の荒野」
次なる現場は、大陸の最東端、大気中の魔力が極端に薄い「マナ・ボイド」と呼ばれる地域だった。
そこでは、いかなる高度な魔法も、魔導重機も機能しない。深刻な干ばつに見舞われた村々では、人々が枯れた井戸を前に、ただ祈ることしかできずにいた。
「……マスター。私の魔力回路も、ここでは通常の10%以下の出力しか出せません。……人型ボディの維持だけで精一杯です」
ベアの肌が、エネルギー不足で少し青白くなる。
盆山は、自身の魔力を使わぬ「純粋な腕力」で、巨大な手回し式のボーリング機を組み立てた。
「……安心しろ、ベア。……魔法なんてのはな、土木の歴史から見れば、つい最近出てきた『便利なオプション』に過ぎねえ。……俺の体には、魔法が生まれる数千年前から続く『道具の使い道』が染み付いてるんだ」
2. 施工:人力による「上総掘り(かずさぼり)」の再現
盆山が選んだのは、かつての日本で発達した、竹の弾力を利用して数百メートルの深さを掘り抜く、驚異の人力掘削技術「上総掘り」の異世界アレンジ版だった。
「……さあ、村の若い奴ら! 全員集まれ! ……魔法は使えねえが、お前らには『重み』と『粘り』がある! ……この竹のしなりに合わせて、リズムよく跳ねろ!」
盆山の指揮の下、魔法に頼り切っていた若者たちが、泥にまみれて汗を流す。
「……いいか、リズムだ! ……星の重力をお前らの足に集めろ! ……掘るんじゃねえ、地面を『説得』するんだ!」
数日間、昼夜を問わず繰り返された足踏みのリズム。そして、魔力が枯渇したはずの乾いた大地から、奇跡のような「水の音」が聞こえてきた。
3. 57歳の職人談義:『魔法』よりも尊いもの
噴き出した水は、魔力を含まない、純粋で冷たい「命の水」だった。村人たちは狂喜乱舞し、初めて「自分たちの手で」奇跡を起こしたことに涙した。
「……マスター。……魔法がなくても、世界は変えられるのですね」
ベアが、泥だらけになった盆山の手を拭いながら呟く。
「……ああ。……便利さは人を豊かにするが、困難は人を『強く』する。……俺がこの世界に残したかったのは、立派な建物じゃねえ。……『魔法が消えても、自分たちの手で生きていける』っていう、この土臭い自信なんだよ」
57歳の現場監督。
彼はついに、異世界最強の「魔法」という皮を脱ぎ捨て、一人の「人間」としての技術で、星の絶望を打ち破った。
第94話、完。




