第91話:郷愁のトンネル(ザ・トンネル・ホーム) ―55歳、最後に掘り抜く『心の境界』―
第91話:郷愁のトンネル(ザ・トンネル・ホーム) ―55歳、最後に掘り抜く『心の境界』―
1. 旅の終着点、始まりの場所
さらに数年。盆山茂(55歳)は、自身が初めてこの世界に降り立った「あの地底」へと戻ってきた。
そこには今、かつての暗い穴ではなく、世界で最も美しい「地下大聖堂」と、日本を彷彿とさせる「和風の庭園」が、テオやガムリの手によって築かれていた。
「……監督。お帰りなさい」
白髪の混じり始めたガムリと、立派な体格になったテオが、かつてのヘルメットを持って出迎えた。
盆山は、庭園の中心にある一本の大きな桜の木(アイリスが品種改良で作った魔導桜)を見上げた。
「……ああ。……いい現場になったな」
2. 施工:異世界と日本を繋ぐ「祈りの空間」
盆山はこの地で、人生最後の「個人的な工事」に着手した。
それは、魔導技術と日本の土木技術を融合させた、特殊な「反響室」の建設だった。
「ベア、アイリス。……次元の壁を突き破る必要はねえ。……ただ、この星のマナの振動を、俺の故郷の……あの湿った土の匂いや、雨の音に同調させるだけでいいんだ」
盆山は自ら壁を削り、日本の「水琴窟」のような仕掛けを施した。
完成したその小部屋に座ると、不思議なことに、遠い日本の「踏切の音」や「夕暮れのチャイム」が、幻聴のように微かに聞こえてくる。
「……マスター。……これが、あなたの『故郷』の音ですか?」
ベアが隣で静かに耳を澄ませる。
「……ああ。……帰りたいわけじゃねえ。……ただ、『ここで頑張ってるぞ』って、向こうの空に報告したかったんだ」
3. 55歳の職人談義:『定年』のない物語
盆山は、かつて自分が掘った最初のスコップを、部屋の壁に飾り、最後の日誌を閉じた。
そこには、一言だけこう記されていた。
「全工程、異常なし。本日をもって、本現場を次世代へ完全引き渡しとする。……ご安全に!」
「……さあ、ベア。……明日はどこへ行こうか。……まだ、隣の大陸のあぜ道が、雨でぬかるんでるって噂を聞いたぞ」
「……イエス、マスター。……次の現場(目的地)の座標、セット完了です」
55歳の現場監督。
彼の物語に「完結」はない。
なぜなら、世界が回り続ける限り、どこかに必ず「直すべき場所」があり、それを放っておけない「お節介な職人」が、今日もどこかでスコップを握っているからだ。
『アンダーグラウンド・サンクチュアリ』。
それは、一人の男が掘り抜いた、希望という名の「道」の物語である。
第91話、完。




