第87話:成層圏の鳶職(ストラト・リペア) ―50歳、神の領域で「ボルト」を締める―
第87話:成層圏の鳶職 ―50歳、神の領域で「ボルト」を締める―
1. 高度8500メートルの暴風域
昇降機が緊急停止した。そこから先は、シャフトの外壁に設置された「点検用キャットウォーク(犬走り)」を伝って登るしかない。
外はマイナス50度の極寒。さらに、大気中のマナが放電し、盆山の全身を青白い静電気が包む。
「……ハァ、ハァ……。流石に50の身体に、この薄い空気はこたえるな……。だが、この振動の周期……。まだ『芯』は折れてねえ」
盆山は、手足の指先に魔力を集中させ、岩壁を登るようにシャフトの鋼材を掴んだ。
目指すは、高度9000メートル地点にある「緊急過負荷開放弁」。そこがマナの結晶化によって固着し、エネルギーの逃げ場を塞いでいた。
2. 施工:超高所での「加熱解体」と「手摺打ち」
盆山は、強風に飛ばされないよう、自らの体を特製の「安全帯」でシャフトの支柱に二重、三重に固定した。
「ベア、そこから見てろ。……俺が今から、この星で一番デカい『詰まり』を貫通させてやる」
盆山はバックパックから、溶岩の熱を封じ込めた「高熱魔導トーチ」を取り出した。
「いいか、力任せに叩けば鋼材が脆くなる。……まずは周辺をゆっくり温めて、結晶の『膨張差』を利用して隙間を作るんだ。……土木も機械も、基本は『隙間』の管理だよ!」
凍てつく暴風の中、盆山のトーチが放つ小さなオレンジ色の光が、巨大なシャフトの頂で健気に輝く。
結晶が「パキッ」と音を立てて割れた瞬間、溜まっていた膨大なマナが、一条の光柱となって宇宙へと噴出した。
3. 50歳の職人談義:『絶景』よりも『ボルトの締まり』
放電が収まり、雲の間から見たこともないほど透き通った星空が見えた。眼下には、自分が守り抜いたサンクチュアリの灯火が、宝石のように散らばっている。
「……マスター。……美しいですね。この景色を見られるのは、世界であなた一人だけです」
ベアの通信が、少しだけ震えていた。
「……ああ、綺麗だな。……だがな、ベア。……俺が今一番見たいのは、この星空じゃねえ。……足元の『ボルト』が、ちゃんと規定のトルクで締まってるかどうかだ。……どんなに綺麗な空の下でも、足元がガタついてりゃ、安心して寝ることもできねえからな」
49歳で穴を掘り、50歳で空に届いた男。
彼は神の領域に立ちながらも、依然として「足元の確実さ」だけを信じる、不器用な職人のままだった。
87話~完~




