表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーグラウンド・サンクチュアリ:49歳の穴掘りから始まる異世界再生  作者: 盆ちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/108

第8話:サンクチュアリの門番 ―49歳、究極のエントランスを作る―

第8話:サンクチュアリの門番 ―49歳、究極のエントランスを作る―

1. 「顔」のない現場に未来はない

 鉄黒騎士団から徴収した「清掃協力金」という名の賠償金。革袋にぎっしりと詰まった金貨を前にして、盆山茂は腕を組み、老眼鏡をずらしてそれを検分していた。

 

「マスター、これだけの予算があれば、強力な魔導砲を設置することも、隣接する山を一つ買い取ることも可能ですが……」

 

 ベアトリーチェが控えめに提案するが、盆山は首を横に振った。

「ベア、あんたは分かってない。軍備や領地なんてのは二の次だ。今のこの『サンクチュアリ』に足りないのは、圧倒的な**『顔』**……つまり、エントランスだよ」

 

 盆山は、昨日泥まみれにされた入り口を指差した。

「どんなに立派なマンションも、エントランスの管理がずさんなら価値は暴落する。現場でも同じだ。入り口が汚い現場は、事故が起きるし工期も遅れる。あいつらが二度と土足で踏み込もうなんて思わない、かつ、招かれた客が背筋を伸ばすような『玄関』を作るぞ」

 

 49歳の男が描く図面。それは、異世界の迷宮ダンジョンの概念を根底から覆す、「おもてなしと規律の防波堤」だった。

2. 施工:異次元の「下駄箱」と「除塵室エアロック

 盆山がまず着手したのは、入り口から通路へ入るための「境界線」の構築だった。

 

「ここから先は、神聖な『室内』だ。そのためには、物理的に靴を脱がせる仕組みが必要になる」

 

 盆山は魔導スコップで壁面を穿ち、巨大な壁面収納を作り上げた。

 こだわりその一、『魔導滅菌・自動リペア下駄箱マジック・ロッカー』。

 ただの棚ではない。中には火属性と風属性の魔石が組み込まれ、靴を入れると同時に「除湿」「脱臭」「殺菌」が施される。さらに、盆山の隠れたスキルによって、すり減った靴底を微細な土属性魔法で補修する「自動ソール・メンテナンス」機能まで搭載した。

 

「靴を預ければ、入った時より綺麗になって戻ってくる。これなら、どんな荒くれ者も大人しく靴を脱ぐだろ?」

 

 こだわりその二、『物理式・全周旋回洗浄ピット』。

 下駄箱へ向かうまでの数メートル、床面には特殊な「吸着ゲル(スライムの分泌液を加工したもの)」が敷き詰められ、足裏の砂塵を100パーセント除去する。さらに壁面からは微弱な風属性魔法が吹き出し、衣服に付着した花粉や魔力の塵を払い落とす。いわゆるクリーンルームの「エアシャワー」の異世界版だ。

 

「ベア、あんたにはここを担当してもらう。……この『受付カウンター』でな」

 

 盆山が削り出したのは、継ぎ目のない一枚岩の黒大理石で作られた、重厚かつ洗練されたレセプションカウンターだった。

3. 三人称視点:天才建築家アウグストの戦慄

 その頃、地上の「建築士ギルド」の長老、アウグストは、ある衝撃的な噂を聞きつけてこの迷宮を訪れていた。

「鉄黒騎士団を『掃除』で追い返した魔王が、入り口を改築しているだと? 馬鹿馬鹿しい。迷宮の入り口など、罠か威圧的な彫像があれば事足りるわ」

 

 アウグストは、王都の宮殿設計にも携わった自負がある。彼にとって、建築とは権威の象徴だった。

 だが、迷宮の入り口を一歩跨いだ瞬間、彼の「建築魂」は粉々に打ち砕かれた。

 

「な……なんだ、この『収まり』は……!」

 

 まず彼の目を引いたのは、床と壁の接合部――「巾木はばき」の処理だった。

 通常、岩を削っただけの洞窟に直線など存在しない。だが、ここは違った。ミリ単位の狂いもなく、壁と床が完璧な直角を成し、その境界には、汚れを逃がすための絶妙な「目地」が切られている。

 

「魔法で形を作るだけなら誰でもできる。だが、この『意匠』。訪れる者に、無意識に規律を強いるこの『空間の圧力』は……。これは、住む者の命を守り続けてきた者だけが辿り着く、究極の機能美だ!」

 

 アウグストは震える手で、下駄箱の扉を撫でた。

 

「アール(曲線)の取り方が……完璧だ。手に馴染む。そしてこの木の質感、まさか『世界樹の端材』を乾燥させて使っているのか? いや、それ以上にこの『磨き』……! 一体どれだけの年月をかければ、石をここまで温かみのある肌触りにできるというのだ……!」

 

 アウグストが腰を抜かしていると、カウンターの奥から一人の女性が立ち上がった。

4. 受付嬢(主任)のデビュー:ベアトリーチェの「接遇」

「――いらっしゃいませ。サンクチュアリへようこそ。当現場内は安全第一となっております。まずはそちらで履き物を預け、こちらの『入構証』をお受け取りください」

 

 そこにいたのは、銀髪を靡かせ、盆山から贈られた「主任ヘルメット」を正しく被ったベアトリーチェだった。

 彼女の服装は、盆山が夜なべしてシルク・スライムの布から縫い上げた「事務用ベスト」と「タイトスカート」。最強の守護者としての威厳は、今や「完璧なレセプショニスト」としてのプロ意識へと昇華されていた。

 

「……あ、ああ……」

 アウグストは、彼女が差し出したクリスタル製のプレート(入構証)を、震えながら受け取った。

「あの、お嬢さん。ここの設計者は……」

「マスター、盆山茂です。今、奥で『排水溝の勾配チェック』をしておりますが、ご用件は?」

「あ、会わせてくれ! 私は……私は、自分のこれまでの建築人生を謝罪しなければならない!」

 

 アウグストは泣いていた。

 豪華絢爛な装飾で飾るだけの自分の建築が、いかに「使う者への愛」に欠けていたか。

 この入り口一つで、彼はすべてを悟らされたのだ。

5. 49歳の職人談義:老兵は死なず、ただ現場を磨く

 アウグストが連れて行かれた先では、盆山が膝をつき、水平器(魔法の雫が入った管)を見つめていた。

「……あと0.5ミリ、右が低いな。ベア、パテを少し足せ」

 

「盆山様! 私を弟子にしてください!」

 突如背後から叫ばれ、盆山は「うおっ」と声を上げて老眼鏡を落としそうになった。

 

「なんだ、あんた。……アウグスト? ギルドの長? 知らんな。今は忙しいんだ、この排水の『逃げ』を完璧にしないと、大雨が降った時にエントランスが浸水する」

「浸水!? 地下1000メートルで何を仰るのですか!?」

「地下だからこそ、水の逃げ場がないんだよ。あんた、建物の外見ばかり気にして、床下の『配管』を軽視してないか?」

 

 盆山の問いに、アウグストはハッとした。

「配管……。ええ、確かに、それは下働きの仕事だと……」

「馬鹿野郎。血管が詰まった人間が死ぬのと同じで、配管が死んだ建物は死体だ。見ろ、この勾配を。この水の流れこそが、サンクチュアリの生命線なんだ」

 

 盆山は、アウグストを立たせたまま、一時間にわたって「地下建築における止水と排水の重要性」を説いた。

 

 49歳の男が語る、地味で、泥臭くて、けれど決して妥協を許さない「仕事」の話。

 アウグストは、まるで初めて魔法を教わった子供のように、必死でメモを取っていた。

6. 完成:サンクチュアリの「門」が開く

 数日後。究極のエントランスが完成した。

 

 入り口には、盆山が削り出した巨大な石碑が建っている。

 『ご安全に! ― 安全、清潔、そして休息 ―』

 

 その門を潜った者は、誰に言われるでもなく靴を脱ぎ、ベアトリーチェの笑顔(と、時折見せる最強魔族の鋭い眼光)に迎えられ、清潔なスリッパへと履き替える。

 

「マスター。今日も多くの方がいらっしゃいました。アウグスト様が連れてきた若い職人たちが、床を拝んで泣いていましたよ」

「やれやれ。俺はただ、汚い靴で入ってこられるのが嫌だっただけなんだがな」

 

 盆山は、ベアが淹れてくれた「適温」のお茶を啜り、完成したばかりのエントランスを眺めた。

 一分の隙もない、完璧な収まり。

 だが、盆山の目は既に、その先を見据えていた。

 

「ベア。エントランスができたなら、次は『福利厚生』だな」

「福利厚生、ですか?」

「ああ。遠くから来た奴らが、ただ休むだけじゃもったいない。……地下に、『娯楽室プレイルーム』を作る。それも、49歳の男が昔、現場の休憩室で夢見たような……最高のやつをな」

 

 盆山の情熱は、いよいよ迷宮を「生活の場」から「文化の拠点」へと変えようとしていた。

 49歳、異世界。

 彼の「再生」という名の工事は、まだ基礎工事が終わったばかりに過ぎなかった。

 第8話、完。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ