第77話:欠陥の金字塔(虚飾のダム) ―50歳、貴族の「見栄」を補強する―
第77話:欠陥の金字塔(虚飾のダム) ―50歳、貴族の「見栄」を補強する―
1. 豪華絢爛な「死の壁」
隣国バリア公国の国境を越えた盆山とベアの目に飛び込んできたのは、あまりにも不釣り合いな巨大構造物だった。
断崖絶壁に築かれたそのダムは、表面を白磁のタイルで覆われ、貴族の紋章が黄金で刻まれている。しかし、盆山はその壮麗な姿に吐き気を覚えた。
「……マスター。視覚情報から得られる『歪み』が、許容限界を超えています。あの堤体、中心部から0.03%の速度で外側に膨らんでいます。典型的なアルカリ骨材反応、あるいは内部の充填不足です」
ベアが銀髪を風に靡かせ、無機質な瞳で断罪する。
盆山は双眼鏡を覗き、苦々しく吐き捨てた。
「……ああ。基礎打ち(地盤改良)をサボって、見た目だけ立派にしやがったな。あんなのはダムじゃねえ。下流の村を皆殺しにするための『巨大な水鉄砲』だ」
2. 施工:緊急薬液注入と「命のつっかえ棒」
盆山がダムの管理事務所へ乗り込むと、そこには派手な服を着た貴族が、工事の遅れを詰じる職人たちを鞭打っていた。
「黙れ! このダムは我が一族の栄光の証だ! 多少のひび割れなど、装飾タイルで隠せば済むことだ!」
盆山は無言でその貴族の前に歩み寄り、泥のついた作業手袋で彼の胸元を掴んだ。
「……お貴族さん。あんたの栄光は、水に溶けるのか? ……今すぐ村人に避難指示を出せ。でなきゃ、あんたが最初にこの水の底に沈むことになるぞ」
盆山は反対を押し切り、ベアと共に堤体の最深部へと潜り込んだ。
「ガムリが居りゃ楽だったんだがな。……ベア、お前の『感圧センサー』で、一番圧力がかかってる『急所』を探せ。そこに俺の『高粘度・瞬間硬化パテ(第74話)』を魔力で直接流し込む」
盆山は、激しい漏水で冷え切った監査廊の中で、震える手でパテの配合を調整した。
「……いいか。土木はな、『正直』なんだよ。手を抜けば、必ずその分だけ牙を剥く。……だがな、今ここで俺が『誠実』に応えれば、こいつもまだ踏ん張れるはずだ」
3. 50歳の職人談義:『美しさ』は安全の後にくる
数時間に及ぶ緊急補強により、堤体の膨張は止まった。盆山は黄金の紋章の上に、あえて剥き出しの「魔導コンクリート」の補強痕を残した。
「……監督。……あの貴族は、見た目が汚くなったと激怒しています。……感謝状どころか、不敬罪で追っ手が来るでしょう」
ベアが冷静に告げる。
「……ハッ、上等だ。……タイルが剥がれても、中身が詰まってりゃ人は死なねえ。……俺たちの仕事は、誰かの自尊心を守ることじゃねえ。……誰かの『当たり前の明日』を守ることだからな」
盆山は、追っ手が来る前に、その無骨な補強跡に「安全第一」の小さなステッカーを貼り付け、闇夜に紛れてその場を去った。
77話~完~




