第73話:夕暮れの定礎(イブニング・セレモニー) ―49歳、次世代に「道具箱」を託す―
第73話:夕暮れの定礎 ―49歳、次世代に「道具箱」を託す―
1. 50歳という大きな節目
「監督、明日で……50歳だな。……異世界に来てから、もう何年経った?」
ガムリが、サンクチュアリ中央広場が見渡せるバルコニーで、盆山にビールを差し出した。
盆山は、節くれだった自分の手を見つめた。
地球にいた頃よりも筋骨隆々とし、魔力によって若々しさは保たれている。だが、心の中にある「現場監督としての矜持」は、いよいよ円熟味を増し、同時に「次を育てる」という意識を強くさせていた。
「……ガムリ。俺は明日、この街の『管理責任者』の肩書きを返上しようと思ってる」
「……なっ、何を言ってやがる! ……監督が居なきゃ、この世界はまたバラバラになっちまうぞ!」
2. 施工:全惑星・インフラ管理マニュアル「盆山文書」
盆山は、机の上に積み上げられた数千冊のノートを指差した。
そこには、地底の掘削から、月のシステム復旧、海底トンネルの止水方法に至るまで、彼がこの世界で行った全ての工事の「詳細な図面」「失敗例」「メンテナンス周期」が、素人でも分かる言葉で記されていた。
「……いいか、ガムリ。一人の人間に頼り切ったシステムは、その人間が倒れた時に終わる。……それはインフラじゃねえ、ただの『独裁』だ。……俺がこの数年でやってきたのは、街を作ることじゃねえ。……『誰でもこの世界を直せる仕組み』を作ることだったんだ」
盆山は、ベアトリーチェ、アイリス、ルナを呼び寄せた。
「ベア、この文書をデジタル化して、各国のギルドや役所に配布しろ。……アイリス、あんたは『理論』ではなく『実践』の教師になれ。……ガムリ、お前は現場の『頭』だ。……これからは俺の指図を待つな。……自分の目で見て、自分のスコップで判断しろ」
3. 49歳の職人談義:『引退』ではなく『現場回り』
驚き、戸惑う仲間たち。しかし盆山の目は、かつてないほど穏やかで、力強かった。
「……辞めるんじゃねえよ。……ただ、これからは『監督』じゃなく、一人の『巡回相談員』として、世界中の小さな現場を回って歩きたいんだ。……壊れた水道を直し、ぬかるんだ道を平らにする。……そんな、初心に戻った穴掘りがしたくてな」
広場では、盆山の誕生日と「世界完工」を祝う祭りの準備が進んでいた。
「……50歳か。……現場監督としちゃ、ようやく『一丁前』になれた頃合いかな」
49歳、最後の夜。盆山茂は、自分が作り上げた「サンクチュアリ」が、自律して呼吸を始めるのを、心地よい静寂の中で聞き届けていた。
第73話、完。




