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アンダーグラウンド・サンクチュアリ:49歳の穴掘りから始まる異世界再生  作者: 盆ちゃん


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第6話:地下の無人販売所 ―49歳、異世界ビジネスを(無自覚に)始める―

第6話:地下の無人販売所 ―49歳、異世界ビジネスを(無自覚に)始める―

1. 「現場」の風紀と、不本意な供物

 49歳の朝は、ルーチンによって守られる。

 自慢の石造りベッドから起き上がり、昨夜仕込んだ自動散水システムの稼働状況を確認。その後、地下菜園で芽吹いたばかりの薬草の香りを嗅ぎながら、軽く腰を回す。

「……よし、今日も持病の疼きはないな」

 盆山茂は、シルク・スライムのタオルで汗を拭きながら、満足げに頷いた。しかし、その平穏はベアトリーチェの報告によって、わずかに波立つことになる。

「マスター。例の『上層休憩所』ですが、少々……収拾がつかなくなっております」

 ベアが差し出したのは、銀のトレイに乗った数枚の硬貨と、見慣れない木の実、そして丁寧に折り畳まれた手紙だった。

「手紙?」

「はい。『聖なる泉の主様へ。この素晴らしい休息に感謝を。些少ですが、これはお礼です』……だそうです。昨日だけで、冒険者が二十人以上訪れています」

 盆山は眉をひそめた。俺が作ったのは、あくまで自分のためのサンクチュアリだ。それがいつの間にか、地上の冒険者たちの「公衆浴場ならぬ公衆休憩所」と化している。しかも、善意の供物が入り口に散乱しているという。

「……ベア。現場監督にとって、最も許せないのは『整理整頓の乱れ』だ。散乱した供物は、いずれ害獣を呼び、風紀を乱す。……いいだろう。あいつらがどうしても何か置いていきたいってんなら、相応の『仕組み』を作ってやる」

 盆山の目が、職人のそれへと変わる。

「無人販売所だ。それも、49歳の設計思想を詰め込んだ、究極のセルフサービス・システムをな」

2. 施工:重力と魔導の「自動販売機」

 盆山が今回着手したのは、休憩所の壁面を改造した「自動供物回収兼・飲料提供システム」――通称、**『地下迷宮式・石造自動販売機』**である。

「いいか、ベア。人間は『対価』を払うことで、かえって罪悪感から解放される生き物だ。ただで休ませるより、小銭を払わせる方が、客としての質も上がる」

 盆山は、石材を精密に削り出し、縦長の巨大なモノリスを作り上げた。

 

 こだわりその一、「重力選別式コイン投入口」。

 異世界の硬貨は大きさがバラバラだ。盆山は、硬貨が転がる溝の幅をミリ単位で調整し、重さと大きさによって、銅貨・銀貨・金貨を自動的に振り分ける「物理ソーター」を構築した。魔法を使えば簡単だが、盆山はあえて「故障の少ない物理機構」にこだわった。

「魔法はいつか切れる。だが、重力は裏切らないからな」

 こだわりその二、「らせん式商品搬出システム」。

 コインが投入されると、内部の魔導ゼンマイが駆動し、石造りのらせん階段を商品が滑り落ちてくる仕組みだ。

 提供するのは、地下菜園で採れた薬草をブレンドした「冷製ハーブティー」。これを、昨日開発した「一体成型石ボトル(リターナブル方式)」に詰めて提供する。

「ボトルの回収率を上げるために、返却口にボトルを置くと、小さな魔石の欠片が『おまけ』として出てくる仕組みにしよう。これでゴミも出ない」

 ベアトリーチェは、その緻密な内部構造を覗き込み、戦慄していた。

「マスター。この歯車の噛み合わせ……。時計職人でもここまでの精度は出せませんよ。しかも、このハーブティー、私が淹れたものより雑味がありません。……まさか、抽出温度を0.1度単位で管理しているのですか?」

「当たり前だ。82度で抽出し、そこから急速冷却する。それが一番香りが立つ。49年も生きてりゃ、美味い茶の淹れ方くらい、現場の差し入れでマスターするもんだ」

3. 三人称視点:商業ギルドの「算盤」と「戦慄」

 地上では、事態はさらに大きなうねりとなっていた。

 冒険者たちが持ち帰る「謎の石ボトル」と、その中に入っている「驚異的な回復力を持つ茶」の噂が、ついに商業ギルドの重鎮、ハンスの耳に届いたのだ。

「……信じられん。このボトルの滑らかさ、そしてこの液体の純度。これが、ただの『休憩所』で銅貨数枚で売られているだと?」

 ハンスは、手元の算盤を弾きながら冷や汗を流していた。

 彼のような商人にとって、この「迷宮」はもはやダンジョンではない。既存の物流と価格体系を破壊しかねない、「制御不能の経済特区」だった。

「調査隊を送れ。ただし、武装はさせるな。……礼儀正しい、商談のプロを一人だ。相手が魔王であれ隠者であれ、この『利益』を独占させるわけにはいかん」

 数時間後。商業ギルドの特使、ケビンは、震える足で迷宮へと足を踏み入れた。

 彼を待ち受けていたのは、伝説に聞く「鏡のような廊下」と、そして……。

「……なんだ、これは」

 

 そこには、整然と並ぶ石のベンチ、そして見たこともない「石の巨人(自動販売機)」の前に、行儀よく並ぶ冒険者たちの列があった。

 冒険者たちは、かつてないほど静かだった。

 なぜなら、壁に貼られた(盆山が書いた)看板にこうあったからだ。

『――現場内、禁煙。騒音厳禁。ポイ捨てを発見した場合は、出入り禁止とする。――』

 その文字から放たれる圧倒的な「規律」のオーラに、荒くれ者たちも、まるで新任教師の前に立つ小学生のように背筋を伸ばしていた。

4. 49歳の交渉術:職人と商人の「溝」

 ケビンは意を決して、奥にある「居住区への扉」の前に立った。

 すると、音もなく扉が開き、そこから一人の男が現れた。

 

 漆黒の翼を持つ、息を呑むほど美しい魔族の女を従え、タオルを首にかけた「普通のおっさん」が。

「……あんたが、ここの管理者か?」

 盆山は、ケビンの服装を一目で「営業系」だと見抜いた。前職で何度も対峙してきた、無理難題を押し付けるフロントの人間と同じ匂いがしたからだ。

「商業ギルドの者です。……盆山様、とお呼びしてよろしいでしょうか。お使いになっているこの技術、そして飲料の提供について、我がギルドと独占契約を――」

 盆山は、ケビンの言葉を遮り、鋭い視線で彼を見た。

「独占? ……あんた、この販売機の『メンテナンス周期』がどれくらいか分かって言ってるのか?」

「えっ? ……いえ、それは……」

「この内部の魔石は、週に一度の清掃と、三ヶ月に一度の感度調整が必要だ。独占契約ってのは、あんたのギルドがその保守点検メンテナンスをすべて引き受けて、責任を持って『品質』を保証できるってことか?」

 ケビンは絶句した。彼は「権利」の話をしようとしたが、盆山は最初から「現場の運用」の話をしていた。

「……あと、ここの床の清掃コストだ。これだけの人数が入れば、石の摩耗も進む。あんたのギルドは、この床の『3000番仕上げ』を維持するための左官職人を何人用意できる?」

 盆山の言葉には、49年間の現場人生で培われた「責任の重み」が籠もっていた。

 ただ儲けることしか考えていない商人にとって、それはまるで、計り知れない深淵を覗き込むような恐怖だった。

「……し、しかし、これは莫大な利益を生むはずです!」

「利益よりも、俺は自分の『空間』が汚される方が嫌なんだよ。悪いが、あんたたちの入る隙間はない。……あ、もし帰りにゴミが落ちてたら、拾っていってくれ。それが契約の条件だ」

 盆山はそれだけ言うと、ケビンの前でピシャリと扉を閉めた。

5. 休息の後の、小さな幸せ

 ケビンが敗北感とともに立ち去った後、盆山はベアと共に、自作の「ドリンクバー」で自分用の新作を淹れた。

 地下菜園で採れた「ミントに似た薬草」をベースにした、微炭酸の飲料だ。

「ふぅ……。やっぱり、営業の相手は疲れるな。風呂より体力を削られる」

「マスター、あの方、顔が真っ青でしたよ。……おそらく、マスターが放った『メンテナンスの重圧』に耐えきれなかったのでしょう」

 ベアがクスクスと笑いながら、グラスを傾ける。

「ベア。あいつらは勘違いしてる。ここはビジネスの場じゃない。俺が、俺らしく、丁寧に生きるための『現場』なんだよ」

 

 ふと、モニター(魔導水晶)に映る休憩所の様子を見ると、銀の剣のレオンたちが、自販機から出てきたハーブティーを一口飲み、「うめぇ……生き返る……」と涙ぐんでいる姿が見えた。

 

「……まあ、あいつらが喜んでるなら、多少の騒がしさは目をつぶってやるか」

 盆山は、49歳らしい少しだけ丸くなった表情で、冷たい飲み物を喉に流し込んだ。

 

 しがらみから逃げてきたはずが、いつの間にか、彼の「丁寧な仕事」は、異世界の住人たちの心を、そしてこの地下の冷たい岩盤さえも、温かな「居場所」へと変え始めていたのである。

 第6話、完。


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