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アンダーグラウンド・サンクチュアリ:49歳の穴掘りから始まる異世界再生  作者: 盆ちゃん


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第14話:深淵の白光 ―49歳、地下に「陽だまり」を召喚する―

第14話:深淵の白光 ―49歳、地下に「陽だまり」を召喚する―

1. 現場監督の「朝の美学」

 地下1000メートル。太陽の光が届かぬこの場所で、盆山茂は朝、一つの「綻び」を見つけた。

 それは、公爵が昨晩脱ぎ捨てた、汗と土埃を吸った豪華な絹のシャツ。そして、ガムリが風呂上がりに使った、まだ湿り気を帯びた厚手のタオルだ。

「……ベア。地下の最大の敵は、湿気と『生乾き臭』だ」

 盆山は、まだ眠気の残る目をこすりながら、食堂の隅に置かれた洗濯籠を指差した。

「どれだけ豪華なベッドを作っても、シーツが湿っていたり、服が臭ったりすれば、それはただの『豪華な牢獄』だ。一流の現場ってのは、作業服ユニフォームが常にパリッとしてなきゃいけねえ。……次は、ここを『世界一真っ白な場所』にするぞ」

 盆山の言葉に、ベアトリーチェは首を傾げた。

「マスター、洗濯でしたら私の水魔法で一瞬です。汚れを分解し、風魔法で水分を飛ばせば……」

「いや、それじゃ『洗った』だけで、『ケア』したことにはならねえんだ」

 盆山は、愛用の魔導スコップを肩に担ぎ、大浴場の裏手にある未開の空間へと歩き出した。

2. 設計:魔導式「全自動洗濯乾燥・プレスシステム」

 盆山が設計したのは、現代日本のコインランドリーと、高級ホテルのバックヤードを融合させたような**「ユーティリティ・センター」**だ。

 まず着手したのは、洗濯機本体の構築。

 盆山は硬質な『金剛石』を削り出し、ドラム式の筐体を作り上げた。

「ただ回すだけじゃダメだ。衣類の繊維を傷めず、かつ汚れの芯まで叩き出す。……ベア、このドラムの中に『超音波振動』の魔導回路を組み込め」

 盆山の指示により、洗濯槽内には秒間数万回の微細振動を発生させる回路が刻まれた。これに水魔法を組み合わせることで、洗剤(石鹸草の抽出液)を極微細な泡へと変え、繊維の奥の汚れを物理的に剥がし取る。

「そして、ここからが本番だ。……ガムリ! 暇ならこいつを手伝え!」

 朝風呂から上がってきたガムリが、盆山に呼び止められる。

「なんだ監督、今度は何を回すんだ?」

「『熱交換器』だ。地下の冷気と、魔石の熱をぶつけて、効率よく『乾燥した温風』を作る。……お前さんの鍛冶の知識で、この銅管を極限まで細く引き伸ばして、ラジエーター(放熱板)を組んでくれ」

 ガムリは文句を言いながらも、盆山が描いた複雑な配管図を見て目を輝かせた。

「ほう……熱を循環させるのか。面白い。ドワーフのサウナでも使えそうな理屈だな」

3. 太陽の再現:UV殺菌と「天日干し」の香り

 地下空間における洗濯の最大の課題は、「太陽光による殺菌と香り」の欠如だ。

 盆山は、ユーティリティ・センターの天井に、巨大な「光属性魔石」を埋め込んだ。

「ベア、この魔石の波長を調整しろ。ただ光るだけじゃない。地上の太陽が持つ『紫外線』に近い波長を出すんだ。……やりすぎると布が焼ける。加減しろよ」

 盆山が求めたのは、日本のベランダで干した時に感じる、あの「お日様の匂い」だった。

 風魔法で温風を送り込みながら、紫外線に近い魔導光を照射する。さらに、盆山は隠し味として、植物工場で育てた「ラベンダー風のハーブ」のエキスを、乾燥工程の最後に微粒子化して噴霧する機構を加えた。

「シュゥゥゥ……」

 試運転。公爵のシャツとガムリのタオルが、ドラムの中で軽やかに舞う。

 数十分後、乾燥を終えた扉が開くと、そこから溢れ出したのは、湿った洞窟の匂いを一掃するような、清涼感に満ちた「白の香り」だった。

「な、なんだこれは……。布が、生き返っているみたいだ……」

 ガムリが、ホカホカに仕上がったタオルに顔を埋める。

「監督……この肌触り、王族の産着だってこれほどじゃねえぞ!」

4. 49歳の職人技:スチームアイロンと「折り目」

 だが、盆山の「ケア」はこれだけでは終わらない。

 彼は、予備の作業台を滑らかな大理石で作り、その上に「魔導スチームアイロン」を用意した。

「服のシワは、心のシワだ。……ベア、見てろ。これが『仕上げ』だ」

 盆山は公爵の絹のシャツを台に広げた。

 49歳の彼は、独身時代が長かったこともあり、アイロン掛けには一家言ある。

 シュッ、と魔導スチームが吹き出し、盆山の手が淀みなく動く。

 襟元カラーを立て、ヨークから袖へと滑らせる。

 魔法を使えば一瞬でシワを消せるかもしれない。だが、盆山はあえて「手作業」のアイロンにこだわった。

「生地の状態を見ながら、熱と圧力を加減する。……これが、着る人への『敬意』ってやつさ」

 盆山の指先から伝わる熱が、絹の繊維を整え、美しい光沢を取り戻させていく。

 最後に、袖口にピシッと一本のクリースが入った。

 それは、地下1000メートルの暗闇の中に現れた、一筋の「秩序」のようだった。

5. 至高のモーニング:目覚めと「インフラ」の完成

 翌朝。

 究極の寝室で泥のように眠り、文字通り「生まれ変わった」ような顔をした公爵が、食堂へと姿を現した。

 彼の枕元には、盆山が仕上げたばかりの、一点の曇りもないシャツが置かれていた。

 それを身に纏った公爵は、その軽やかさと、微かに香るハーブの匂いに、思わず深く息を吸い込んだ。

「盆山よ……私は、自分が今までいかに『不潔』な環境で生きてきたかを思い知らされた。……王宮の侍女たちも、これほどの仕上げはできん」

「いや、ただの洗濯ですよ、閣下。……さあ、朝飯にしましょう。今日は、昨日作ったキッチンの『真価』を見せます」

 ダイニングテーブルには、すでに食卓が整えられていた。

 盆山がこだわったのは、**「地下の朝の彩り」**だ。

 皿の上には、植物工場の人工太陽で育てられた、宝石のように赤いトマトと、露を含んだような瑞々しいレタス。

 そして、魔導オーブンで焼き上げられたばかりの、表面はカリッと、中はモチモチとした「天然酵母風のパン」。

 さらに、昨晩から低温調理器でじっくりと火を通した、魔獣の肉で作った「自家製コンフィ」が添えられている。

「……そして、仕上げはこれだ」

 盆山が、サイフォン式の魔導抽出機で淹れた、深煎りの「魔石焙煎コーヒー(風)」を公爵の前に置く。

 香ばしい豆の香りが、食堂を「聖域」へと変えていく。

「いただきます……」

 公爵がパンを千切り、一口。

 サクッ、という快い音が静かな食堂に響く。

「……素晴らしい。このパンの温かさ、そしてコーヒーの苦味。……盆山、これだ。これこそが、私が求めていた『休息の完成形』だ」

6. 芽生える「サンクチュアリの掟」

 食事を終えた一行は、自然とユーティリティ・センターへと足を向けていた。

 そこでは、ベアトリーチェが、盆山から伝授された「アイロン掛け」を練習していた。

「マスター、この『肩のライン』を出すのが、これほど難しいとは……」

 無機質な魔族のメイドだった彼女の瞳に、今や「技術を習得する」という、人間味のある光が宿っている。

 ガムリは、洗濯機のドラムを叩きながら、盆山と「地下の排水リサイクル」について熱く議論を交わしている。

 盆山茂、49歳。

 彼は、この地下にただの隠れ家を作ったのではない。

 「清潔であること」「健康であること」「休息すること」――現代社会では当たり前すぎて忘れられていた「QOL(生活の質)」という概念を、この荒廃した異世界に、インフラとして叩き込んでいたのだ。

「盆山よ。……私は、決めたぞ」

 コーヒーを飲み干した公爵が、真剣な眼差しで盆山を見た。

「私は一度、王都へ戻る。そして、信頼できる者たちに、この『サンクチュアリ』の存在を伝える。……いや、伝えねばならん。この場所は、疲弊したこの世界のリーダーたちにこそ、必要な場所だ」

 盆山は、少しだけ眉を寄せ、頭を掻いた。

「……あんまり客が増えすぎると、リフォームが追いつかないんですがね。……まあ、閣下の紹介なら、断るわけにもいかないか」

 盆山は腰の魔導スコップを軽く叩いた。

 客が増えるということは、それだけ「必要とされる設備」も増えるということだ。

 ゴミ処理、防犯、娯楽、そして……。

「よし、次は『通信』と『娯楽』……つまり、サンクチュアリ全体の『情報インフラ』と『ラウンジ』の拡張だ。ベア、ガムリ。休憩は終わりだ。次の現場へ行くぞ」

 地下1000メートルの「朝」が、活気に満ちて動き始める。

 49歳の現場監督の物語は、単なる「スローライフ」を超え、世界を癒やす「地下都市リフォーム」へと、その規模を広げようとしていた。

 第14話、完。


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