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アンダーグラウンド・サンクチュアリ:49歳の穴掘りから始まる異世界再生  作者: 盆ちゃん


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第13話:静寂の聖域 ―49歳、究極の「眠り」を設計する―

第13話:静寂の聖域 ―49歳、究極の「眠り」を設計する―

1. 現場監督の「休息論」

 「食」の次は「住」、それも「睡眠」だ。

 盆山茂、49歳。四半世紀にわたる建設業界での過酷な日々において、彼が最も切望し、かつ軽視せざるを得なかったもの――それが「質の高い眠り」だった。

 深夜までの図面作成、早朝の現場立ち会い、プレハブ小屋の硬いベンチでの仮眠。そんな生活でボロボロになった身体が、今、この異世界の地下で「最高の休息とは何か」を問いかけている。

「閣下、昨晩はあちらのソファでお休みになられたのですか?」

 食堂の片隅、ジャズ・ルームの高級ソファで首を不自然に曲げて寝ていた公爵を見つけ、盆山は苦笑した。

「……うむ。あまりの心地よさに、ついな。だが、盆山よ。寄る年波には勝てん。少々、首と腰が悲鳴を上げておるようだ」

 公爵は苦笑しながら、バキバキと音を立てて身体を伸ばす。その姿に、盆山はかつての自分を見た。

「いけませんね。……『サンクチュアリ(聖域)』を名乗っておきながら、お客様をソファで寝かせるとは、現場監督として失格だ。ベア、予定を変更する。今日は大浴場の奥、東側の岩盤を抜くぞ。あそこに『極上の寝室スイートルーム』を三部屋、構築する」

 ベアトリーチェは、盆山の言葉に静かに頭を下げた。

「承知いたしました。……マスター、今回はどのような『魔法』を組み込みますか?」

「魔法じゃない、ベア。今回は『科学』と『心理学』だ。人間が最も深く、泥のように眠れる空間を、この岩の底に再現してやる」

2. 施工開始:遮音と吸音の三重奏

 盆山がまず着手したのは、徹底した**「音の制御」**だった。

 地下は静かだと思われがちだが、実は岩盤を伝う振動や、遠くの水脈の音、そして自らが設置した換気ダクトの駆動音が意外と響く。

「まず、部屋の構造を『浮き床構造』にする。岩盤と部屋の間に、魔導で生成した高密度の『防振ゴム石』の層を噛ませるんだ」

 盆山は魔導スコップで部屋の枠組みを大きく削り出すと、床・壁・天井のすべてに、あえて「隙間」を作った。その隙間に、振動を吸収する特殊な多孔質石を充填していく。

「ガムリ、お前さんの出番だ。この壁の表面に、細かく不規則な凹凸を彫ってくれ。……いいか、綺麗に削っちゃダメだ。あえて『荒らす』んだ」

「はぁ? せっかくの壁をボコボコにするのか? 監督、正気かよ」

 納得いかない様子のガムリに、盆山はニヤリと笑う。

「これが『吸音』だ。平らな壁は音を跳ね返して反響させるが、デコボコの壁は音を拡散させて殺す。……洞窟の中なのに、耳を塞いだように静か。そんな空間を目指すんだ」

 ガムリは半信半疑ながらも、盆山の指示通りにノミを振るった。ドワーフの精緻な技術で彫られた「ランダムな凹凸」は、やがて幾何学的な美しさを持つデザイン壁へと変貌していく。

3. 調光の魔法:2700ケルビンの誘い

 次に盆山がこだわったのは、**「光」**だ。

 異世界の魔法灯は、明るすぎるか、あるいは松明のように揺らぎすぎる。

「ベア、光属性の魔石をこの透過性の高い水晶の中に封じ込めろ。……ただし、直射ダイレクトは厳禁だ。光はすべて壁に向けて放ち、その反射光で部屋を照らす。『間接照明』だ」

 盆山は、天井のふちに「コーブ照明」用の段差を作り、そこに淡い琥珀色の魔導灯を仕込んだ。

 スイッチを入れると、部屋全体が夕暮れ時のような、温かく柔らかな光に包まれた。

「……ああ、落ち着く。これは、まるで母の胎内にいるような……」

 手伝っていたベアトリーチェさえも、その光の演出にうっとりと目を細めた。

 盆山はさらに、枕元に「読書灯」と「フットライト」を配置した。夜中にトイレに起きた際、強すぎる光で脳を覚醒させないための、49歳の配慮だ。

4. 49歳の執念:究極の「ハイブリッド・マットレス」

 そして、このプロジェクトの心臓部。**「ベッド」**である。

 盆山は、現代日本で愛用していた高級ベッドメーカーの構造を思い出した。

「まずは土台だ。通気性を確保するために、魔導木の『すのこ』を組む。その上に……ベア、例の『高反発スライム・ゼリー』を持ってきてくれ」

 ベアトリーチェが深部地下で採取してきた、特殊な高密度スライムの核。これを魔法で安定化させ、弾力性を持たせた。

レイヤーを作るぞ。一番下は硬めの岩盤綿、中間層にはこのスライム・ゼリーで体圧を分散させる。そして一番上は、細かく起毛させた『魔導羊の毛織物』だ」

 盆山は自らベッドに横たわり、沈み込み具合をミリ単位で調整した。

「腰が沈みすぎると翌朝死ぬ。だが、硬すぎれば肩が凝る。……この、適度に押し返してくる『ホールド感』。これだ。これこそが、49歳の腰を救う唯一の正解だ」

 さらに、ピローにもこだわった。

 中身には、熱を逃がす効果のある「冷感魔石の粉末」と、吸放湿性に優れた植物の種をブレンドした。

「頭寒足熱。これこそが安眠の極意だからな」

5. 完成:和洋折衷の「静寂の間」

 数日間の工事を経て完成したのは、地下1000メートルにあるとは思えない、洗練された「和モダン」なスイートルームだった。

 床には、盆山が魔導で畳のイグサの香りを再現した「魔導畳」が敷かれている。素足で歩いた時の、あの独特の弾力と清涼感。

 壁はガムリが彫り上げた吸音壁に、ベアトリーチェが描いた淡い水墨画風の風景が彩りを添えている。

 そして部屋の中央には、盆山渾身の「究極のベッド」が、雪のように白いリネンを纏って鎮座していた。

「……信じられん。ここには『音』がないのだな」

 最初に招待された公爵が、部屋に足を踏み入れた途端、声を潜めた。

 厚い防振構造により、外の足音も、換気扇の音も、一切聞こえない。ただ、自分の心拍音と、微かに香るイグサの匂いだけが空間を支配している。

「閣下。今夜は、誰にも邪魔されずに眠ってください。ここでは、王国の悩みも、魔王の脅威も、すべてこの壁が遮断してくれます」

 公爵は、吸い寄せられるようにベッドに横たわった。

 瞬間、彼の身体の重みが、スライム・ゼリーの層によって完璧に受け止められた。

「……おお。……ああ……。これは……いかんな……。盆山よ、私はもう……起き上がれる気が……しな……い……」

 公爵の言葉は、そこで途切れた。

 数秒後には、穏やかで深い寝息が、静寂の部屋に溶け込んでいった。

6. 職人たちの夜:新たなインフラへの確信

 公爵が眠りについた後、盆山、ベアトリーチェ、ガムリの三人は、食堂で静かに祝杯を挙げた。

「監督、あのベッド、俺にも作ってくれよ。……あの部屋に入った瞬間、身体中の力が抜けちまった。ドワーフの王宮だって、あんな『深い静かさ』はねえぜ」

 ガムリが、感心したように酒を煽る。

 盆山は、手元の図面を眺めながら、静かに頷いた。

「ああ、お前の分も、ベアの分も作るさ。……だがな、ガムリ。この『静寂』と『眠り』を維持するためには、また新しい問題が出てくる」

「新しい問題?」

「リネン(シーツ)の洗濯だ。それから、ゲストが目覚めた時の『最高の朝食』。……それから、万が一の時のための『防犯セキュリティ』もな」

 盆山茂、49歳。

 一部屋を完璧に仕上げるたびに、彼は次の「不備」に気づいてしまう。それは、現場監督としての呪いであり、同時に、この『サンクチュアリ』をどこまでも高みへと押し上げる、職人の執念でもあった。

 窓のない地下室。

 しかし、盆山が設置した「擬似天窓」からは、魔導によって再現された「柔らかな月光」が降り注ぎ、三人の影を優しく照らしていた。

「マスター。……次は、洗濯場ランドリーの構築ですね?」

 ベアトリーチェの問いに、盆山は力強く頷いた。

「ああ。地下で天日干しはできない。なら、俺が世界最高の『魔導乾燥機』と『アイロンルーム』を作ってやる」

 地下1000メートルのリフォームは、眠ることさえ惜しいほど、さらなる熱を帯びて加速していく。

 第13話、完。


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