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アンダーグラウンド・サンクチュアリ:49歳の穴掘りから始まる異世界再生  作者: 盆ちゃん


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第12話:魔導の厨房 ―49歳、ステンレスの輝きに夢を見る―

第12話:魔導の厨房 ―49歳、ステンレスの輝きに夢を見る―

1. 職人の朝と「ガムリのブラシ音」

地下1000メートルの朝は、鳥のさえずりではなく、小気味よい「シュッ、シュッ」という摩擦音で始まる。  盆山茂、49歳。元現場監督。  彼が自作した『一体成型式石造プラットフォーム(温熱機能付きベッド)』から這い出し、まずは腰の調子を確かめる。ピリリとした痛みはない。異世界に来てからの盆山の身体は、かつての過労死寸前のそれとは別物のように軽かった。

「……ガムリの野郎、もう始めてやがるな」

通路の先、大浴場の方から聞こえるのは、ドワーフのガムリがタイルの目地を磨く音だ。  ガムリは数日前、この『サンクチュアリ』の配管技術とタイルの平滑さに度肝を抜かれ、「この風呂を毎日掃除する仕事なら、喜んでやる!」と、文字通り住み着いてしまった。  盆山が教えた「歯ブラシを使った細かい隙間の清掃」に開眼した彼は、今や盆山以上の執念で、大浴場の「カビ一つ許さない聖域化」に邁進している。

「マスター、おはようございます。今朝もガムリ様は……その、非常に精力的ですね」

銀髪を揺らし、完璧なメイド服の着こなしで現れたのは、守護者ベアトリーチェだ。その手には、昨晩公爵と酌み交わした「フルーツ牛乳風果実酒」の空き瓶が載ったトレイがある。

「ああ。職人ってのは、一度コツを掴むと止め時を見失うからな。……だが、ベア。空き瓶の片付けだけじゃ、これからの『サンクチュアリ』は回らねえぞ」

盆山は、ジャズ・ルームの隣に広がる、まだ手付かずの広大な空洞を指差した。  そこは、エントランスから大浴場へと続くメイン動線の中心部だ。

「公爵閣下は、ここに『平穏』を求めてやってくる。ガムリはここに『住みたい』と言った。……なら、次は『食』だ。いつまでも冷温庫の飲み物と、あんたが即興で作るスープだけじゃ、もてなしとしては二流だ。俺は、ここをこの世界で最高の『胃袋キッチン』にリフォームする」

2. 地下の難敵:換気と「魔導ダクト」の設計

キッチンの設営において、地下空間における最大の敵は「煙」と「臭気」である。  地上の住宅なら窓を開ければ済む話だが、ここは密閉された地下1000メートル。排気を疎かにすれば、一瞬で一酸化炭素中毒か、あるいは魔物肉の脂っこい匂いが染み付いた「不潔な洞窟」に逆戻りだ。

「ベア、火属性の魔石はもういい。次は『特大の風属性魔石』と、それから『耐火性の高い凝灰岩』を大量に用意してくれ」

「承知いたしました。……ですがマスター、またあの、壁を這い回る『金属の蛇(配管)』を作るのですか?」

「蛇じゃない、**『排気ダクト』**だ。見てろ、これが49歳の『空調設備』の真髄だ」

盆山は魔導スコップを構え、天井付近に巨大な穴を穿ち始めた。  ダクトの径は、余裕を持たせた400ピッチ。内壁は魔力でガラスのように滑らかに焼き固める。摩擦抵抗を最小限に抑え、空気の「淀み」を一切作らないための処置だ。

さらに盆山は、ダクトの合流地点に、魔導回路を組み込んだ「サイクロン式集塵・消臭ユニット」を設置した。  風属性の魔法で強力な負圧を生み出し、調理で発生する煙を吸い込む。吸い込まれた煙は、多孔質の石に火属性の熱を加えた「触媒層」を通り、臭気成分を焼き切ってから、はるか地上の隠蔽された排気口へと送られる。

「シュウゥゥゥ……」

試験運転を始めると、広大な空洞の空気が、かすかに動き始めた。  重苦しかった地下の空気が、まるで高原の朝のように澄んでいく。盆山は満足げに頷き、額の汗を拭った。

「よし、これで『換気』は完璧だ。次は……男のロマン、**『オールステンレス風・システムキッチン』**といこうか」

3. 施工:49歳のこだわり、ステンレスの輝き(石造)

盆山が今回最もこだわったのは、ワークトップ(天板)の質感だ。  現代日本のプロ厨房で使われる、あの無機質で清潔な「ステンレス」の輝き。それをこの世界で再現するために、彼は「鉄属性」と「水属性」を帯びた希少な『銀閃石』を薄く削り出し、魔法で極限まで研磨した。

コーナーはR(曲線)15で統一だ。角が立ちすぎれば汚れが溜まるし、丸すぎれば道具が置きにくい。……これだよ、この『15R』が、掃除のしやすさと美しさの黄金比なんだ」

シュッ、シュッ――。  盆山のコテ捌きが冴える。銀色の石板が、魔力の力で継ぎ目なく一体化されていく。  幅3000ミリ、奥行き900ミリ。家庭用より一回り大きく、プロ用よりは家庭的な温かみを感じさせる「ペニンシュラ型キッチン」が、地下の静寂の中に現れた。

「マスター……この、顔が映るほどに磨かれた平らな台は何ですか? 祭壇ですか?」

「いや、ただのシンクと調理台だ。……だがベア、見てろ」

盆山がシンクの蛇口(に相当する魔導具)を捻ると、昨日掘り当てた水脈から、浄水・軟水化された冷水が勢いよく噴き出した。  特筆すべきは、排水口だ。  ここにも盆山の「現場監督としての経験」が凝縮されている。排水口はあえて大型の「浅型ゴミカゴ」を採用。さらにその下には、風属性の高速回転を利用した「魔導式ディスポーザー」を直結した。

「調理屑はその場で粉砕して、排水と共に外の『バイオガス発生槽』に送る。地下において生ゴミ放置は万死に値するからな。……あと、これだ」

盆山が調理台の横にあるレバーを引くと、棚の中から重厚な『魔導式オーブン』と『IH風魔導コンロ』がせり出してきた。  火力を指先一つで微調整できる。49歳の盆山にとって、しゃがんで火を吹く作業は腰への負担が大きすぎる。だからこその「ユニバーサルデザイン」だ。

4. 三人称視点:ベアトリーチェの「料理革命」

ベアトリーチェは、呆然とその「戦場」を眺めていた。  彼女はかつて、数々の王国で「宮廷料理」を見てきた。だが、それらはすべて、煤まみれのかまどと、常に異臭が漂う湿った床、そして重い鉄鍋と格闘する料理人たちの「苦行」の場だった。

しかし、目の前にあるこれはどうだ。  銀色に輝く調理台には、一点の曇りもない。床は完璧な排水勾配がつけられたタイル張りで、水を流せば瞬時に乾く。そして何より、調理中の煙をすべて吸い込む「魔導ダクト」の存在。

「(……この人は、料理をするためではなく、料理という行為そのものを『高潔な儀式』に昇華させるために、この空間を設計した……)」

盆山は、ベアトリーチェに真新しい「ヘルメット型のコック帽(盆山の手作り)」と「職人用エプロン」を差し出した。

「さあ、ベア。試運転だ。今日はガムリもいる。公爵閣下もそろそろ来る頃だ。……あんたの得意な『魔獣肉』を、この最高効率のキッチンで調理してみてくれ。俺が求めているのは、49歳の胃にも優しい、それでいてガツンとくる『最高の朝飯』だ」

「……謹んで、お引き受けいたします。我がマスター

ベアトリーチェの紅い瞳に、料理人としての……否、サンクチュアリの守護者としての新たな炎が宿った。  彼女は、これまで「適当に切り刻んで焼くだけ」だった魔獣・ブラッドピアスのヒレ肉を手に取った。  盆山が丹念に研ぎ上げた、セラミック風の包丁を構える。

――トントントントンッ……。

小気味よい音が、磨き抜かれたステンレスの天板に反響する。  かつての薄暗い厨房では決して聴こえることのなかった、清潔で、リズミカルな音。  その音に誘われるように、風呂上がりのガムリが、手ぬぐいで頭を拭きながら食堂ダイニングへと現れた。

「おい、監督! 何だこのいい匂いは……。……って、なんだありゃあ! 床が光ってやがる! 鏡か!?」

ガムリが滑らかなタイル床に腰を抜かすのと同時に、エントランスの方から、重厚な「下駄箱マジック・ロッカー」に靴を預ける音が響いた。

「盆山よ、昨晩のジャズの余韻が冷めなくてな。……おや、今日は一段と空気が清々しいではないか」

公爵閣下が、朝の散歩ついでと言わんばかりに、平然と「サンクチュアリ」の奥へと足を踏み入れてきた。

5. 49歳の職人談義:食堂は心のインフラ

数十分後。  盆山が自作した、手触りの良い「無垢の魔導木」を使用したダイニングテーブルを、三人の男と一人のメイドが囲んでいた。

テーブルの上には、ベアトリーチェが新調されたキッチンで作り上げた「ブラッドピアスのステーキ・特製薬草ソース添え」と、植物工場(第5話)で採れたてのレタスを使った「シャキシャキサラダ」、そして魔導オーブンで焼き上げたばかりの「全粒粉パン」が並んでいる。

「……美味い」

公爵が、一切れの肉を口に運び、震える声で呟いた。 「肉の旨味もさることながら、この野菜の瑞々しさ……。そして何より、この『清浄な空間』で食すという贅沢。王宮の晩餐会ですら、これほどの充足感は得られん」

「監督よ、この椅子の高さ、絶妙じゃねえか」  ガムリが、ドワーフの短足でも無理なく座れ、かつ腰をしっかりサポートする背もたれの感触に感嘆の声を上げる。 「俺たちの国じゃ、食事はただの『燃料補給』だ。だが、ここでは食ってる間、自分が『特別な存在』になったような気がしやがる」

盆山は、自分が作ったキッチンの輝きを眺めながら、ゆっくりとコーヒー(風の魔石抽出飲料)を啜った。

「食卓ってのは、ただ腹を膨らませる場所じゃないんですよ、閣下。現場で言えば、休憩所だ。……そこが整理整頓されてて、清潔で、美味いもんが出てくる。そう確信できて初めて、人は『午後も頑張ろう』って思える。……明日へのモチベーションを保つための、心のインフラなんです」

公爵は、盆山のその言葉を噛みしめるように深く頷いた。

「心のインフラ、か。……盆山よ。貴殿は、この地下に『国』を作ろうとしているのではないな」

「国なんて、そんな大層なもんじゃないですよ。……俺はただ、俺が一番入りたかった『最高の現場』を作ってるだけです」

6. 芽生える「新たな秩序」

サンクチュアリの噂は、今や「美味しい料理が食べられる、不浄を許さない鏡の神殿」として、さらに広まりつつあった。    食事を終えたガムリは、頼まれもしないのに「キッチン周りの水はね」を、盆山が渡したマイクロファイバー風の布で丁寧に拭き取り始めた。 「監督、この銀色の台は、水滴がついたままにすると『ウロコ』になるからな! 俺が完璧に仕上げてやる!」

一方、ベアトリーチェは、盆山が設計した「自動食洗機(水属性循環式)」の中に皿を並べながら、静かに微笑んでいた。  彼女は気づいていた。  盆山が作ったこのキッチンが、ただの調理場ではないことに。  ダクトから排出される空気には、微細な「浄化の魔力」が混じっており、それがサンクチュアリ周辺の瘴気を完全に無効化している。  そして、この清潔な食卓を囲む者たちの間には、種族や身分を超えた「規律ある友情」という名の、新たな結界が張り巡らされていた。

「マスター……次のリフォームは、何を?」

盆山は、満足げに自分の腰を叩き、少しだけ老眼鏡の位置を直した。

「そうだな。これだけ客が増えてくると、次は『泊まる場所』……つまり、ゲストルームが必要になる。……ただの寝室じゃないぞ。49歳の視点で考えた、最高にぐっすり眠れる『快眠の魔導スイート』を作ってやろうじゃないか」

49歳の現場監督が、異世界の地下で振るう魔導のスコップ。  その一振りごとに、殺伐とした異世界に「安らぎ」という名のインフラが、着実に、そしてミリ単位の精度で敷設されていく。

第12話、完。


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