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アンダーグラウンド・サンクチュアリ:49歳の穴掘りから始まる異世界再生  作者: 盆ちゃん


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第1話:湿った土と、不惑の決意

新作を長編で4作目執筆致しました。お手柔らかにお願いしますm(_ _)m

第1話:湿った土と、不惑の決意

 静寂、という言葉では足りない。それは耳の奥でキーンと鳴るような、密閉された無音だった。

 盆山茂ぼんざん・しげる、49歳。独身。元・中堅建設会社の現場監督。

 気がつけば、俺は冷たい石の床に横たわっていた。視界に入るのは、不自然に発光する苔と、剥き出しの岩肌。そして、目の前で明滅する、ソフトボールほどの大きさの「水晶」だ。

「……ここが、死後の世界ってわけじゃなさそうだな」

 身体を動かすと、長年付き合ってきた腰の持病がピリリと疼いた。この生々しい痛みは、夢のそれではない。

 意識の片隅に、会社のデスクで「サバイバル穴掘り動画」を眺めながら、心臓が握りつぶされるような痛みに襲われた記憶が蘇る。過労死か、それとも心不全か。どちらにせよ、あちら側での俺の賞味期限は切れたらしい。

『――目覚めましたか、我がマスター

 不意に、背後から凛とした声が響いた。

 反射的に振り返る。そこには、漆黒のドレスを纏った女が立っていた。銀色の髪を腰まで伸ばし、透き通るような白い肌。瞳は深紅で、その背中には漆黒の翼が畳まれている。

 20代後半に見えるが、纏う空気は並の人間ではない。建設現場で数々の荒くれ者を黙らせてきた俺の直感が、警報を鳴らしていた。こいつは、一国を平らげかねない「怪物」だ。

「あんたは……」

「ベアトリーチェ。このダンジョンコアに紐付けられた守護者です。そして、あなた様はこの地の王として召喚されました」

 ベアトリーチェ――ベアと名乗った美女は、慇懃に頭を垂れた。

 普通なら、ここで「俺が魔王?」とか「元の世界に返せ!」と騒ぐのだろう。だが、俺は違った。大きく一つため息をつくと、周囲の壁を観察し始めた。

「……クラック(ひび割れ)はなさそうだが、地盤の補強が甘いな。この湿気はどこから来てる? 排水計画はどうなってるんだ?」

「……はい?」

 ベアが呆気にとられたような声を出す。

 俺にとって、魔王の座や世界征服なんてものはどうでもよかった。それよりも、この「家」となるべき地下空間の粗末さが、プロとして、そして一人の穴掘りファンとして我慢ならなかった。

「ベアと言ったか。悪いが、挨拶は後だ。まずは寝床を確保する。この冷たい床で寝たら、明日には腰が死ぬ」

 俺は、いつの間にか脳内にインストールされていた「ダンジョン作成スキル」を起動した。

1. 穿うがつ音、土の吐息

 俺が求めたのは、武器でも魔法でもない。「理想のスコップ」と「ノミ」、そして**「左官用コテ」**だった。

 水晶コアに手をかざすと、膨大な魔力が俺の意志に従って物理的な形を成していく。

 まずは、居住区の拡張だ。

 俺は壁の一角に歩み寄り、一歩引いて「面」を見た。どこから削れば最も効率的で、かつ美しいか。49年の経験が、地層のわずかな色の違いから「急所」を見抜く。

「……いくぞ」

 ガン、という硬質な音が響く。

 魔力を込めたノミを岩肌に当て、重力に従って振り下ろす。

 ザリッ、ザリッ、ザリザリッ――。

 心地よい振動が腕に伝わる。動画で見ていた、あの渇望していた音だ。

 岩を砕くのではない。余計な部分を「削ぎ落とす」のだ。

 

 49歳の身体は、若者のように瞬発力はない。だが、一度掴んだリズムを崩さない「粘り」がある。無駄な力を使わず、呼吸を土の抵抗に合わせる。

 剥がれ落ちた岩の破片が乾いた音を立てて転がり、周囲に古い土の匂いが立ち込める。カビ臭さとは違う、どこか懐かしい、大地の深淵の香りだ。

「マ、マスター? 何をしておられるのですか? 敵の侵入を防ぐための罠の構築や、魔物の召喚が先決では……」

「黙って見てろ。快適な住環境が整わない場所で、いい仕事ができるわけがないだろう」

 俺はベアの小言を無視し、黙々と作業を続けた。

 荒削りの後、俺はコテを手に取った。魔力によって生成された特殊な凝灰岩ぎょうかいがんのパテを、壁面に薄く、均一に伸ばしていく。

 シュッ、シュッ――。

 コテが吸い付くように壁を走る。凹凸が消え、ざらついていた岩肌が、絹のように滑らかな平面へと変わっていく。この瞬間の、内臓が洗われるような快感は何物にも代えがたい。

2. 最初のこだわり:石の揺りかご

 作業開始から数時間。奥へ向かって3メートルほど掘り進めた場所に、小さな小部屋が出来上がった。

 そして、俺が最も心血を注いだのが、部屋の中央に配置した「ベッド」だ。

「これです。これが、あなた様が魔力を注ぎ込んだ『防衛設備』の正体なのですか?」

 ベアが、部屋の中央に鎮座する四角い石の塊を見て、震える声で尋ねた。

 それは、ただの石の台ではない。

「ただのベッドじゃない。**『一体成型式石造プラットフォーム』**だ」

 俺はこだわった。

 まず、台の高さは40センチ。これは、49歳の膝に負担をかけず、スムーズに立ち上がれる絶妙な高さだ。

 次に、角の処理。すべての角は「面取り」を施し、3000番のヤスリで磨き上げたかのように滑らかに仕上げた。不意に足をぶつけても、痛くない。

 そして、最大のこだわりは、ベッド内部に仕込んだ「循環パイプ」だ。

「見てろ」

 俺がコアに念じると、ベッドの底に小さな魔石が埋め込まれ、そこから微弱な熱が発生した。

 石の台全体が、ほんのりと体温に近い温度で温まり始める。

「地下は冷える。だが、この石のベッドは蓄熱性に優れているんだ。冬の建設現場で、焚き火で温めたコンクリートに触れた時のあの安心感……それを再現した」

 さらに、俺はダンジョン内に生息していた「シルク・スライム」を捕まえ、その分泌液を精製して作った布を、何層にも重ねて石の上に敷いた。

 硬質な石のサポートと、雲のような布の弾力。

 俺は我慢できず、その上に腰を下ろした。

「……ああ、これだ。これだよ」

 沈み込みすぎず、かといって底付き感もない。長年のデスクワークと現場回りで悲鳴を上げていた俺の脊椎が、歓喜の声を上げているのがわかった。

3. 三人称視点:ベアトリーチェの困惑

 ベアトリーチェは、目の前の光景が信じられなかった。

 かつて、このダンジョンコアに召喚された「魔王候補」たちは、皆一様に血気に逸っていた。ある者は地獄からケルベロスを呼び寄せ、ある者は周囲の村を焼き尽くすための魔法陣を組み上げた。

 だが、この男――盆山茂はどうだ。

 彼は今、あろうことか「枕の高さが5ミリ高い」という理由で、石の台を1ナノメートル単位で削り直している。

「……マスター。先ほどから申し上げておりますが、地上の冒険者ギルドがこの魔力の胎動を察知し、調査隊を派遣する可能性がございます。罠の一層も作らず、ベッドの角を丸くしている場合では……」

「ベア。あんた、寝不足は仕事の能率を40パーセント低下させるって知ってるか?」

「は?」

「それに、この角を見てみろ。この絶妙なアール(曲線)。これが美しくないか?」

 盆山は、うっとりと石の角を撫でている。

 ベアトリーチェは頭を抱えた。この男、狂っている。あるいは、あまりにも深い淵を覗き込みすぎて、精神が別の次元に到達している。

 しかし。

 ふと、彼が磨き上げた壁に目をやると、そこには一切の澱みがない。魔力の流れが、壁の表面を滑らかに伝わり、部屋全体の空気を浄化している。

 これは、高度な魔法障壁……ではない。ただの「完璧な施工」だ。だが、その完璧さが、結果としてあらゆる邪悪を寄せ付けない神聖さ(サンクチュアリ)を生み出していた。

「(……もしかして、とんでもない傑物を呼んでしまったのでは?)」

 ベアは、盆山が次に「トイレットペーパーの代わりになる葉っぱの選定」を始めたのを見て、その考えを一度保留にすることにした。

4. 49歳の夜明け

 一通りの作業を終え、俺はベアが渋々用意した(が、味は絶品だった)魔獣肉のスープを啜った。

 腹が満たされると、心地よい疲労が襲ってくる。

「さて、今日はここまでにしよう」

 俺は自慢のベッドに潜り込んだ。

 石のじんわりとした温もりが、腰の強張りを解いていく。

 しがらみはない。明日、理不尽な理由で怒鳴ってくる上司もいない。予算不足を嘆く下請けも、無理な工期を押し付ける営業もいない。

 あるのは、自分が削り、自分が磨いた、自分だけの空間。

「……悪くない」

 俺は目を閉じた。

 明日は何を掘ろうか。

 水回りは急務だ。まずは、このダンジョンのどこかに眠っているはずの水源を掘り当て、最高にキレのいい水洗トイレを作ることから始めよう。

 49歳、異世界。

 俺の、本当の意味での「再生リフォーム」が、今始まった。


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