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魔王討伐パーティの案内係に生まれた俺を、怪力幼馴染は守りたいらしい

作者: 桜庭
掲載日:2026/02/20

 僕の家は、古くからの伝承を語り継ぐ『伝道師』の一族だ。


「いいかい、アンセムや。お前はいつか勇者ご一行の力になる男だ」


 ばあちゃんはそう言って、しわくちゃの手で僕の手を握った。


「勇者ってそんな……大昔じゃあるまいし。魔王なんてもういないんだよ」


「バカモンっ! 魔王は決していなくならん! 平和な時にこそ、彼奴らは復活するんじゃ!」


「ふぅん」


「なんじゃ、その態度は!」

 

 カンカンに怒るばあちゃん。こぶのついた杖で、ガツンと僕の頭を叩いた。

 あいた、と悲鳴をあげて、僕はうずくまる。ばあちゃんの長話はまだまだ続くようだ。


 はるか昔のご先祖様は勇者様の仲間でうんぬんかんぬん。

 ご先祖様の力で勇者様は、魔王を倒す術をかくかくしかじか。


 何十回、何百回も聞かされた夢物語。 

 しかし、そんな立派な力が僕にあるものか、と常々思っているのだ。


 なぜなら、


「無理よ、アンセムには! だって、すっごく弱いんだもの!」


 僕は女の子であるマルカートにだって勝てないんだ。

 

「そうそう、マルカの怪力には森の主だって裸足で逃げ出すんだ。僕なんかじゃ指一本触れさせてもらえないよ」


 確かにマルカートは村で一番の力持ちだ。

 燃えるような真っ赤な髪も、大きなオレンジの瞳もすごく女の子らしい。

 

「なっ……! そ、そこまでじゃないわよ! アンセムのバカっ!」

  

 だと言うのに、彼女の振るう拳は大の大人を三メートルは吹っ飛ばす。

 マルカートのおしりを触った酔っ払いが、いつの間にか酒屋の外まで吹っ飛ばされていたのは記憶に新しい。


 勇者ご一行のお供は、僕なんかよりマルカートの方がよっぽど適任だ。


 そんなことを思っていた時期もありました。


 あれから幾年月が過ぎ、僕の一人称が俺に変わる頃。彼らは村にやって来た。


「預言者から、魔王の復活が告げられました。俺たちは来たる災厄の日に備え、力を蓄える旅をしています」


 そう言ったのは、見るからに利発そうな青年だった。

 赤茶色の髪は男らしく、キリリと釣り上がった目元は涼しげだ。


 何より、剣を振るうに相応しい腕は、俺のそれよりもずっと逞しかった。

 

 ああ、そうだ。選ばれた男というのは、こういう人物のことをいうのだ。


 ひょろりとした頼りない自分の両腕を眺め、俺は独り言ちた。

 ばあちゃんが死んで、早五年。今更なんだって言うんだ。俺には関係ない。


 そう不貞腐れていた俺だったが……


「どうしてこうなった?」


 左手には地図、右手には杖。背中には一人分の荷物があり、俺はすっかり旅支度を整えていた。

 うんうん、と満足そうに頷くのは、先日村にやって来た自称勇者のカノンだ。

 

「なかなかどうして、見てくれは整ったじゃないか」


「ツッコみたいことは山ほどあるが、一つだけ言わせてくれ。俺はどこに連れて行かれようとしている?」

 

 それは僕も知らない、と無責任な勇者が言った。ふざけんな。

 しかし、勇者は両手を肩の位置で広げると、だって、と子供のように言い訳をする。


「どこに行ったらいいかわからないから、伝道師の君に聞きに来たんじゃないか」


 ごもっとも。

 確かに俺が間違っていた。俺の一族は、代々伝承を語り継ぐ。


 力の岬、(つるぎ)の洞窟、(たて)の神殿……。そんな勇者の支えとなる場所は、全て俺の頭の中にある。

 これから俺は、彼をそこに導いて行かなければならない。


 何の力もなく、何の知恵もない俺が。見ず知らずの勇者のために。


「こんなことなら、ばあちゃんの言うとおり、体を鍛えておけばよかった……」


 そんな後悔を口にしても、もう遅い。

 期待の眼差しでこちらを見つめる勇者ご一行のため、俺は渋々旅に出た。


 カノンとの旅は、存外楽しいものだった。

 俺は見ての通り捻くれ者だし、決して愛想がいい方ではない。


 だと言うのに、このご一行はどうしようもないほどいい奴らの集まりだった。

 俺が戦えないことを知るや否や、彼らはこう言った。


「元より戦いは僕らの専売特許だ。アンセムは道案内に専念しておくれよ。大丈夫、僕らが絶対に君を守るから」


 危ない。俺が女だったら、間違いなく背景に花を飛ばしていた。

 そのくらいカノンは格好良かった。本当に危ない男だよ、コイツは。


 そんなんだから、カノンはひどくモテる。羨ましいくらいにモテモテだ。

 この旅で、唯一楽しくないところは、そこだった。

 

 行く街、行く港で、カノンばかりがモテる。

 俺が女だったら僻みでハンカチを噛みちぎっていた。男でも噛みちぎったんだから、間違いない。


 カノンばかりがモテることに、仲間のビートと愚痴を言う。カノンがモテることに、仲間のアリアが自信を無くす。

 そんな二人を励まし、アリアにビートで手を打たないかと言って、見事な紅葉をもらったりもした。


 命の危険もあったけど、俺の案内でみんながメキメキ強くなるのはとても嬉しかった。

 かけがえのない友人が、一気に三人もできた。

 

 それくらい、カノンたちとの旅は楽しかった。


 だから、すっかり忘れていたんだ。

 俺には元々、俺のことを大事に思う友人が、もう一人いたことを。


 村を出てから三月(みつき)が経った。

 野宿にも慣れ、魔物が襲ってきた時の逃走速度がパーティー随一を誇るようになった頃、


 彼女はやって来た。


「ようやく見つけたわ、勇者一行」


 魔王軍以外で、そのセリフを言うヤツ……なかなかいないぞ。

 燃えるような赤い髪と、本当に燃えていそうなギラギラとしたオレンジの瞳。


 マルカートだ。


「誰?」


 カノンの問いに「多分、俺の幼馴染」と答える。


 曖昧な答えになってしまったのは、村にいた時と随分印象が異なるからだ。

 いつも着ていた酒場のワンピースと違う、アクティブな格好の彼女。


 強そう。しかも、なんか怒ってないか?


 メラメラと燃えているのは髪の色と瞳だけでない。

 なんだか怒気にも似た闘気が、彼女の全身から立ち昇っている。


 カノンはマルカートが俺の幼馴染だと知ると、パッと笑顔を浮かべた。

 

「初めまして」


 そう気さくに手を差し出し、にこやかに近付いていく。

 なんて危険なことを……!

 

 俺が「危ない!」と声を掛けようとした、その瞬間だった。

 ビュンッと何かがカノンの頬を掠め、同じ並びだった俺の頭上を飛び越えた。

 

 振り返ると、道のど真ん中に木柵が埋まっている。木柵っていうか、丸太柵。

 丸太柵っていうか……あんなのもう、一種の武器だろ!!


 整然と並んでいた街道沿いの柵が、マルカートのせいで秩序を失ってしまった。素手でロープを引きちぎるな。

 俺は慌ててマルカートを制止する。


「マルカ、話をっ……!」


「ぇして……」


「え?」


「アンセムを返してよっ!」


 突然の咆哮に、その場の全員が固まる。そして、三対の視線が俺に向いた。

 いやいや、俺にもわかりませんって。


 ぐるりと周囲を一周し、再びマルカートに視線を向ける。

 怒りを携えた少女の目には、今にもこぼれ落ちそうな涙が滲んでいた。


 しかし、


 「え……俺……?」


 実際にこぼれ落ちたのは、間の抜けた俺の声だった。

 

「もしかして、お前……故郷に彼女がいたのか?」


 裏切り者、と言いたげなビートの声。だから幼馴染だっつってんだろ。


「もしかして、貴方……何も言わずに出て来たの?」


 薄情者、と言いたげなアリアの声。何で言わなきゃいけないんだ、ただの幼馴染だぞ。


 前方からじとりとこちらを見る二人。そんな仲間の視線に耐えかねて、俺は助けを求めるようにカノンを見た。

 ……見なきゃ良かった。


 キラキラとした瞳でマルカートを見て、なんて剛腕なんだと大喜び。

 およそ女子に向けるべきでない褒め言葉に、俺は大きなため息を吐く。もうお前は黙ってろ。


 気を取り直して、俺はマルカートに向き直る。久しぶり、とかけた声が震えていないことを願う。


「何で、マルカがここにいるんだよ」


「アンセムを追っかけて来たんじゃない! 一緒に村に帰りましょ!」


「いや、だから……何で?」


 俺は伝道師で、勇者の力になる存在だってばあちゃん言ってただろうが。

 

 子供の頃から何度も聞いた話だ。隣で一緒になって聞いていたマルカートが知らないはずもない。

 しかし、マルカートはぶんぶんと赤い髪を振り乱す。


「アンセムには伝道師なんて、無理!!」


 おうこら、ハッキリと言ってくれるじゃねぇか。

 

 カチンと来たのは、どうやら俺だけではないようだ。

 それまでこちらを責めるような目で見ていた二人が、マルカートをジロリと睨みつけたし……。


「それは……幼馴染とはいえ、少し言い過ぎじゃないかい?」

 

 あのカノンですら、どこかムッとしたような声をしていたんだから。

 

 しかし、村一番の力持ちなだけでなく、村一番の負けず嫌いであったマルカートが、そんなのに臆するわけがない。

 むしろカノンたちの態度は、彼女の神経を逆撫でしたようだ。


「はあ?」


 マルカートの愛らしい顔が、大きく歪んだ。あ、ヤバい。


「何よそれ、アンタたちがそれを言うの?」


 地を這うような声に、今すぐその場から逃げ出したくなった。

 しかし、当然勇者ご一行は、そんなことじゃ怯まない。むしろ一歩前に出たくらいだ。

 

「君がアンセムの身を案じているのは、重々承知した。だが、彼はもう僕たちの仲間だ。あまり見くびらないでほしい」


 うんうん、と頷くビートたち。ね、とカノンが俺を振り返り、俺は口の端だけで笑う。

 嬉しい気持ちが半分、あまり期待しないでほしいという気後れが半分。


 とはいえ、そんな事を言われて頑張らないわけにもいくまい。

 これからの道中も頑張って案内しますか、と肩を竦める。


 が、そんな俺らの友情劇も、マルカートにとっては火に油を注ぐ行為だったらしい。

 再び「はあ? はあ? はああああ?」と声のトーンが上がっていく。あ、詰んだ。


「何よそれ! そうやって言って、弱っちいアンセムを連れてったってわけ!?」


「彼には彼にしかできない役割がある。弱い強いは関係ない」


「あるに決まってんでしょ! 命懸けの旅よ!? 弱い人間は生き残れない!」


「大丈夫だよ。僕らが命をかけて守るんだから」


 感情のままに叫ぶマルカートに、カノンは冷静な言葉を返す。

 しかし、マルカートは黙らない。ますますヒートアップする彼女は、とうとう


「だぁかぁらぁああ!」


 と獣の咆哮のような声を張り上げた。


「そう言って、アンタたちは嫌がるアンセムを旅に連れ出したんでしょって言ってんの!」


 カノンの説得が止まる。初めて会った日のことを思い出しているのだろう。

 ゆっくりと、前線の三人が振り返る。六つの瞳が申し訳なさそうに俺を見た。


「アンセムは、ずっと嫌だって言ってた! 自分に特別な力はない、旅に出たって怖い思いをするだけだって!」


 マルカートの言う通りだ。俺はばあちゃんの言葉を信じず、自分の才能も信じなかった。

 

 だって力はマルカートの方が強いし、頭だって別に良くもない。

 特別に勘がいいわけでも、正義感が強いわけでもない。どこにでもいる普通の男子だ。

 

「なのに……伝道師の後継だからって、みんなしてアンセムを持ち上げて……! バッカじゃないの!?」

 

 マルカートの言う通りだ。

 俺にはみんなが期待するような、特別な何かはない。


「『世界を救うために、アンセムの力がいる』? そんなの、世界を人質にして、旅に同行しろって脅してるだけじゃない!」


 全部、全部、マルカートの言う通りだ。

 

 俺は弱いし、旅は怖いし、みんなが期待するような特別な力もない。

 ずっとずっと村で引きこもっていたいと思っていた。


 ————だが、一つだけ。たった一つ、マルカートは間違えている。


「カノンたちとの旅は、自分の意思で続けてるんだ。……脅されてるわけじゃない」

 

 突然、口を挟んだ俺にマルカートの目が大きく開かれる。

 言葉を失うマルカートから視線を外さないまま、一歩、また一歩と前に出る。


 案じるような視線を向けてくる友人たちと並んだ時、俺は歩みを止めた。

 視線は燃えるような少女から離さない。


「マルカの言う通りだよ。俺は弱っちくて、勇者と一緒に旅ができるような器じゃない」


「っ……そんなこと!」


「いいんだ、カノン。お前は良い奴だから知らないだろうけど、そんな風に言われるのは初めてじゃないんだ」


 これまで立ち寄った街や店で、俺がなんて言われてきたか。

 カノンは気付かなくとも、ビートやアリアは知っている。


 ————お情けの腰巾着。

 ————足を引っ張るだけの地図野郎。


 悔しくて歯噛みしたこともあるし、ムカついて眠れない日もあった。

 初めて死にかけた日は怖くて宿から抜け出そうとしたし、村に帰ろうとも思った。


 だけど、それでもここまで一緒に旅をして来たのは、


「周りが何を言ったって、誰が俺の話を疑ったって……コイツらだけは俺を信じてくれたんだ」


 伝道師の役割は、伝説の継承。

 俺のように伝説自体を疑えば、伝道師の役割が果たされることはない。


 どれだけたくさんの地図を頭に入れようと、

 どれだけ古い伝説を語ろうと、

 聞いて、信じてもらえなければ、意味がない。


 それをコイツらは馬鹿みたいに信じるんだ。

 俺の案内を疑わず、ダンジョンで困ったら俺の意見を聞く。


 眠れない夜に古いおとぎ話のような、前勇者の話を強請ることもあった。


「なら、俺が『伝道師』の役割を諦めちゃ駄目だろ」


 カノンの驚いた顔を横目に、俺は少しだけ気恥ずかしさを覚える。

 なんて恥ずかしい言葉を口にしてしまったんだ、と後悔がよぎった。


「まあ、そんなわけだからさ。マルカは一人で村に帰れよ」


 照れ隠し、というわけじゃないが、俺は視線をマルカートに戻した。

 これで彼女の勘違いが解け、俺たちの旅が再開できれば良い。


 そんな事を考えた、俺が浅はかでした。


「…………あ、あの、マルカートさん? なんで、そんなに俺を睨んでるんデスカ?」


 真っ赤な毛を逆立て、今にも飛びかかってきそうな覇気を纏うマルカート。

 ギリギリと歯を剥き出しにしながら威嚇している。獣か、お前は。


 俺が反論すると思っていなかったのか、マルカートは怒りに体を震わせている。

 ギロリと凶悪なオレンジの目が俺を睨んだ。


「何よ……あたしに一度だって勝った事ないくせに……。偉そうに言っちゃってさぁあああ!」


「偉そうにって……別にそんなつもりは……」


「うるさいうるさいうるさい! そこまで言うなら、見せてみなよね! アンタが勇者の役に立つってところを!!」


 バッと上着を放り投げ、マルカートの健康的な体が露わになる。

 ヒュウ、とビートが口笛を鳴らすが、俺はそこまで楽観的になれない。


 どう見たって、あの動きやすそうな格好は戦闘服だろ!

 ヒイっと喉奥から悲鳴がこぼれ落ちた。


 カノンが剣を構え、アリアが詠唱準備に入る。

 ビートだけがゆったりとしているが、いつものことだからコイツは無視!


「アンセムは下がってて!」


 いつものようにアリアが俺に気を遣う。


 が、今日ばかりはそうもいかない。

 

「あ、アンセム……? どうして動かないんだい?」


 戸惑うカノンの横で、俺は震える足のまま立ち続けた。

 急かすようなアリアの声を聞きながら、俺は大きく息を吸った。


 ハンッとマルカートが鼻で笑う。


「何よ、アンセム。ビビリのくせに、頑張っちゃってさ! あたしに馬鹿にされたのが、そんなに悔しかったわけ?」


 挑発するようなマルカートの言葉。

 下手くそな演技だ。素直なマルカートには似合わない。


 そこまでして旅を諦めさせたいのだろうか?

 俺を負かせば、俺が村に帰ると思っているのだろうか?

 

 なら、ここで俺が引くのは間違いだ。

 カノンたちの力を借りたって、俺が勇者一行に相応しい証明にならない。


 なら、俺がマルカに勝たないと。

 

 俺は吸った息を声に変え、辺り一帯に響く大音量で叫んだ。

 

「天奏暦一八九〇年、マルカート三歳! 初恋相手から怪力を理由に振られる!」


 拳を鳴らしていたマルカートの動きがピタリと止まり、

 

「は……はあああ!?」


 髪に負けないほど顔を真っ赤に染めた。

 

 動きを止めたのはマルカートだけじゃない。

 カノンもアリアも、あのビートですらギョッとした顔で俺を見ている。


 でも、しょうがないじゃないか。

 ただの喧嘩なら、勝ち目はない。俺にできるのは『語り継ぐこと』だけ。


「天奏暦一八九四年、マルカート七歳! おねしょで世界地図を描いたこと村中にバラされ、大激怒! おじさんの頭が天井をぶち抜く!」


「わああああ! やめろ、やめろ! なんでそんな事を覚えてんのよっ!」


 マルカートが殴りかかってくるが、ビートが俺の首根っこを引っ張り回避。

 眼前を通過する拳が、前髪を数本さらっていった。怖すぎる。


 が、この程度の危機は何度も経験した。今更、びびるものか。


「いや嘘ですごめんなさい、鼻先かすっただけで鼻血出るパンチとか怖すぎる」


 何発もマルカートの拳を避け続けた俺。最後の最後に掠ってしまった。

 ぼたぼたと流れ落ちる鼻血が止まらない。アリアが慌てて治癒術をかけてくれる。

 

 もちろん、神速パンチを何度も避けられたのは仲間のおかげだ。

 途中で犠牲になったビートよ、ありがとう。後方に吹っ飛ばされた友人に合掌する。

 

 その間に暴露したマルカートの秘密は両手の指じゃ足りない。

 過去の自分という辱めを受けたマルカートは、道端で芋虫のようになっている。

 

 頭を抱え、顔から火が出そうなほど真っ赤だ。

 

「ぅううううっ……なんでそんなことばっかり覚えてるのよ、この変態ぃ!」


「なんでって言われても……知ってるだろ。俺は伝道師なんだ」


 記憶力だけは良いんだよ。


 俺の言葉に、マルカートは地面に伏せたままオレンジの瞳で俺を見上げた。

 じとり、と半目で睨む幼馴染。その膨れっ面は子供の頃と変わらない。


 俺はマルカに近付き、眼前でしゃがみ込んだ。


「後五年分のストックがあるけど、まだ続けるか?」


 口角を上げた俺。勝ちを確信すると同時に、マルカートの拳が叩き込まれた。

 止まったばかりの鼻血が再び吹き出す。

 

 くっそおおお、と叫び、敗北を認めるマルカート。しかし、叫びたいのは俺の方だ。

 痛えな、ちくしょうっ!

 

 ————こうして、俺とマルカートの再会は無事に終わった。

 




 

「……………………ごめんなさい」


 負けを認めたマルカートは大人しく頭を下げた。

 

 目に溜まった涙は主に俺のせいだが、同時にボロボロな俺たちも彼女のせいだ。

 これはお互い様ということで良いだろう。


「何がお互い様だ! お前のせいで散々だ、この野郎っ!」


 ビートの拳がぐりぐりと俺の頭を小突く。やめろし。

 マルカートの尻に気を取られて、蹴りが直撃したのは自分だろうがっ!

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを尻目に、カノンは相変わらず爽やかに笑う。


「誤解が解けて何よりだ。アンセムの強さも、わかってもらえたみたいだしね」


「うぐっ……で、でも、あんな攻撃……あたしが幼馴染だからできた戦い方じゃない。魔物相手じゃそうはいかないわよ」


「そうだね。だから、僕たちがいるんだ」


 優しい目をしたカノン。マルカートがぐっと唇を引き結んだ。

 なんだなんだ、頬を染めて……マルカートまであの色男にほの字か?


 面白くない、と顔に書いてあったのだろうか。

 さっきまで俺に八つ当たりをしていたビートが、ガッと肩を掴んできた。


「おいおい、良いのか? 幼馴染くんよ。このままじゃ、あの嬢ちゃんもカノンに取られちまうぜ?」


「おいおい、冗談だろ? いくらマルカが村で一番可愛かったからって、カノンは世界規模のモテ男だぞ。わざわざあんな田舎くさい怪力娘を選ぶもんか」


 俺らの会話に、アリアが「最低ね」と冷たい視線を向けてくる。

 え、俺が悪いの? 今のはビートが発端だろうが。


 再びやいやい暴れ出す俺たちを、カノンが手を打って落ち着ける。

 こういうところはリーダーっぽいよな、コイツも。 


 やれやれ、と肩を落としながら「全く落ち着きのない」と呆れるカノン。

 俺のせいじゃない、とビートを指さすが、そこには鏡に映したような彼がいた。考えることは同じか。

 

「それで、アンセム。勝ったのは君なんだから、ちゃんと彼女との問題にケリをつけないと」


「ケリって……ケリはもう付いただろ。俺たちが勝ったんだから、お前はもう村に帰れよ」


 冷たいだの薄情だの、と外野がヤジを飛ばす。うるせえ奴らだ。

 一方、カノンはじっと黙ってマルカートを見ている。なんなんだ?


 珍しくしおらしいマルカートが、両手の指先をくっつけたり離したり……。

 だからなんだよ、いじいじして。


 イライラが募り、足でタンタンと地面を叩く。

 ついに俺が「マルカっ……!」と催促するようにその名を呼んだ時だった。


「あたしは、アンセムと一緒にいたいのっ!」


 突然マルカートの大声が炸裂した。

 ビリビリと震える鼓膜。遠くで鳥が一羽逃げ出した。


 思わず「は?」と聞き返すと、頬を赤らめたマルカートがぐっと身を乗り出す。


「だ、だって……だって、アンセムってば相変わらず弱っちいじゃない? あたしが傍にいてあげなきゃって言うか、守ってあげなきゃって言うか……!」


 突然早口で捲し立てるマルカート。

 手で額を覆ったカノンが、天を仰ぎ「ダメだこりゃ」と独り言を口にした。


「お前、さっき負けたの忘れたのかよ」


「あんなのズルだもん! あたし以外には通用しないじゃない!」


 確かにその通りだが、それに関してはカノンが答えを出している。

 マルカートがいなくても、カノンたちがいる。問題は何もない。


 しかし、マルカートは譲らない。

 地面を踏み抜く勢いで一歩前に出てきた彼女は、本当にさっきまで泣いていたのだろうか。


 爛々と輝くオレンジの瞳は、今にも発火しそうだ。


「勇者が魔王を倒すには、伝道師の継承する伝説が必要なんでしょ? でも、アイツらはアンタに張り付いてるわけにもいかない。だって、選ばれた戦士たちだもの」


 それはそう。彼らが勇者一行に選ばれたのは、きっと俺と同じ。

 カノンもアリアもビートも、みんなが『選ばれるべくして選ばれた』メンバーだ。

 

 唯一、その枠に当てはまらないのはマルカートだけ。


「だから、あたしが傍にいる。他の三人が前線に立っても、あたしはアンセムの隣にいてあげられる」


「いや、いいよ別に……てか嫌だ」


「カノンは良いって言った! 勇者が言ったのよ! 伝道師が嫌って言えるわけ!?」

 

 おいこら勇者。じろっとカノンを睨みつければ、彼はにっこりと笑う。

 そこはせめて申し訳なさそうにしろよ、クソ。


 助けを求めるようにアリアとビートを見る。

 が、見なきゃよかった。彼らはとうに話に飽きている。


 飽きているだけならまだしも、荷物にある食料を確認していた。

 マルカートの分が足りるかとか、そんな話はしなくていい。おいやめろ。


「なんでお前らはそんなに受け入れ態勢バッチリなんだよっ……!」


 わなわな震える俺に、彼らは顔を見合わせ……異口同音に言った。


「だって、マルカ強いじゃん」


 ぐうの音も出ないほどの正論だった。

 がっくり肩を落とす俺の腕に、マルカートの柔らかい腕が絡まる。


 少し下の位置にある彼女の顔を見下ろせば、勝ち誇ったように唇が弧を描く。


「それじゃあ、これからよろしくね。アンセム」


 語尾に音符がつきそうなほどご機嫌なマルカート。

 楽観的な仲間たちと、明日からの心労に俺は大きなため息を吐いた。


「さあ、アンセム。次はどこに行けば良いんだい?」


 空の青を映したように爽やかなカノンの声。

 俺は地図を眺めながら、記憶の中にある伝承を思い出す。


「この先にある『風笛の洞窟』に、千年前の魔女が残した迷宮が隠されている筈。その中に、魔王城の宝物庫から持ち出した伝説の鎧があるらしい」


「よし、その鎧を取りに行こう。迷宮の攻略は、任せたよ」


 カノンは俺の背を叩き、片目を瞑る。

 嫌味なくらい様になるその姿に、俺は「そっちこそ、魔物退治は任せたぞ」と返す。


 カノンは「もちろん」と力瘤を作った。


「大丈夫よ、アンセム。たとえ勇者一行が全滅しても、アンタにはあたしがいるからね!」


 ぎゅっと腕を絡めてくるマルカート。

 慎ましやかな胸が無遠慮に当たっているが、そんなことよりも……


「勇者が全滅したら、世界が滅ぶじゃねぇか」


 こんなチグハグな一行で、果たして魔王は倒せるのだろうか。

 

 はあ、と大きなため息を吐きつつも、なんだかんだで楽しんでいる自分もいた。

 


 ————さあ、世界を救いに行こうか。

 

 





 

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