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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第3章「勇敢たる引きこもり」
6/8

—1—

 ラジコンカーを走らせて、無邪気に声を弾ませている私。

そんな私に、軽蔑と怒気を含んだ眼差しを向ける駿河。

彼は先ほどまで怒鳴り散らしていたが、私が一向に迷惑行為を止めないものだから、とうとう呆れ果てたようだった。

やがて彼は観念したように膝をつき、頭を地面に擦りつけた。

いくら怒鳴っても無駄だと悟り、無意味な体力を消耗するよりはと、屈辱に耐えての降伏だった。自尊心が削られていくのを、彼自身が肌で感じていた。

舞台は、年季の入ったボロアパートの六畳間である。

「ガラクタさんよ。頼むから、俺に付きまとうのはやめてくれ」

内心の軽蔑を押し殺し、駿河は敢えて下手に出た。

私は神である。ゆえに読心術など造作もない——だが、頭のネジが一本抜けているため、疑うという発想そのものを忘れていた。

「そんな寂しいことを言わないでおくれよ~。もう迷惑はかけないからさ~」

ガシャンッ!爆音とともに、本棚が倒れ込んだ。

ラジコンカーが全速力で激突したのだ。散乱する書籍、舞い上がる埃。

「お願い致します。もう許しておくれよ」

駿河の頭の中では、罵詈雑言が怒涛のように渦巻いていた。

――うざい。きもい。消えろ。気色悪い。吐き気がする。見るな。触るな。どっか行け。疫病神め。

今思えば、こればかりは仕方がなかった。

なにせ、出会ってからこの方、私は彼に迷惑しかかけていないのだから。


落書きを消したその夜、駿河はようやくパトロールを終えて仮眠に入ろうとしていた。

だが、神には睡眠という概念が存在しない。

私は終始くだらない話をペラペラと喋り続け、彼の安眠を完璧に妨げていた。

翌朝、次直の職員に引き継ぎを行っている最中も、湯川のときと同じく悪戯の奇襲をかけた。必死に笑いをこらえきれなかった駿河は、案の定、上司から大目玉を食らう羽目になる。


昼過ぎ、アパートに戻ってからも状況は変わらなかった。

私は勝手に玩具を生成しては、ピコピコ、ブーブーと無駄に鳴らし続け、彼の安息の時間を根こそぎ奪い去っていた。

寝不足とストレスが頂点に達した駿河は、ついに音を上げた。

「どうしたら、付きまとうのをやめてくれる?」

「わからないよ~。あっ、ちょっと待って。なにか降りてくる」

「……は?」

その瞬間、私はようやく“目的の一つ”を思い出した。

「会ってもらいたい人がいる」

私がそう告げると、駿河は露骨に嫌そうな顔をした。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 道すがら、駿河はこれから会う人物について訊ねた。

この時の私が思い出せた範囲はごく限られていたが、ひとつだけ確かなことがあった。——その人物は“不真面目病”の患者であるということだ。

それがどういう意図を持つ出会いなのか、私自身にもわからなかった。だが、“同士”と呼べる相手をずっと求めていた駿河にとって、それは決して悪い話ではなかった。

「しかも~、そいつはとっても勇敢なのだよ」

「勇敢? なにがどう勇敢なんだ?」

「知らな~い」

「……お前、本当にふざけてんな」

そんなやり取りを交わしながら、目的地へとたどり着いた。

そこは二階建ての洋風住宅であった。

淡いグレーと白を基調とした外壁は、昼下がりの陽光を受けてやわらかく輝いている。玄関先には整然と植木鉢が並び、花壇には小さなマリーゴールドが風に揺れていた。

アプローチのタイルはよく磨かれており、日差しを反射してわずかに眩しい。

庭の芝はきっちりと刈り揃えられ、物干し竿には洗い立ての白いシャツがはためいている。

どこを見ても無駄がなく、几帳面な住人の性格が透けて見えるようだった。その完璧な整いぶりが、かえって駿河には落ち着かなかった。

門柱に埋め込まれた銀色の表札には、整った書体で「甲斐」と刻まれている。

昼間の陽光に照らされて、その文字だけが不自然に冷たく光っていた。

駿河はどう接触すべきか、私に指示を求めた。

だが、いつものごとく要領を得ない返答しか返らない。

仕方なく彼は正攻法を選び、玄関のインターホンを押した。

ピンポーン。

無機質な女の声がスピーカー越しに響く。

この時点で、駿河はこの家に“不真面目病”の患者がいることだけは知らされていた。

だが、誰がそうなのかまでは伝えられていない。

——だからこそ、駿河は軽率にもこう名乗ってしまったのだ。

自分が“不真面目病”の患者であること、そして「友人になりたい」と。

同士との初対面を前に、駿河は緊張の面持ちを見せていた。しかし、その淡い期待は一瞬にして打ち砕かれる。

玄関の扉が開き、姿を現したのは中年の女だった。

柔和な母親像を想像していた駿河の前で、その女は無言のまま塩を掴み——次の瞬間、勢いよく彼に向かって撒き散らした。

「え……?」

呆然と立ち尽くす駿河に、女は容赦なく罵声を浴びせ、

最後に「不真面目病めっ!」と吐き捨てるように言い放つと、玄関扉を乱暴に閉めた。

「どういうことだこれは!」

怒りを滲ませる駿河。だが、私には反省という機能が欠落している。

勝手な思い込みと軽率な行動を詰られ、彼の怒りは頂点に達した。

ここでようやく、対象の“不真面目病”患者が——この家の息子であることが判明する。

駿河は、どうやって息子と接触すべきか思案に入った。

その時だった。頭上に冷たい水が降り注ぐ。

見上げると、ベランダから先ほどの女がバケツを掲げている。

あまりの執念深さに、私は思わず感心した。——まさに、生真面目の権化である。

全身びしょ濡れになった駿河は、地面に膝をつき、頭を下げた。

「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません!」

その必死の謝罪に、女は返事の代わりにもう一度バケツの水を浴びせた。

駿河は歯を食いしばり、耐え抜いた。

女がようやく姿を消すまで、彼は土下座の姿勢を崩さなかった。

そして、ほとぼりが冷めた頃——ようやく私への非難が始まる。

「どうしてくれるんだ!生病だぞ、しかも過激派だ!最悪の事態だ!」

この“生病”とは、生真面目病の略称である。駿河の造語だ。

不真面目病とは対をなす概念で、極端に真面目で融通の効かない人々を指す。

さらに“過激派”とは、悪の権化とされる不真面目病患者を攻撃対象とする狂信者たち。駿河にとっては、日頃から最も関わりたくない存在であった。

「どこにいるんだ。その息子は!」

「この家の二階さ~」

「くっそ、そういう肝心なことは早く言えよ。どうすれば会える?電話番号とか知らんのか? ……なんだ、そのむかつく顔は!知らないなら知らないって言えよ!やめろ、その変顔!」

人をおちょくる時の顔――白目を剥き、口を前に突き出す――を前に、駿河は苛立ちを募らせながらも、半べそをかいていた。

それでも彼は「なんとしても同士と会ってやる」と意固地になり、打開策を必死に模索していた。

二階ならどこかからよじ登って直接侵入するか?いや、リスクが高すぎる。もしあのババァに見つかったら、間違いなく全平教に通報される。

それだけは避けねば――変顔やめろ!

かといって、あのババァを説得できるとは到底思えない。せめて連絡先さえわかれば直接交渉できるが、役立たずのガラクタが知っているはずも――だから変顔やめろって!

「そんな考え込まんでも~さっきの人に~どっか行ってもらえばいいんじゃねぇ~?」

「……は?どういうこと?」

「まっかせなさい!」

素っ頓狂な申し出に首を傾げる駿河。私は説明を省き、再びインターホンを押した。

その躊躇のなさに駿河は慌てて物陰へと隠れ、顔だけを出して成り行きを見守る。

私は変顔を維持したまま、女が現れるのを平然と待った。

一方で駿河は、これから起こる惨劇を予感してブルブルと震えている。

ガチャリ――。

荒々しく扉が開き、憤怒で顔を歪めた中年女がガスバーナー片手に現れた。

取手に手をかけ、着火しようとしたその刹那――彼女の姿が忽然と消えた。

「……え?」

驚愕の表情を浮かべる駿河。

「お、おい、あのババァどうしたんだよ!」

「遠くへ飛ばしたのさ~」

「飛ばした?どこに?」

「さぁ、それは私にもわからない」

「はぁ!?どういうことだよ!」

ちなみに私の能力は本調子ではない。

“飛ばす”ことはできても、“帰す”ことはできない。しかも飛ばされる先はランダムで、私自身も所在を把握していない。

さらに厄介なことに、飛ばされる相手に利益が生じる場合――この能力は発動しない。

たとえば暴力を受けている仲間を逃がしたいなど、善意の利用には使えないのだ。

中途半端な能力だと思うだろうが、これも仕方のないことだ。

なにせ私は、あろうことか【ガラクタ】などという不名誉な名を与えられた存在なのだから。


お読みいただきありがとうございます。

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