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駿河光太郎は、比較的大人しい性格だった。友達もおらず、休み時間は教室の片隅で本を読んでばかりいた。
そんな彼を、半ば強引にドッジボールへ引き入れたのが河村圭佑だった。
理由は単純だ。
「奇数で割れているから」それだけだった。
河村は駿河とは対照的で、活発でクラスの中心にいるような人物だった。
強引な誘いを断り切れず、仕方なく参加した駿河だったが、その日を境に、たびたびドッジボールへ誘われるようになった。
最初の頃はうまく立ち回れず、外野ばかりに回されていた。だが、少しずつ上達してくると、内野に残る時間が増え、やがて相手にボールを当てることもできるようになった。
そうなると、嫌々参加していたはずのドッジボールが、次第に面白いと思えるようになった。やがて駿河は、自分から進んで参加するようになる。
ドッジボールに加わるようになってから、駿河の学校生活は大きく変わった。
それまで休み時間は、誰とも話すことなく本を読むだけだった。だが、いつの間にか声をかけられることが増えた。テレビの話。流行りのユーチューバーの話。先生の愚痴。
周囲と少しずつ馴染み、冗談を交わし合うことも増えていった。
学校が、前よりもずっと楽しく感じられるようになった。
なにより――笑うことが増えた。
ドッジボールにほぼ常連のように参加していると、河村から放課後の遊びにも誘われるようになった。
河村はクラスでも一位、二位を争うほどの人気者で、彼の周りはいつも賑やかだった。そんな彼から遊びに誘われることは、駿河にとって少し誇らしいことだった。
放課後、河村を中心に流行っていたのは野球だった。近所のグラウンドに集まり、草野球をしていたのだ。
駿河はグローブを持っていなかったが、兄のお古を二つ持っている者から借りて使っていた。
二週間ほど経った頃、駿河は父親に頼み込み、ついに自分のグローブを買ってもらった。得意げにそれを持っていくと、河村が冗談めかして言った。
「新品いいな。俺のと交換しようか」
駿河はどこか誇らしげに、「やだよ」と答えるのだった。
しかし、良いことばかりではなかった。
遊んでいる時間が楽しければ楽しいほど、そうでない時間との落差が生まれる。駿河は以前よりも、かえって物寂しさを感じるようになっていた。
放課後の遊びに参加するようになったとはいえ、それは人数を要する野球のときだけだった。野球は多くても週に三日ほど。それ以外の遊びに誘われることはなかった。
別に嫌われていたわけではない。ただ、野球をする面子は大きく四つのグループに分かれており、野球以外の遊びは、それぞれのグループごとに行われていた。どのグループにも属していない駿河は、結果として宙ぶらりんの立場になってしまっていたのだ。
野球のない日、家でグローブがふと視界に入ると、なんとも言えない物寂しさが込み上げてくるのだった。
駿河が野球に参加するようになって二ヶ月ほど経った頃、転機が訪れた。
この時期、全国の小学生男児を夢中にさせたゲーム――初代モンクエが発売されたのだ。
もちろん駿河のクラスも例外ではなく、特に男児の間で爆発的に流行した。話題はどこでもモンクエ一色だった。レベルはいくつになったのか、新しいダンジョンの攻略法、ボスの倒し方――。ほとんどの男児がモンクエに夢中になっていた。
しかもこのゲームは複数人プレーが可能だった。
そのため放課後の遊びは、誰かの家に集まってモンクエをする、という形が主流になっていった。
それに伴い、野球に集まる人数は日に日に減っていった。
モンクエ発売から一ヶ月ほど経つ頃には、グラウンドに集まる人数は一桁にまで減っていた。
それでも河村は、変わらず声を掛け続けていた。
はっきり断ればいいものを、「行けたら行く」という定番の社交辞令を返されるものだから、まだ幼かった河村は、つい淡い期待を抱いてしまうのだった。
一人、また一人と来なくなり――
ついにその日、グラウンドに集まったのは四人だけだった。
(のちに駿河が知ることになるが、その四人には共通点があった。全員がモンクエを持っていなかったのだ。)
四人では野球にならないということで、その日は缶蹴りをすることになった。
駿河にとっては、野球やドッジボール以外で遊ぶこと自体が久しぶりだったため、とても新鮮な気持ちだった。
そして河村は、この日を境に、モンクエに夢中の連中を野球へ誘うことをぱったりとやめた。
その代わり、それまで野球以外では誘われることのなかった駿河が、ほぼ毎日のように遊びに誘われるようになった。これは駿河個人にとっては喜ばしいことだった。
遊びの内容は日によって変わった。
缶蹴りだったり、川遊びだったり、サッカーだったり、近所を探検してみたり。
一度嵌ると二、三日続けて同じ遊びをすることもあったが、飽きればまた別の遊びを考える。
そんな繰り返しで、とにかく退屈しない日々だった。
そんなある日のこと。
外は雨が降っていた。
ひょんな成り行きから駿河の家で遊ぶことになり、河村たちを家に招いていた。
バカ話をしたり、トランプをしたり、漫画を読んだりして時間を過ごしていると、不意に河村が言った。
「なぁ〜、何かゲームない?」
駿河は深く考えず、テレビ下の棚を指差した。
河村が棚に手を掛けた瞬間、駿河はあることに思い至る。
「あっ」
しかし、時すでに遅かった。
ゲーム機に差しっぱなしにしていたモンクエのカセットが、すでに河村の手の中にあった。
それは、駿河がねだったわけでもないのに、父が「今流行っているらしいな」と余計な気を利かせて買ってきたものだった。
父としては、友達の影すらなかった息子が、最近よく遊びに出掛けるようになったと母から聞き、仲間外れにされないようにとの善意で買ってきたのだ。
ちなみに駿河は、最初こそ「余計なことをしやがって」と思っていたが、実際に遊んでみるとやはり面白く、休日には一日中モンクエをしてしまうほどだった。
もちろん「持っていない」と嘘をついていたわけではない。
ただ、モンクエを持っていない河村たちの前では、話題が出ても知らないふりをしていたのだ。
駿河に緊張が走る。
モンクエを持っていない仲間だと思っていた友人が、実は自分だけ隠し持っていた。
決して気持ちの良いものではないだろう。
しかし、河村の反応は予想外だった。
「おっ、モンクエ持ってるんだ。やってみたかったんだよな。これやらしてよ」
むしろ、嬉しそうにすら見えた。
結局、その日を境に河村たちもモンクエに嵌った。
それ以降、晴れの日は外で遊び、雨の日はモンクエをするというのが自然な流れになった。
ただし、晴れの日に外で遊ぶことには、どこかこだわりがあった。
彼らのグループができたきっかけが「外遊び」だったからだ。
それは、彼らにとって一種のアイデンティティのようなものだった。
内心ではモンクエをやりたい気分の日でも、晴れていれば外で遊ぶ――それが暗黙の了解になっていた。
余談だが、モンクエを持っていなかった三人――河村を含め――は、それぞれ誕生日プレゼントとして、結果的にモンクエを買ってもらうことになるのだった。




