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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第9章「狐狸会議」
36/42

—3—

【狐狸会議】

むかしむかし、山あいの小さな集落に、狐と狸が仲良く暮らしていました。

けれども、その集落にはひとつ、大きな悩みがありました。

それは、いたずら好きの猿が、田んぼや畑を荒らしてしまうことです。

せっかく育てた作物を踏み荒らされ、かじられ、狐も狸も、毎日ため息ばかりついていました。

「このままではいけない」

そう言って、狐と狸は集まり、どうするべきか話し合いを始めました。

すると――

狐たちは言いました。

「猿が来る前に、こちらから奇襲をかけて追い払うべきだ!」

一方、狸たちは言いました。

「いいや、集落のまわりに囲いを作って、猿が入れないようにすればよい!」

どちらも、自分たちの考えがいちばん正しいと思っていました。

互いに一歩も引かず、話し合いはまとまりません。

とうとう狐と狸は、別々に作戦を実行することにしました。


狐たちは猿に奇襲をしかけました。

けれど、猿はすばしこく、力も強く、なかなかうまくいきません。

狸たちは囲いを作りました。

けれど、作っているそばから猿に壊され、囲いは完成しません。

どちらの作戦も、うまくいかなかったのです。


困り果てた狐と狸は、山の奥に住む神さまに助言を求めました。

神さまは静かに言いました。

「互いの主張を尊重し、話し合うことが先決だ」

狐と狸は顔を見合わせました。

そして、もう一度話し合いを始めました。

今度は、自分の意見を押し通すのではなく、相手の考えを聞きながら、どうすればよいかを一緒に考えました。

やがて、ひとつの作戦がまとまりました。


翌朝――

猿がぐっすり眠っているあいだに、狐と狸は力を合わせて、猿のまわりに囲いを作りました。

すばしこい狐が見張りをし、器用な狸が囲いをしっかり組み上げます。

目を覚ました猿は、囲いの中から出ることができません。

こうして、いたずらは止まり、狐と狸の集落には、ふたたび平和が戻りました。


それからというもの、狐と狸は何か問題が起きるたびに、まずは「話し合い」をするようになったそうです。


おしまい。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


和奏は読み終えると、小さく息を吐き、天井を見上げた。

絵本を読んでいるあいだ、おばさんは一度席を外し、駿河は退屈しのぎに部屋のあちこちを眺め回り、甲斐は都合よく訪れた睡魔に身を委ね、畳の上でぐっすりと眠っていた。

静かな居間に、扇風機の回る音だけが響いている。

和奏は膝の上の絵本を、そっと撫でた。

その表情には、どこか感慨が滲んでいる。

「……なかなか興味深いお話でした」

ぽつりと呟く。

「なんだか、逆をいく今の世の中にこそ、大切なことが詰められている気がします。まぁ……こんなこと、論文には書けませんけど」

自嘲気味に肩をすくめる。

「そんな話だっけ?」

駿河は首を傾げた。どうやら、彼にはそこまでの示唆は読み取れなかったらしい。


ちょうどそのとき、おばさんが戻ってきた。

「読み終わったかい?」

「あ、はい。ありがとうございました」

和奏は立ち上がり、深々と頭を下げる。

その横で、甲斐は相変わらず規則正しい寝息を立てている。まるで平和の象徴のようだ。

和奏は絵本の裏表紙をめくり、作者名に目を止めた。

「この“田口あかり”さんって方が原作者なんですか?」

指先で名前を示しながら尋ねる。

おばさんは少し考えるように顎に手を当てた。

「さぁねぇ。ただ、原作者っていうのは違うんじゃないかしら。あれは伝承話だしね。だから、本当の意味での原作者は不明なんじゃないかねぇ」

「伝承……」

「確か、栄丸神社の壁画にもこの話が描かれていたはずよ。だから、かなり昔からある話なんだと思うわ」

「なるほど、なるほど……」

和奏はいつの間にか手にしていたメモ帳を開き、さらさらと書き込みながら何度も頷いた。

いくつか質問を重ねてみたものの、おばさんは詳しい由来までは知らないらしい。

結局、有力な情報は得られなかった。

だが、和奏の目はどこか楽しげだった。

答えよりも、問いそのものに価値を見出しているように。

畳の上では、甲斐が寝返りを打つ。

平和な午後の空気が、ゆるやかに流れていた。


「圭佑は……相変わらずですか?」

これ以上、狐狸会議の話で進展はなさそうだと判断し、駿河は話題を変えた。

その瞬間だった。

おばさんの表情が、ふっと曇る。

ほんのわずかな沈黙のあと、静かに口を開いた。

「そうよ。……しかもね、全平教に入信してしまったの」

その言葉は、畳の上に重く落ちた。

「旦那はね、ただ会話が成り立たないくらいよ。でも、あの子は……」

声が揺れる。

「一歩間違えると、ものすごい形相で睨みつけてくるの。まるで敵を見るみたいに。恐ろしくて、恐ろしくて……」

両手を膝の上で握りしめる。

愛情いっぱいに育てたはずの我が子に、憎しみにも似た視線を向けられる。

それが、どれほどの痛みか。

説明はいらなかった。

その顔に刻まれた皺のひとつひとつが、積み重ねてきた年月と、積み重ねられた絶望を物語っている。

居間の空気が、少しだけ重くなる。

扇風機の羽音だけが、場違いに規則正しく回り続けていた。


しばらく他愛のない話を続けたのち、やがて「そろそろ」と腰を上げる流れになった。

「ごめんね。大したおもてなしもできなくて」

申し訳なさそうに笑う。

だが駿河たちは、それが出し惜しみではないことを知っていた。

娯楽が否定される社会では、当然“お菓子”もまた、無用な贅沢として排除される。

家に菓子類がないのは、倹約ではなく、この世界の当然なのだ。

「いえ、十分です。本当にありがとうございました」

和奏が頭を下げ、駿河も軽く会釈をする。

玄関先で、甲斐はまだ半分寝ぼけた顔をしていた。

河村家をあとにし、三人は再び歩き出す。

目指すは――栄丸神社跡地。

夏の空気は重く、どこか湿っていた。

けれど駿河の胸の内には、さきほどの母の言葉が、鉛のように沈んでいた。


お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、評価して下さるとありがたいです。

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