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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第8章「全平教襲来」
33/43

—3—

「こうちゃん。凄いわ。惚れちゃいそう」

大島の賛辞を皮切りに、店内は一気に喝采へと変わった。

夏川と清水が、これでもかというほど大袈裟に手を叩きながら叫ぶ。

「よっ、男前!」

「やるじゃないですか!」

園島は胸を撫で下ろしながら「いや〜助かったよ。一時はどうなることやらと……」と、心底安堵した様子で笑う。

和奏は少し離れたところで、胸元に両手を揃え、小さく拍手していた。派手ではないが、確かな称賛だった。

私と甲斐はというと、いつも通りである。意味もなく踊り、意味もなく騒ぎ、勝利の祝祭を全力で浪費していた。

激昂から一転。

急激に照れくさくなった駿河は、ぽりぽりと頭を掻きながら、元の席へ戻る。

「いや〜、ムカついちゃって、つい……」

声のトーンはすでにいつもの駿河に戻っている。

「それにしても爽快だったな。見ました? 奴の間抜けな表情。粗相までしちゃってさ。傑作、傑作。てか、あれは誰が掃除するんだ?」

まるで自分の武勇伝のように嬉々として語る甲斐。

場の空気は完全に緩んでいた。

「わたしが掃除しますよ」

すっと立ち上がったのは和奏だった。

甲斐は軽く片手を上げる。

「うん、よろしく」

……あまりにもあっさり。

その軽さに呆れつつも、和奏は何も言わず、水溜まりへと歩み寄る。卓上にあった大量のナプキンを無造作に掴み、そのまま放り投げるように汚れの上へ落とした。

じわり、と染み込んでいく。

その姿を見かけて、慌てて駆け寄ったのは園島だった。

「いいよ、いいよ。和奏ちゃん。こっちでやるからさ」

「いいんです。嫌いじゃないんで、掃除……」

酔いで赤く染まった頬。

だが、その表情はどこか寂しげだった。笑っているようで、どこか遠い。

不憫に思った――というわけでもない。たまたま目に入ったから、というだけだ。

私は二人に近づき、手をひらりと振る。

次の瞬間。

床の水溜まりも、砕けたガラス片も、吸い込まれるように消えた。まるで最初から何もなかったかのように。

二人は、ぽかんと口を開けたまま固まる。

目が、点になっている。

「ねぇ〜惚れた? ねぇ〜惚れた?」

せっかくの善行を自ら台無しにしながら、私は和奏に詰め寄った。

和奏は一瞬きょとんとしたあと、はっとしたように迷惑そうな表情へ切り替える。そして、気を取り直すように悪態をついた。

「……ガラクタさんの方が、よっぽど汚物に近いです」

これ以上ない暴言である。

だが私はまるで堪えない。むしろ楽しそうに、さらに距離を詰める。

「ひっ、ちょ、近寄らないで下さい!」

和奏は両手を大きく振って、必死に近づけまいとする。その姿は抵抗というより、もはや小動物の威嚇に近い。

傍から見れば、じゃれ合いにも見えるだろう。

その様子を苦笑混じりに見守っていた園島が、ふと表情を変えた。

笑みが消える。

視線が、ゆっくりと私に向く。

「……もしかして……栄丸神社に祀られている神様じゃないのか?」

空気が、わずかに変わった。

「ちょ、マジで近寄らないで下さい」

和奏は私から距離を取ろうとしつつ、手にしていた麦酒瓶を投げつける勢いで構え――だが、園島の言葉に反応してぴたりと止まる。

「え? なんの話です?」

園島は、まじまじと私を見つめた。

値踏みするように、確かめるように。

「やはり……そうだ」

小さく呟き、今度は和奏へ向き直る。

「彼の正体についての話だ。前々から、どこかで見た覚えがあったんだよな……」

「そ、それってどういうことですか? 正体? 栄丸神社? 以前にも遭ったことがあるってことですか?」

和奏の声が一気に上ずる。

そして、勢いのまま私を指差した。

「こんなヘンテコで、気色悪い神が実在するって言うんですか? そんな……。こんな気色悪いのが神なんて信じられません。神って創造ですよね? なんでこんな気色悪い物体にしたんですか?」

容赦がない。

加減という概念が、彼女には存在しないらしい。

「まぁまぁ、和奏ちゃん、落ち着いて……」

園島が宥める。

しかし和奏はまだ興奮気味だ。目は爛々とし、呼吸も荒い。

一方、私はというと、傷つく素振りも見せず、むしろどこか誇らしげに胸を張っていた。

やがて園島は静かに踵を返し、厨房へ戻っていく。

その背中は、何かを思い出した者のそれだった。

店内の空気が、再びわずかに軋む。

――栄丸神社。

その名だけが、場に残った。



 「東京の外れ、栄丸町にある栄丸神社。そこに祀られているのが、塩椎しおつち神様だ」

和奏がカウンター席に戻ると、園島がそう切り出した。

「しおつち……? 聞いたことないですね。栄丸町ってどこです?」

小首を傾げる和奏。

その横で、思わず声を上げたのは駿河だった。

「栄丸町って……自分の地元です」

店内の空気が、わずかに動く。

栄丸町は、駿河の故郷だ。栄丸神社も、小学生の頃は遊び場にしていた馴染みの場所だった。

「でも、ガラクタと知り合ったのは池袋の神社なんですよね。なにか関係があるのかな?」

駿河が私へ一瞬視線を寄越す。珍しく、気遣うような目だった。

園島は腕を組み、うなずく。

「そりゃあ分からんが、なにかしらの縁はあるかもしれねぇな。……それにしても、駿河くんも栄丸町出身だったか」

懐かしむように目を細める。

「ガキの頃は、よく栄丸神社で缶蹴りしてなぁ。隠れてた場所に壁画があってよ。そこに描かれてる絵に、こいつがそっくりなんだ。隠れてる間、暇でよ。ずっと眺めてたから覚えてる」

園島の視線が、私へ向く。

だが駿河の返事は歯切れが悪かった。

「……そうなんですか。でも、あの神社って……」

ちらりと私を見てから、言葉を選ぶように続ける。

「……数年前に焼失したんです。たぶん、全平教の仕業でしょうけど。表向きは自然発火ってことになってますけどね」

園島の顔から、懐古の色が消えた。思い出の地が焼け落ちたと知り、言葉を失う。

重くなった空気を払うように、和奏が明るく口を開く。

「あ、そういえば。その塩椎神様って、なんの神様なんですか?」

しかし園島も、詳しい由来までは知らなかった。会話は一度、途切れる。

すかさず駿河が話題をずらす。

「それにしても、園島さんと同郷なんて。世界は狭いですね」

「そ、そうだな。あっ、あれってまだ残ってる? ほら、駅前の……」

地元談義に移ると、園島の声色は徐々に明るさを取り戻した。

話についていけなくなった和奏は、頬杖をつきながらジントニックのレモンをかき混ぜ棒で弄ぶ。

くるくる、と回る黄色。

そのとき。

「――狐狸会議」

その言葉が耳に入った瞬間、和奏の目の色が変わった。

「それ、興味あります」

身を乗り出して目を輝かせる。

園島は嬉しそうに頷いた。

「おっ、そうか。狐狸会議ってのはな、栄丸町に伝わる童話だ。確か……狐と狸が会議して、猿をとっちめた話だったかな」

「あー、懐かしいですね」

駿河が相槌を打つ。

「もっと詳しく知りたいです」

目を輝かせる和奏。

だが園島も駿河も、物語の詳細までは覚えていなかった。

「どうして、そんなに興味あるの?」

駿河が尋ねると和奏は、照れ隠しのようにまたレモンをくるくると回した。

「……論文のテーマにうってつけかと思って。ほら、わたし一応、歴史学部ですし」

「うーん。ただ、全国区の童話じゃねぇからなぁ。調べるにしても難しいぞ。……あっ、栄丸町の図書館なら文献があるかもしれねぇな」

「それはいい! 是非僕も行こう!」

突如、甲斐が割って入る。

無駄に腰を振りながら、全身で浮かれ気分を表現している。

和奏は思わず小声で漏らした。

「……甲斐さんはいらないんだけど」

「えっ。僕ってもしかして嫌われてる?」

露骨に拗ねる甲斐。

「嘘です嘘です! 行きましょう、みんなで。ははは。駿河さんも行きますよね?」

「いや、俺はいいんだけど……」

駿河は唐揚げを口に放り込み、正面を向いて我関せずを装う。

だが。

「お願いしますよ。人助けだと思って、ね?」

両手を合わせ、上目遣い。無意識なのか、計算なのか。

和奏は、やはり美人だった。

駿河は盛大にむせた。

「わ、わかった。わかりました」

顔を真っ赤にしながら、どうにか声を絞り出す。

「……僕はこの間、どういう表情をしていればいいんだ?」

甲斐の悲哀に満ちた疑問が続く。


こうして――

駿河と和奏、そして厚顔無恥の甲斐は、急遽、栄丸町へ小旅行する運びとなった。

お読みいただきありがとうございます。

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