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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第7章「退屈なゲームセンター」
29/29

—5—

 翌々日。

駿河は気後れした気持ちを胸に抱えたまま、居酒屋ゆうちゃんでちびちびと酒を啜っていた。

そのときだった。

店の外から、階段を踏み外しかねない勢いの足音が響き、直後に引き戸が乱暴に開け放たれた。

場の空気を文字通りぶち破るように、ドタバタと騒がしい音を立てて、甲斐が居酒屋ゆうちゃんに乗り込んできた。

「大変だ!大変だって!」

「……なんだ、騒がしいな。もう少し静かに入ってこれないのか」

「そうです、そうです。わたしは今、勉強で忙しいんです」

居酒屋で勉強している和奏の方がどうかしている気もするが、彼女も同調して不満を口にする。

しかし甲斐がそんな注意に耳を貸すはずもなく、勢いそのままに一方的に捲し立てた。

「聞いてくれよ!あの女の子がさ、なんと――生病を克服したんだ!」

「……は?」

「いや、これ本当なんだって!こんなこと、あるんだな。希望、持てるだろ?しかもさ、あの男……やっぱり父親だったらしいんだよ!」

甲斐は興奮したまま、言葉を畳み掛ける。

「奇跡だよ、奇跡!会いたいんだってさ。父親に!これはもう、是が非でも立ち会わないとだろ?なぁ?なぁ?」

指示代名詞だらけの説明に、和奏は完全に置いていかれていた。

何の話か分からず、ぽかんとした表情を浮かべる。

一方、駿河はすぐに察しがついた。

「あの男」とは後藤のこと。そして「あの女の子」とは、あの日、後藤を執拗に責め立てていた――あの小娘のことだ。

「……その子は?」

和奏が、甲斐の背後を指差して尋ねた。

その瞬間、甲斐はようやく何かを思い出したように振り返り、手招きをする。

「おっと、そうだったそうだった。ほら、入ってきなよ」

甲斐の勢いに気圧されていたのか、少女はまだ敷居を跨いでいなかった。

恐る恐る足を運び、店内に入ると、軽く会釈をする。

「……立花ひなたです」

「そうそう、この子。この子。えーっと……名前、なんだっけ」

「……今、名乗ってたよ」

「立花ひなたです」

「そうそう、ひなたちゃん!」

甲斐のせいで、なんとも間の抜けた紹介になった。

ひなたは、服装こそ相変わらず地味だった。色味を抑えた上着に、飾り気のないスカート。流行を意識した様子はなく、むしろ人目を避けるために選んだかのような無難さがある。

だが、後ろで束ねた髪の位置は、以前よりもわずかに高くなっていた。

きつく結び上げていた頃とは違い、力を抜いた結び方で、少しだけ後れ毛が残っている。その中途半端さが、彼女の迷いをそのまま映しているようだった。

うっすらと施された化粧も、よく見なければ気づかない程度のものだ。

目元は控えめに整えられ、唇には血色を添える程度。決して”着飾った”と言えるほどではないが、それでも――ゲームセンターで見かけた時とは、印象がまるで違っていた。

あのとき纏っていた、他人を切り捨てるためだけに研ぎ澄まされたような冷たさはない。

代わりにあるのは、年相応の若さと、居場所を探すような頼りなさだった。

ひなたは背筋を伸ばしてはいるが、肩にはわずかな力が入っている。視線は定まらず、誰かと目が合いそうになると、反射的に逸らしてしまう。膝元で指先が落ち着きなく動き、無意識にスカートの端を摘んでは、また離す。

――怯えている。

それは、はっきりと見て取れた。

自分がここにいていいのか、何を話していいのか、誰を信じていいのか。

答えを持たないまま、ただ場の空気に置いていかれまいと踏ん張っている。

あの時の、あの“全平教の小娘”の面影は、もうどこにもない。

目の前にいるのは、強さを演じることをやめてしまった、まだ大人になりきれない一人の少女だった。

「それでさー、それでさー。この子が……」

「甲斐さんは黙っててください」

喧しい甲斐をぴしゃりと制し、和奏は静かに立ち上がった。

そして、ふっと柔らかな笑みを浮かべると、明らかに怯えているひなたの方へ歩み寄る。

「何があったのか、よかったら教えてくれる?……わたしでよければ、聞くよ」

年下に寄り添う“優しいお姉さん”を演出しようとする和奏。その声音はやけに穏やかで、仕草もどこか丁寧すぎるほどだった。

もっとも――周囲は全員、その直前に彼女がひなたに近づこうとして躓いた失態を、あえて話題にしないでやっていた。

赤くなった頬と、わずかに強張った笑顔から、必死に取り繕おうとしているのは一目瞭然だったからだ。

ひなたは突然距離を詰められたことに戸惑いながらも、小さく息を吸い、辿々しく口を開いた。

「……正直に言うと、わたしにも、何が起きたのかよくわからないんです」

ひなたは、そう前置きしてから、胸の前で指を組んだ。

「わたしは、いつも通りゲームセンターにいて……職務を、全うしていました」

そこで、ふっと言葉が途切れる。視線が一度落ち、唇がわずかに震えた。

和奏は急かすことなく、柔らかな笑みを浮かべたまま、小さく頷く。

「うんうん」

まるで年下の話を根気よく聞く“優しいお姉さん”のような相槌だった。

その仕草に、ひなたの肩からほんの少し力が抜けた。警戒心が解けたのか、彼女は戸惑いながらも、続きを口にする。

「それが……気づいた時には、公園にいて……」

一瞬、言葉を探すように視線を彷徨わせる。

「……なぜか、すべり台を、すべっていたんです」

語尾は弱く、確信が持てないまま吐き出されたようだった。自分の体験であるはずなのに、どこか他人事のような響きがある。

その光景を思い出しているのか、ひなたの目は宙を泳ぎ、焦点を失っていく。

今この場にいるにもかかわらず、意識の一部は、まだ公園のすべり台の上に取り残されているかのようだった。

「どうしてそうなったのかは、まったく覚えていません。でも……すべり終わる頃には、今まで自分がしてきたことが、急に、すごく怖くなって……」

「……突然、公園に“飛ばされた”ってこと?」

和奏が首を傾げて問いかけると、答えたのは駿河だった。

「ガラクタがやったんだ」

彼女は以前、大島の一件で“神の力”を間近で目にしている。

だからこそ、この突拍子もない話も、驚くほどすんなり受け入れていた。

一方で、厨房の隅で黙々と下ごしらえをしていた園島は、ふと包丁を止めた。

そして、信じられないものでも見たかのような目で、ゆっくりとこちらを振り返る。

「……そんなことまで、できるのか」

その視線は、ごく自然に――私へと向けられていた。店内に、ほんの一瞬だけ、妙な沈黙が落ちる。

私は得意げに胸を張った。

「エッヘン」

すると、私の姿が視界に入ったひなたが、反射的に声を上げる。

「キャッ!」

尻もちをつき、両手をついて後ずさる。

「えっ……なに、この……化物……」

「おい! お前、出てくるな!」

すかさず駿河が怒鳴る。

「ややこしくなるだろ!」

だが、私は気にも留めず、陽気な声を上げながら店内をひらひらと飛び回った。

「……そうか!」

突然、甲斐が何かに気づいたように声を張り上げる。

「そういうことか!そういえば、大島さんも、あの日……急に豹変しなかったか?」

羨望の眼差しを、真っ直ぐ私に向ける。

「確かに……」

駿河も腕を組み、合点がいった様子で唸った。

「お前、本当は何か知ってるんじゃないのか?」

「知りませーん」

私はわざとらしく首を振る。

「私はなーんにも、知りませーん」

どうせ、この手のやり取りはいつも平行線だ。

それ以上の追及は、あっさりと打ち切られた。

深いため息をついた和奏が、場の空気を立て直すように一歩前に出る。

先ほどの失態を取り返そうとしているのが、ありありと伝わってきた。

「ところで……」

声を柔らかく整え、ひなたに向き直る。

「“お父さんに会いたい”っていうのは、どういうことなの?」

「えっと……」

ひなたは視線を落とし、少しだけ言葉に詰まった。

その様子を見て、甲斐がひなたの肩にぽんと手を置き、軽い調子で口を挟む。

「まぁまぁ。そのへんの話は、飲みながら――」

「……い、いや。わたし、未成年なので……」

「……えっ」

甲斐の動きが止まった。

「……それは、まずいね」

未成年の飲酒は重罪である。

未成年に酒を勧めた側も、例外なくアウトだ。即・牢屋行き。

さすがの甲斐も、そこまでの覚悟はなかったらしく、それ以上は強く出なかった。


”生病は、克服できるかもしれない”

その事実だけが、静かに、しかし確かに、全員の胸に灯をともしていた。

だが、肝心の克服方法については、未だ謎に包まれている。

どれだけ頭を捻っても、結論には辿り着きそうにない。

「……この話は、一旦保留だな」

誰ともなく、そんな空気が共有される。

今、優先すべきは――

ひなたの父親の行方を探すこと。

希望の光を胸の奥に秘めながら、彼らは“目の前の課題”へと意識を切り替えていった。

ひなたの父親を探すため、皆で様々な案を出し合った。

だが、肝心の住所が分からない以上、現実的な手段は限られている。結局のところ――

「やっぱり、ゲームセンターで待ち伏せするしかないよな」

という結論に落ち着いた。

その日は、誰がどの時間帯に顔を出すか、簡単な時間割を決めるところまで話し合われた。

「……ごめんなさい」

ひなたが、申し訳なさそうに頭を下げる。

「わたしの我儘に、みなさんまで付き合わせてしまって……」

「いいよ、そんなの気にしなくて」

和奏が、柔らかく笑って首を振った。

「どうせわたしたちも暇な時間はあるし。それに……年が近い子と知り合えたの、正直すごく嬉しいの」

そう言って、少し期待を含んだ眼差しを、ひなたに向ける。

この表情を見る限り、もしここで“友達になるのは嫌です”などと言われたら、和奏はしばらく立ち直れないだろう。

――なお、「みんな暇」という言い回しは、さりげなく失礼だ。


後藤は、かなりの高確率で【ゴールドゲーム】に姿を見せていた。

これまでの様子から考えても、そう遠くないうちに再会できるだろう。

駿河たちは、どこか楽観的にそう考えていた。

だが――

それから一週間が過ぎても。

なぜか、後藤が【ゴールドゲーム】に姿を現すことはなかった。

まるで、忽然と消えてしまったかのように。


お読みいただきありがとうございます。

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