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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第7章「退屈なゲームセンター」
28/29

—4—

 後藤俊は、かつて自動車整備士だった。

男ばかりの職場で働く中、数少ない女性事務員と恋仲になり、十数年に及ぶ長い交際期間を経て結婚した。やがて一人娘を授かる。

周囲からは「バカ親」と冷やかされるほど、後藤は娘を溺愛していた。

毎週末、近所の公園へ娘を連れて行くのが、後藤の役目だった。

最初は園内をゆっくりと散歩するだけだった。ヨチヨチと覚束ない足取りで歩く小さな背中を、決して目を離さず見守る。

やがて足元がしっかりしてくると、すべり台やブランコ、アスレチックといった遊具で遊ぶようになった。最初はおっかなびっくりで、必死に遊具にしがみついていた娘も、次第に慣れていく。

後藤がそばにいなければ不安そうだった表情は消え、動きは安定し、遊びの水準は驚くほど早く高まっていった。

「パパ〜!」

遊具の上から手を振る娘の、誇らしげな笑顔。その姿が、どれほど愛らしく見えたことか。

数年も通ううち、同じように毎週末公園に来ている男の子と仲良くなり、遊びは一人遊びから友だちとの戯れへと変わっていった。

その成長を、後藤は少しの寂しさと大きな喜びを胸に抱きながら見守っていた。

それが、彼にとって何よりの楽しみだった。


幼稚園に通うようになってからも、娘は相変わらず公園に行きたがった。

毎週末とはいかなくなったが、時間に余裕のある日は、車で少し離れた大きな公園へ連れて行くこともあった。

この頃には、体力もずいぶんついてきていた。

気づけば日が暮れるまで遊び尽くし、帰る頃にはいつもクタクタになっている。それでも娘は、疲れた様子ひとつ見せず、楽しそうに笑っていた。

特にお気に入りだったのは、蛸を模した大型のすべり台だった。

一日中、飽きもせず何度も何度も滑り続ける。

後藤はベンチに腰掛け、その様子を眺めながら、ただ穏やかな時間に身を委ねていた。

身体は疲れていた。

だが、娘の笑顔ひとつで、その疲れは簡単に吹き飛んだ。


小学校に上がってもなお、週末になれば決まって二人で公園へ出掛けていた。

近所の公園は普段から遊び慣れているせいか、娘は次第に、少し離れた大きな公園へ行きたがるようになった。

元気に走り回り、お気に入りの蛸のすべり台を何度も往復する娘。

後藤は、もう手を引くこともなく、ただ少し離れた場所から見守るだけになっていた。

それでも、何の不満もなかった。

つい先日、生まれたばかりだと思っていた娘が、もう小学生だ。

この先、思春期を迎えれば、きっと距離を置かれるようになるのだろう。

「パパ臭い」なんて言われたり、中学生にもなれば、一緒に写真に写ることすら嫌がられるかもしれない。

年を重ねるごとに、少しずつ距離は離れていく。

口を利いてくれない時期が来ることも、きっとある。

それでもいい。

同じ屋根の下で暮らし、すぐそばで娘の成長を見守ることができれば。

元気で、健康に、生きてくれさえすれば――それだけで充分だった。


しかし、そんなささやかな願いは、生真面目病という“流行”が日本を席巻したことで、呆気なく奪われることとなった。

妻と娘は豹変した。

家の中で言葉を交わすことはなくなり、視線すら合わなくなった。

そして、後藤が”不真面目病”と診断された翌日――

置き手紙と離婚届だけを残し、妻と娘は無慈悲にも彼のもとを去っていった。

不真面目病と診断された後藤に対する世間の風当たりは、想像を絶するほど冷たかった。

職場は一方的に解雇され、実家からも絶縁された。

行き場を失い、心は日に日に荒んでいく。

空腹を感じることが、次第になくなった。

体調も優れず、咳は止まらない。

味のしない食事を無理に口にすると、吐いてしまうこともあった。

時折、血が混じることさえあったが、それでも彼は、義務のように食べるだけだった。


ただ、娘に会いたかった。

話をしてもらえなくてもいい。

見向きもされなくて構わない。

ただ一目、あの子の成長を見守りたかった。

――それだけだった。


そんな絶望の最中、娘との再会を果たせたことは、まさに奇跡と呼ぶほかなかった。

その日、後藤は日雇いの仕事帰りに体調を崩し、休息を求めてゲームセンター【ゴールドゲーム】に立ち寄った。

しばらく椅子に座っていると、呼吸は落ち着き、眩暈も治まってきた。

せっかく入ったのだからと、少しだけ遊ぶことにした。

視界に入ったのは、かつて娘が好きだった音楽ゲームだった。

深い理由はなかった。ただ、自然と手が伸びただけだ。

プレイを始めると、娘との思い出が次々と溢れてきた。

上手くできるはずもないのに、気がつけば夢中になっていた。

だからだろう。店員の忠告は、まるで耳に入らなかった。

気づいたときには、後藤は全平教に囲まれていた。

怒号と叱責の中で、彼は見た。

五、六人の全平教の、その後方――

怒りで顔を歪めた、娘の姿を。


”たった一度でいいから、娘に会いたい”

その願いは叶った。

だが人間とは欲深いもので、叶えられた翌日には、もう一度会いたいと願うようになった。

そして、藁にもすがる思いで、後藤は足繁く【ゴールドゲーム】に通うようになったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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