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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第7章「退屈なゲームセンター」
27/28

—3—

 それ以来、駿河と甲斐は、ゲームセンター【ゴールドゲーム】に定期的に通うようになった。

駿河の休日に合わせ、無職の甲斐が時間を空けて同行することが多い。

居酒屋ゆうちゃんの他のメンバーも誘ってはみたが、反応はまちまちだった。

夏川は休みがなかなか合わず、たまに予定が合えば顔を出す程度。自営業の園島と大島は時間の融通こそ利くものの、さほど興味がないらしく、気が向いた時に来るだけだった。

和奏に至っては、「そんな子供っぽいこと、しませんよ」と一蹴し、結局一度も足を運んでいない。

二階へ上がると、この日も――例の男がいた。


駿河たちは未だに、彼の素性を知らない。

だが、神である私には当然わかる。男の名は、後藤俊。

日雇いのアルバイトで生計を立て、その日その日を食いつなぐ生活を送っている。

後藤はゴールドゲームの常連らしく、ほぼ毎回のように姿を見かけた。

そして決まって、ゲームのプレイ時間を一時間以上超過し、全平教を呼び寄せる。

まるで、それが日課であるかのように。

その異様な光景に、最初こそ駿河たちは言葉を失っていた。

だが、人間とは慣れる生き物である。

いつしかその光景は、彼らにとって“見慣れた日常”の一部となっていた。


 三十分の休憩時間中、駿河は退屈そうにゲームを続けている後藤へと、ふと視線を向けた。

彼は相変わらず格闘ゲームをプレイしているようだったが、その姿には、どうにも拭えない違和感が付きまとっている。

相手の隙を突き、読み合いを制することが肝となる格闘ゲームでは、自然と操作は荒くなるものだ。

ボタンは忙しなく叩かれ、レバーも激しく動く。

だが、後藤の指先は違った。緩慢で、鈍く、まるでやる気を感じさせない動きしか見せない。

以前、彼のプレイ画面を盗み見たことがある。

画面では、一方のキャラクターが、ただ一方的に殴られ続けていた。

どちらがプレイヤーなのかは定かではなかったが、少なくとも後藤の手の動きからして、攻撃側であるとは考えにくい。

――つまり、彼は一方的にフルボッコにされているのだ。

果たして、それは楽しいのだろうか。駿河には、どうにも理解し難かった。


後藤がゲームを始めて一時間が経過すると、店員は相変わらず、律儀に忠告を始めた。

「お客様。ゲームを開始されてから一時間が経過いたしました。直ちに手を止め、三十分の休憩を取ってください」

――学ばないな。そう思わずにはいられない。

寸分違わぬやり取りを、毎回繰り返しているのだ。阿呆らしいとは思わないのだろうか。

一時間ゲームをしたら三十分休憩。

そのルール自体に納得しているわけではないが、毎回同じ忠告をしても従わないのであれば、出入り禁止にするなり、最初から全平教を常駐させるなり、対策はいくらでもあるはずだ。

それをせず、ただ同じやり取りを繰り返すだけ――

なんとも不毛な時間である。いい加減に見飽きた光景だった。

いつしか駿河も甲斐も、後藤の一挙一動を気に留めることはなくなり、目の前で繰り広げられる迫力満点のゲームに意識を戻していた。

苦戦を強いられながらも、波動脚――脚から放たれる青炎の弾が、見事に相手へ命中した、その瞬間。

背後で、複数人が階段を駆け上がる足音が響いた。

――どうやら、全平教が到着したようだ。

これで、店員の忠告に対して無視を決め込んでいた後藤も、途端に素直に指示に従う――今や、それが定番の流れであった。

しかし、この日はどういうわけか、いつもと様子が違っていた。

それに駿河が気づいたのは、微かな音が耳に届いたからだ。

――鼻をすする音。

思わず目を見開くのも無理はない。後藤は、大粒の涙を流しながら、謝意を述べていた。

「申し訳ない……申し訳ない……」

必死に頭を下げる後藤。

その前には、和奏と同じくらいか、あるいはそれよりも若いだろう娘が仁王立ちしていた。

髪は後頭部で一つにきっちりと結われ、無駄な遊びは一切ない。

後れ毛一つ許さないそのまとめ方は、几帳面さというより、他者を威圧するための“形”のようにも見えた。化粧気はほとんどなく、顔立ちはどこにでもいそうな若い女だが、目だけが異様だった。

感情を抑え込むでもなく、かといって激情に任せるでもない。冷えた光を宿したその視線で、ふた回りも年上の男を見下ろし、凄まじい剣幕で叱責を浴びせている。

「泣くほど嬉しいってことは、やっぱり変態だったんだな」

的外れにも程がある甲斐の見解はさておき、駿河は後藤の異様な反応が気になり、全平教とのやり取りを注視した。

「ゲームを一時間以上継続して行うことが、どれほど罪深い行為か、理解していますか?」

若い女の声は、鋭く、粘ついていた。

「こうしてあなたが無駄な時間を浪費している間にも、世界には飢えに苦しむ子供がいます。人類の野蛮な行いによって虐待される動物もいる。弱肉強食の名の下に、命が弄ばれ、平然と殺害行為が行われているのが現状です」

一息つくことなく、言葉は続く。

「それなのに、あなたは呑気にゲームをしている。……恥を知りなさい」

どうにも、今日現れた全平教は、一段とねちっこかった。

怒鳴り散らすわけではないが、理不尽な言い掛かりによる脱線が多く、何より――長い。

普段の全平教は、声量測定でもしているのかと思うほど大声ではあるものの、内容は淡々としており、相手が従えば比較的あっさりと説教を切り上げる。

それに比べて、この後ろ束ねで化粧気のない小娘は違った。

後藤に対し、執拗に、粘着質に、ねちねちと責め立て続けている。

後藤は終始、鼻を啜りながら、

ただひたすらに、謝罪の言葉を繰り返していた。

「申し訳ない……もうし……ゲホッ、ゲホッ」

後藤が激しく咳き込んだ。

それは、もはや咳と呼べる代物ではなかった。

後藤の身体は前へ前へと折れ込み、背中はくの字どころか、今にも自分自身を抱き潰してしまいそうなほど丸まっている。

喉の奥から絞り出される音は、空気を求めて溺れる人間のそれに近く、乾いた喘鳴が肺の底から這い上がってきた。咳をするたびに肩が跳ね、細い腕が震え、踏ん張るように床に突いた膝が小刻みに揺れている。

呼吸は乱れ、息を吸う暇もなく、吐くことしかできない。

まるで肺そのものが拒絶反応を起こし、身体の内側から裏切っているかのようだった。目尻から溢れた涙と鼻水が混ざり合い、顔を伝って顎先から滴り落ちる。

それでも後藤は、倒れることすら許されないかのように、必死にその場に留まっていた。

もしここで誰かが肩に触れれば――

その瞬間に、糸が切れた人形のように崩れ落ちてしまいそうだった。

その異変に、駿河は反射的に席を立っていた。

――それでも。

目の前の小娘は、眉一つ動かさない。

一切の気遣いも、配慮もなく、説教を続けている。

「さらに言えば、あなたがやっている格闘ゲームなど最悪です。人同士を戦わせて楽しむなど、趣味が悪い。しかも、それを金儲けの道具にするなんて、なんておぞましいことでしょう」

淡々と、しかし容赦なく言葉を重ねる。

「実際に儲けているのがゲーム会社だとしても、あなたがそれに加担しているのは事実です。あなたのような野蛮な人間がいるから、商品化が成り立つのです」

後藤の咳は、さらに激しさを増していた。

もはや説教の内容など、耳に届いているとは思えない。

「規制をしたところで、地下に潜るだけ。人類が潜在的に持つ嗜虐性を、根本から変えなければ意味がありません」

小娘は、まるで用意してきた原稿を読み上げるかのように続ける。

「つまり――私の役割は、あなたのような“残念な人間”を、一人でも多く粛清してあげることです」

その瞬間、駿河の胸の奥で、何かが沸騰した。

後藤の鼻は真っ赤に染まり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

悔しさか、情けなさか――恐れとは思いたくないが、感情の判別すらつかないほど、顔は歪んでいた。

ふた回り以上も年下の娘に叱責され、泣きじゃくる中年男。

――なんとも、見るに堪えない光景だった。

「……おい、ガラクタ」

駿河が、低く唸るように呟く。

「あの小娘、飛ばせ」

私は、無銭でゲームを続けていた手を止め、思わず聞き返した。

「え?なんで?」

「ムカつくんだよ」

即答だった。

「言ってることが正しい“風”なだけで、場にまるで合ってない。それに……あのオッサンも、さすがに可哀想だ」

それは同情なのか、怒りなのか、あるいは憎しみなのか。

人間の感情はいつだって複雑で、当人ですら正体を掴めていない。

「……りょ〜」

私は肩をすくめ、ゆらゆらと小娘に近づいた。

そして――

あまりにも呆気なく、彼女を“どこか”へ飛ばした。

突然の超常現象に、店員と残った全平教の面々が、一斉にどよめく。

悲鳴と混乱の声が、二階フロアに響き渡った。

「なるほど。ああやって、お袋をどこかに飛ばしたのか。……また、やってもらおうかな」

甲斐は意外なほど冷静だった。

一方の後藤は、顔面を引き攣らせたまま、声にならない何事かを喉の奥で震わせていた。口は半開きのまま動いているのに、言葉として形にならない。ただ、空気だけが漏れている。

両手は力なく前に突き出され、宙を掻くように虚空を彷徨っていた。

指先は小刻みに震え、何かを掴もうとしては空を掴み、また落ちる。

まるで、目に見えない何かが、すぐ目の前にあると信じているかのようだった。

「ひな……」

喉の奥を擦るような音が漏れる。

「……ひな……どこに行った……」

掠れ切った声で呟きながら、後藤は落ち着きなく首を左右に振る。焦点の合わない目が、床、壁、天井、そして人の影へと次々に泳いでいく。

「おい……」

声は不意に裏返った。

「……どうしちゃったんだよ……」

その言葉には、怒りも責めもなかった。ただ、理解できない出来事に放り出された人間の、むき出しの困惑だけがあった。

呼吸が浅く、速くなる。

胸が上下するたび、喉からひゅうひゅうと嫌な音が漏れる。

「ようやく……」

一歩、よろける。

「……ようやく会えたのに……」

声はか細く、震え、途切れ途切れになる。

「……どうして……」

縋るように叫びながら、後藤は再び両手を前に伸ばした。今度は必死だった。

何かにすがらなければ、その場に立っていられないというように。

「ひな……戻ってきてくれ……」

喉を裂くような声。

「……どこにいるんだ……」

目には涙が溜まり、瞬きのたびに溢れ落ちる。

「お父さんだぞ……」

その一言で、声が完全に崩れた。

「ほら……またゲームしちゃうぞ……」

意味をなさない言葉を、必死に繋げる。

「いいのか……ひな……」

声は嗚咽に近づき、

「……ひな……ひな……!」

最後は、もはや呼び声ですらなかった。


声を掛けようと、一歩踏み出しかけていた駿河の足が止まった。目の前の光景が、あまりにも予想外で、あまりにも生々しく、思考が追いつかない。

理解するには、彼の頭はあまりにも硬すぎた。

「……娘だったんだ」

先に気づいたのは甲斐だった。

その一言で、ようやく駿河の中でも、点と点が線になる。

――善意が、必ずしも救いになるとは限らない。

表面だけで善悪を判断し、衝動的に指示を出した結果。それは、ようやく巡り合えた親子を、無慈悲に引き裂く行為だった。

虚空に向かって娘の名を呼び続ける父親の姿は、あまりにも痛々しい。

掛けるべき言葉は、どこにも見当たらなかった。

全平教の面々は、忽然と姿を消した同僚を探すためか、慌ただしく店を出ていく。

店内に残された店員たちも混乱していたが、「休憩を取らせる」という本来の目的は果たしたからか、まるで何事もなかったかのように、不気味な笑みを浮かべて監視態勢へと戻った。

依然として、後藤は娘の名を呼び続けていた。

やがて咳が再び激しさを増し、身体の力が抜けるようにその場に崩れ落ちる。

床に突っ伏したまま、顔を上げることはない。

残ったのは、痰の絡んだ咳の音と、鼻を啜る湿った音だけだった。

それらが、薄暗い店内に、いつまでも虚しく響いていた。

お読みいただきありがとうございます。

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