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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第7章「退屈なゲームセンター」
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—2—

 早々に見切りをつけた二人は、短い話し合いの末、格闘ゲームをやることに決めた。

現代の価値観に照らせば、格闘ゲームは過激で野蛮な世界観の娯楽である。暴力を肯定し、殴り合いで勝敗を決するその構造は、今や忌避されがちなものだ。

――だからこそ、二人は惹かれた。

格闘ゲームが設置されている二階へと足を運ぶ。

フロアに上がると、先客が一人だけいた。無精髭を生やし、紺色のジャージに身を包んだ中年の男だ。

男はゲーム機の前に陣取り、淡々と格闘ゲームを続けている。表情には張り合いがなく、ただ指とレバーだけが惰性のように動いていた。

こちらの気配に気づいたのか、男はちらりと視線を向ける。

だが、それだけだった。

興味も警戒も示さぬまま、すぐに画面へと視線を戻す。

ゲーム機と向き合うその横顔は、驚くほど退屈そうだった。


駿河が百円玉を投入口に落とす。

――チャリン。

その音を合図に、どこか懐かしさを帯びた電子音楽が流れ始めた。画面が切り替わり、ゲームが起動する。

「まずはシングルで慣らそうか」

二人はそれぞれ、キャラクター選択画面に向き合った。

「へぇ……意外とキャラ多いな」

甲斐は画面を眺めながら、楽しそうに声を上げる。

「おっ、こいつかっこいいじゃん。これにしよっかな」

純粋にデザインの好みだけで選ぶ甲斐に対し、駿河は画面を睨むようにしていた。

「……このマッチョ、強そうだな。でも動きは遅そうか?」

駿河の基準は一貫している。

――勝てるかどうか。見た目ではなく、性能だ。

キャラクター選択ひとつ取っても、人となりははっきりと表れる。

甲斐は気に入ったキャラクターを一途に使い続けるタイプだった。一方の駿河は、次々とキャラクターを変え、手当たり次第に試していく。

より実力的に優れたキャラを見極めることを、何よりも優先していた。

レバーを倒し、ボタンを叩く。

画面の中でキャラクターが跳び、拳を振るい、相手を容赦なく殴り倒す。

――タコ殴り、と呼ぶほかない光景。

だが、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、胸の奥がすっと軽くなる。

いつもとは違う環境。

いつもとは違う刺激。

久しく触れてこなかった“単純な暴力表現”。

二人は次第に無言になり、画面に集中していく。

時間の感覚が薄れ、指先だけが忙しなく動き続けた。気づけば、二人はすっかりゲームにのめり込んでいた。


三十分ほどが経過した頃だろうか。

駿河は、ひと区切りの良いタイミングでレバーから手を離し、ふと店内全体を見渡した。

他にはどんなゲームがあるのか、少し気になったのだ。

すると、二階フロアの一角で、先ほどから一人で格闘ゲームを続けていた中年の男が、複数の店員に取り囲まれているのが目に入った。

店員たちは、一定の距離を保ったまま、男に向かって何やら声を掛けている。

「ゲームを開始してから、一時間以上が経過しました」

抑揚のない声が響く。

「直ちに手を止め、三十分の休憩を取ってください。これ以上継続してのゲームは、不真面目病の進行に繋がります」

同じ文言が、少し間を置いて繰り返された。

「再度忠告します。直ちに手を止め、三十分の休憩を取ってください」

――お節介も、ここまで来ると滑稽である。

一時間以上ゲームをしたら、三十分の休憩。

従わなければ、不真面目病の疑いあり。まるで子供騙しの脅し文句だが、それが大の大人に向けられているのだから、なお質が悪い。

本来なら「放っておいてくれ」で済む話だ。しかも相手は他人で、そもそも、こちらは客の立場である。

それにもかかわらず、店員に行動を指図されるというのは、虫唾が走るほど不愉快な光景だった。

――だが、時代が時代である。

ここで反発するのは賢明とは言えない。

生病の人間たちは、常に”自分たちが正しい”という前提で物事を判断する。そして一度口にした忠告を、決して引っ込めない。

下手に逆らえば、確実に痛い目を見る。

だからこそ、多くの者は表情を消し、素直に従うのだ。

あの男も、きっとそうするだろう――

そう予想した駿河の考えは、あっさり裏切られた。

男は、店員の忠告を完全に無視していた。

レバーを握る手を止めることなく、淡々とキャラクターを動かし続けている。

店員の口調が、わずかに強まった。

同じ言葉を、より明瞭に、より大きな声で繰り返す。

――まずい。

駿河の背中を、嫌な汗が伝った。

まるで目覚まし時計が、眠る主人を起こすために、徐々に音量を上げていくようだった。忠告にも、確実に力が込められていく。

それでもなお、男は手を止めない。

異変に気づいた甲斐も、ゲームから視線を離し、成り行きを見守り始めていた。

「おいおい……全然止める気配ないぞ。何がしたいんだ、あの人」

これは、かなりまずい状況だった。

生病の忠告に従わないという行為は、法的な問題ではない。

――倫理的な問題に抵触する。

つまり、これ以上の無視は、連中を“呼び寄せる”ことを意味している。

駿河の不安をよそに、男は依然として無視を決め込む腹積もりらしい。やがて、店員の一人が静かにその場を離れた。

嫌な予感が、確信に変わる。その店員は、奥へと消え――

そして、ある団体へ連絡を入れていたのだった。


それから十分も経たないうちに、全平教を名乗る輩が複数人、店内に現れた。

無駄のない足取り。揃いすぎるほど揃った服装。周囲を一瞥するだけで、場の主導権を握ったことがわかる。

――これ以上の無視は、暴力沙汰に発展する。

駿河はそう確信し、固唾を呑んで成り行きを見守った。

だが、その予想は、あっさりと裏切られる。

全平教の信者が一人、鋭い口調で男に注意を向けた瞬間――

男の態度は、まるで別人のように変わった。

それまでレバーを握り続けていた手が止まり、背中がわずかに丸まる。視線は泳ぎ、口元は引き攣った笑みを作り、ぎこちない動きで一歩下がった。

「……す、すみません」

今度は、驚くほど素直だった。

いや、それどころか、怯えていると言っていい。

全平教の説く理不尽な教えに対しても、男は一切の反論をしなかった。ただ、言われるがままに頷き、言葉を遮られるたびに、何度も頭を下げる。

「申し訳ない……ゲホッ」

軽い咳を一つ挟みながら、男は平謝りを繰り返した。

さっきまで、店員の忠告を完全に無視していた人物とは、とても思えない。

――いったい、何だったのだろうか。

店員の注意を無視するという大胆な行動を取っておきながら、全平教の前では、これほどまでに従順になる。

敵意はなく、反抗の兆しもない。

あるのは、過剰なほどの萎縮と、意味のわからない低姿勢だけだ。

その不自然さに、駿河の胸の奥で、別の不安が膨らんでいく。拍子抜けしたはずなのに、安心できない。

むしろ――

理解できない分だけ、気味の悪さは増していた。



―――――――――――――――――――――――――――――



 居酒屋ゆうちゃん。

この日はオールメンバーが揃っており、店内はいつも通りの賑わいを見せていた。

「やっぱり、ゲームセンターは別格だね」

甲斐はグラスを片手に、興奮を隠しきれない様子で語り出す。

「なんていうか……特別感があるっていうか、臨場感が凄いんだよ。レースゲームなんて、本当に車を運転してるみたいでさ。運転したことないけど」

そう言ってから、駿河を見る。

「なぁ、駿河」

「お、おう」

甲斐の浮かれっぷりは、普段の倍どころではなかった。

ゲームセンターでの体験がよほど楽しかったのだろう。興奮が冷めやらぬ様子で、あからさまに興味なさそうな和奏を完全に置き去りにし、怒涛の勢いで語り続けている。

「あの服、どうだった?」

大島が口を開いた。

「ちょっと大袈裟すぎた?」

大島としては、悪ふざけが過ぎたかと少し反省していたようだが、当の本人は至って満足そうだった。

「さいっこうでしたよ!」

甲斐は即答する。

「まるで自分がヲタクになれた気分で。なるほど、これが数十年前に流行った“コスプレ”の真髄なんだなって、理解しました」

終わりの見えない不毛なゲーム談義に、和奏がついに小さく溜息を零した。

その露骨な態度に”少しは大人になれよ”と言いたくもなるが、正直なところ、駿河自身もそろそろ飽き始めていた。

そこで、話題を変えることにする。

「……そういえばさ、変な客がいたな」

「変な客?」

夏川が眉を上げる。

「そもそも、他にも客がいたのか?」

驚くのも無理はない。

今の時代、娯楽施設にいる客=まともではない、というのが半ば常識だ。

駿河自身、池袋の映画館に通い続けてきたからこそわかる。思い返してみれば、退屈な映画はともかく、娯楽映画で“他の客”を意識したのは、和奏が初めてだったのではないか。

ちらりと和奏の様子を窺う。

先ほどまでの無関心が嘘のように、今は目に生気が戻っていた。どうやら話に興味を持ったらしい。

「そうそう。せっかくゲームセンターに来てるのに、やたら退屈そうでさ……」

「そこじゃねぇーよ」

駿河が割り込む。

「一時間以上ゲームするのは禁止されてるのに――」

改めて説明する。

店員の忠告を無視したこと。あれほど大胆な行動を取ったにもかかわらず、全平教の忠告には驚くほど素直に従ったこと。

一通り話し終えると、和奏が静かに口を開いた。

「……そのゲームに、何か強い思い入れがあったんじゃないですか?」

ファミレスで“差別教”なる人物を待ち続けていた彼女らしい着眼点だった。

だが、駿河は首を振る。

「いや。それなら三十分休憩して、また再開すればいいだけだ」

淡々と続ける。

「わざわざ全平教を呼び寄せることに、何のメリットもない」

「……確かに、そうですね」

そこで、甲斐が何か思いついたように、急に真剣な顔つきになった。

「待てよ」

「なんだよ」

勿体ぶった言い回しに、駿河が苛立ち気味に促す。

「店員は男だっただろ?でも、あの時に来た全平教は女だった」

一拍置いて、甲斐は結論を口にする。

「つまり……」

「つまり?」

「……変態なんじゃないか」

「いや、お前だ」

あまりにも馬鹿馬鹿しい推論に、駿河の鋭いツッコミが炸裂した。

店内に、どっと笑いが起きる。

――少なくとも、この居酒屋ゆうちゃんでは、まだ“正気”が息をしていた。

お読みいただきありがとうございます。

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