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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第6章「愚痴を居酒屋で吐き出す文化」
23/28

—4—

 翌々日、駿河はこの日も居酒屋ゆうちゃんを訪れていた。

カウンターの端に腰を下ろし、頬杖をついたまま、店の隅に据え付けられたテレビをぼんやりと眺めている。

馬鹿話に花を咲かせるのも悪くないが、こうして慣れ親しんだ店で、ちびちびと酒を呑む時間も、なかなか悪くない。そんな呑気なことを考えていた。

この日は全員が揃っていた。

甲斐と和奏はテーブル席でトランプゲームに興じており、夏川と大島は最近の社会情勢について真剣に語り合っている。

私はというと、真剣勝負の最中である甲斐と和奏の周囲を飛び回り、ことあるごとにちょっかいを出しては、和奏の反感を買っていた。

「最近のテレビ、つまらないよなぁ」

独り言のつもりだったが、園島がすぐに話に乗ってきた。

「そうだよな。昔はテレビも無茶しててよ。あれはあれで、楽しかったもんだ」

園島は懐かしむように、いくつかの例を挙げる。

駿河は少し意外に思った。

綺麗事の権化のように見えるテレビが、かつてはそんな無茶をしていたなど、今ではとても想像できなかったからだ。

「……良い時代ですね」

駿河は、偽りなくそう言った。

今のテレビは、芸も、笑いも、感動も、極端なまでに削ぎ落とされている。理由はクレーム回避だと聞くが、実際のところは誰にもよく分からない。


例えば旅番組。

プライバシーへの配慮という名目で、街全体がモザイクだらけになっている。リポーターが「こちら、人気のコロッケです」と手にした肝心のコロッケにまでモザイクが掛かっている始末だ。

そのモザイクまみれのコロッケを口に運ぶ映像は、もはや不快ですらある。

店独自の商品名であれば、自主規制音で掻き消される。

それでいて、従来の演出技法だけは律儀に踏襲するため、街を俯瞰で映す場面などでは、画面いっぱいがモザイク一色になる。

視聴者は一体、何を見せられているのか分からないのだが、不思議なことに、この手の番組にクレームはほとんど入らない。


クイズ番組も酷い。

難しい問題はクレームの元になるとして排除され、「日本一高い山は?」「日本の首都は?」といった、極端に簡単な問題しか出題されない。

それでもなお誤答する者が現れると、「恥を全国に晒すなんて可哀想だ」「これはいじめだ」とクレームが殺到する。

その結果、近年では問題自体をすり替えるという奇策が横行している。

例えば――

「江戸幕府を開いた人物は?」

「豊臣秀吉!」

という致命的な誤答が出た場合でも、

「徳川家康ですが、織田信長から“猿”と呼ばれていた人物は?お答えは豊臣秀吉。正解です」

などと、即席で問題が書き換えられるのだ。

それでも満面の笑みで喜ぶ回答者の姿は、もはや滑稽を通り越して哀れですらある。


音楽番組に至っては、さらに惨い。

音を楽しむ行為そのものが罪深いとされ、番組内容は「音楽がいかに罪深いか」を延々と説くだけである。

それなら最初から放送しなければいいだけの話だが、彼らの堅物な思考には、そのような発想は存在しない。

真面目すぎるがゆえに、場当たり的な対応に追われ、発想の転換ができないのだ。


ニュース番組も同様である。

流せる話題が極端に限られており、毎日が苦肉の策だ。警察組織が丸八年まともに機能していないことからも分かる通り、事件と呼べるものはほとんど存在しない。

強いて言えば、不真面目病の愚行があるにはあるが、大抵は全平教が事後処理を終えており、中継は間に合わない。そもそも、毎日起こるわけでもない。

マスコミと全平教の間には、かつての記者クラブのような親密な関係もなく、気づけばすべてが終わっている。

国内では景気が年々悪化し、未曾有の大不況に陥っている。

本来であれば、報道すべき問題は山積みだ。

だが、生真面目を少しでも批判すれば、局内で暴動が起きる運動へと発展しかねないため、どの局も腰砕けになって沈黙を選ぶ。

国外の紛争や天災、事故、経済動向も同様だ。

人類史上主義的な思想が蔓延し、国外報道に対してヒステリックな反応が起きやすくなっている。

「外国人」という言葉自体が差別だと糾弾する者まで現れ、演出には過剰なまでの神経が求められる。その結果、国外報道はいつしか避けられるようになった。

天気予報に至っては、もはやギャグである。

外した場合のクレームを恐れるあまり、「晴れか、曇りか、雨か、雪のいずれかでしょう」と、馬鹿正直にキャスターが伝えるだけになった。


残る人気番組は、負真面目病と発覚した芸能人を糾弾するものばかりだ。

中には、不真面目病かどうかを抜き打ちでチェックするという、胸糞の悪い企画まで存在する。

週刊誌もまた、日夜負真面目病を探し回っているらしい。

――実に、執念深い社会である。


「あいつらは、おかしな生態だからな」

駿河がぼやくと、その会話を聞いていたらしく、夏川が身を乗り出した。

「おかしな生態って言えばさ、会議の時に“お茶汲み”がいるんだよ」

一同の視線を集めたのを確認してから、夏川は続ける。

「真面目すぎるせいでな、十分おきにお茶を置きに来やがるんだ。で、出されたら飲まなきゃいけないっていう、謎の強迫観念があるらしくてさ。俺以外の奴は、全員律儀に飲み干す」

「十分おき……?」と駿河が眉をひそめる。

「そう。十分おきだ。当然、トイレに行きたくなる。でも会議中にトイレはご法度。だから、毎回決まって会議が終わった瞬間、全員がトイレに駆け込む」

夏川は、少し声を落として付け加えた。

「中にはな……耐えきれなくなって、真面目な顔したまま粗相する奴もいる。部屋中にアンモニア臭が漂うんだよ。あれには、さすがに参ったね」

駿河と大島、そして園島は、腹を抱えて笑った。

「それ、もう拷問じゃないですか」と駿河が言うと、園島も肩を揺らして笑う。


そんな馬鹿話の最中、突然、甲高い声が割り込んだ。

「あっ! 兵藤様!」

声を上げたのは和奏だった。

トランプをしていた手を止め、彼女はテレビ画面に釘付けになっている。

「かっこいいですよね〜」

その言葉に、場の空気が一瞬、固まった。

テレビでは、兵藤がインタビューを受けていた。

今年最も平和に貢献した人物に贈られる賞を、なんと五年連続で受賞したらしい。

兵藤は生真面目な表情を崩すことなく、淡々とインタビュアーの質問に答えている。

「私は、生きとし生けるものすべての幸福を願っています」

歯の浮くような台詞を、微塵の照れもなく言い切るその姿。

目元は鋭く引き締まり、端正な顔立ちは、確かに男前の部類に入るだろう。

だが――

「……よく、あんな奴をそんな目で見れるな」

甲斐が、心底不満そうに呟いたのも無理はなかった。

兵藤こそが、憎き全平教の教祖。

駿河たち不真面目病の人間にとっては、まさしく天敵。

生病の“大ボス”とも言うべき存在だったからだ。

その甲斐の不満を、和奏は一蹴する。

「イケメンに罪はありません」

「意味わかんねぇよ」

甲斐が即座に突っ込むと、店内に再び笑いが起きた。


「えっ、そう?悪趣味ね、わかちゃん」

別の角度から難癖をつけたのは、大島だった。

「あのキリッとした目とか、格好良くないですか? 最近の流行りなんですよ」

持って生まれた顔立ちを、流行りだの流行りじゃないだのと評価されるのは、当人にしてみれば、なんとも理不尽な話である。

「あの飄々とした感じがダメなのよ。男ってのは、もっとこう……逞しくないと」

そう言いながら、大島は園島に向かって、色目を使ってウインクした。

……色目を使って、ウインクした。

そう、色目を使ってウインクしたのだ。

重要なことなので、三回繰り返しておく。

不意打ちを食らった園島は、一瞬だけ動きを止め、次の瞬間、誤魔化すように咳払いをした。

和奏と大島はそのまま、ああでもない、こうでもないと、男の逞しさだの色気だのと、ぶつくさ言い合いながら、いつの間にかイケメン談義へと突入していった。

――なんとも平和で、どうでもいい論争である。

だが、この店では、それでいいのだと、駿河は思った。


 それから数十分後のことだった。

大島とイケメン談議に花を咲かせていた和奏が、会話の途中でふと口を閉じた。

次の瞬間、思い出したように、ぱっと顔を輝かせる。瞳が一段明るくなり、さっきまでの軽口とは違う色が宿った。

何かをひらめいたのだろう。

彼女は弾む声で、勢いよく言葉を放った。

「あっ、そうだ!わたし、今日やりたいことがあるんですよ」

その声に反応する間もなく、駿河と甲斐が白熱させていたトランプの束が、ふいに視界から消えた。

「ちょ――」

抗議の言葉を口にするより早く、和奏は強引にトランプをひったくり、慣れた手つきでシャッフルを始めていた。

ぱちぱちと軽やかな音を立ててカードが交錯する。その動きには迷いがなく、どこか楽しげですらある。

突然ゲームを中断された甲斐は一瞬きょとんとし、駿河は呆気に取られた表情でその手元を見つめた。

テーブル席の熱気が、ふっと別の方向へ流れ込んでいく。

「……なにやってんだよ」

半ば呆れ、半ば諦めたように駿河が言う。

和奏はそれに構わず、シャッフルを終えると、得意げにトランプを軽く揃えた。そして、にこりと微笑む。

「占いです」

その一言は、場の空気からほんの少しだけ浮いていた。それでいて、不思議と誰も笑わず、否定もしなかった。

忘れられかけていた言葉を、あえて掘り起こすように。

和奏は、少しだけ誇らしげに、少しだけ緊張を滲ませながら、カードを胸元に抱えていた。

ご機嫌そうに微笑みながら、そう宣言する。

「占い?占いって……なんだっけ?」

非科学的なものを極端に忌避する現代において、こうした神秘的な文化は、人々の記憶からほとんど消え去っていた。

「おみくじに近いですね。その人の運勢を見るんです。恋とか、勉強とか、財力とか、安全とか……いろんなことに秘められた運を、表に出せるんですよ」

和奏の説明を聞いて、皆は思い出したような顔をした。

信じるか信じないかは、太古から意見の分かれるところだ。だが、本来は娯楽の一種であり、今が異様なほど不寛容なだけである。かつての人々も、大半はその程度の距離感で楽しんでいたに違いない。

「今、若い子の間で流行ってて、ウチの学校でも流行ってるんです。しかも、曰く付きなんですよ」

――嘘である。

生病だらけに囲まれた彼女のキャンパスライフに、流行など存在しない。そもそも、占いを毛嫌いする生病の間で流行るはずもなかった。

つまり、和奏は平然と嘘をついている。

だが、その微笑の裏に隠された事実――友人が一人もいないという、あまりにも寂しい現実は、ある意味で「曰く付き」と言えるだろう。

「みなさん、一人一枚ずつ引いてください」

和奏はテーブルの中央に身を乗り出し、トランプの束を両手で大きく広げた。

扇状に並んだカードが、テーブルいっぱいに滑り出す。紙が擦れる乾いた音が、やけに大きく響いた。

「さあ、どうぞ」

両手を差し出すその仕草は、どこか舞台の司会者めいている。

期待に満ちた眼差しでこちらを見渡す和奏とは対照的に、駿河は露骨に気乗りしない様子だった。眉をひそめ、視線だけでカードを眺めている。

「……占いなんてなぁ」

一方で、甲斐と大島はというと、まるで待ってましたとばかりに身を乗り出していた。

「面白そうじゃん」

「こういうの、嫌いじゃないわ」

特に甲斐は、カードの上で指先をうずうずさせている。

大島も腕を組みながら、どれにしようかと品定めするようにカードを見回していた。

「ほら、早く引けよ」

甲斐に急かされ、駿河は小さく舌打ちをする。

逃げ場はないと悟ったのか、ため息交じりに手を伸ばした。

結局、全員がそれぞれ一枚ずつカードを引き抜く。

誰もが、まだ裏向きのままカードを伏せて握っていた。

その様子を見て、和奏は満足そうに一つ頷く。

そして、胸の前で小さく手を叩いた。

「はい、準備完了です」

目をきらきらと輝かせながら、和奏は合図を送った。

「じゃあ――一斉に、どうぞ」

促されるまま、全員が同時にカードを表にする。

テーブルの上に、色も数字もばらばらな運命が、一気に晒された。

「駿河さんは……末吉ですね。一番つまらないカードですね。興冷めです」

「勝手なこと言うな!」

駿河が即座に叫び、店内に笑いが広がる。ベタではあるが、一定の盛り上がりは生まれた。

ちなみに、甲斐と大島は吉。園島は小吉だった。

そして――私の前に現れたカードは、大吉だった。

一瞬の静寂。

その沈黙を破ったのは、和奏の表情だった。

彼女は一度、カードを見つめ、次に私の顔を見る。その口元が、わずかに引きつる。眉がぴくりと跳ね、隠そうとした感情が、あまりにわかりやすく顔に出てしまった。

「……っ」

悔しさを飲み込もうとして失敗したような、露骨なしかめ面。唇を噛みしめ、目を細めるその様子は、年相応と言えば年相応だった。

――なんとも、意地の悪い女である。

だが、場の視線はすぐに別の方向へ移る。

一方、夏川はというと――

自分のカードを見た瞬間、ぴたりと動きを止めていた。

「……うわぁ」

間の抜けた声が、ゆっくりと零れ落ちる。

「大凶ですよ。金運も、恋愛運も、安全運も……全部、最悪です」

和奏は、そう読み上げながら、徐々に声色を明るくしていく。最後の一文など、ほとんど弾むようだった。

「今日の帰り道、気を付けてくださいね」

その瞬間、彼女の顔には、今日一番と言っていい笑顔が浮かんでいた。

目はきらきらと輝き、口角は限界まで吊り上がっている。

どうやら、人の不幸というものは、彼女の娯楽のツボに深く刺さるらしい。

「……物騒だな」

夏川は苦笑いを浮かべながら、そう呟いた。

声は軽いが、カードを持つ指先には、ほんの一瞬の迷いがあった。

所詮は遊びだ。

占いなど、信じるに値しない――頭では、わかっている。

それでも。「最悪」と言葉にされると、胸の奥がざわつくのが人間というものだ。

夏川はカードから目を離し、わずかに肩を落とした。

その姿は、愚痴を笑い飛ばしていた先ほどより、少しだけ小さく見えた。

「あっ、いいな、いいな~。羨ましい」

その空気を切り裂いたのは、私だった。

わざとらしく声を弾ませ、身を乗り出す。

「私のと、交換しよ」

言い終わるより早く、私は夏川の手元へ伸びた。

ひったくるように彼のカードを奪い取り、その代わりに、自分の大吉を押し付ける。

あまりに唐突な行動に、夏川は完全に思考停止していた。

「え……?」

目を丸くし、手の中のカードと私を交互に見比べる。

状況が理解できないまま、ただ呆然としている。

だが、私に迷いはない。

ガラクタの神である私にとって、人から羨ましがられる大吉より、人を一瞬でも落胆させる大凶のほうが、はるかに魅力的に映る。

幸福よりも、歪み。

祝福よりも、落差。

それこそが、私の嗜好であり、自然の摂理なのだ。

「……それじゃ、意味ないじゃないですか」

不満げな声が飛んできた。

和奏は頬をぷっと膨らませ、露骨に拗ねた顔をしている。

眉を吊り上げ、じっとこちらを睨むその様子は、まるで楽しみにしていた玩具を取り上げられた子供のようだった。

占いの“結果”よりも、そこから生まれる“反応”を楽しんでいた彼女にとって、この介入は相当気に入らなかったらしい。

私は、その様子を眺めながら、満足そうにカードを握りしめた。

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