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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第5章「ショッキングピンクの毛皮のコート」
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—2—

そんな下らないやり取りの直後だった。

「なんだ! この服は!」

怒号が、店内に響き渡った。

駿河と私は、その声に吊られて振り返る。派手な服が並んでいた、例の一角だ。

そこには、憤怒に顔を歪めたスーツ姿の男が二人、仁王立ちしていた。

並んで立つ二人の男は、まるで最初からそう配置されることを想定されていたかのような、露骨な凸凹コンビだった。

小太りで低身長の男は胸を張り、腕を組んで威圧するように前へ出る。一方、痩せ気味で高身長の男は半歩後ろに立ち、冷めた視線で店内を見下ろしている。役割分担がはっきりしすぎていて、かえって不自然だ。

豆タンクの方が、唾を飛ばす勢いで怒鳴り声を上げた。

「おい! 店長を出せ!」

その声に、店内の空気がぴりりと張り詰める。

周囲の視線が一斉に集まり、白一色だった空間に、目に見えない緊張が塗り重ねられていった。

すると――

先ほどまで駿河の横で、置物のように突っ立っていた大島が、はっとしたように肩を強張らせた。

一瞬、逃げ道を探すように視線を泳がせ、それから観念したかのように、小走りで二人の前へ進み出る。

無表情だった顔には、わずかに焦りの色が滲み、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

「……て、店長は、私ですが」

声は低く、いつも通り抑揚がない。だが、その語尾には、ほんの僅かな震えが混じっている。

「いかが……なさいましたか?」

問いかけながら、大島は無意識のうちに背筋を伸ばし、まるで裁きを待つ被告人のように、二人を正面から受け止めた。

その直後、怒号を耳にした甲斐が、何事かと試着室から顔を出した。

――いや、顔だけではない。

彼はまだ着替えの途中だったらしく、上半身裸のまま、ひょっこりと現れた。

「おい、服くらい着ろよ」

駿河が呆れて注意するが、甲斐は完全に野次馬根性を発揮しており、身なりなど二の次のようだ。

「ゴリラVS豚とキリンの大一番だな」

などと面白がり、嬉々として凝視している。

かくいう私も、すっかり舞い上がっていた。

当事者には視認できない花吹雪を派手に撒き散らしながら、「祭りだ、祭りだ!」と大はしゃぎする。

さて、自分たちが店中の注目を集めているなど露ほども知らず、二人の男は、大島が目前まで来たところで、派手な服が並ぶ一角を頻りに指差しながら、口火を切った。

「なんだ、この悪趣味な服は!」

怒鳴り声が、白一色の店内に反響する。

男たちの主張を要約すれば、こうだ。

着飾ることで人を美化し、さらには楽しませようとする――

そのような邪な考えそのものが、許し難い。

彼らは派手な服を次々と手に取り、具体的な非難を浴びせ始めた。

「この服はなんだ!」

痩せたノッポの男が、ひらりと一着を持ち上げる。

「明らかに丈が長すぎるじゃないか。しかも、この模様はなんだ!白い生地に、白の模様? どういう要件だ!」

彼が掴んでいたのは、レディースのニット服だった。正確には白ではなく、アイボリー色。

だが、そんな差異を彼が理解するはずもない。

ちなみに、その服をノッポが着れば、袖丈は丁度よい。――腹は盛大に丸出しになるが。

「申し訳ございません……」

大島は、深々と頭を下げた。

いったい、何を謝っているのだろうか。

「それに、このスカートはなんだ!」

今度は、豆タンク体型の男が、別の服を掴み上げる。

「短すぎやしないか!」

それは、タータンチェック柄のミニスカートだった。

「またもや、変な模様だ……まったく、なんて破廉恥なスカートなんだ」

豆タンクの男は、吐き捨てるように言い、そのまま視線を横へ走らせる。

「……まさか」

ギロリと向けられた先にいたのは、和奏だった。

駿河と甲斐の元を離れたあと、彼女は派手な服が並ぶ一角の近くまで来ていた。

実は、興味があったのだ。他の服を選ぶ素振りをしながら、ちらちらと派手な服を盗み見ては、密かに物色していた。

――それだけのことだった。

だが、そこを偶然居合わせた客に騒ぎ立てられ、事態は一気に最悪の方向へ転がった。

「そこの女に、着せる気だったのか」

豆タンクの男は、頬を紅潮させて言った。それが興奮によるものか、怒りによるものか。一昔前なら判断に迷うところだろう。

だが、豆タンク男の名誉のために、ここではっきりさせておく。

彼は、怒りのあまり血が上り、赤面しているだけである。

――もっとも、屈折した性欲を抱えていそうな典型的な面構えだけに、紛らわしいこと、この上ないのだが。

いきなり標的にされ、しかもセクハラとも受け取られかねない理不尽な言いがかりを浴びせられ、和奏は戸惑いながら、ぶんぶんと頭を左右に振った。

どうやら彼女は、昔からトラブルに巻き込まれやすい体質らしい。

一方の大島はというと、その大きな身体にはまるで似つかわしくない、消え入りそうな声で謝罪を繰り返すばかりだった。

「君らは変態かね?」

豆タンク男が吐き捨てるように言う。

「それとだ。この服の袖に付いている……この、ひらひらしたものは何だ?」

彼は次に、赤紫のフリルシャツを掴み上げた。

「この“ひらひら”を付ける意味は何だ?答えてみろ!」

豆タンク男は、フリル部分を、あからさまに不快な手つきで弄びながら怒鳴りつける。

その光景に、大島は言葉を失った。

そもそも、この世界では“お洒落”という概念自体が失われている。

意味を問われても、答えようがない。

「……」

「ほら、意味を答えろ」

催促されても、言葉は出てこない。仕方なく、再び頭を下げる。

「申し訳ございません……」

「謝ればいいという問題じゃない!」

豆タンク男は、間髪入れずに被せた。

「いいから質問に答えろ!」

「……ひらひら、するためです」

ようやく絞り出した答えに、「答えになっていない」と、鼻で笑う。

なんて粘着質で、厭らしい性格だろうか。

――お前の頬肉が、あんなにもぷるぷる震えている理由を問われて、まともに答えられるのかと問い質したいところだが、肝心の私は、人間同士の醜い応酬に腹を抱えて笑うばかりだった。

豆タンク男は、なおもしつこく同じ質問を繰り返したが、満足のいく答えが返ってこないと悟ると、最後にはまた、鼻で笑って話を切り上げた。

そして――

次なる標的へと、視線を移す。

それが、ショッキングピンクの毛皮のコートだった。

突如、ノッポ男が甲高い声を張り上げた。

「なんだこの色は!一段と派手じゃないか!なんて気色悪い!」

あまりのやかましさに、駿河たちは思わず耳を塞ぐ。その大袈裟な反応は、もはや狂乱一歩手前だった。

おそらくだが、痩せに痩せ、さらに身長だけが伸びたことで、元々のなで肩が致命的に悪化したのだろう。

スーツのジャケットは肩に引っかからず、ずるりと音を立てて床へ落ちた。

さらに、タグを確認し、素材が動物の皮であると知るや否や、ノッポ男の怒りは一気に増幅する。

奇声が、店内に響き渡った。

痩せて、痩せて、痩せて、もはや棒切れのような身体。

第一ボタンまで律儀に留められているはずのワイシャツが、なで肩からずり落ちそうになっている。

それはもはや「人」ではなく、服を着た細長い棒だった。

そこへ、豆タンク男も加勢する。

今度は、地鳴りのような重低音の怒号が重なった。

顔は真っ赤に染まり、血こそ出ていないものの、汗が顔中の穴という穴から噴き出している。

まるで、穴の空いた水風船だ。

ついには、「没収する!」と宣言し、二人は乱暴に派手な服をかき集め始めた。

――その瞬間だった。

それまで、口ごもるか、謝罪するかしかしなかった大島が、はっきりと顔色を変えた。

「……それだけは、勘弁してください」

声が震えている。

「奥に下げます。すぐに下げますので……没収だけは、どうか……」

大島は、涙を浮かべながら縋りついた。

「申し訳ございません。お許しください。もう二度と、このような服は置きません。ですから……どうか……」

必死に頭を下げ、泣きながら懇願する。

だが、ノッポと豆タンクは手を止めない。

ハンガーから服を乱暴に引き剥がしていく。

大きな身体、いかつい顔の男が、涙を流し、縋りつくその姿は、あまりにも痛ましく——

駿河も、和奏も、直視できなかった。

野次馬根性で浮かれていた甲斐ですら、顔を曇らせ、同情の色を浮かべている。

私はというと、「ほぉ……ほぉ……」と、興味深そうに唸りながら観察していた。

無神経失敬。

必死の形相で、なおも大島は許しを乞う。

ノッポ男の指が容赦なく目元を突き、視界が一瞬、白く弾けた。

「ぐっ……!」

声にならない呻きが漏れる。

次の瞬間、豆タンク男の手が、大島の顔面を鷲掴みにした。

ぬるり、とした感触。

生温かく、粘ついた、鼻腔を刺すような、吐き気を催す臭気。

豆タンク男の全身から噴き出した汗と皮脂が混ざり合った、

不快極まりない粘液が、頬に、額に、口元に、べったりと塗り込められる。

それでも。

それでも、大島は手を離さなかった。

震える指で、男たちのズボンの裾に縋りつく。

膝は床に擦り付けられ、額は何度も床に打ちつけられる。

「……どうか……」

声は掠れ、もはや言葉としての体を成していない。

「……どうか……それだけは……」

目から零れ落ちた涙が、粘液と混ざり合い、床にぽたり、ぽたりと落ちていく。

――なぜ、そこまでして。

――なぜ、派手な服に拘る。

余程の想い入れがあるのか。

それとも、ただの頑固さか。

この世界では、感情は不要とされ、個性は罪とされ、美しさは悪と断じられる。

そのはずなのに。

床に這いつくばる男の顔には、確かに、哀愁があった。

恥でも、恐怖でも、怒りでもない。

失いたくないものを、必死に守ろうとする者の表情が、そこにはあった。

「……どうか……どうか……」

唇が震える。

「……それだけは……どうか……」

お読みいただきありがとうございます。

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