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吠えろ!ガラクタ~塵芥戦術~  作者: 堀尾 朗
第5章「ショッキングピンクの毛皮のコート」
16/28

—1—

 天敵のアジトの真ん前で、平然とくっちゃべっている間抜け共だったが、教会の奥から謝罪の大合唱が漏れ聞こえてきて、ようやく自分たちが置かれている危うさに気付いた。

「……移動しよう」

駿河が、本来の目的地である洋服店へ向かうことを提案する。

甲斐も特に異論はなく、それを承諾した。

これでさよならでは、あまりにも勿体ない――。そんな思いが胸をよぎった和奏も、二人に同行することを選んだ。

歩き出してしばらくしたところで、自然と軽い自己紹介が始まった。

和奏は、豊島区内にある大学に通う学生だという。

駿河は、自嘲気味に「警察官です」と、まるで罪を告白するかのように懺悔し、甲斐はというと、恥じらいもなく「革命家だよ」と、素っ頓狂な返答を寄越した。

その瞬間、和奏の内心はがっくりと落ち込んだ。

だが、それを露骨に表へ出すわけにもいかず、無理に微笑んでみせる。

――みせた、つもりだった。

不器用にも顔はわずかに引き攣っており、その違和感を駿河は見逃さなかった。

「でも、その様子だとさ。和奏さんも、警察官くらいしか職がないんじゃない?」

「わ、わたしは大丈夫ですよ!」

和奏は大袈裟な手振りで、慌てて反論する。

「うまく隠してますから。誰もわたしが、実は“不真面目病”だなんて思ってませんよ」

「ちなみに今日は平日だけど……大学は?」

その一言に、和奏ははっと息を呑んだ。

わかりやすすぎる反応だった。

その様子があまりにも微笑ましく、駿河と甲斐は声を上げて笑い、和奏はみるみる赤面する。

場の空気はすっかり和らぎ、三人とも気分を良くしていた。

――実のところ、今の和奏の発言は、この世界の構造に関わる重要な鍵を含んでいたのだが、あまりに間抜けな流れの中に紛れてしまい、残念ながら誰にも拾われなかった。

その流れに乗り、私も口を開いた。

「ちなみに私は、栄丸神社に祀られている神なんだけど」

これもまた、極めて重要な発言である。

……が、当然のように無視された。

まったく、罰当たりな連中である。いずれ天罰が下るであろう。


 ビューティフルロードを少し越えた先にある、至って特色のない――むしろ特色がないことを売りにしているような洋服店に、駿河たちは足を踏み入れた。

店舗の正面は一面ガラス張りで、自動ドアを挟んだ左右には、服を着せられたマネキンが立っている。

だが、その光景に“陳列”や“演出”といった言葉は似合わない。

四体並んだマネキンのすべてが、揃いも揃って無地の白Tシャツ姿。デザインも装飾もなく、サイズ感すら曖昧な、徹底したまでの簡素さだった。

しかも、マネキン自体が白肌であるため、遠目から見れば、裸体のようにも見えてしまう。

穿った見方をすれば、卑猥な店と大差ない。

――もっとも、そんな見方をする人間自体が、今では希少なのだが。

いずれにせよ、これは明らかにマネキンの無駄遣いである。

とはいえ、この店だけが特別というわけではなかった。

十年前に“お洒落”という概念が社会から消え去って以降、衣服はただの生活必需品へと成り下がっている。

恥部を隠すため。

寒さを凌ぐため。

それ以上でも、それ以下でもない。

当然の帰結として、どの洋服店も似たり寄ったりで、個性というものは徹底的に排除され、代わり映えのしない服だけが、静かに並べられていた。

内装もまた、外観に違わず味気ないものだった。

白い天井。

白い壁。

白い床。

白い絨毯。

白い扉。

徹底的に白で統一された店内は、皮肉にも三十年前に流行した内装と酷似している。

だが、当時が“お洒落としての無地”であったのに対し、現在のそれは、“お洒落を排除した結果の無地”だった。

同じ白でも、その意味はまるで異なる。

そんな中、店の最奥の一角にだけ、一際派手な服が数着、申し訳程度に並べられていた。

周囲が白一色であるがゆえに、かえって目立つ。

異彩を放つその存在は、どう見ても場違いで、当然のように駿河たちの視線を引いた。

――だが、誰も近づこうとはしなかった。

触れてはいけない。理由はわからないが、そう直感してしまう。

彼らは何事もなかったかのように視線を逸らし、見て見ぬ振りをした。

「……昔は、友達とよく服を買いに出掛けてました」

ふと、和奏が目を細めて呟いた。

「不思議なもので、何時間でもお店にいられたんですよね」

「昔って……十年以上前だろ」

すかさず駿河が突っ込む。

「その頃って、小学生じゃないか」

「小学生だって、当時はお洒落に興味あったんですよ」

和奏は口を尖らせる。

「随分ませたガキだな」

甲斐も意地悪に笑って参戦した。

「ほら、あれだろ。匂いのする消しゴムを学校に持ってきて、自慢しちゃうタイプ」

「いや、お前もだろ」

駿河が甲斐の後頭部を軽く叩く。

実際、甲斐は匂い付き消しゴムを校内に持ち込んだ前科があり、観念したように素直に懺悔した。

――ああ、なんと緩い会話だろうか。平和である。


駿河と甲斐は、早速服の物色を始めた。

とはいえ、物色と呼ぶにはあまりにも味気ない。そもそも並んでいる服は、無地一択。色は白・黒・灰色の三色のみ。

違いがあるとすれば、長袖か半袖か、TシャツかYシャツか、あとはサイズくらいのものだった。

「どっちがいいと思う?」

甲斐が、洋服店定番の台詞を駿河に投げる。

だが、色以外に違いはなく、本人ですら「どっちでもいい」と思っているのが正直なところだ。

なんとも退屈な買い物である。

女性として何か助言をしようと息巻いていた和奏も、ここまで選択肢が削ぎ落とされていては、口を挟む余地がない。

結局、彼女はそっと二人の傍を離れた。

大方の目処をつけたところで、サイズ確認のため試着室を借りることになり、近くにいた店員へ声を掛ける。

「あの、これ試着したいんですが……」

「いいわよ。試着室まで案内するわ。こちらよ」

抑揚のない、渋く低い声。

二人が声を掛けたのは、この店の店主――大島雅彦だった。

高身長で、ガタイが良く、掘りの深い濃い顔立ち。

それだけで十分に威圧感があり、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

甲斐はその容姿に完全に竦み上がったらしく、全身を震わせながら、駿河に耳打ちした。

「……まるでゴリラみたいだ」

「おい、聞こえたらどうする」

試着室に着いてからも、「ゴリラって雌もゴリラなのかな?」などと意味不明なことを呟いていたため、「とっととしろ」と、駿河は甲斐を蹴り飛ばし、強引に試着室へ押し込んだ。

甲斐が着替えている間、待機する駿河は大島と二人きりになった。

居心地の悪さを覚え、チラリと様子を窺うが、大島は相変わらず無表情のまま、ただ突っ立っているだけだった。

サイズはいかがでしょうか、などの定型句もない。

愛想笑いもない。

接客態度としては、最底辺と言っていい。

もっとも、どの店も同じ服しか扱っていない以上、セールスポイントがないのは理解できる。

だが、仮にも接客業であるなら、もう少し柔らかく振る舞っても良さそうなものだ。

ただでさえ怖い顔をしているのだから、なおさらである。

沈黙に耐えかねた駿河は、意を決して声を掛けた。

「あの……オススメの服はありますか?」

「…………」

――無視である。

まさかの対応に、駿河は言いようのない敗北感を覚えた。

あるはずもないオススメを訊ねた意地の悪い質問に、無視という手段で返すとは、なかなか手強い。

「ぷぷー、無視されてやんの〜」

私が面白がって囃し立てると、「くそっ!」駿河は大袈裟に膝を叩き、心底悔しそうに呻いた。

お読みいただきありがとうございます。

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