時間犯罪課の男
法律は常に技術の後を追いかける。時間旅行法が制定されたとき、立法者たちは個人の改変行為に焦点を当てた。しかし彼らは見落としていた。一つの改変が引き起こす連鎖反応の恐ろしさを。バタフライ効果は理論上の概念ではなく、現実の脅威となっていた。
過去改変局の地下三階、時間犯罪課の薄暗いオフィスで、佐藤刑事は山積みの事件ファイルを見つめていた。
「また新しい案件か」彼は溜息をついた。
最新のファイルを開く。『田中健一、29歳、会社員。無許可改変の疑い』
佐藤は眉をひそめた。しかし調べてみると、田中は正規の時間旅行許可証を持っていた。改変自体は合法だった。
「では、なぜこのファイルが私の机の上にあるのか?」
答えは次のページにあった。田中の改変により、合計で347人の人生に影響が出ていた。美咲の両親が生きているため、和菓子屋は廃業を免れた。それにより商店街の再開発計画が白紙となり、立ち退きを予定していた住民たちの運命が変わった。
さらに、美咲が大学を中退したことで、彼女が卒業後に就職するはずだった会社の採用計画にも影響が出た。そこで働くはずだった人間が別の会社に就職し、その結果...
佐藤は計算機を取り出した。影響の連鎖は指数関数的に広がっていく。理論上、10年後には数万人の人生に何らかの影響が及ぶ可能性があった。
「蝶エフェクトか」佐藤は呟いた。
しかし、田中の改変は完全に合法だった。両親を事故から救うこと、それ自体に何の問題もない。問題は結果だった。
佐藤の部下、山田巡査がオフィスに駆け込んできた。
「佐藤さん、大変です!田中健一が時間旅行申請を再提出しました」
「何?」
「今度は、最初の改変を取り消すための改変を申請してきました。美咲さんの両親を、元の運命に戻すと」
佐藤は立ち上がった。「それは阻止しろ。今すぐだ」
「しかし、合法的な申請ですよ」
「考えてみろ。彼が最初の改変を取り消したらどうなる?現在生きている347人が、今度は元の運命に戻される。そしてそれを知っているのは田中だけだ。彼は347人の運命を一人で決めることになる」
山田の顔が青ざめた。
「これは、新しい種類の犯罪だ」佐藤は窓の外を見た。「意図せざる大量運命操作罪とでも呼ぶべきか。法律はまだ追いついていない」
佐藤刑事は時間犯罪課の中でも特に冷静な判断力で知られていた。しかし田中のケースは、彼にとっても前例のないものだった。合法的な行為が道徳的に問題となる境界線。法と倫理の狭間で、新しい種類の正義を模索しなければならない。時間旅行社会の法執行官が直面する、現代の複雑さがここにある。