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もしもを殺した男  作者: test task2
第一章 失われた愛
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消えた婚約者

愛する人の悲しみを見るのは、自分が苦しむより辛いものだ。その苦しみを取り除けるとしたら、どんな代償でも払うと誓う。しかし、時として愛は盲目になる。善意が招く結果について、私たちはどこまで想像力を働かせることができるのだろうか。

田中健一は、コーヒーカップを握る手を震わせながら、目の前の女性を見つめていた。彼女(・・)は美しく、知的で、彼が愛した女性そのものだった。しかし、彼女の左手薬指(くすりゆび)には指輪がない。

「すみません、お間違えではないでしょうか?」美咲──彼がかつて愛し、婚約していた女性──は困惑(こんわく)の表情を浮かべている。「私は田中さんという方は存じ上げませんが...」

健一の胸に、冷たい石が落ちたような感覚(かんかく)が広がった。

三か月前、()は過去に戻った。美咲の両親が交通事故で亡くなるのを防ぐために。彼女(・・)が泣き崩れる姿を見るのが辛くて、愛する人の悲しみを取り除いてやりたくて。

時間旅行許可証(じかんりょこうきょかしょう)を取得し、事故の起こる一週間前に戻って、両親を説得した。旅行の計画を変更させ、あの日あの時間に、あの交差点にいないようにした。

改変(かいへん)は成功した。両親は生きている。

しかし──

「失礼いたします」健一は立ち上がった。美咲は相変わらず困惑している。彼女(・・)にとって、健一は見ず知らずの男でしかない。

帰り道、健一は過去改変局(かこかいへんきょく)のデータベースにアクセスした。改変後の世界線(せかいせん)を調べるために。

画面に表示された情報に、彼は愕然(がくぜん)とした。

美咲の両親が生きているこの世界線では、彼女(・・)は大学を中退していた。両親の期待に応えるため、家業(かぎょう)の和菓子屋を継いでいる。彼女(・・)が通っていた大学──健一と出会った場所──にはもういない。

二人が出会うきっかけそのものが、消えてしまっていた。

健一は公園のベンチに座り込み、頭を抱えた。()の善意の改変が、二人の愛を、結婚への道筋を、全て(すべ)消し去ってしまった。

スマートフォンが震えた。過去改変局からの通知(つうち)だった。

改変報告書(かいへんほうこくしょ)の提出期限を過ぎています。速やかに提出してください』

健一は画面を見つめた。報告書には改変の理由と結果を記載しなければならない。しかし、どう書けばいいのだろう?

「愛する人の悲しみを取り除こうとした結果、その人との愛そのものを消してしまいました」とでも?

夕日が公園を赤く染めている。子供たちの笑い声が聞こえてくる。平和な日常の風景だった。しかし健一には、この世界のどこにも自分の居場所がないような気がした。

()は「もしも」を殺してしまったのだ。美咲との「もしも」を。二人で築くはずだった未来の全て(すべ)の「もしも」を。

時間旅行者が直面する最初の試練は、改変の結果を受け入れることだ。技術的には成功でも、感情的には破綻。健一の物語は、多くの時間旅行者が経験する「改変後うつ病」の典型例でもある。愛する人を救おうとして、愛そのものを失う。これは時間旅行の最も残酷な皮肉の一つかもしれない。

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