居酒屋の勝利―メモリアルブレイカー―
観客席のざわめきは、いつもより一段と大きかった。
煙のように立ちこめる熱気、光の束のように交錯する声。
「今日でアイツら100戦目だろ?」
「ガラクタECOのメモリアル試合か?(笑)」
「ん?おい見ろ、相手のプレイヤー……あいつじゃねぇか!」
嘲笑混じりの声がシンの耳を突き刺す。
その声は、何度も聞いた罵声より重く、心の奥に沈んでいく。
ECOは淡々と告げた。
「マスター。これが100戦目です。合理的に考えれば……神楽への参加権利は失われます」
シンは唇を噛み、ECOを見た。
その瞳は相変わらず、青い光を宿した無表情。
――けれど、その奥に、微かに何かが揺れているようにも見えた。
「わかってる……でも最後までやる。ECO、行こう」
「……了解しました」
開始の合図が鳴り響く。
フィールド中央で対峙する二人。
しかし相手の御子はあっさりと右手を上げた。
「――降参」
審判の電子音声が無機質に響く。
【勝者、ECO】
「……はぁ?!」
シンは耳を疑った。
観客席からはどよめきと爆笑。
「でたーー!!不戦勝だ!」
「また“記念潰し”かよ!」
「メモリアルブレイカーの嫌がらせだな!」
対戦相手のマスターは、ニヤリと笑い、ひとことだけ残して去っていく。
「おめでとう。大切な初勝利は僕のもの――不戦勝だ(笑)」
――“記念を壊す者”。
彼は悪名高き存在だった。
残されたシンは、怒りで拳を震わせる。
「ふざけんなッッ!! こんなの……こんなの勝利でもなんでもねぇ!」
シンの叫びが、歓声の海に溶けた。
誰も聞いていない。ECOだけが、ただそこに立っていた。
だが、その横で――
ECOがふっと、小さく、初めて自然な笑みを浮かべた。
「勝ちましたよ、マスター」
「……え?」
「初めての勝利です。悪くない気分です。」
その言葉に、シンは心臓をえぐられたような衝撃を覚える。
………ECO。
居酒屋での修行の日々。
汗だくで叫び、ふざけあい、必死に繰り返したあの時間――
それすら、このECOにとっては「非合理的」なのか。
シンは歯を食いしばり、声を絞り出す。
「俺は、お前と__」
「なぜ怒っているのですか?勝ちましたよ、私たち?」
笑い声や冷たい視線が遠のく中、シンは初めて“機械との価値観の壁”を突きつけられた。
その笑みは、どこかぎこちなく、プログラムの奥から引き出した「模倣」にも見えた。
だが、間違いなくECOが“初めて”浮かべた表情だった。
シンの胸が熱くなる一方で、冷たい不安も走る。
__もしかして、俺たちが一緒に積み重ねた時間なんて、この子にとっては全部ただのデータ処理なのではないだろうか?
ECOの笑みが消えたあとも、シンの胸にはその残像が焼き付いて離れなかった。
機械の微笑みは、なぜこんなにも人間らしく見えるのだろう。




