笑っとけ
――カンッ!!
徳利とグラスのぶつかる音が響いた。
「だ・か・ら!福ちゃんは麦だって!」
「いやいや!今日は芋の気分なんだよ!なあ福ちゃん!」
「わかってねぇなぁ!米だろ!俺が一番付き合い長いんだぞ!」
「いや〜ん♡どれだけ過ごしたかより、どれだけ親しかったかが大事よ♡だからビールよ♡」
「お前ら細けぇこと言うな!福ちゃんは全部飲むさ!」
笑い声が広がる。
誰かが徳利を振る。
「おいシン!酒たりねぇぞ!」
「今日は飲ませろ!」
「福ちゃん怒るぞ!」
「枕元に出てくるぞ!」
「そりゃ怖ぇな!」
さらに笑いが起きた。
焼き鳥の皿が回る。
「ほれ供え物だ!」
「おい勝手に食うな!」
「大丈夫大丈夫!福ちゃんに許可もらったから!『食ってよかよ』って!」
「遺影の前に置け遺影の前!」
「酒も置いとけ!」
「飲んでるの俺らだけじゃ失礼だろ!」
喪服姿の男たちが、
祭壇の前で酒を回している。
線香の煙の横で、
熱燗の湯気が立っていた。
白い花。
静かな読経。
そして中央には――遺影。
居酒屋『深夜の世界』で撮った集合写真。
その真ん中で、
徳利を持って笑っている福ちゃん。
騒音レベル上昇。
アルコール臭、強。
怒鳴り声、笑い声、乾杯音を確認。
――状況解析。
ここは葬儀場。
本来、静粛であるべき場所。
だが。
喪服姿の人間たちが、
祭壇の前で宴会をしている。
ECOは状況を理解できていない。
検索−−−葬儀__
葬儀とは、亡くなった方の冥福を祈り、遺族や親しい人々が死者を葬るための宗教的・社会的な儀式。
一般的には通夜、葬式、火葬・告別式を一連の流れとして指し、仏教、神式、キリスト教など宗教・宗派により形式が____
その時、マサさんの大きな声が響く
「おいシン!今日はお酌なんていらんからお前も飲め!」
「おう!そうだそうだ!」
シンは瓶を握ったまま、
遺影を見つめていた。
徳利を持って笑っている福ちゃん。
いつもと同じ顔。
その瞬間。
シンは叫んだ。
「いよっしゃぁぁ!!今日は飲むぞ!!」
喪服の上着を脱ぎ捨てる。
ネクタイを引きちぎる。
「福ちゃぁぁぁん!!見てるかぁぁぁ!!」
周りが一瞬止まる。
次の瞬間。
仁が笑った。
「おいおい、やるじゃねぇか、なら____」
資さんが立ち上がる。
「よし、付き合うか」
マサさんが上着を脱ぐ。
「今日は無礼講だ!」
みっちゃんが笑う。
「いや〜ん♡葬儀で脱ぐ人初めて見たわ♡」
誰かが言った。
「最後の見送りだ!どうせなら全員で騒ごうぜ!!」
次の瞬間。
喪服が脱ぎ捨てられる。
上着。
ネクタイ。
シャツ。
気が付けば、
大人たちが円になって踊っていた。
笑いながら。
叫びながら。
酒を回しながら。
誰も泣いていない。
誰も止めない。
誰も怒らない。
ECOはその光景を見ていた。
解析不能。
理解不能。
だが。
作り笑いにも見えた。
「理解できません……」
その時。
みっちゃんが隣にきて言った。
「これで良いのよ♡みんな福ちゃんが寂しがらないように一生懸命に盛り上げてるの♡」
資さんが笑う。
「最後くらい騒がなきゃな」
マサさんが酒をあおる。
「泣くのはあとでいい」
みっちゃんがグラスを掲げる。
「笑って送るのが私達の葬儀よ♡」
シンは踊りながら叫んだ。
「福ちゃぁぁぁん!!
今日は朝まで飲むぞぉぉぉ!!」
遺影の中の福ちゃんは、
いつもの顔で笑っていた。
騒音レベル上昇。
アルコール臭、極めて強。
笑い声、怒鳴り声、乾杯音を確認。
ECOは静かに結論を出した。
「本当に……理解不能。」
だが。
内部ログに、新しい記録が残る。
――人間
悲しい時ほど、騒ぐ
この騒ぎは遅くまで続いた。
−−−−−−−−−−−−
日をまたいだ夜。
店の片付けが終わり、
常連たちも早めに帰り、シュウも就寝。
静けさが戻っていた。
居酒屋『深夜の世界』。
いつもならまだ誰かが残っている時間。
だが今日は、誰もいない。
シンは暖簾を下ろし、ゆっくりと鍵をかけた。
カチリ。
その音がやけに大きく響いた。
店の中を見る。
徳利。湯のみ。いつもの席。
福ちゃんが座っていた場所。
そこだけが、妙に空いて見えた。
シンは対面の椅子に座る。
何も言わない。
何も動かない。
ECOが静かに近づく。
「マスター。」
返事はない。
「本日の葬儀は、騒音レベルが高いものでした。」
沈黙。
シンは笑った。小さく。
「……だろ。」
少し間。
「福ちゃん……楽しそうだっただろ?」
また沈黙。
手が震える。
シンは徳利を握る。
力が入る。
次の瞬間。
ポタッ。
涙が落ちた。
一滴。
また一滴。
止まらない。
シンは顔を伏せた。
「……っ……」
肩が震える。
声を押し殺す。
「……くそ……くそぉ……」
ECOは動かない。
ただ見ている。
シンは顔を覆った。
そして――
「福ちゃぁぁぁぁん……」
声が崩れた。
そのまま、
子供みたいに泣き出した。
机に突っ伏して。
声を出して。
止まらずに。
ECOは少し考える。
処理不能。
だが。
静かに言った。
「……マスター。」
シンは泣いたまま。
ECOは続ける。
「家訓は【笑っとけ】ですが。」
少し間。
「今日は泣いても、よいのではありませんか?」
その瞬間。
シンの声が壊れた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
堰を切ったように泣いた。
誰もいない店に、
泣き声だけが響いた。




